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錬金術師のダンジョン 5

 金と銀の刺繍の美しい、紫の縁取りのある漆黒のローブ。

 研究塔の錬金術師であることを表す正装だ。

 その錬金術師のローブを纏った黒髪に丸眼鏡の青年が、複雑な形の大きな砂時計に銀色の砂を注ぎ足している。

 あの銀砂がフィリア達をここに繋ぎとめる為の魔法陣を維持しているのよ。

 どこかフックンの作ってくれたインクに似ている気がするわ。

 丸眼鏡の青年はカートさんとおっしゃって、この研究室の主なの。

 カートさんは過去に発表した祝福についての論文が認められ、この研究室をマキナの管理者ギルドから与えられたそうよ。

 それにしても、『祝福の有無によって優劣は決まらない』と、数年前に発表された論文にそう明記されていたにも拘らず、そのことを知るひとが少ないのは何故かしら?

 もちろんワタシ達も知らなくて、マキナへ来る前に慌てて論文を読んだくらいよ。

 ノエルお兄様はご存知だったらしいけれどね。

「マイナーな研究だったうえに、大衆に歓迎されない内容だったからでしょう」

 そういって苦笑すると、カートさんはワタシ達を研究室へと案内してくださった。


 様々な大きさの球体間接人形とそのパーツが、無機質な部屋に無造作に転がっている。

 正直ちょっと怖いわ。

 ひとりでこの部屋にいるときに突然灯りが消えたら悲鳴を上げるわね、きっと。

 色のない人形に描かれた魔法陣が放つほのかな光が明滅しながら揺らいでいる様子が、幻想的な恐怖を演出している。

 得体の知れない迫力に呑まれているワタシ達の中で、クラウスだけが目を輝かせているけれど……見なかったことにしましょうか。


「これが私の研究している自動人形です」

 カートさんは白い大きな襟の付いた濃紺のワンピースを着た人形を運んできた。

「祝福の研究をしているときに、私達は常に魔法の源と繋がっているのだという事に気が付いたのです。それを、錬金術で再現したのが……」

『この人形です』

 突然カートさんの声で人形が話し始めたわ。

 カートさんの腹話術という訳でもなさそうね。

 人形は机の上でぴょこりとお辞儀をした。

『自分と人形の間に道を作り、遠隔操作で操るのです。

 私と人形と魔法の源は繋がっているため人形を動かす魔力は必要なく、私は研究室で研究をしながら雑務をこなす事ができる。そう、理論上は可能な筈でした』

 人形は可愛らしい動作で微動だにしないカートさんを振り返ると、肩を落とした。

『結果は失敗です』

「ひとはマルチタスクに向いていません。

 仮に出来たとしても、生産性が低くなります。

 片方に集中するともう片方は停止してしまう。

 結局、自分ひとりでひとつずつ用事を片付けたほうが効率がいいという結論に達しまして……」

 アハハハと、乾いた笑い声を上げながら、カートさんは動かなくなった人形を机の上に座らせた。

「今は、歌ったり踊ったり楽器を演奏したりという特定の動作を行う自動人形として、商品化を進めているところです」


「それ、ボク達が聞いても大丈夫なお話ですか?」

 クラウスが難しい顔をしているわ。

「もちろん、大丈夫なお話ですよ。この自動人形に関しては技術公開していますから。

 ただ、遠隔操作を目的とした人形は、まだ実用化に至ってないので秘密にしていただけると助かります」

 何だか雲行きが怪しいわね。

 何故、秘密にしなければならない事をこの方は話したのかしら?

「遠隔操作の人形は、状況によってはとても有用なものなんです。

 上手くいけば、あのお嬢さん方の意識を人形に移すことが可能なんですが、ただ、問題がいくつかありまして……」


 まず、人形を作る素材が足りないこと。

 そして、フィリア達を留めている魔法陣を維持するために、カートさんはこの研究室を長時間離れられないこと。つまり、素材を集めるためにカートさんがダンジョンに行くことが出来ないということね。

 マーテルから依頼料として渡された資金では、素材を買うにしても冒険者を雇うにしても心許ない。

 純粋な資金不足ね。

 一番の問題は、本人達とそのご家族の同意が得られていないということなのだけれど……。


「いま、マーテルの王家の方がご家族に確認を取ってくださっているところです。

 お嬢さん方には、事後承諾という形にさせてもらうしかないのですが……。

 それで申し訳ないのですが、皆さんには素材を集めてきていただきたいのです。

 どうでしょう、お願い出来ますか?」


 ワタシ達にやらないという選択肢はなかった。

 そもそもマキナに来たのはフィリア達を助けるためなのだから。

 さて、久々にパーティーを組んでダンジョン探索しましょうか。


 それにしても、遠隔操作を目的とした人形は、まだ実用化に至ってないってどういうことかしら?

 ワタシにはもう十分出来ているように思えるのだけれど……。

 

 

 


 



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