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始まりのダンジョン 17

 華美な装飾こそ無いものの、落ち着いた格式の高さを思わせる重厚感のある部屋。

 書棚にキチリと収められた大量の書物。

 魔法陣の描かれた奇妙な器具が所狭しと並べられている作業机。

 レースのカーテンから柔らかな光の差しこむ机の上には一羽のフクロウ。

 フクロウはビーカーに入った大きな魔法石に、怪しげな液体の入ったフラスコを傾けているところだった。

 

 そう、ここは海底の図書館。

 レイク・カーティスの書斎兼研究室。

 フックンは、ワタシが手に入れた魔法石を使って特殊なインクを作ってくれているところなの。

 彼は錬金術師だったカーティスを手伝ううちにいろいろ覚えたのだそうで、のっぴきならない事情で図書館を訪れたワタシを、あれやこれやと助けてくれている。

 

 ワタシは今、夢を見ている。


 夢の中の図書館で錬金術のお勉強。

 ミントもワタシの膝の上に乗って一緒に本を読んでいるわ。

 ダンジョンの踏破に行き詰ったワタシは、ここで魔法陣について調べているの。


 魔法陣とは、魔法を誰でも扱えるようにプログラミングしたもの。

 例えば……。

 ダンジョンでお馴染みの転移装置。

 複雑な魔法を得意としない前衛職の方はもちろん、一般的な魔法使いだって行使の難しい転移魔法の効果を、この装置のおかげで全ての冒険者が受けることが出来る。 

 魔法使いが複雑な魔法を使う場合、難易度か上がるほど行使できるひとは減っていくけれども、錬金術師の場合は優秀な術師がひとりでも魔法陣を考案することが出来れば、その恩恵を誰であれ受けることが出来るようになるものなの。

 魔法陣は魔法のイメージを言語化して描き、魔法と同様の結果をもたらすもの。

 魔法が使用者の力量に左右されるなら、魔法陣の効果は考案者の知識に左右される。

 どれだけ過不足無く効率のよい魔法陣を描けるかが重要になってくるわ。

 錬金術師とは魔法を論理的に理解し、正確に言語化する才能が必要不可欠なの。


 ノエルお兄様は素晴らしい魔法使いだけれど、それを実感できるのはパーティーを組んだ冒険者に限定される。

 反対にクラウスやカーティスのような天才錬金術師が何かを発明すれば、それはこの世界全体で共有される。

 まあ、運用は管理者ギルドがやるのだけれどね。

 これがこの世界で錬金術が重宝される理由よ。

 なにしろ便利だもの。


 さて、完璧な魔法陣があってもそれだけでは効果は得られないわ。

 魔法陣自体には魔法の源に干渉する魔力が無いの。

 その魔力の役割を果たすのが魔法石や魔法石から作った特殊なインクなの。

 魔法石を使用する場合は、魔法陣が無事な限り魔法石を補充することで何度も使用可能なのだけれど、特殊なインクを使った場合はインクの魔力を使い切ったらそれでお仕舞い。また、魔法陣を描き直さなければいけないの。

 フックンが今作ってくれているのがその特殊なインクよ。


「こんなものかのぉ」

 フックンがインクを完成させたようだわ。

 いつの間にかインク壷に移し替えられていた空色のインクが、キラキラと輝いている。

「これを使うといいのぉ」

 フックンが自分の羽を一枚抜き取ってくれた。

 痛くないのかしら?

「痛くは無いのぉ。心配御無用なのだのぉ」

 なら、良いのだけれど……。

「じゃが無理やり抜かれるのは痛いのぉ。それは勘弁じゃのぉ」

 そんなことしないわよ。

 ワタシの手の中でフックンの羽根は、繊細な羽ペンへと姿を変えた。

 フックンの羽ペンは、とてもよくインクに馴染んだ。

 普段使用している浄化魔法のイメージを言語化する。

 淡い光を明滅させた魔法陣は、アイテムに定着すると見えなくなった。

 どうやら上手く出来たようね。

 これで、またダンジョンを進むことが出来るわ。


 目が覚めると、枕元にはフックンの用意してくれたインクとペン、それに浄化魔法の魔法陣が描かれたオムツが数枚あった。

 

 


 

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