チュートリアル 2
多分、これ休憩時間中、ずっと続くわね。
クラウス先生の講義の時間よ。
「ダンジョンはこの世界で生きていくのに、必要不可欠な存在だ。
ダンジョンより産出される、数々の資源は、我々の生活を多岐にわたって支えてくれている。
ダンジョンの探索は、この国を支えるとても重要な仕事だ。
しかしそれは、過酷な環境での活動を余儀なくされる、ということだ。
探索に向かうメンバーの生死にかかわる問題だ。
我々、錬金術ギルドは、この問題改善に真剣に取り組んできた。
安全面然り、衛生面然り、まだまだ改善の余地は大いにあるが」
「ユーリ、君はさっき、装備が地味になると、言っていたね?
ボクは、その辺りもサポートすることが必要だと考えたんだ。
戦闘すれば汚れるのは仕方ない。
だから、汚れが目立たないようにすれば良いと、そんなもさっとしたローブを装備しているわけだろ?
まぁ、下層階に潜るなら、付着物にすぐ気がつけるものがいいんだが。
ともかく、精神面でのサポートだって必要だ。
幸いなことに、ボクと同じように考えたひとがいてね。
お洒落して気分を上げて、ダンジョンに挑もうというコンセプトで作られたのが、あの鬘だ」
凄いところに着地したわね。
それと、もさっとしたは、余計よ。
確かに、錬金術ギルドの研究によって、ダンジョン探索はもちろん、日常生活だってとても便利になった。
ダンジョン探索で一番大変なのって、お手洗いにいけないことだと思うの。
戦闘中にお花摘みになんて、許してくれるモンスターはいないでしょ?
各階層ごとにセーフゾーンがあるけれど、そこまで間に合うかどうか。
だから、ダンジョンに潜るときは、みんな、オムツはいてるの。ワタシも、リオン達もそう。
汚れたら浄化魔法がオートで発動する、錬金術ギルドの画期的発明。
見て分かるものでもないけど、やっぱり気になってしまって、体型が隠れる装備を選んじゃうの。
便利だし、快適だし?合理的だろうけれど、心理的に忌避感が……。
分かってはいるんだけど、ワタシは、まだこれに慣れていないの。
ところで、いまワタシ達がいるセーフゾーンというのは、モンスターの湧かないエリアに、管理者ギルドがキャンプを設営した所をいうの。
浄化ブースや1階層への転移装置があって、これは錬金術ギルドが開発した設備なの。
それから、治療や休息をとるためのテントがあって、治癒師や戦士、魔法使いの方達が常駐しているの。彼らがダンジョン内を巡回してくれているから、ワタシ達学園の生徒が、安心して実習に来れるってわけ。
このキャンプを、救護所って呼んでいて、今回ワタシ達の救護所の実習は、この、3階層の巡回がメイン。ダンジョンの2階層までは、モンスターが出現しない薬草や鉱石がある採集エリアなので、3階層は初心者用といったところかしらね。
出現するモンスターも、スライムと角の生えたウサギくらい。余程のことがない限り、命に係わる怪我なんてないでしょう。
「ねぇ、ユーリ、君、ボクの話、聴いてたかい?」
ヤバイ、半分聞き流していたことに気づかれたか。
「モ、モチロンヨ。頭装備のために髪型が制限される、という問題を、お洒落な髪型の鬘装備で解決するなんて、画期的だわ」
クラウスの錬金術に対する情熱は、どこか、常軌を逸している。
錬金術を蔑ろにするような態度は、彼の身長に関する話題と同様、避けなければならない。
「ところで、さっきの女子パーティーの装備の防御力はどれくらいだ?」
アルバート、やはりそこは気になるのか。
「そうだね、チェーンメイルやプレートメイル程ではないよ。まぁ、大体レザーアーマーと同じ位だと考えてくれ」
レザーアーマーと布製の装備の防御力が同等だと?
「一式揃えると、いくらになる?」
「中級クラスの冒険者には、厳しいかな」
まぁ、そうだろうな。
「そうか、だがオレが服飾関係の仕事についたあかつきには、いずれ……」
まぁ、ん?
「ちょっと待ちなさいよっ!」
アルバートが、今、スゴイコト言った気がするの。
「アルバート、あなた、冒険者になるんじゃないの?」
ワタシの聞き間違いよね?
「オレは、ガキの頃から裁縫が好きで、ずっと、自分の店を持ちたいって考えていたんだ」
「父さん達は、兄貴を冒険者にしたいみたいなんだけどな」
いけない、思ったよりもデリケートな問題だったわ。
「オレには、戦士としての才能があるからと、先生方にも強く言われてな。別に、冒険者になるのが嫌な訳じゃない」
そうね、戦士の才能があるからといって、別の道に進むことは悪いことではないのよね。
ただ傍から見たら、もったいないとか、羨ましいとかで、良くは思われないでしょうね。
「兄貴、最近家に帰ってきても、刺繍とかしなくなったよな」
アルフレッド、お兄ちゃんのことが心配なのね?いい子だわ。
「親にも進路のことで心配かけたからな。趣味でやってるの、なんか後ろめたくてさ」
そうなの、でもね、
「あのねぇ、自分の好きなことでしょ、堂々とやりなさいよ」
これだけは、はっきり言わせてもらうわ。後ろめたいなんて思ってはダメよ。
「あ、あぁ、ありがとう」
ワタシの大声に驚いた顔をしていたアルバートは、そう言って、フッと、笑った。