錬金術師のダンジョン 2
澄み渡った青空。
気持ちのよい風が駆け抜ける甲板で、猫耳の少年が青い顔をして口元をおさえている。
アルフレッド、いつもクルクル身軽に動き回れるのに、どうして船に酔うのかしら?
無心で空を見上げるアラン曰く、それとこれとは別らしい。
どうやら乗り物があまり得意ではなかったらしいアランが、気をそらす為か乗り物酔いの原因と対策についてぼそぼそと呟いている。
さすがは治癒師科の生徒ね。
だけど、船酔いの気を紛らわす為に乗り物酔いの話をするなんて逆効果じゃないかしら?
因みにアルフレッドはアルバートが船室に連れて行ったわ。
今、ワタシ達はマキナ行きの定期船に乗っている。
同行者はクラウスにアルバート、リオン、アルフレッド、アラン、そして引率のトマス先生。
ノエルお兄様はお仕事がお忙しくてラピスに戻られたの。
今回の船旅の目的はマキナにいるフィリア達に会うこと。
ライアン先生に起こった問題が、フィリア達の身の上にも起こっているらしいの。
マキナには祝福の研究をしていた錬金術師がいるらしく、マーテル王家がその方を頼ってフィリア達を送ったのだそうよ。
ただ、彼女達が夢に溶けることをとめることは出来たものの、元に戻すことが出来なかったらしいの。
ミントがライアン先生をひとの姿に戻したのを見て、ワタシ達なら彼女達を救えるのではないかと考えたのね、アランは。
問題は、ワタシ達はライアン先生を救ったわけではないというところね。
「フィリアってさ、昔はあんなじゃなかったんだよ」
ぼそりとアランが溢した。
「なんっていうか、正義感が強いって言うの?あれ、優等生ってやつでさ……
初等部の頃はオレもロウも、ひとりでいることが多くってさ。
別に、それで特に困んなかったし、ひとりで本読んでるほうが気楽でいいし。
でもさ、フィリアはオレ達に怒ったんだよ。
いつかパーティーを組むことになるかもしれないクラスメイトに無関心なのはいけないわってさ。
あのころはしょっちゅうそんな感じで叱られてて、気付いたら一緒にいるようになってた……」
遠くを見やるアランの声は少し震えていた。
「リリアとミラもそんな感じ。
意外かも知んないけど、リリアっていじめられてたんだ。
ただ、やられたらやり返すってタイプだから、エスカレートしちゃったみたいで……。
そんなんだから、先生達も問題児扱いして助けてくんなかったみたい」
勝利条件がはっきりとしていない分、いじめというのはやっかいね。
目的も期間も定められないまま、手段だけが暴走している状態なのよ。
その場のノリというだけでは済まされない事態になっていることに、加害者が気付くことは稀だろうし。
いえ、しっかりとした目的を持ってやるほうが怖いかしら?
私が子供の頃過ごした田舎では、近所に引っ越してきた家族に嫌がらせをして、また引越しをさせてやったと誇らしげに自慢しているおばさんがいたけど、幼心に計り知れない狂気を感じたものね。
「ミラってさ、なんとなく分かるかもだけど、引っ込み思案でさ、自分の意見、はっきり言えないんだよね。
んで、リリアをいじめるように強要されてたんだ。
囃し立てるクラスメイトと喧嘩腰で煽ってくるリリアに挟まれてさ、水の入ったバケツ抱えて泣いてたよ、アイツ。
それ見つけたフィリアが全員に拳骨食らわせてさ、こんなくだらない事するほど体力が余っているのなら校庭を走ってきなさいって、何でかオレ達まで走らされて……」
助けを求めることを諦めていたリリア、嫌なことを嫌だと言えなかったミラ、その他大勢のお馬鹿さんたちをまとめて片付けたのね。
アランもロウも、いろいろ巻き込まれて苦労したみたい。けれど、何だか楽しそうにも聞こえるわ。
「しょっちゅうそんなことばっかでさ、なのに、何時の間にかいろんなヤツに懐かれててさ、ホント意味不明だよ」
泣き出しそうなアランの笑顔を見ていられなくて、ワタシは空を見上げた。
「でも、中等部になって、ライアン先生の授業受けるようになって、だんだん変わっていったんだよ。
フィリアも、アイツも、みんなっ」
弱い者は強い者が守れば良い。
そんな正義感に溢れた少女が教師に偏った考え方を植えつけられ、祝福を持たないものは弱い、そして弱い者は怠慢であると言う、歪んだ認識を持つようになった。
何時の間にか、フィリアにとってライアン先生の思想こそ正義となり、彼女の正義の証はその祝福になっていった。
だからこそ、フィリアは夢に堕ちたのだ。
それを、傍らで止められずにいたアランは、どれだけ歯痒い思いをしたのだろうか。
もちろん学園側はこの事態を把握していたのよ。
けれど学園長がライアン先生に指導するたびに保護者から苦情が殺到したの。
優秀な教師を潰そうとする老害をやめさせようと言う署名活動まであったそうよ。
この件の恐ろしいところは、ライアン先生に賛同した生徒達が特に問題ある生徒だと言うわけではないことね。
むしろ、真面目で先生の言うことを良く聞く良い子なのよ。
そう、先生の指示に逆らわない、そして先生の指示に疑問を持たない、そんな純粋な子達ばかりだった。
そしてその保護者達は、我が子の異変に気付かなかった。
それは根底に、無能差別は正しいことだという意識があったことも一因である事は否めない。
肩を震わせ嗚咽を堪えていたアランが、呻くように呟いた。
「あ……、やっぱり、もう、……無理。……きもち……わる……」
浄化魔法ランク2。それと……
『深き水底に眠りし母なる光よ、汝が慈悲をもてこの傷を癒し給え』
忘れていたわ。
そういえばアラン、船酔いしていたのよね。
いろんなものを吐き出した彼は、青い顔をしてふらふらと船室に戻っていった。
「ところで、何でいきなり詠唱なんてしたんだ?」
「ええと、乗り物酔いには自己暗示も効くからかしら?」
リオンは溜め息をつくと、ワタシの頭をべしっと叩いたのだった。




