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繚乱のダンジョン 4

 この世界の穏やかな海の底には図書館がある。

 この図書館には幼き光の見た夢が収められていて、この夢を通じて異世界の知識がこの世界に齎されている。

 けれども幼き光は、見る夢の内容を選べない。

 そう、幼き光は時に恐ろしい夢を見る。

 痛い夢、苦しい夢、辛い夢、悲しい夢、図書館にはこれらの悪夢を封印する地下室がある。

 地下室には浄化魔法の魔法陣が設置されており、この魔法陣によって悪夢は封印されている。


 トラブルのためにやむなくマーテルで下船したワタシ達は、情報収集のために管理者ギルドを訪ねることにしたの。

 忙しなく港を行き来するひとびとは皆一様に険しい表情で、酷く緊迫した空気が辺りを支配していた。

 状況が飲み込めず混乱していた他の乗客の皆さんもこの差し迫った雰囲気に呑まれたのか、粛々と、ギルドの職員の誘導に従っている。

 

 この妙に静かな喧騒をなんとはなしに眺めていると、突然、くらりと景色が回った。

 それは抗い難い眠気だった。

 アルバートの力強い腕の中で、心配する友人達の声を他人事のように感じながら、ワタシのイシキは、オチタ。



 しん、とした静寂が厳かに支配する圧倒的な書架の、もの言わぬ威容に押し潰されそうだ。

 装飾の少ない重厚感のあるテーブルではコーヒーが良い香りを漂わせ、翼のある白い猫がフクロウの運んできたクッキーを幸せそうに食んでいる。

「久しぶりだのぉ」

 ヒョコヒョコと可愛らしい動作でこの図書館の管理人のフクロウが声をかけてきた。

「急に呼び出してすまなかったのぉ」

 ……なにか、あったのね?

「なにぶん緊急事態でのぉ」

 もしかして、マーテルの様子がおかしかったのと関係あるのかしら?

「……時に、オムツの調子はどうかのぉ?」

 おかげさまで、って今その話必要かしら?

「フォッフォッフォッ、冗談じゃのぉ」

 …………。

 空惚けた風に笑うフクロウを半目で睨みつけていると、フックンはわざとらしく咳払いをして見せた。


「コホン……。実は困ったことになったのだのぉ」

 困ったこと?

「そうじゃそうじゃ、悪夢が地上に出てしまったのじゃ」

 そう、なら、急いで回収しないと!

「しかも、巨大な悪夢でのぉ」

 巨大な?

「地上に出た途端に散らばってしもうたんじゃのぉ」

 散らばったって、まさか……!

 床に撒いてしまったとんぼ玉のイメージを必死に振り払う。

「アレは魔法と同じで海には長く留まれんのだがのぉ、大きかったからかのぉ?渡れてしまったのじゃよぉ」

 渡れてしまった?

「初めはロサに出たのだのぉ。それがわかれて他の島へ渡ってしまったのじゃのぉ」

 一体、……どこへ?

 ワタシの脳裏に帰還を果たす予定だった故郷の島が過った。

「全部だのぉ」

 ……。

 一瞬気が遠くなったわ。

「早く回収しないと根付いてしまうのだのぉ」

 そんな……。

 移動するだけでもどれだけ時間がかかるか……。

「全部回収してからでないと封印できんのじゃのぉ、急ぐのだのぉ」

 フックンの間延びした科白と共に、ワタシの視界は再び歪んだ。




『大変なことになったね』


『それに君も随分緊張してる』


『過度な気負いは、却って行動の妨げになるよ?』


『分かってるけれど出来ないって?なら、私がひとつ面白い話をしてあげよう』


『フックンて実は────なんだよ』


『けど、それに気付いたのは名前をつけた後で……』


『けれど────は─────だから、まあ、問題ないよね?』


 なんてこと!

 あまりのことにワタシは膝から崩れ落ちた。


『そうそう、マキナは大丈夫だから。君は残りの四つをお願いするよ』


『それじゃあ、頑張って』


 待ちなさいよ!

 そんな重要なことをついでみたいに……。

 ワタシの抗議は朝焼けの空へと消えていった。


 

「う、ん……?」

 目が覚めるとアルバートの精悍な横顔が目の前にあった。

 ワタシはアルバートの逞しい腕の中にすっぽりと納まってどこかに運ばれている途中らしい。

 所謂お姫様抱っこというヤツね。

 しかも天下の往来で……。

 ……?

「……っ!」

 状況を把握したワタシは飛び起きた。

 しっかりと抱えられていたので気持ちだけだけれども。

「ユーリ、目が覚めたか」

 身じろいだワタシに気付いたアルバートが目元を緩ませ、優しく笑いかけてくる。

 白い歯が眩しいわ。

「大丈夫ですかユーリ?」

 アルフレッド、心配かけてごめんなさいね。

「急に意識を失ったからな、今救護院に向かっているところだ」

 皆には迷惑かけてしまったわね。

「まあ、アルバートがいてくれて良かったよ。ボクじゃ引きずっていくしかなかったからね」

 ノーコメントで。

「もう少しの辛抱だ」

 ありがとうアルバート。

 ……。

 …………。

 いえ、そうではなくて。

「と、とりあえず降ろしてちょうだい!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶワタシを、道行くひとが驚いたように振り返った。


「悪夢だわ」

 海底の図書館で聞いた話を伝える為に、マーテルの王宮に赴く。

 程なくしてアイシャお姉さまと接見することがかなったわ。

「面倒なことになったわね」

 アイシャお姉さまはその美しい顔を忌々しげに歪めた。

「あなた方がマキナに行っている間に、各国の主要人物には悪夢と司書の話を伝えてある。

 ラピスとマキナは良い。

 問題はロサとネムスだ。

 あの石頭共は、『今までそのような話は聞いたことがない』『にわかには到底信じられるものではない 』とな、まともに取り合うことすらしなかった。

 かの国は今渦中にあるが、だからといって、司書としてのあなたを受け入れるか……」

 

 ある程度覚悟していたことだった。

 ワタシが悪夢を回収するところを実際に見ていたマーテルとラピスは大丈夫。

 マキナの王族は錬金術師。

 前例がないからといって頭ごなしには否定しないはず。

 ただ、ロサとネムスは違う。

 両国とも保守的で、祝福を持たない者を差別する風潮が持て囃されていた。

 ワタシが司書だというだけでも失笑ものなのだろう。

 荒唐無稽な話だもの、すんなり受け入れてもらえるわけがない。だから時間を掛けて信頼を得ていこうと考えていたのよ。

 けれど、今は時間がない。


「ユーリ・ラピス王子。あなたにお願いがあります。

 マーテルに現れたという悪夢を、どうか回収していただきたい」

 姿勢を正し、アイシャ王女の依頼を受諾する。

「その間に、私はラピスへの船を手配しておきましょう。

 あなた方はこちらでの要件が済み次第ラピスへ渡り、悪夢を回収し、あなた方の母国を蝕む事態を収束させなさい」

 そう言い放つとアイシャお姉さんは少し悲しそうにワタシに微笑んだ。

「行きなさいユーリ。

 行って、こんな悪夢はさっさと終わらせて。

 そして、あなたが差別に屈するような弱者ではないことを、偽りで保護を得ようと願うような愚者ではないことを、あの石頭共に証明してちょうだい」


 っと、息を呑む声が木霊する。

 ぎりり、と背後の青色が歯を食いしばる様子が手に取るように分かる。

 数多の怒りがこの場を凍てつかせてゆく。

 けれど、その殺気にも似た怒りは、ワタシには嬉しいものだった。

 不謹慎だけれどこんな時、ワタシはこんなにも愛されているのだと実感できるのよ。

 そう、ワタシは周囲のひとにとても愛されて育ったし、それは今も変わらないわ。

 嘘をついて愛を得る必要など、ワタシにはなかったの。

 だから、理不尽な差別にただ萎縮することもなかった。

 まあ、不快なものは不快だったけれどね。

 けれどそれは、それを知らない誰かにとっては思いもしないことなのでしょう。

 アイシャお姉さまのあの様子では、そうとうワタシについて嫌な事を言われたのね。

 ワタシのことなんて好きに言ったらいいのよ。

 けれど、それでアイシャお姉さまが悲しい思いをするのなら話は別ね。

 お姉さまはノエルお兄様ほど過保護ではないの。

 けれどだからといって、ワタシに対して放たれた暴言をにおわすような発言をなさって、傷ついていないわけじゃない。

 あんな寂しそうな顔、二度とお姉さまにさせないわ。

 少しだけ早いけれど、司書の仕事をするのならもう子供でいるのはやめましょう。

 もう、守られるだけの立場に甘んじているわけにはいかないのよ。


 控えめなノックと共にリュート様が異変の報告を持っていらっしゃった。

 凍てつく場の空気に一瞬目を丸くされたリュート様は、しかしすぐに微笑んでアイシャお姉さまに寄り添われた。

 ああ、なんて素敵なご夫婦なのだろう。

 けれど報告の内容はかけらも素敵ではなかった。

 あろうことか王宮の庭園に突如として怪しげな黒い霞が発生したのだと。

 ワタシ達は急ぎ庭園へと走った。

 

 結論から言うと、マーテルでの悪夢回収はとてつもなく簡単だった。

 庭園で厳戒態勢を取っていたドーンさん達の話によれば、黒い霞はやがて一ヶ所に収縮し禍々しいオーブへと姿を変えたそうだ。

 オーブはゆらゆらと怪しげな暗い光を明滅させていて、不気味な存在感を感じるわ。

 本を開いて確認すると位置も丁度この辺りだし、このオーブが悪夢で間違いないでしょうね。

 そうこうするうちにオーブの表面に亀裂が入り、いかにも何かが生まれそうな気配がしてきたわ。

 なのでさっさと回収してしまいましょうか。『悪夢を回収しますか?』『はい』

 悪夢を回収する赤い魔法陣が消えると庭園からは禍々しい空気が跡形もなく消え去り、本には20%回収済みという表示が出ていた。

 

 思いのほかあっさりと悪夢を回収したワタシ達は、アイシャお姉さま達と一緒にお茶の時間を過ごすことになったわ。

 庭園で頂く抹茶と練り切りはとても素晴らしかったはずなのに、何だか味がしないわね。

 脅威のなくなった庭園でラピスの状況を教えていただいたわ。

 混乱の最中で情報がなかなか入ってこないのだそうだけれども、分かったことはいくつかある。

 突然、街の中にモンスターが出現したこと。

 当初は学園や王城を避難場所にしていたのだけれど、モンスター達の襲撃を防ぎきれずにダンジョンの1、2層階へと移動したこと。

 少なくともお母様は無事だということ。

 お母様は避難所の指揮をしながら定期的に連絡をしてくださっているのね。

 でも、お兄様とお父様は分からない。

 リオン達のご家族のことも。

 けれど、きっと、大丈夫よね?

 だって、みんな、すごく強いから。

 

 今のワタシには祈ることくらいしか出来ない。

 ああ、もどかしいわね。

 ラピスの皆様、お兄様、お父様、お母様、どうかご無事で……。

 








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