錬金術師のダンジョン 3
「イヤだっ!俺は行かないぞ。放せっ、俺はロサに帰るんだ!!!」
船を下りると、見目麗しい銀髪の男性がパーティーメンバーと思しき女性達にロープでぐるぐる巻きにされて引きずられていくのに出くわした。
一体何事かと目を見張るワタシ達に、クラウスは苦笑を浮かべた。
「ああ、心配いらないよ。高いところ苦手な人にとって辛い所らしいんだ、マキナは」
くいっと彼が親指で指す方には、透明なチューブ状の道が空中を走っているのが見える。
あの中を半分に割ったカプセルのような椅子に座って移動するのよ。
「高いな」
「見晴らし良さそうですね」
「見晴らしっていうか、足下丸見えじゃ……」
「しかし、何故あの騒ぎを誰も気にしないんだ?」
「ああ、良くある事だしね」
よくあることなの?アレ。
ワタシ達は半泣きで連行されていくイケメンに心の中で手を合わせ、チューブに向かうエレベーターに乗った。
マキナという国を簡単に説明するなら、ファンタジーの世界によくある世界観が合わないくらいに科学の発展した国、ね。
まあ、この国の場合発展しているのは錬金術だけれども。
錬金術師の、錬金術師による、錬金術師のための国。
日夜、多くの錬金術師達が自らの研究に勤しんでいる。
そして、それ以上に大勢のひとびとが彼らを支えようと働いている。なにせ、錬金術師だけだと生活が破綻するからね、とはクラウスの談。
この近未来的な独特なフォルムの街並みは、錬金術の中心としてだけではなく観光地としても有名なの。
マキナでは観光産業にも力を入れていて、このチューブから見下ろす景色は素晴らしいの一言に尽きるわ。
「人気のデートコースもあるよ。特にこの夜景を楽しむプランがおすすめだって」
クラウス、その観光パンフレットどうしたの?
「ギルド長から送られてきた……」
「仕事か」
「仕事だな……」
「お、お疲れ様です」
良い笑顔のクラウスの手にはおびただしい量の付箋の貼られたパンフレットが握られている。
そういえば、観光収入の一部は錬金術ギルドの研究費に回されるのだったかしら?
「ま、デートとか夜景とか、オレには縁のない世界の話だけどね……」
何気なく呟かれたアランの言葉は、思いのほかワタシ達の心を深くえぐったのだった。
「そろそろ、目的の研究塔に着くよ」
研究塔というのはダンジョンを囲むように建っている、錬金術の研究所のことよ。
この国の錬金術師達はこの研究塔に住居を持っているの。
塔の中程で直接チューブと繋がっていて、研究室や住居、商店などの施設があるの。
タワーマンションみたいなものと言ったら分かりやすいかしら?
外に出ることなく職場に行けてお買い物まで出来る、人気の物件よ。
これからワタシ達が訪ねる予定の錬金術師もこの塔に住んでいるの。
そして、フィリア達もね。
ワタシ達はカプセルトイ宜しく、ガコン、と目的の塔へと吸い込まれていった。
研究所に着いたワタシ達を出迎えてくれたのは、ロウだった。
「…………」
「や、久しぶり」
「…………」
「元気、してた?」
「…………」
「オレ達、フィリア達に会いに来たんだけどさ……」
「…………」
「ここの錬金術師のひとって、留守かな?」
「…………」
「そういえば、オジサンたちはどうしてる?」
「…………」
アランが嬉しそうに話しかけているのだけれども……。
「あいかわらず、ロウは無口ですね」
無口ってレベルじゃないわよね?コレ。
「ねえ、あのふたり、どうやって会話を成立させてるの?」
お願い、ワタシに聞かないで。
「会話、しているのか?」
ワタシには分からないわ!
「ああ、おそらく」
「学園でもあんな感じでしたしね」
「なるほど」
いけない、クラウスが彼らの会話手段を考察し始めたわ。
ワタシが何とか軌道修正しなければと焦り始めたところに、突然、明るい緑色の髪の女性が親しげに声をかけてきた。
「あらあら、アラン君久しぶりねぇ」
「ここの研究室の方、カートさんっておっしゃるのだけどね、ちょうどさっきギルドに呼び出されたの。お菓子でも食べて待っていてね」
研究室でロウのご両親がお茶を用意してくださったので、お言葉に甘えてアップルパイと紅茶を頂いているわ。
先程の女性はロウのお母様で、レイカさんとおっしゃるそうよ。決しておばさんと呼んではいけないと、小声でアランに念を押されたわ。
レイカさんはお菓子作りが趣味で、このパイも彼女の手作りなのだそうよ。
焼きたてでサクサクの生地に、程よい甘さのリンゴ。ほのかにシナモンが香る優しい味のアップルパイだ。
『美味しいね?』
子供用の椅子に座ったミントが嬉しそうにパイを頬張っている。
ワタシのフードから顔を出したミントを見たロウのお父様が、ミント用の椅子をどこからか持ってきてくださったの。
自分専用の椅子に大喜びしていたわね。
ロウのお父様は短い黒髪で顔の右半分に刺青のような黒い蔦の模様のある、物静かな優しそうな男性だ。
ロウのお母様は明るい緑の髪の朗らかな女性で、膝から下が鳥の脚になっているのね。あれは、鷹かしら?
鋭い爪のひとつひとつに可愛らしいネイルアートが施されているの。とても素敵だわ。
ロウのご両親はフィリア達を心配するロウと一緒にマキナに来てくださったのだそう。
幼い頃から知っている彼女達を放っておけないと、それからずっと、付き添ってくださっているのだとか。
なんて、有難い方々なのかしら。
ただ、フィリア達の御家族は、ワタシが行方不明になったあの日から、彼女達に会おうとすらしていない……。




