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繚乱のダンジョン 13

 クラウスが数冊の本をテーブルに並べて見せた。

 

 おうちで簡単に作れるスライム料理

 立体魔法陣入門 連結編

 上級者向け ウルミー術


 少し危険な香りのするものもあるけれど、これは回収された悪夢ではない。普通の夢だわ。


「面倒?」

「これ、危ない本なんですか?」

「ある意味、危険だよ」

「……分かりやすく頼む」

 アルバートに同意して深く頷く。

 スライム料理は危険な気がするけれど、クラウスの意図する危険とは違うことぐらいワタシにだって分かるわ。


「この本、開発途中のものの完成形が載っているんだよ。こっちの二冊はデータベース検索に引っかからなかった」

 深く息を吐き出したクラウスが『立体魔法陣入門 連結編』を左についっと寄せると、『おうちで簡単に作れるスライム料理』と『上級者向け ウルミー術』を右にまとめて移動させた。


「うむうむ。そうだのぉ、そうだのぉ。夢が地上に反映されるには時間がかかるからのぉ。ちなみに、反映された夢は簡単に見分けられるのぉ。背表紙の赤いラインが未実装で青いラインが実装済みじゃのぉ」

 なんて嫌な表現……いえ、ワタシの感想はとりあえず置いておきましょう。

 

 ええと、赤いラインが『おうちで簡単に作れるスライム料理』青いラインが『立体魔法陣入門 連結編』と『上級者向け ウルミー術』ね。つまり『おうちで簡単に作れるスライム料理』は反映されていなくて、『立体魔法陣入門 連結編』と『上級者向け ウルミー術』が反映されているってことね。データベースに載ってないってことは、構想はあるけれど開発の段階には至っていないってことかしら?


「正直ちょっとショックだよ。ダウンサイジングで魔法陣を三次元で繋げようって、あーでもないこーでもないって結構長いこと悩んでたんだよ?この技術が確立できたら格段に出来ることも増えていくしってさ……。なのに、あっさり答えが描いてあるし……」

 乾いた笑い声を上げながらクラウスはテーブルに突っ伏してしまった。

「カ、カンニングした気分、ですかね?」

「カンニングで済めばいいがな」

「なるほど、面倒なことというのはそれか」

「うん、ごめんねユーリ。ボクはずいぶんと君に甘えてたみたいだ」

 スッと姿勢を正したクラウスは真っ直ぐにワタシを見つめて、静かに頭を下げた。

「ホントは君の言葉を待ってたんだよ、ユーリ。この災禍の中で君が自分の進む道を決めたように見えたんだ。だから思った、君の進む道を、ボク達も一緒に歩むんだろうって。そのために、ボクは何をすべきかって考えてた。でも、君は何も言わなかった。何でユーリは、一緒に来いって言わないんだろうって思ってた」

 堰を切ったように感情的に言葉を紡いでいたクラウスは、ふと、寂しげな表情をした。

「当然、だよね。待たれていたのは、ボク達の方だったんだから……」

「ワ、ワタシはそんなっ───」

 重くなっていく空気に耐え切れずに言い訳を口にしかけたワタシをクラウスが止めた。

「わかってるよ。ずっと、考えてくれてたんだろ?ボク達のこと」


 腕を組んで黙り込むアルバート、眉間にしわを寄せるリオン、不安そうなアルフレッド、マイペースに紅茶を飲むミントとフックン。彼らを順に見回したクラウスは、少し困ったようにフッと笑った。


「憶えているかいアルバート、ボク達が初等部の頃、ユーリ達に会いに行った時のこと。あの時ボクは、母さんに命じられたんだ、ユーリ殿下に会いに行けって」

「ああ……」

「あの時、幼心にも理解したんだ。母さんが国王陛下のパーティーメンバーなのと同じように、ボクも将来第二王子殿下のパーティーメンバーになるのだと。それはとても、誇らしいことなのだと。リオンも、そんな感じだよね?」

「ああ、そう……だな」

「初めは、殿下をお守りしなければって義務感が強かった。でも何時の間にか弟をかまうような気持ちになっててさ、今はもう、ボクにとってユーリの側はすごく居心地のいい大切な場所なんだ」


 くっと奥歯をかみしめて涙がこぼれないように目に力を入れる。

 ひとは幸せすぎても涙が出るって本当なのね。


「友達だから、一緒にいたいから、だからパーティーを組む。それが許されていたのは、ボク達が子供だったからだね。でも、ボク達はもう卒業だよアルバート。親が用意してくれた場所に惰性で居座るわけにはいかないよ。

 ユーリももう、守られるだけの子供じゃない。この海を越えてダンジョンの最下層からひとりで帰ってきたんだ。まあ、ミントの力を借りて、だけどね?ボク達がいつも側にいて守らなきゃならない理由はもうないよ……」

「クラウス?」

「ふふっ、どうしたのユーリ、不安そうな顔して?もしかして、ボクが離れていくって思ったかい?ああ、紛らわしい言い方をして悪かったよ。けど、覚悟してただろ?ボク達が君から離れていくかもしれないと考えた上で、此処に連れて来た。臣下としてではなく対等な友人として、ボク達を望んでくれた」


 全てお見通し、か。

 ワタシが何に迷って、何を恐れていたのか。多分ワタシ以上に知っているのね。

 ああ、いつもそうだった。

 この黄金の瞳に隠し事ができたためしはなかったのだったわ。


「ありがとうユーリ。回りくどい言い方をしたけれど、ボクのやることはもう決まってるんだ。っていっても今までとたいして変わらないんだけどね。

 司書になるよ。

 ボクは君の友人として、これから先もずっと共に在るから。

 何せ君にはボクの助けが必要だからね」

 パチンっとウインクするクラウスに苦笑しつつアルバートが力強く頷いてくれた。

「ああ、オレも司書になろう」



「あっあのっお、俺、その、ごめん……なさい」

 和やかさを取り戻したリビングに力ない声が震えている。

 どうしたのアルフレッド、顔が真っ青よ。

「俺、自分の進路どころか、まだ戦士科か斥候科かで迷ってて、今日もそんな深く考えないでユーリについてきてしまって。その……」

 ああ、これはワタシが悪いわね。

 そしてクラウスも大分悪いわ。

「あー、アルフレッド。さっきのあれは今年卒業するボクとアルバートの話だからね?一年生の君がそんなに深刻に考える必要はないよ。将来の選択肢がひとつ増えたと思ってればいいさ」

「それで、いいんでしょうか?」


「なら、僕とアルフレッドは学園を卒業するまで司書見習いとして扱ってくれ」

 司書見習い?

「ああ、いずれは正式に司書になる。ただ、卒業後の進路が未だ定まっていないんだ。僕は今の中途半端な自分のままユーリの隣に立ちたくない。

 だから卒業までの一年と少し、猶予が欲しい」


 渋面を作ったリオンの言葉にようやくアルフレッドは肩の力を抜いた。

 そして、反対にワタシの顔は青ざめていった。

 なんだか皆のワタシに対する評価が異様に高い気がするわ。

 ええと、気のせい……よね?


 

 


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