繚乱のダンジョン 3
活気に溢れていた街。
放課後に皆と寄り道したファストフードのお店。
お兄様のお使いで訪れたガラス細工のお店。
素敵な鈍器をお薦めしてくださった武器職人のおじ様のお店。
当たり前のようにあった、幸福な日常の風景。
その全てが、今、炎に包まれている。
ゆらゆらと、陽炎が崩れた街をさらに歪めていく。
立ち込める煙が視界を塞ぎ、襲撃者の姿を巧みに隠す。
熟練冒険者達に守られながら逃げ遅れた住人の方々を保護し、じりじりと瓦礫の間を進んでいく。
悪夢だ。
乙女ゲームのような世界だと、かつてそんな感想を懐いた自分が滑稽だわ。
ここは、異世界の出来事が投影される世界。
乙女ゲームを思わせる部分があったとしても、決して乙女ゲームの世界ではない。
そもそも、攻略キャラそっくりの友人達に囲まれながら、今まで、一度も、ヒロインらしき人物に会ったことがないのよね、ワタシ……。
この世界にゲームのヒロインいるとすれば、ふわふわとした可愛らしい優しくて芯の強い女の子、かしらね?
そしてこんな時に攻略キャラたちと共に颯爽と現れ、この悪夢のような現実を浄化して、聖女と崇められたりするのかしら。
聖なる力でモンスターを退け、鎮火し煙を払い、負傷した人々を癒し元気付けるヒロイン。
攻略キャラたちと復興に力を注ぎ、国中に祝福されながらその中のひとりと結ばれる。
そんな王道ストーリーがどこかにはあるかもしれない。
ただ残念なことに、今ここに、聖女様はいない。
存在するかも怪しいわ。
だから、聖なる波動なんて使えないワタシ達が地道に頑張るしかないのよ。
アルバート達がモンスターと戦い、リオンとクラウスが炎を消して道を切り開き、ワタシが怪我人を治療し、ミントが煙と熱気を払ってワタシ達が活動できる空間を確保してくれている。
このミントの風魔法のおかげで、ワタシ達は戦闘に集中する事が出来ているの。
さすがに熟練の冒険者の皆さんはミントの魔法に気付いたらしく、おかげで護衛が楽になったと喜んでくださったわ。
この煙と熱気の中を歩くなんて自殺行為よ。
冒険者ならある程度装備やアイテムで何とかするけれど、一般の方にそんな準備が有る訳ないでしょう。
さすがのクラウスも彼らに行き渡るほどのアイテムは用意出来ていなかった。
となれば、魔法で何とかするしかないわ。
港で出会った4にんの他に、この商店街や倉庫街で更に3にんの住人の方を保護。
彼らと護衛を申し出てくださった2パーティーの冒険者の皆さんと、ワタシ達。
かなりの大所帯ね。
この人数をカバーする風魔法なんて普通は維持するだけでも大変だわ。
全員を長時間カバーし続けるのは、風魔法にしろ浄化魔法にしろ相当な魔力が必要よ。
これをこともなげにやってのけるミントは、ワタシの親バカさを差し引いても凄いと思うの。
まあ、ワタシでもこの範囲の中の火傷や毒状態などのデバフを解除することだけなら出来るのよ。
ただ、それを継続して長時間となると……
………………。
…………。
……ん?
デバフ解除?
浄化魔法?
もしかして、ワタシ、根本的なところで考え方を間違えていたのかもしれない。
ゲームのような世界だからといって、私の知っているゲームのシステムに囚われすぎたわ。
浄化魔法の対象は何もプレイヤーだけとは限らない。
アンデッドを攻撃することも、毒ガスの充満した空間を浄化することもあるわ。
それなら、火災や有毒ガスの発生をこの街にかかったデバフと定義すれば、この街そのものを浄化できるかもしれない。
試しにワタシの左前方で戦闘中の冒険者の皆さんの辺りを浄化してみましょうか。
『深き水底に眠りし母なる光よ、汝が慈悲をもてこの穢れを清め給え』
…………。
予想通りといって良いのかしらね?
あまりにもあっさりと、あっけなく、猛る炎も立ち込める白煙も、フッと消えてなくなった。
友人達の胡乱な視線と、冒険者の皆さんの驚愕の視線を感じながら、ワタシは酷く動揺していた。
突撃してきていたローカーシッドが浄化魔法を避けたのだ。
あれ程しつこく攻撃を繰り返していたモンスターたちが、浄化したエリアに立ち入ろうとしない。
あのローカーシッドは浄化魔法を嫌っている?
そのことを認識すると、ワタシは漸くあることを思い出したのだった。
これは、悪夢だと。




