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始まりのダンジョン 11

ビビラルバンについての描写があります。虫が苦手な方はお気をつけください。

 とうとう螺旋階段を登りきったわ。

 そうして、目の前に現れた雰囲気の違うシンプルな木製の階段を登ることにしたの。

 階段を登ると徐々に天井が近くなってくる。

 まさかここで行き止まりなんてことはないわよね?

 よく見ると天井には四角く切れ込みが入っているようだった。

 そっと手で押し上げると、拍子抜けするくらいあっさりと開いたわ。

 そこは近代的なこじゃれた洋室だった。

 軽く辺りを見回す。

 ここは八角形の白を基調としたガラス張りの東屋らしかった。

 大きなソファーにふかふかのクッション、ローテーブルには可愛らしいランプが載っている。

 瑞々しい観葉植物が幾つか置かれ、とても居心地のよさそうな空間だ。

 けれど、下層階への入り口がこの大きなソファーの後ろにあるフロアーハッチだなんて、凄く分かりにくいわね。見逃してしまいそうよ。

 東屋のアンティークなアーチ型の窓からは東屋を囲むフェンスの満開のつる薔薇を楽しむことが出来る。

 薄いレースのカーテンを開けて外を眺める。

 素敵ね。

 ここがダンジョンの中だなんて……。

 外に出るとよく手入れされた芝生にレンガの小道が薔薇のアーチの向こうまで続いているのが見える。

 アーチをくぐると、辺り一面が色とりどりの花々で覆われていた。

 レンガの小道はずっと遠くの建物まで続いており、その両側にはハートのデザインのミニフェンスで仕切られた花畑がある。

 赤、白、黄色、ピンク、薄紫。

 可愛らしい花々が揺れ、いい香りが漂っている。

 その光景にワタシはくるりときびすを返すと東屋に戻り、扉をしっかり閉めカーテンで窓を覆った。

 そしてソファーに腰掛け、お茶の支度をする。

 ノエルお兄様が用意してくださった美味しいクッキーと紅茶。

 とても美味しいわ。

 このクッキーの程よい甘さと、さくさくとした食感がたまらない。

 そしてこの紅茶の風味が素晴らしいの。

 お兄様が淹れて下さったものにはかなわないけれど、ワタシだってそれなりに美味しく出来たと思うわよ。

『ユーリ、大丈夫?』

 ワタシが二杯目の紅茶を飲み干したところで、ミントが訊ねてきた。

 クッキーを両手で抱えて首をかしげる仕草が可愛らしいわね。

 いえ、そうではなくて。

 この子にこんな風に気を使わせるなんていけないわ。

「大丈夫よ。これからどうしようか考えていたの」

 そう、あの花畑の奴らと戦うために。


 あの花畑にはビビラルバンがいたのだ。

 しかも大群で。

 ビビラルバンの大群が花々に群がっていたのだ。

 ここまで多いと、むしろビビラルバンを養殖しているのではないかと思えてくるわね。

 ビビラルバンは雑食だが、花や花の蜜だけを与えて育てると雑味がなくなり甘みが増すらしい。

 この前封印した本のコラムに載っていたわ。

  

 ビビラルバンは体長30cmほどの幼虫である。

 頭は小さく半月型のコロンとした体型で足は短く、一日のほとんどを食事をして過ごす。

 ビビラルバンは栄養価の高い優れた食料品で高級食材でもある。

 しかし養殖の技術が向上し市場に安定して供給されるようになり、一般家庭でも気軽に食べられるようになった。

 ビビラルバンはクリーミーで優しい味わいであり、バターで炒めるのが一般的な調理法だが、他にも様々な調理法がある。

 油で揚げる調理法とは相性がよく、唐揚げやフライは定番である。

 これは新鮮なものに限るが刺身や鮨のネタにもいい。

 他には少し手間がかかるが佃煮にしたりペースト状にして他の食材と合わせたりもする。

 しかし、ビビラルバンを美味しく頂くのになにより必要なことは下処理だろう。

 まず、沸騰したお湯で煮て色が白く変色したら水にとり、軽く水気を取る。

 内臓は苦味、えぐみのもとであるため、丁寧に取り除かなければならない。

 背中に真っ直ぐに切り込みを入れ、頭部をねじ切ってそっと取り出すのだ。

 この処理を行うことでビビラルバンはより一層美味しく楽しめるようになる。

 ビビラルバンは古来より滋養強壮、美容と健康に良いとされ、近年ではサプリメントとしても人気がある。ビビラルバンの見た目に抵抗のある方はこちらを試してみてはいかがだろうか。


 さて、養殖の成功によってビビラルバンは広く愛されるようになったわけだが、この養殖はなかなかに難しいものなのだ。

 まず、ビビラルバンを養殖する際は花や花の蜜だけを与えて育てる。

 これは風味をよくするためである。

 しかし本来ビビラルバンは雑食なため、何らかの原因で栄養が偏ると共食いを始めてしまうのだ。

 栄養管理には十分な注意が必要である。

 またビビラルバンは雑食であり本来は花も肉も区別せずに食べるため、飼育員を齧ることがある。

 これは飼育員を純粋に餌として認識している為であり、作業の際は、気をつける必要がある。

 養殖場によっては幼虫の世話をさせる為に成虫を利用することもあるが、この成虫は飼育員を予備の餌として確保しようとしてくるので、十二分に注意して欲しい。

 成虫は毒針を有しており、獲物を刺して動けなくした後生きたまま捕食する。その後獲物を吐き戻して肉団子を形成し幼虫に与えようとするので注意すること。

 この肉団子を食べて育ったビビラルバンは雑味が強いのだ。


 飼育員さんの労働環境が過酷過ぎるわよ。

 それと餌とか獲物とか雑味とかいってるけれど、それ、飼育員さんが犠牲になったってことでしょう?

 何故そこで味について問題にしているのよ。

 そこは安全性について考えるところでしょう?

 それと、もっと飼育員さんに敬意を払ってちょうだい。

 ビビラルバンが一般に広まったのが誰のおかげか、ちゃんと分かってこの文章かいてるのかしら?

 ところで、この虫の習性どこかで聞いたことがあるような気がするわ。


 ワタシは再び薔薇のアーチをくぐった。

 ビビラルバンを下茹でするために。

 沸騰したお湯というのは、つまりここでは100℃の水よ。

 まずは手前の畑を二枚、範囲指定して熱湯で覆うわ。

 小道のおかげで範囲が決めやすいわね。

 高さは100cm……いえ、150cmにしましょう。

 静かに幼き光の存在を意識する。

 ワタシのイメージと、幼き光の夢が重なるように導く。

 魔法の使い方が随分変わってしまったわね。

 力ずくで動かすのではなくて、ただ寄り添うだけでいいのよ。

 100℃の水の中、くたりとした花々と白く変色した虫が淡い光の粒子となって消えていく。

 マリンスノーのようね。

 ああ、だけどこの世界にそれは存在しないのだわ。

 一瞬の幻想的な光景の後、アイテムがドロップしてきた。

 ビビラルバンの切り身やサプリメント、薬草や花の種、ハーブティーもあるわ。

 高ランクドロップ品も幾つか出ているわね。

 けれど拾いきれないわ。

 ふと、周りの風景が揺らぐのを感じた。

 しまった、リポップがこんなに早いなんて思っていなかった。

 慌ててミントを抱き上げると東屋まで走る。

 薔薇のアーチの下で振り返ると、花畑は元通りになっていた。

 このリポップの速度に合わせてさっきの魔法を連発するのは厳しいわね。

 ゴロリと芝生に寝転んで空を見上げる。

 作戦を練り直さないとね。

 ああ、空が高いな。

 ダンジョンの中なのに。

 ぐぅ、とお腹が鳴った。

 …………。

「バーベキューするわよっ!」

『やったー』

 この際焼きそばも作っちゃうわ!

 

 セーフゾーンぎりぎりの位置で検証開始。

 ただひたすらヒットアンドアウェイを繰り返す。

 あいつ等以外とジャンプ力があって侮れないわ。

 けれど苦労した甲斐あっていろいろ分かってきたわよ。

 ビビラルバンは一定の距離に入ると攻撃してくる。

 そして、一匹が攻撃態勢に入ると周囲のビビラルバンもリンクしてくる。

 熱湯の壁は有効だが、壁が薄いと突き抜けてくる。

 そうね、壁は厚いほうがいいわね。

 しかし、結構集まったわね。あいつ等の切り身。

 ポーチにドロップした切り身を仕舞っていると、ミントがローブの裾をひっぱってきた。

『食べないの?』

 そう、とうとうこの問題に向き合う時がきたのね。

 ワタシの手元にあるのは何の変哲もない切り身だ。

 ただし、ビビラルバンの。

 そう、ビビラルバンの切り身なのよ!

 もう気付かれていると思うけれど、ワタシ、苦手なのよビビラルバン。

 虫がダメとかではなくて、足が多いのがなんか無理なのよ!

 ビビラルバンの足は小さくて見えにくいだろう?とかいわないでよ。

 何故だかとってもよく見えてしまうのだから。

 あの足が可愛いんだろう?なんていわないで。

 ワタシにはとてつもなく気持ち悪く感じるのだから。

 図書館で料理の本をうっかり見てしまって、とても後悔したの。

 下処理の説明の写真、スゴク形状がハッキリ写ってイタノダモノ。

 ワタシビビラルバンノシタショリナンテヤリタクナイデス。

『ユーリ、その切り身食べないの?』

 そう、コノ切り身ヲ……?

 え、切り身?

 あれ、もしかしてこれ、下処理済でしかも適当な大きさに切り分けられている?

 つまり、もう元の形の分からないもの?

 これ、このまま煮たり焼いたりしていいやつ?

 …………。

 ありがとう!

 この世界はなんてワタシに優しいのかしら!

「そうね、とりあえず唐揚げにしてみましょうか?」

『うんっ!』

 ご飯の炊けるのを待ちながら、試しに作った唐揚げをふたりで味見してみた。

『美味しい!』

 かりっとした食感にクリーミーで優しい味。

 これ、とっても美味しいわ!

 いくらでも食べられそうよ。

 そうだ、せっかく揚げ物をするのだから、いろいろまとめて作ってしまおうかしら。

 ポーチに入れておけば傷まないのだし、作り置きをするべきよね?

 何故かパン粉が入っていることだし、フライも作りましょう。

 そうだわ、ついでにウサギ肉も唐揚げにしよう!

 それから、ナスとピーマンもね。

 今日の晩御飯は揚げ物祭りね。


 翌朝、装備を整えたワタシはこの階層の踏破に再挑戦することにした。

 東屋でぐっすり眠ったから体調は万全よ。

 万が一のために盾とショートソードを構える。

 風魔法で自分を包み、熱湯で作った球体の中に入る。

 逆さまにした金魚鉢に入っているみたいね。

 作戦はこうよ。

 まず、100℃の水をビビラルバンが突き破れないくらいの厚さにしてワタシの周りを囲む。

 そして、ワタシが呼吸し動ける空間を風魔法で確保し、気温を23℃に保つ。

 範囲はワタシを中心に半径2mくらいかしら。

 そして、そのまま真っ直ぐ小道を進む。

 以上よ。

 馬鹿みたいだけれど、これが今ワタシに出来る精一杯なの。

 何とか一枚目の畑は通過したわね。

 ミントがときどきワタシの足元に落ちるドロップ品を拾ってくれているわ。

 ひっきりなしに飛んでくるビビラルバンに顔が引きつってくるけれど、魔法の維持に集中するのよ!

 それにしても、これ、なんだか海岸沿いを走りながら魔力調整の訓練していたのを思い出すわね。

 温度を維持するのは、ノエルお兄様の特訓のように変化させるよりも魔力の消耗が少ないようだけれど。

 最悪、ミントにマジックポーションを飲ませてもらうことにしているのだけれど、どうなるかしら?

 焦らない、魔法を維持できる速さで確実に進む。

 こういう我慢比べは、得意でしょう?

 魔法の維持に集中するのよワタシ!


 気が付くとビビラルバンの突撃はなくなっていた。

 小道はいつの間にか小高い丘の上に建つ洋館の前に、ワタシ達を導いてきていた。

 

 

 

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