錬金術師のダンジョン 1
夜の図書館の入り口で、憔悴しきった美青年が全裸で倒れ臥している。
そして、その側に立つワタシ。
重要参考人としてお話を聞かれる場面ね。
実際手を下したのはワタシ達なのだから、重要参考人どころではないのだけれど。
アランの後ろからリオンとアルフレッドがこわばった顔をして出てくる。
それから、アルバートにクラウス、トマス先生、ノエルお兄様にアイシャお姉さま。
まるで示し合わせたかのようね。
お兄様たちを囲むように、ドーンさん達のパーティーまでもが辺りを油断なく警戒しているわ。
さてと、どこから説明しようかしら?
「連れて行きなさい」
アイシャお姉さまの硬質な声が静かに響く。と、王宮の警備の方々がワタシの周りに突然スッと現れた。
驚いたわ。
どこかに控えていただろう彼らの気配を、ワタシは一切感じなかった。
それだけでも、彼らが相当な実力者だということが分かるわ。
並の冒険者では彼らとまともに戦うことすら出来ないでしょうね。
ワタシはポーチから毛布を取り出すと、後ろにいた警備の方に渡した。
警備の方は笑顔でそれを受け取ると手際よくライアン先生を簀巻にしていく。
程なくして、ライアン先生と強盗団の皆さんは拘束され、連行されていったわ。
さっきまでアラン達のいた図書館の談話室に移動して一息つく。
夜も遅いということもあって出されたお茶はほうじ茶だ。
香ばしいほうじ茶に甘さ控えめの羊羹がとてもいいわ。
この世界に何故ほうじ茶と羊羹があるのかはもう分かっているのだけれど、何だか不思議な気持ち。
さて、そろそろ本題に入りましょうか。
「ライアン先生は魔法の源から切り離されました。現在ひとの姿と意識は辛うじてこちら側に留まっている状態です」
「取調べを行うことは可能かしら?」
「体調が回復次第可能でしょう」
ただ、もう魔法を使うことは出来ないし、剣を手に取るどころか日常生活を送ることさえ困難な筈よ。
自らの誇りの象徴だった祝福もなくなっているし、ライアン先生には辛い現実でしょう。まあ、欠片も同情する気にはなれないけれどね。
「了解しました。ユーリ・ラピス王子、ご協力感謝いたします」
アイシャお姉さまはそこで困ったように笑った。
「でもねユーリ、私個人はあなたに危ないことして欲しくないんだからね?学生は子供なんだから、ちゃんと私達大人に守られていてちょうだい」
お姉さまは拗ねたような表情でワタシの頬をつついてきた。
地味に痛いですお姉さま。それとアランが驚いていますから、あまり子供っぽい言動は……。
「ふふふ……、まあ、俺もアイシャと同じだよユーリ?君がどんな使命を負っていたとしても、まだ守られる側にいることを忘れないで。あ、君たちもだよ?」
ノエルお兄様はそういってワタシ達に釘をさした。
「さて、君が回収した悪夢について改めて教えてくれるかな?」
ワタシは頷くと、数日前とほぼ同じ内容の話を繰り返した。
行方不明になっていた間、海底にある図書館にいたこと。
図書館の管理人に司書になるようにいわれたこと。
魔法の源、幼き光は夢を通して異世界に繋がっていること。
この世界は幼き光の夢を通して異世界の影響を受けていること。
その影響はこの世界に発展をもたらすものだけではなく、ワタシ達住民に害を与えるものもあるということ。
ダンジョンの変換期でアンデッドが大量発生すること、祝福を持たないひとを差別すること、自分の都合でひとの物を無理やり奪おうとすること、これらはこの世界が異世界から受けた悪い影響だということ。
この世界の住民に害を与えるような夢を悪夢と呼んでいること。
幼き光は夢の影響でワタシ達が傷つくのを望んでいないこと。
悪夢は海底の図書館に厳重に封じられているけれど、稀に地上に迷い込んでしまうこと。
地上に迷い込んだ悪夢が大きく影響を及ぼすと、悪夢がこの世界に定着してしまうこと。
今回、悪夢の影響下にいたひとが多かった為、奪うという行為を行うひとが出てくるだろうということ。
改めて言葉にするととんでもないわね。
行方不明になっていた身内が帰ってくるなりこんなことを言い出したら、医者に連れて行くわ。……実際連れて行かれたわね。
前回の説明の後、ワタシが司書の仕事を行うところを見せて欲しいとお兄様達に要求されたの。
それは、決して可笑しなものではないわ。
何故ならワタシだってそういうもの。
盲信も拒絶もせずに、ワタシの状況を判断しようとしてくださったのよ。本当にワタシは恵まれているわね。
そう、今夜のことは偶然じゃない。
ライアン先生が図書館の前でワタシを待ち伏せていたのは、そう誘導したからよ。
アイシャお姉さまをはじめとするマーテル王家の方々は、以前から管理ギルドの職員の中にライアン先生の信奉者がいることを把握していたの。
マーテル国王は、王宮に出入りする職員の中にも先生の信奉者がいるということに頭を抱えていたわ。
ただ、彼らが実際に動かない限り彼らを捕らえることは出来ない。
だからワタシが餌になることにしたの。
もちろん皆反対したわ。
けれどこの件に関してはワタシの仕事が関わっていたし、皆に司書の仕事を見て頂くのに都合が良いと思ったのよ。
それに、幼い姫のために王宮の掃除を手伝いたいという気持ちもあったの。ワタシが生まれたときに、お父様達が苦心してくださったようにね。
ここ数日、ワタシは毎日夕食後に図書館を訪れていた。
管理ギルドは逃亡したライアン先生の捜索のために、警備の配置を大幅に変更していた。
そして、今夜は偶然にも先生の信奉者が図書館の周辺に多めに配置されていた。まるで、襲撃場所と逃走経路を確保するかのように。
…………。
偶然な訳ないわ。
残念なことに警備の配置を変更できる地位にいる職員が裏切ったのよ、王家をね。
まあ、アイシャお姉さまには筒抜けだった訳で、お姉さまはワタシに危機が迫ったときに備えて密かに人員を配置してくださっていたの。
あとは、まあ、あの通りよ。今夜の襲撃に加担した職員達もそろそろ連行された頃かしら?
お茶に手をつけることもせず、ずっと拳を握り締めていたアランがワタシとミントに向き直った。
「オレが、こんなこといえる立場じゃないのは、分かってるんだ……。けど、ユーリ、お願いだよ。フィリア、たちを、たすけ、て……」
突然泣き崩れたアランに、ワタシは羊羹を頬張っていたミントと顔を見合わせた。




