錬金術師のダンジョン 4
研究室とは対照的なクラシックな室内にアンティークな鳥かごが三つ安置されている。
繊細なレースで覆われた巨大な鳥かご。
そこに敷き詰められた柔らかそうなクッションに埋もれるようにして、美しいぬいぐるみが夢を見ている。
ひとつは螺旋状に伸びた一本のオレンジの角と二本の短い角を持つ白馬。
ひとつは蝙蝠のような翼と湾曲した赤い角を持つ黒い豹。
ひとつは耳の先がほんのりと水色に色づいている雪のように白いウサギ。
室内を飾る色とりどりの花々の甘い香りに包まれて、ワタシはそっと目を閉じた。
幼い少女が絵本の先に夢見るような美しい光景に胸が詰まった。
なんて物悲しい有り様なのかと。
この室内の装飾はせめてもの慰めにと、レイカさんが調えてくださったのだそう。
フィリア、リリア、ミラ……。
この3人は今、夢を見ている。
夢に落ちてしまわないように。
こちらに留まっていられるように。
彼女たちは夢を見続けさせられている。
ライアン先生にしたように幼き光とのつながりを絶ってしまえば、彼女達はひとの姿で目を覚ますだろう。
そう、ただ、ひとの姿で、目を覚ますだけ。
元に戻るわけではないの。
冒険者として剣を振るうことも、魔法を扱うことも、出来なくなる。
「ホントはね、この子たちを養子にするつもりだったの」
レイカさんは顔を隠すように俯いた。
「管理ギルドに申請を出したんだけれどね、アイシャ様に止められちゃった……」
本人の意思が確認できるまで許可できないと、アイシャお姉さまはこの件を保留にされたのだそう。
「なんでっ、こんな良い子たちが……」
肩を震わせ口元を手で覆うレイカさんを支えるようにして、ロウが部屋の外へと連れ出していった。
「妻がすまなかったね。この子達が君達に礼を欠く振る舞いをしていたことは知っているのだけれど、私達夫婦にとって、この子達はとても大切な存在なんだよ」
ロウのお父様はくたびれた顔をして、アランの肩にそっと手を乗せた。
「ウチの息子は幼い頃からあの通りでね。学園で上手くやれるか、ずいぶん心配したんだよ。
それがある日、友人をウチに連れてきてね。
親としてはどうかと思うかもしれないけれど、正直驚いたよ。
あの子に友人が出来たのも、すんなりパーティーを組めたのも、順調に学園生活を送れたのも、この子達のおかげなんだ」
「ロウはいいヤツですよ。誰かのおかげとかじゃなくて……」
アルフレッドに同意してワタシは頷いた。
学園で共に過ごした時間はほんの僅かだったけれど、それは断言できるわ。
無口でストイックなものだから近寄りがたい感じはするのだけれど、義理堅い人物だということは皆の知るところだった。
マーテルの学園生活で、遠巻きに悪口を囁かれる程度で直接嫌がらせを受けることがなかったのは、ロウとアランが一緒にいてくれたおかげだと、ワタシは思っている。
きっとフィリアに出会わなくても、ロウは友人に囲まれていたはずよ。
「ありがとう。
でもね、やっぱり私はあの子にきっかけをくれたフィリアちゃんに感謝しているし、あの子の友人になってくれたこの子達を大事に思っているんだ」
赤い瞳をさらに赤くしたアランが歯を食いしばって拳を握り締めている。
彼の視線の先にいるウサギはピクリとも動かない。
彼女達にはずいぶんと不快な思いをさせられたわ。
もし、今までのことを水に流して今後は良い関係を結んで欲しいと言われても、正直、ワタシには無理なことね。
けれども……。
彼女達は被害者なのよ。
確かに彼女達には問題があったわ。
彼女達の言動には、心底うんざりしていたわ。
けれども、彼女達は被害者なのよ。
彼女達を唆して弄んだ大人達のね。
彼女達は、大人が手を差し伸べなければならない時に、そうしてもらえなかった子供なの。
自分勝手な思想の為に利用した大人の、問題をすり替えるために批判の的にした大人たちの、犠牲になったのよ。彼女達は。
これは、学園の、管理者ギルドの、国の、王家の、失態だ。
「私にこんなことを言う資格はないのかもしれないけれど、どうか、この子達を救っていただけないでしょうか」
そういうと、ロウのお父様とアランは深々と頭を下げた。
その様子にワタシは言葉を失った。
何故この優しいひとたちがこんなにも傷ついた顔をするのだろう。
何故、何も悪くないこのひとたちが、ワタシに申し訳なさそうな顔をするのだろう。
理不尽だ。なにもかもが。
「もちろんですよ」
この研究室の主がおもむろに口を開いた。
「それがマーテル王家からの依頼であり、私の仕事でもあるのですから」




