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繚乱のダンジョン 14

『深き水底に眠りし母なる光よ、汝が慈悲をもてこの穢れを清め給え』

『深き水底に眠りし母なる光よ、汝が慈悲をもてこの穢れを清め給え』


 囁くように重なる詠唱にあわせて、青みがかった柔らかい光が水盤を満たしていく。

 満ち溢れた光はゆっくりと広がり、噴水のある小さな公園を包んだ。

 やがて光はひき、幻想的な憩いの場は日常に戻っていく。


「本日の公園の清掃は終了いたしました」

「皆さん、ご協力ありがとうございます!」


 

 ラピスに戻ってきたワタシは、重大な問題に直面していた。

 単位が足りないのだ。主に出席日数不足で。

 海底の図書館での生活、ミントと一緒にただひたすら歩いたマーテルのダンジョン、マキナでの久しぶりにパーティーを組んでのダンジョン探索。非常に刺激的な日常を過ごしていたせいで忘れていたのだけれど、その間ワタシずっと学園をお休みしていたことになるの。

 本当ならこれから補習を受けて何とかなるはずだったのだけれども……。悪夢のせいで補習どころか授業までなくなってしまったのよ。


 そう、ワタシはこのままだと3年生になれないの!


 どう計算しても単位が足りないことに気が付いたワタシは青い顔してユミル先生に泣きついた。

 まあ、救済処置として避難所での公衆衛生課の実習とレポートの提出で単位をいただけることになったのだけれども。けれども、よ、ローカーシッドだけは決して許さないとワタシは心に誓ったわ。ええ、絶対に。

 公衆衛生は重要よ。そして、避難所ではその重さがさらに重くなる。

 そしてそんな重要な仕事に責任とやりがいを感じているクラスメイト達の笑顔がとてつもなく眩しい。単位取得の為という下心を抱えたワタシには直視できないくらいだわ。

 後ろめたさに胃を痛めていると肩をポンと叩かれた。


「お疲れ様。頑張っている君たちに差し入れだよ。炭酸、弱めにしてみたから後で感想よろしく!」

 クラウスが笑顔でマジックポーションを押し付けてきた。

 なるほど、つまり馬車馬の如く働けと……。

「あ、ありがと」

「ありがとうございます!」

 両手で抱えるほどのマジックポーションを残してクラウスは軽やかに走り去った。

 いつになくテンションが高いけれど、疲れてるのかしら、彼?


「わあ、クラウス先輩に話しかけられちゃったね」

「あらジョアン、クラウスのこと知っているの?」

「え、知らなかったのユーリ、クラウス先輩を見かけた日は良いことがあるって噂だよ?」

「それは……知らなかったわ」

 クラウス、あなたいつの間にそんな瑞獣のような存在になっていたの?


「クラウス先輩って、いつも忙しそうだよね」

「ええ、そうね」

 なにしろギルドの見習いをしながら自分の研究も進めているのだもの、しかも司書にもなったし、……倒れないかちょっと心配ね。

「ダンジョンの実習のときも先輩だけ別行動のときあったし」

「そうだったわね、でもこの前は一緒に探索したわよ?」

「公衆衛生課の制服を着て、ね」

「あら、羨ましい?」

「ちょっとね。でも、いつか自分の実力であの制服を着るって決めてるから」

「ええ、頑張ってねジョアン」

 しっかりと自分の進む道を見据えて努力している彼は、やっぱりとても眩しかった。




 ラピスの民は優秀だ。

 それを疑ったことはない。

 けれど、ラピスの民の優秀さはワタシの想像を遥かに超えていたわ。

 水平線が望める平らな大地を踏みしめながら、ワタシは感動していた。

 瓦礫の山に燻る煙は日を追うごとに減っていったわ。ガランとした見通しのよい空間に物悲しさを感じないわけではないけれども、この国が再生する鼓動が聞こえる喜びのほうが勝っている。

 この国が以前のような活気のある日常を取り戻すのは、そう遠い未来の話ではないのね。


 港へと入ってくるマーテルの船を迎えながら、ワタシは希望に胸を高鳴らせていた。


 ロサの救援要請に応えて、今日、ワタシ達は彼の麗しき花の国へと赴くの。

 使節団を率いているのはノエルお兄様よ。

 ワタシは表向きはユミル先生の弟子として後学のために同行するということになっているわ。実際ワタシはユミル先生の生徒だし、ウソは言ってないわよね。


 船を出す余裕のないラピスの代わりに、マーテルが船と冒険者の方を手配してロサまで送ってくださることになっているの。

 そして、マーテルからやって来た冒険者の方はレティシアさん達だった。

 数日ぶりにお会いしたレティシアさんは相変わらず綺麗で、ワタシを見付けると優しく微笑みかけてくださったわ。

 ドーンさん達もお元気そうで、船上から手を振ってくださっている。

 思いがけず再び彼らと行動を共に出来る喜びに、ワタシは舞い上がった。


「久しぶりだな!」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 船上でお兄様とレティシアさんのパーティーはにこやかに握手を交わしているわ。なんでもマーテルのダンジョンで行方不明になったワタシを捜索するうちに親しくなったんだとか。


 レティシアさんのパーティーの他に、マーテルの公衆衛生課の方もいらしていた。ロアさんとロワさんという双子の姉妹で、ゴシックなメイドドレスがとても似合っているわ。

 悪夢に対して浄化魔法が有効だとの情報を受けて、アイシャお姉さまが急遽増員してくださったのだそうよ。

「「お久しぶりですユミルギルド長。これからしばらくご一緒させていただきます。どうぞお手柔らかにお願いいたします」」

 会釈するタイミングまでぴったりよ!

 どうしよう、ワタシこのふたりを見分ける自信ないわ。

「安心なさい。私にも見分けが付かないから」

 ユミル先生、それ、安心していいのでしょうか……。



 船はロサに向かって徐々にスピードを上げていく。

 はやく悪夢を回収しなければ……。

 逸る心を静めようと深呼吸をする。その前にワタシはまだやらなければいけないことがあるのよ。

「さあユーリ殿下、始めましょうか」

「はい、よろしくお願いします」

 何を始めるかって?

 そう、ユミル先生の補習授業よ。


 



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