繚乱のダンジョン 18
きらきらとした陽射しの下、ふてくされた顔の男たちが拘束されている。
とはいえ全員頭を打っているから安静に。とりあえず、応急処置をして念のため治癒魔法をかけてあるわ。
異変を察知して駆けつけてくださった、というより見守ってくださっていたドーンさんたちによって連行された彼等はもう抵抗する気はなさそうね。ユミル先生とクレスさんの診断を受けて、取調べを受けても問題なしとのお墨付きをいただいてからは大人しくしているわ。
さて、襲撃者たちと対峙するじぃじ先生の表情は限りなく渋い、気がするわ。なにしろモフモフで表情どころか視線すら分かりにくい。小さい頃、護身術のお稽古では先生の動きを予測することすらできなくて苦労したのよ。
まあ、それはさておき。
ロサという国の救援依頼に応じてやってきたラピスの未成年の王族を騙してダンジョンの3階層に誘い込み、複数人で暴行したという事実は深刻なものだった。ワタシが無傷で全員返り討ちにしたことは、何の慰めにもならない。恥の上塗りにはなるけれども……ね。
しかも、ワタシを助けに来たのはマーテルの管理者ギルド所属の冒険者のドーンさんたちだ。
ロサの面目は丸つぶれね。
ノエルお兄様が懇切丁寧に、いかにアルマン陛下の顔に泥を塗ったのか説明してくださったおかげで、ようやく自分達のしでかしたことの重大さに気が付いたらしい彼等は顔面蒼白だ。騒ぎを聞きつけて慰霊碑の広場に集まったロサの住民の皆さんの顔色も一様に悪い。
陛下は深くため息をつかれると、低く厳かに言葉を紡いだ。
「まずは、理由を訊こうかの」
びくりと体を震わせた案内人の男は落ち着きなく視線をさまよわせていたが、意を決したように口を開いた。
「ロサの、王家の為を思ってのこどでした」
「ないでそれがロサの為になるど思ったのだの」
取り付く島もない陛下のご様子に男は激昂した。
「ユーリ王子は……そのガキは無能でねぇか!」
「無能が王族を騙るこどを、ないで許す!」
「無能のガキが我が物顔でこの国を牛耳るなんざ、認めるわげにいがねぇ」
果たして、ロサのひとびとは男の言に同調した。
「陛下!どうかお考え直しください」
「ヒルダ様のご遺志を踏みにじることはなさらないでください!」
「陛下どうがお慈悲を。我らが誇りをお守りください」
「私どもは無能の王を戴くことなどできかねます!」
男は我が意を得たりとばかりに声を張り上げる。
「陛下はその無能の王子をロサの王さ据えるつもりでねぇのが。子供の頃がら可愛がってだがらってが?これ見よがしに上等な飯振舞ってみせだりしで、オレだぢを抱き込むつもりが!」
強い意志を持って頷くひとびとを前に、アルマン陛下は静かだった。
「それが、理由かの?じゃがの、それは子供さ武器を振るって良い理由にはならんの」
それでも抗する声は消えない。
「それは、王子に身の程を知っていただくためにも必用なことなのです」
身の程……ね。
「我々が決して、歓迎などしていないことを分かって欲しかったんです」
……そう。
「たとえ陛下がユーリ王子を養子にしたとしても」
……ん?養子?
「我々は無能の王に従うつもりはないと」
王?誰が?え、ワタシのこと?
「お前さんたぢ、何をいってるんだの?」
ええホント、全くよ。
「……」
「…………」
「……あの、陛下はユーリ王子をロサの王にすべく養子になさるのだと……」
ええと、まさか、これって……。
「そんなことは一言も言っておらんの」
荘厳な慰霊碑の御前に、まのぬけた沈黙が広がる。
ワタシ、モシカシナクテモ、カンチガイデオソワレタ?
いつから始まったことなのかは誰も分からない。王族にはいくつかの遵守しなければならない決まりごとがある。
その決まりの中のひとつに、王は王族の血を引いていなければならないというものがあるの。もし何らかの原因でその国の王と王族が亡くなり後継者がいなくなってしまった場合、他国の王族を王として迎えなければならない。現在のロサの状況がそれだ。
高齢のアルマン陛下にはもうお子は望めない。
故に、外国から王を新しく迎える必要がある。
新王はアルマン陛下のサポートを受けながら、ロサの復興に尽力するのが最初の仕事になるでしょうね。
新しい国王が誰になるのか、ロサの国民にとっては重大な問題だわ。
そしてそこへワタシがやってきたと。
未だ学生の王子が兄である王太子に伴われてきた。しかもアルマン陛下とは親しげで、ロサの抱えている問題にも積極的に取り組んでいる。
これは、ワタシが次期国王として招かれたと勘ぐるものが出てきても仕方のない話かもしれないわね。
本来ならここで早合点したとしても後に笑い話になるだけね。
けれど、笑い話にできない問題がひとつあったの。そう、とても根深い問題よ。
ロサでは祝福を持たない者を差別する文化がある。
マーテルも似たようなものだったけれど、マーテルとは決定的に異なっているところがある。
それは、王が差別を支持しているか否か。
マーテルの王家はこの差別問題に頭を悩ませ、国民の意識改革に苦慮していた。
対してロサの王は……先日亡くなられたヒルダ陛下は祝福を持たない者を声高に蔑視していた。ワタシが生まれた頃にお父様が行った差別問題に対する政策を非難する声明を出したくらいだ。
王がそうなのだ、国民が差別を厭うわけがない。
アルマン陛下はそんなヒルダ陛下に日々苦言を呈していらしたそうよ。
けれど聞き入れられることはなかった……。
そして、アルマン陛下は祝福を持たない者が本当に無能なのか、ワタシが王族たりえる者なのか、それを見極めるという名目でラピスにいらっしゃったの。
幼かったワタシにはそんな難しい事情なんて分かるはずもなかった。
ただ、早くに祖父母を亡くしていたワタシは実の孫のように接してくださるじぃじ先生に懐いた。本当のお爺様のように思っていたし、今もそう思っているわ。
ワタシが中等部に上がる頃、じぃじ先生はロサに帰られてしまったのだけれども……あの時は寂しくてしかたがなかったわ。日記を書くように手紙を書いて、お兄様には呆れられたっけ……。
アルマン陛下がどんな答えをロサに持ち帰ったのかはわからない。
ただわかっていることはアルマン陛下とヒルダ陛下、この父娘の間に出来てしまった溝は、最後まで、埋まることはなかったということだけね……。




