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始まりのダンジョン 13

 小屋の中は板張りで簡易キッチンに薪ストーブ、椅子が2脚あるだけのシンプルな作りだった。

 けれど冷えた身体を温めるには十分。

 おかげで昨夜はよく眠れたわ。

 浄化魔法で小屋の中を掃除しながら、ふと思う。

 このダンジョンの階段の場所は、何故こんなにも分かり辛いのかしらと。

 マーテルのダンジョンはフィールド型のダンジョンで、階層を移動する場合は人工の建造物を探すのがセオリーだ。

 この階層はだいぶ意地悪だわ。

 セーフゾーンの隣にトラップがあるのもそうだけれども、巡回型のモンスターのいる薄暗い森の中であの朽ちかけた小屋を探すのは骨が折れるわ。しかも、小屋を半壊させている木が下層階へと繋がっているなんて捻りすぎよね?

 もっと普通でいいと思うのよ。

 普通の階段でいいでしょう?

 目の前に現れたポールに訴えかける。

 納屋の扉を開けたらポツンとポールが一本立っていたのよ。

 これを登るのよね?

 どれ位の高さがあるのかしら?

 少なくともここからは先が窺えない。

 ワタシの身体能力ではそんなに高く登れないわよ。

 風魔法を使って身体を浮かせることが出来るかしら?

 セーフゾーンは何故か魔法の効果が薄いの。治癒魔法や浄化魔法は問題ないのだけれどね。

『揺りかごにまどろみし幼き光よ、汝が夢のあわいにて、天空を翔けよ』

 微かにつま先が浮かぶ。

『手伝うよ、ユーリ』

 力強く身体が持ち上げられた。

 翼を広げたミントがワタシの肩に乗っている。

『ちょっとの時間だけなんだけれどね?』

 ワタシ達はふわりと浮かび上がると、ポール沿いにシャフトを翔け昇った。


 四角に区切られた天上は、緑色のペンキで塗られたコンクリートの床にあるハッチだった。

 白い子猫がワタシの肩の上にくたりとねそべって、甘えたように鼻先を擦り付けてくるのが可愛らしい。少しくすぐったいけれどね。

「ありがとう、ミント。おかげで助かったわ」

『うん』

 頬ずりをするとふわふわの毛並みが気持ちいい。

 ゴロゴロとのどを鳴らしていたミントがウトウトし始める。

 疲れたのね。このままだと危ないから抱っこしましょうか。

 

 それにしても急に時代が変わったわね。

 それほど広くない部屋はガランとして殺風景だ。

 窓がないわね。

 白いペンキの塗られたコンクリートの壁の一面に、金属の四角い大きな扉がロッカールームのように幾つか並んでいる。

 天井の蛍光灯が時々明るさを変えている。

 無駄に芸が細かいわねこのダンジョン。

 無意識に体をふるりと震わせた。

 コンクリートの床と壁から冷気がにじり寄ってくるのだ。

 ここから移動しなければ……。

 クリーム色のペンキが塗られた鉄の扉をそろりと開けて様子を窺う。

 異常はないみたいね。

 扉の外は室内と同様白い壁と緑の床の細い廊下だった。

 思い切って振り返ると、明滅する古ぼけた蛍光灯が扉の上のプレートの文字を浮かび上がらせる。『霊安室』と日本語で……。

 腕の中のミントをぎゅっと抱きしめる。

 こういうゲーム、好きだったけれど下手くそだったな……。

 気をつけよう。この世界にはセーブポイントがないのだから。


 廊下の突き当りにエレベーターが見える。

 この通路はL字になっているのね。

 右手に『レントゲン室』とプレートの掲げられた両開きの扉があり、取っ手に巻かれたチェーンには南京錠がかけられていた。

 エレベーターの右隣は階段で、白と緑のお馴染みの誘導灯がぼんやりとした光を壁に映している。

 エレベーターは動かない。

 ボタンを押しても反応がないし、階段を上れということかしらね。

 ちなみに階段の隣には、丸と三角を組み合わせた赤と黒の懐かしいデザインのマークの扉が並んでいる。

 とあるジャンルのゲームでは高確率で何某かのイベントが発生する場所だ。

 絶対に開けないわよ!


 階段を上ると目の前に受付があった。

 カウンターの上には変色したカルテが無造作に放置されている。

 クリーム色のリノリウムの床、こげ茶色の合皮の長いす、大きなブラウン管のテレビ。

 ここは待合室のようね。

 売店にはシャッターが下りていて、下駄箱の前にはスリッパが散乱している。

 そして売店と玄関の間には大きな鏡があって、場違いな格好をしたワタシを映している。

 これ、廃墟風のスタジオでコスプレしているようにしか見えないわね。

 いけないわ、なんだかとっても居た堪れないの。

 こ、これは学園の制服であって、何もおかしな所はないのよ!

 それにこれだけの衣装を作ることが出来るのはとても素晴らしいことなの。

 何も恥じることはないわ!

 だいたい、ゲームもアニメも漫画もコスプレも年齢でやめなければならない決まりなんてないの。

 知りもしない相手にとやかく言われる道理はないわ。

 好きなことなのだもの、堂々としていればいいのよ!

 ……。

 …………。

 少し落ち着きましょうか。 

 自動ドアの向こうは朝靄のかかった緑が広がり、懐かしくも美しい。

 丘陵に建つ病院といったところかしら?

 けれど少しだけ、変な臭いがするのよね。

 とりあえず先にこの廃病院に上層階への階段がないか、確認しましょうか。

 

 結論から言うと、ここには上層階への階段はなかった。

 ついでにモンスターもいなかった。

 こんな如何にも出ますといっているようなロケーションであるにもかかわらずに。

 いえ、出ないに越したことはないのだけれども。


 一階は待合室や売店の他に、手すりの付いた浅いプールがあった。

 二階は診察室や検査室、三階は病室やナースステーションがあって千羽鶴や花が飾られていた。

 屋上にはたくさんのシーツやタオルが風にはためいている。

 屋上から外を見下ろしてこの階層がどんなところか悟ったわ。

 ここは地獄だと……。

 


 

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