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始まりのダンジョン 18

 初めに感じたのは違和感だった。

 広大な砂漠や雪原、高山や渓谷などの階層を踏破し、辿り着いた海辺の村で異変に気が付いたのだ。

 それは音であり、匂いであった。

 

 レンガ造りの素朴な建物から出たワタシ達は、モザイクの道を海に向かって歩いていたの。

 道の両側には真っ白な壁の民家が並び、キラキラとした日差しを受けて眩しいほどだった。

 青い海と白い家屋とのコントラストの美しさに、ワタシはしばらく目を奪われていたわ。

 そして、ふと気が付いたのよ。

 今までの階層と違って『ここは手入れされている』って。

 目の前の建物の扉には補修された跡があるし、花が飾られていていい香りがしているわ。

 そしてなにより……。

 突然、目の前の扉が開くと厳つい男性が現れた。

「お前は……」

 アルバートより一回りは大きいだろう見事な体躯の壮年の男性は右手に持った大きな肉まんをくわえたまま、ワタシを頭の天辺から足の爪先まで険しい視線で見てきた。

 ワタシ、何かしたかしら?

 急に張り詰めた空気に彼の仲間らしい方達が警戒しながらこちらへやって来た。

 もっとも、みんな手にかじりかけの肉まんを持っているから、緊張感も半減するけれど。

 お食事中だったのね。

 そう、さっきから話し声や美味しそうな匂いがしていたのよ。

 ラピスの学園の制服に身を包んだワタシに、辺りがざわつき始めた。いつの間にかワタシは冒険者の方々に囲まれていたの。

 ようやく頬張っていた肉まんを飲み込んだらしい先程の男性が、改めてワタシに向き直った。

「お前は、ユーリ・ラピスか?」

 何故、この方は私の名前をご存知なのかしら?

「はい、ワタシはユーリ・ラピスと申します」

 水を打ったように、しん、となった。

 しかし、その後に続けた何故ワタシを知っているのかという問いは、急激に沸き起こった歓声にかき消されてしまった。

『ユーリ・ラピスが生きていたぞー!』

『上に連絡を取れー!』

『うおー、やったぞー!』

 いつの間にか大勢の冒険者の方々に囲まれて揉みくちゃにされていたワタシ達を、肉まんを片手に持った女性が助けてくれた。

「ちょっとアンタ達!ユーリ王子に失礼でしょ!」

 長い黒髪を左でひとつに括って前にたらしているセクシーなレザーアーマーのこのお姉さんは、ワタシ達を建物の中に押し込むと『仕事しなさい!』といって集まっていた冒険者の皆さんを追い払っていた。

 まあ、追い払われた皆さんは『今日は飲むぞーっ!』といって盛り上がっていらしたから、仕事をするかは分からないけれども……。


 黒髪のお姉さんはレティシアさんというそう。

 よく見ると左目の下に銀色に輝く鱗があるのね。とても綺麗だわ。

 最初に会った大柄な男性はドーンさんといってこのパーティーのリーダー。

 ワタシ達にお茶を淹れてくれたピンクのローブの方がユージーンさん。

 肉まんを作ってくれた白いローブの方がクレスさん。

 ワタシの生存報告に本部まで走っていかれたのがジェスタさん。

 この建物はドーンさん達の拠点のようね。

 お食事中だった彼らに招かれて、ワタシもお昼ご飯を頂くことになったの。

 蒸したての肉まんがとても美味しいわ。このお茶との相性も抜群よ。

 ミントも気に入ったみたいね。

 それにしてもドーンさん達がミントをちらちら見ているのが気になるわね。

 猫が好きなのかしら?


 本部というのはワタシを捜索する為に作られた捜索隊の本部のことらしいわ。

 ワタシが行方不明となってすぐにワタシの素性が明らかにされ、捜索隊が結成されたのだそうよ。

 ドーンさん達のパーティーもさっきの冒険者の方々も、この捜索隊に参加してくださっていたの。

 本当に有り難いことだわ。

 マーテルの学園は大騒ぎとなり現在休校中。

 ワタシの素性を隠そうとしていたのは一部の教師陣で、彼等はとりわけ祝福を持って生まれたことに対する選民思想の度が過ぎていたそうよ。

 そして、その先生方に心酔していたフィリアをはじめとする大勢の生徒達がその思想に染まっていったと……。

 そういえばライアン先生ってイケメンだったわね。心証悪すぎて忘れていたわ。

 肩口まで伸びたゆるいウェーブのかかった明るい金髪に、切れ長の青い瞳。頭の両サイドから伸びた角は優美な曲線を描く、高身長の剣士。

 乙女ゲームにいそうね。

 実際女子生徒達の人気は絶大だったわ。

 おかげでマーテルの学園は彼らを管理出来ずにいたみたいだけれどね。

 

 あの時ダンジョンの転移装置を担当していた係員は、ライアン先生の教え子だったらしいわ。

 フィリア達の先輩なのだそうよ。

 そういわれてみれば、仲良さそうにしていたわね。

 

「しかし、ライアンとかいったかあの教師?」

「自分の手は汚さずに教え子唆して事故を起こさせたとか、クズもいいところね」

「ああ、そのクズ野郎、逃げたらしいぜ」

「逃げた?管理ギルドから、どうやって?」

「さあな、ただそのせいで上がごたついてる」


 ライアン先生達はワタシが行方不明になってすぐに管理者ギルドに連行されたそうよ。

 トマス先生がいろいろ動いていたもの、彼らのことは王家には筒抜けだったはず。

 ワタシが行方不明になってしまったから大事になっているけれど、あれは言動が目に余るようになってきた教師や生徒達に釘をさす為、あえて泳がせていたの。もちろん、ラピスの王家も合意した上でね。

 本来ならマーテル王家より厳重注意を受けるはずだった。

 けれど予定外にワタシが大事故にあったおかげで厳重注意では済まされなくなったのね。

 どちらにしてもアイシャお姉さまを崇拝しているライアン先生にとって、王家からの叱責は受け入れがたいものだろう。

 逃走したライアン先生はワタシを恨んでいるはず。

 それで、マーテルでも有名な冒険者であるドーンさんのパーティーが、ワタシを護衛してくれることになったの。

 護衛といってもこの階層の転移装置と1階層の転移装置からダンジョンの入り口までの短い間だから、なんだか申し訳ないわ。

 もっとも、ワタシはその短い距離で海底の図書館に迷い込んだ前科があるから護衛の要否を問うことは出来ないわね。

 レティシアさんが道すがらいろいろと話をしてくれた。

 ワタシが行方不明になってから、連日大勢の冒険者のパーティーがラピスからやってきて捜索隊に加わっているのだそう。

 そして、ラピスの代表としてノエルお兄様が彼らを率いているのだとか。

 ワタシは幸せものね。

 

 石畳の道の向こうに幻想的な佇まいの商店が並んでいる。

 噴水のある公園に淡く光るオブジェ。

 何日ぶりにこれらを目にしたのだろう?

 ワタシは地上に帰ってきた。


 いま、ワタシの目の前に懐かしい顔が並んでいる。

 ノエルお兄様、リオン、アルフレッド、そしてアルバートにクラウス、トマス先生にアラン。

 それから、ラピスの冒険者の皆さん。マーテルの冒険者の方々。

 皆がダンジョンの前でワタシ達を出迎えてくれた。


 現実感が伴わずにぼおっと立ち尽くすワタシの背中をレティシアさんが押してくれた。

 アルフレッドとクラウスに腕を引かれ抱きつかれると、アルバートに頭をがしっとつかまれてわしゃわしゃとなでられた。

 揉みくちゃにされるワタシに近づいてきたリオンは、いつものように頭をべしっとはたいてきた。

 ああ、なんていつも通りなのだろう!

 ぐしゃぐしゃになったワタシの髪をノエルお兄様が笑いながら整えてくださった。そして、ワタシを強く抱きしめて『お帰りユーリ』と囁かれた。

 

 そう、ワタシは帰ってきたのね。ワタシの家に。


 ただいま、みんな。

 

 

 



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