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繚乱のダンジョン 9

 金の刺繍と青いラインの入った純白のローブ。

 変換期以来久しぶりに見るクラスメイト達の姿だった。

 ジョアンたちはただただワタシの無事を喜んでくれた。

 今回の異変で相当恐ろしい思いをしたはずなのに、彼等は不思議と自然体だ。

 変換期での緊張に強張っていた表情は微塵もうかがえない。

 それがとてつもなく頼もしく感じられた。


「僕らは今、公衆衛生課の手伝いをしているんだ。

 高等部の生徒はみんな管理ギルドでなんかやってるよ」


 さすがに授業どころではないので生徒たちは出来ることをやっているらしい。

 確かにきびきびと動き回る制服姿があちらこちらで見かけられるわね。

 そういえばアルバート達が後で仮設の学園に行くといっていたわ。

 ワタシ達も様子を見に行こうかしら?


「リオンじゃないか」

 聞き覚えのある声にリオンが渋面をつくる。


 艶やかな黒髪のすらりとした長身の男性が近付いてきた。

 クラウスのいっていた『あの父親』だわ。

 失敗した。

 リオンをあまり連れ回すのではなかった。

 避難所にいるのだ、普段より遭遇率は上がっているのよ。

 ただでさえ隣の青色は目立つのに……。


「相変わらずその無能の王子に付き合っているのか。

 王太子殿下についているのならともかく、ソレの側にいたところでしようがないだろうに。

 はあ、王に気を使っているのかもしれないが、お前が人生を棒に振ることはないぞ?」


 リオンから表情が消えて眼差しがどんどん冷たくなっていく。


「お前も来年は卒業だ。

 今からでも遅くはない、私と一緒に来るんだ。

 お前に相応しい優秀なパーティーを探してやる」

「断る」

 即答だった。

 それはいつものことだわ。

 ……けれど、本当にそれでいいのかしら?

 リオンはワタシと一緒で、本当に、いいのだろうか……


「よう、久しぶりだな!ユーリ、リオン。

 ……それにコンラート、お前、ここで何してる」

 燃えるような赤毛に光沢のある赤い鱗の竜の尾を持つ堂々たる体躯の男性が『あの父親』ことコンラートさんの肩をガシッと掴んだ。

 アルバートのお父様だ。

 そしてそのふたりの息子と麗しい奥様が心配そうにこちらの様子を窺っている。


「別に?

 親として息子の将来を案じていただけだ」

「ほお?親としての責任を放り出して国王陛下より親権を剥奪された男が何を言ってるんだ」

「くっ」

 コンラートさんは忌々しげに顔を歪めて拳を振るわせた。

「貴様まで、我が子可愛さのあまり無能よりの政策を行う王に感化されたか!」

「お前こそ、いつまで陛下のことをただのクラスメイト扱いしているつもりだ?

 まさか、この国の王が、お前から親権を取り上げたことの意味を、本気で理解できていないのか」


 険悪な雰囲気に辺りのひとびとが驚いたように手を止めてこちらを見ている。

 こんなところで王を批判したのだもの、当然といえば当然ね。

 否応なしに緊張感が高まっていく。


 しかしアルバートのお父様は急に砕けた調子で、フッと笑って見せた。


「分かってるぜ。お前、怖かったんだろ?

 だから、……逃げた」

「なに、を」

「分かるさ、俺の上の息子も、生まれた時は祝福なんて授かってないように見えたからな……」


「不安だったさ。こいつをちゃんと育てられるのかってな。

 まして差別を受ける要素のある子供だ。

 世間の目も気になった。

 今でこそこんなに立派に育ってくれたが、当時の俺にはそれを知る由もない」


「不安だった。

 心配だった。

 お前だってそうだっただろ?だから……」


「だから、お前が許せないんだよ。コンラート」


 時が止まったかのように辺りが静寂に包まれた。


「お前は被害者面して、本来なら守らなきゃならないリオンとエミリアを裏切った。

 俺は根っからの冒険者でな、仲間を裏切るやつが死ぬほど嫌いなんだよ」


 混乱していたひとびとの目がコンラートさんを非難するように変わっていく。


「貴様の許しなど私には必要ない。

 リオン、今一度己の進むべき道についてよく考えることだな」

 そういうとコンラートさんは踵を返し、雑踏の中へと消えていった。


 自分の進むべき道、ね。

 ワタシは、ワタシ達は、今まさにその道を決めようとしている。

 いえ、ワタシ自身の道は決まっているわ。

 ただ、踏み出す先が見えないだけで……。


 ひどく空気が重かった。

 アルフレッドが何かを言いかけては言葉を飲み込んでいる。

 アルバートがそんな弟を励ますように肩に手を置いて、リオンを険しい表情で見つめている。

 リオンの鋭い牙はかみしめたその薄い唇を傷つけ、血を流させていた。


『深き水底に眠りし母なる光よ、汝が慈悲をもてこの傷を癒し給え』


 胸の内だけで祈るようにひっそりと呪文を唱えると、その小さな傷を癒す。

 絞り出すような声ですまないと、幼馴染が俯いた。


 アルバートのお父様はやさしげな顔で、ポンっとリオンの頭に手を置いた。

「リオン、お前が謝ることじゃない。

 お前はあいつと違って、何かあったときに仲間のせいにするようなヤツじゃないだろ?

 なら、それでいい。

 冒険者でやっていくなら必要な心構えだ。

 どんなにどうしようもない状況でも、進むのは自分の意思だ。

 それを忘れさえしなければいい」

 それを聞いてワタシは、エミリアさん……リオンのお母様の話を思い出した。


『コンラートはすぐにひとのせいにするのよね。

 結婚したのは周りに勧められたから。

 子供をつくったのは周りにせっつかれたから。

 自分で決めたわけじゃない。

 自分が望んだわけじゃない。

 親がいったから。

 先生がいったから。

 だからあいつは、いつも被害者気分でいたのよ』


『それに気が付かなかった私も相当なおバカさんだけれどもね?

 まあ、高い授業料だったわね。

 けれど、おかげでリオンに会えたんだもの。

 私にとって十分すぎるくらいのお釣りだわ』


 ワタシが司書になったのはフックンにお願いされたからよ。

 けれど、それは必要なことだとちゃんと自分で納得したからでもあるの。

 そう、納得して進んだのはワタシだけ。

 ならリオン達はどうなのだろう?

 このままワタシとパーティーを組んだままでいいのだろうか。


 まとまりそうもない気持ちを抱えたまま横になる。

 今は、司書としての役目を果たすことに集中しよう。



 夕方、目を覚ますとお母様がにこやかにメイド服を掲げて待ち構えていた。

 

 



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