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繚乱のダンジョン 12

『うん、大丈夫だよ?』

 優美な曲線を持つ翼を広げたしなやかな白猫の幻獣?は、炊飯器の上で毛繕いに余念が無かった。

 ミント、あなたどうしてそんなところに登っているの?


 リオン達に司書にならないかと誘ってみたものの、ワタシの言葉が足りないせいで鳩が豆鉄砲を食らったような顔を返されてしまったのよ。

 まあ無理も無いわね。

 ワタシがざっと説明した海底図書館と司書の話だけでは具体的な想像まではできないだろうし、悪夢の回収だってまだ二回見ただけだもの。

 ワタシが司書になったことは受け入れられても、自分が司書になるなんて思いもしなかったでしょう。

 実はマーテルのダンジョンから帰還してからずっと、ワタシ、勢いだけで進んでいるなーって思っていたのよ。そろそろ腰を落ち着けて考える必要があるわね。

 これはリオン達の将来に関することなのだもの、勢いで決めてはいけないわ。


 となると、どうしたらいいかしら?

 皆は地下に封印された悪夢どころか海底図書館のことも見たことが無いのだけれど、あの箱庭の光景を説明するにはワタシの語彙力では力不足だわ。あの庭をひと目見てもらえれば『母なる光』や『幼き光』のこともリアルに実感できるのに……。ん?そういえば、つれておいでって言われた気がするわね。何時言われたのだったかしら?ええと……。その前に!どうやってリオン達を海底に連れて行けばいいのよ?海に飛び込むの?ミントの魔法があっても全員無事に辿り着けるか分からないし、それ以前にワタシが二度とやりたくないわ。夢を通じて……は、ダメね、クラウスが納得しない気がする。ああ!転移装置を使う方法もあったわね。けれどこの方法はミントの成長が必要で……ええと、ミントの成長ってどのくらい必要なのかしら?うーん、海底図書館に行くのが難しいのなら、やっぱりワタシが詳しく説明して……


 堂々巡りね。

 自分で考えても答えが出ない、そんな時の鉄板の解決法、それは、分かるひとに聞く!よ。

 

 そして、その分かるひとは転移装置での移動が可能だということを、炊飯器の上からのんびりと教えてくれたのだった。


 

 テンションの高いフクロウに驚き、

 母なる光に照らされた朝焼けのような深海の空に呆然とし、

 幼き光の輝きを湛えた湖に心を奪われ、

 カタカタと震える地下の封印された悪夢に足を竦ませ、

 整然と並ぶ膨大な書架に圧倒され、

 書架の本を適当に捲っていたクラウスが床に座り込み、

 いい加減驚くのに疲れた皆はリビングでお茶にすることになった。


 大勢のお客さんに上機嫌のフックンが腕によりをかけたフィナンシェは、さくっとした軽い食感と共にバターとアーモンドの風味が口いっぱいに広がって、何時の間に作ったの?という疑問なんてどうでもよくなるくらいに幸せな気持ちにしてくれる。

 背の高い椅子に上品にお座りしたミントは三個目の焼き菓子をおいしそうに頬張っているわ。

 ミントもすっかり大きくなったわね。子猫の成長にしみじみとしながら紅茶を楽しむ。

 床の上でひとりごとを言いながら本を読んでいるクラウスのことは……しばらくそっとしておきましょう。


「『深き水底に眠りし母なる光』と『揺りかごにまどろみし幼き光』か……」

「呪文を基にした創作だと思ってましたよ」

「実際に目の当たりにしてしまうとな……」

 呆然とする友人達に過去の自分が過る。ああ、ワタシもここで目が覚めた後しばらくはあんな感じだったわ。

 神話の世界の話、そんな風に想像していた魔法の源が手を伸ばせば届きそうなところにあるのだ。驚くどころか無になったわ。もしかしたらなにがしかの悟りを開けたのかもしれないわね、あの時。


 愚にもつかないことを考えていると、クラウスが不吉なことを言い出した。


「面倒なことになるよ、これ」

 

 

 

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