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繚乱のダンジョン 8

 濃紺のスラリとしたシンプルなロングワンピースに、パリッと糊のきいた真っ白なエプロン。

 きっちりと纏められた髪の淑女達。

 灰色のツナギにバンダナの紳士達。

 彼等が何者なのかといえば、管理者ギルドの職員である。

 公衆衛生のプロであり、錬金術師と浄化魔法に特化した治癒師とで構成されている。


 服装には特に意味はない。


 なんとなく気分で紳士淑女と紹介したけれど、彼等は性別で制服を着用しているわけではないので、メイド服の男性もツナギの女性も当然存在する。

 要は自分にしっくり来る格好をしているだけね。


 ちなみに、このメイド服とツナギは管理者ギルド指定の制服ではなくて、自分達でおそろいの格好をしようと話し合った結果らしいわ。

 つまり、自腹なのよあの衣装。

 更に恐ろしいことに、あの服装に憧れて公衆衛生課を目指す生徒も少なくはないの。

 そういえば、ジョアンもそうだったわね。元気にしているかしら、彼?


「ユーリ君の報告で、あのバッタちゃん達に浄化魔法が有効だってあったでしょう?

 集めてきたわよぉ?浄化魔法の得意な子達」


 一晩で精鋭達を集めてきたってこと?

 お母様ちゃんとお休みになっているのかしら?ちょっと心配になってきたわ。


 公衆衛生課の精鋭たちは、数人ずつに分かれて各パーティに同行することが決まった。

 確かにこれならパーティーの治癒師の負担が減らせるわね。

 それに、このタイミングでの彼等のパーティーへの同行は、ワタシ達の司書としての行動を目立たなくも出来る。

 さすがはお母様。ワタシのやろうとすることくらいお見通しなのね……。



「ユーリ、悪夢を回収しているアイテム、少しみさせてもらってもいいかな?」

 2階層の治療院に顔を出そうと歩き出したワタシをクラウスが呼び止めた。


 仮眠を取るまでの数時間、各自自由行動となったの。

 アルバートとアルフレッドはご両親に会った後、仮設の学園に向かうそう。

 リオンは、お母様に会うために仮設の魔法使いギルドに行ったし、クラウスもてっきりお母様に会いに行くのだと思っていたのだけれど……。


「もちろんそうするよ。

 けど、久々に時間が空いたからね。雑用を山ほど押し付けられる前に、気になることを片付けたいんだよ」

 

 クラウスのお母様は錬金術ギルドの長だ。

 見習いのクラウスは修行という名の厄介ごとをよく押し付けられている。

 もっとも、それだけクラウスが優秀で期待されているからなのだけれども。

 たまには自分の趣味に没頭したいということかしら?

 ……。

 自分の趣味、なのかしらね、これ。

 

 ワタシから本を受け取ったクラウスは、何処か意地の悪い笑みを浮かべた。

「それから、リオンがあの父親に捉まる前に連れ出してやってよ?」


 その言葉にワタシは『あの父親』のことを思い出して、ひどくうんざりとした気分になった。

 リオンの父親は無能差別者だ。

 それが分かったのはリオンが生まれてからで、リオンのお母様はリオンの幼い頃に三行半を突きつけている。

 なんでも、幼いリオンの前で『無能がオレの息子な訳がない』などと、よく暴言を吐いていたとか。

 しかも散々不義の子だのといってリオン母子を侮辱していたにもかかわらず、リオンに牙が生えた途端に手のひらを返して親権を主張しだしたのだ。

 困ったことに、今も事あるごとに『さすがはオレの息子だ』なんていって擦り寄ってきているのよ。

 それに対するふたりの対応は『アンタみたいな阿呆が僕の父親な訳ないだろう』『あら、リオンはあなたの子供じゃないわよ』とばっさり切り捨てて、たたき出すことに終始しているわ。


 そんなこともあって、リオンは『あの父親』と顔を合わせるとひどく不機嫌になる。

 まあ、仕方のないことだけれど……。


 リオンのお母様は魔法使いギルドの長で、ワタシのお父様のパーティーメンバーでもあるの。

 そろそろお休みになられるでしょうし、先にリオンに声をかけていこうかしら?

 ふと斥候ギルドのテントを覗くと、必死な形相をした受付のお姉さんがトマス先生の肩をがっしりと掴んで揺さぶっていた。

 ……。

 見なかったことにしましょう。



「あら、ユーリちゃんいらっしゃい。

 ちょうどよかったわ、これ持っていきなさい」

 何がちょうどいいんだというリオンの突っ込みをよそに、リオンのお母様は可愛らしい小瓶をワタシの手に握らせる。

 中身は金平糖のようね。

 色とりどりの星のかけらがなんとも愛らしいわ。

「ありが「それにしても無事でよかったわ」

 そういうと彼女はワタシの髪をぐしゃぐしゃにかきまぜた。

 深い藍色の長い髪に夜色のローブの神秘的な佇まいのリオンのお母様は、その実非常にパワフルな方だ。

 彼女の遠慮のない明るさに、幼かったワタシ達はどれだけ救われただろうか……。

 ワタシもあんなふうに、皆に慕われる笑顔の素敵なひとになりたい。

 幼い頃、そんな風に思っていたわね。


「それじゃあ、また、夕方にね?」

 伸びをしながらコテージに向かう彼女を、憮然とした表情のリオンと共に見送る。

 あいかわらず嵐のような方ね。

 大げさにため息を吐くリオンを連れて歩き出す。

 治療院へ行って確かめたいことがあるの。



「骨折や打撲は数日もすれば完治するでしょう。

 ただ、精神的にショックを受けていますから、しばらくは安静にして、経過を見守るしかないでしょう」

 港で保護した女性の怪我はだいぶよくなったらしい。

 そのことに心底ほっとしたわ。

 助けが間に合わないと思ったときのどうしようもない気持ち、あの無力感は本当に忌々しかった。

 だから、本当に、無事でよかった。

 

 けれど、夜中に魘されたりしてあまりよく眠れてはいないようね。

 仕方ないわね、あんな目に遭ったのですもの。

 後は、治療院のスタッフに任せるしかないわ。

 そう、これ以上、ワタシに出来ることはないの……。


 そしてもうひとつ、良いことが聞けたわ。

 あの女の子が無事お母さんと会えたそうなの。

 怪我もたいしたことがなくて、しばらく通院するだけでいいらしいわ。

 良かった。

 本当に、良かった。


 気にかかっていたことがひとつなくなって、安堵のため息を吐いた。

 誰かの将来を決めてしまうような大きな出来事にかかわることは、とても緊張する。

 立場上、それを避けて通ることは不可能だと知ってはいるのだけれど。

 けれど、ワタシにはそれが怖い。

 必ずしもそれが悪い結果になるとは限らないし、そもそも、悪い結果にならないようにするのがワタシの役目なのだけれども。

 けれども、不安は尽きない。

 まして、ワタシのために行く末を定めて欲しいなど……


「あ、ユーリ。帰ってこれたんだね!」

 弾んだ声が何だか懐かしい。

 柔らかいアッシュブロンドにすみれ色の瞳の童顔の少年。

 とんがった耳の先が短い髪から飛び出している。

「ジョアン。久しぶりね、元気だったかしら?」

 振り返った先には懐かしいクラスメイト達があいかわらずの様子でいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




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