繚乱のダンジョン 19
「ひとに寄生して、ひとの足を引っ張って、ひとの迷惑にしかならない無能なんてこの国にはいらない!」
いっそ痛々しいほどの叫びは、発したものの思惑をはるかに飛び越えて、あらぬところへ不時着した。
「なるほど。ところで君のその発言の根拠は何かね?」
マキナの第三王子はダフィット殿下という。
彼はマキナにおいて都市計画の中心人物であり、あのチューブをはじめとした観光名所を次々と生み出した切れ者でもある。
ダフィット王子は黒髪黒目で、短い顎鬚が妙にセクシーなひょろりとした伊達男だ。ピンと伸びた黒いウサギの耳の右側の耳の先がちょこんと折れているところがまた愛嬌を感じさせる。
ちなみに新婚よ。
ダフィット王子とはお似合いの夫婦だと評判のアーデルハイト王子妃は類稀なる美貌の持ち主なの。青みがかった光沢のある肌に水掻きのある繊指、両の腕には優美な鰭がゆらめいてまるで御伽噺の人魚姫のようよ。
そんなお似合いのおふたりが、今ワタシ達の目の前にいる。
なぜなら、ダフィット王子こそがロサの新王になる方だからよ。
マキナでの引継ぎがようやく終わったとの連絡を受けて、ワタシ達は新王を迎え入れる準備をしていたの。
そう、ちゃんと歓迎の式典の段取りまでしていたのに、ワタシが襲われたせいでこんな変な場面をお見せすることになってしまったじゃないの!モウ、ダイナシヨ。
マキナに祝福を持たないものに対する差別はない。
いえ、差別意識を定着させるのが難しい国民性をしているといったほうが正しいかしら。
マキナの錬金術師はとても研究熱心だ。ええ、とっても……ね。
もし彼等の前でうっかり『あいつは祝福のない無能だ。役立たずが出歩くな』なんて軽口を叩いた途端、恐ろしい目にあうことになる。
まず、なぜ祝福がないと役立たずなのか、なぜ役立たずだと出歩いてはいけないのか、そもそも役立たずの定義とはなにか、発言の根拠やら情報源やらを論理的に説明するように求められる。そして、納得できる理由を述べることができなかった場合──大抵の場合できないのだが、矛盾点を指摘され、延々質問攻めにあうのである。
まあ、間違いなく心が折れるわよね。
しかも恐ろしいことに、彼等は自らの良心に従ってではなく、純粋な興味でもってこれを行っているのよ。
嫌な例えだけれども義憤によって指摘を受けたのなら、うわべだけでも謝罪さえしてしまえば開放されるでしょう。
けれどもマキナの錬金術師に捉まった場合、彼等の好奇心が満足するまで開放されることはないの。善意も悪意もない、純粋な探究心のなせる業ね。
マキナを訪れたのならば、一度はこの洗礼にあうでしょう。
そしてこれが耐えられないひとは早々に他国へと移住する。
逆に、この有り様を是とするひとはこの国へと移り住んでくる。
こうしてマキナの独特の文化は育まれていったのね。
金と銀の刺繍の美しい、紫の縁取りのある漆黒のローブ。
黒のストライプスーツに研究塔のローブを羽織ったダフィット殿下は、正しくマキナの錬金術師であった。
「『祝福を持たないものは祝福を持つものと比較すると格段に劣る』、この説を支持する者が多数いる事は知っている。数年前に『祝福の有無によって優劣は決まらない』という論文が研究塔の錬金術師によって発表され、検証も済み、定説となっているにもかかわらずだ」
ダフィット殿下は慰霊碑の御前に進み出ると妃殿下と共に黙祷し、徐に演説を始めた。
「これは、研究塔が軽んじられているのか……はたまた、周知不足のためか、悩ましい問題だ」
単純に、その論文が知られていないせいだと思うわよ?半分くらいは……。
大仰に嘆いてみせた殿下は突然考え込むように唇に指を当てると、ブツブツと呟きだした。
「うん、そうだな、前者はともかく後者なら今から対策できるな」
これ、なんだか既視感あるわね。
……あ、思い出したわ、クラウスよ。
会話の途中で何か思いついてしまったときのクラウスにそっくりよ!
なら、これはこのままそっとしておいたほうがいいのかしら?
「諸君、私は今ここで『祝福の有無によって優劣は決まらない』ことを証明したいと思う。おそらく諸君はマキナで行われたこの論文に対する検証結果に、実感が得られなかったのだろう。幸い、私の護衛には祝福を持たない者が何名かいる。さあ、『祝福を持たないものは祝福を持つものと比較すると格段に劣る』のかどうか、今ここで試合をして確かめてみようじゃないか!」
いえ、止めるべきだったかもしれないわ……。
急遽用意された試合会場で、ワタシはひたすら治癒魔法を唱える。
検証のため手加減を禁止されてしまった護衛の方々は皆一様に青い顔をしている。
「一撃で気絶させる。一撃で気絶させる。一撃で……」
物騒なことを念仏のように繰り返しているけれど、大丈夫かしら?
そして検証のために護衛の皆さんと戦うことを強要されたロサの民は、更に青い顔をしている。
完全に腰が引けているわね。
屁っ放り腰で切りかかっては吹き飛ばされていく。
残酷なバッティングセンターと化した広場で、ワタシはひたすら治癒魔法を唱える。
トサリ。
レティシアさんが気を失った女性を運んできた。
「そういえば、今日は珍しく治癒師してるのね、ユーリ」
「ええ、先程の戦闘後の処置でも思いましたが、なかなか手際がいいですね」
クレスさんが治療の手を止めずに応じる。高ランク冒険者の治癒師に褒めていただけるのは嬉しいわね。
「ありがとうございます。いつもユミル先生にご指導いただいていますから」
褒めていただいたので自慢もしてしまいましょう。
「ほい、追加」
少し粘ったらしく、怪我の多い男性をジェスタさんが運んできた。
「しっかしな、この試合、意味ないだろ、もう」
「そうだな」
ズルズルとユージーンさんが怪我人を引きずってきた。
「あのおっさん達がユーリに返り討ちにあった時点で、とっくに証明されてるもんな」
祝福があっても弱いやつは弱い。ユージーンさんの軽口に、ダフィット殿下は首をかしげた。
「どういうことだね?」
ドーンさんに一連の出来事を説明された殿下は天を仰いだ。
「子供に私欲で手を上げることを是とするのがロサの民なのか。アーデルハイト、我々は、なかなかに茨の道を歩むことになりそうだ」
ダフィット殿下の言葉にアーデルハイト殿下は悲しそうに頷く。
「そうだの。全てはロサ王家の、ワシの不徳の致すところだの。本当に、申し訳なかったの……」
アルマン陛下は膝を折ると、ワタシに向かって深々と頭を下げたのだった。




