錬金術師のダンジョン 7
色の薄くなった木の床がギシリと音を立てる。
古い木造の校舎の廊下は、歩くだけでも賑やかだ。
通り過ぎる教室の扉の横には札が掛けられている。
乾燥した木の匂い、古くなった蛍光灯の明滅、掲示板の交通安全のポスター、廊下の中央に引かれたライン。
本当に、芸が細かいわね、この世界のダンジョンは。
うっかり右側通行しかけたわ。
巡回の先生方……ではなくて、巡回の冒険者のパーティーに軽く会釈をして道を譲る。
彼等は廊下に落ちていた錬金術師を担ぐと、そのまま救護所に戻っていった。
「通路で寝落ちする錬金術師って、都市伝説じゃなかったのかよ……」
「…………」
呆然と呟くアランの言葉に思いをめぐらせる。
廊下ですやすやと気持ちよさそうに寝息をたてる少女と、その周りに散らばるトラップ。
対処に困って固まるワタシ達を尻目に、クラウスの連絡を受けてやってきた巡回の皆さんはテキパキと、トラップと赤毛の三つ編みの少女を回収していった。
どうしてそんなに手慣れているのかしら?まさか、本当に良くある事なの?
それにしても、この世界に都市伝説なんてあったのね!
……何故だかリオンに頭をべしっと叩かれた。
「あのひとたち、足音しませんでしたね」
アルフレッドがギッと音を立てて床を踏んでみている。
「そういえばロウのご両親もだな」
「……」
「言われてみれば、レイカさんってツメすっごいのに、足音しないね」
「確かに」
「もしかして、ロウのご両親は冒険者なのかい?」
「……」
「そーだよ、オジサンたち、たまにマーテルのダンジョンで巡回してた」
そう、やっぱりプロの冒険者の方って日常からしてワタシとは違うのね。
「皆さん、よく気が付きましたね」
いつも足音を立てない引率のトマス先生の授業が始まった。
「ダンジョンの巡回をなさっている冒険者の方は、管理者ギルドに所属している高ランク冒険者であることが多いです。
彼らは巡回に出ていらしゃらない期間に、下層階の探索や鍛錬をなさっているのですよ。
そういった方々は、ダンジョンの探索に必要な技術をしっかりと身に着けていらっしゃるんです。
さて、戦闘時に有利となる技術はいくつかあります。
例えば、モンスターに先制攻撃するには、こちらの存在を悟られないことが重要になりますね。
それには、音を立てない技術が必要になります。
話し声はもちろん、身体を動かしたときの装備の音、足音などですね」
そういって、トマス先生は短剣を留めている金具をカチャリと鳴らして見せた。
「皆さん授業で歩法を習いましたね?
ただ、斥候科は勿論、戦士科でも時間を掛けて訓練していますが、魔法科や治癒師科はそれほど時間をとられていなかったと記憶しています。
しかしだからといって、魔法使いや治癒師に技術が必要ないわけではありません。
むしろ、パーティーを組んでダンジョンの下層階を探索するには必要不可欠なものです。
なので、今から授業で習った歩法を意識して行動しましょう」
斯くして実技の授業が始まった。
いえ、ダンジョンに入ったときから意識していなければいけなかったのよね。
トラップやモンスターにばかり気をとられていたワタシ達のミスだわ。
身のこなしに気を配りつつ、トラップやモンスターの気配の有無を確認しつつ、それなりの速さで歩く。
適度な緊張感を保ちつつ、気を張り過ぎない。
仲間の様子を気にかけながら……、やることが多いわね。
これが自然に出来るようになるまで、いったいどれだけかかるのだろう?
音もなく立ち止まったアルフレッドが片手を挙げる。
前方から寂しげなオルゴールの音色が聞こえてきた。
オートマトンだ。
オートマトンはこのダンジョンの特有のモンスターで、なんと、BGM付きで出現する。
そう、BGM。
しかもタイプによって曲が違う上に、同じタイプでも調が違っていたりする。
ちなみに調が違うとドロップするアイテムも違うという、なんともややこしいモンスターである。
ただ、オートマトンはそれほど強くない。
ただし、厄介なモンスターだ。
白いワンピース姿のブルネットの少女の人形は、ナイフを構え滑るように突進してきた。そして、アルバートの盾に阻まれると、ロウのバトルアックスによって破壊された。
オートマトンが光の粒子となって消えると同時に、こちらも方が付いた。
天井から落ちてきたスライムはリオンの魔法で凍りつき、床に落ちて割れた。
背後から近付いてきていた三巻セットのハードカバーは、今、床で燃え尽きた。
さりげなく短剣を戻しながら、トマス先生がよく出来ましたと褒めてくださったわ。
オートマトンのBGMに気をとられて他のモンスターへの対応が遅れることがあるのよ。
BGMが聞こえてきたらしっかりと周りを警戒しなさいね、とレイカさんに教えていただいていたの。
おかげで慌てずに対応できたわ。
もっとも、慌てずにいられたのはトマス先生が見守っていてくださっているのを知っているから、というのもあるでしょうね。
たとえ失敗しても先生がカバーしてくれる、そう思うと不思議と落ち着いて前を向けるのよ。
ミントがトコトコとドロップアイテムを回収してきてくれた。
魔法石と意味不明のメモの切れ端、ね。
この本系のモンスターは意味不明の言葉が書かれた紙片をよくドロップすることで有名よ。
一部の熱心な収集家にいいお値段で売れるわ。
これにはなんて書いてあるかしら?
ええと、『貴方へ』
…………。
ナニコレコワイ。
廊下の突き当たりの両開きのドア、その隣のフックにギルドで渡された札を掛ける。
この部屋には予約があって三日しか借りられなかったの。
試しにうっすらと扉を開けてみると、耐え難い不協和音の洪水が押し寄せてきた。
慌てて扉を閉めると一息つく。
想像以上に凄かったわね。
この部屋はオートマトンのモンスターハウスなの。
いろんな種類のオートマトンが大量に、無限にわき続ける人気のお部屋よ。
つまり、いろんなBGMがごっちゃになっているということ。
そんな部屋にずっといたら気分が悪くなっちゃうわよ。
本当に厄介なモンスターだわ。
ワタシ達は顔を見合わせると、このダンジョンの必須アイテム、防音のイヤーマフを装備した。
このイヤーマフ、オートマトンのBGMだけを遮ってくれる優れものなの。
さて、まずは拠点を確保しましょうか!




