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始まりのダンジョン 8

 集落といっても三軒ほどの家屋の名残がある程度の、小規模な遺跡。

 屋根は崩れ落ち、石を重ねて作られた壁はその役目を放棄して久しい。

 自然に飲み込まれた、かつては人々が生活していた名残を幽かに残す廃村。

 こういった光景は、ひどく切ない気持ちにさせられるわ。

 ここに住んでいた人などいないということを、知っていてもね。

 この遺跡のような場所はダンジョンが創ったものだし、ここを訪れたのはワタシが初めての筈。

 それが分かっていて尚深い郷愁に駆られるのは、私の記憶のせいかしら?

 ポーチからノートとペンを取り出す。

 これはクラウスが持たせてくれた物で、錬金術ギルドの人気商品のひとつなの。

 魔法陣に自分の魔力を流すことで、自分の半径五メートル程の情報を自動で記録してくれる優れものよ。これが使えなかったら自分でマッピングしないといけないのだけれど……良かった、ちゃんと機能しているわ。

 ちなみにこのペンで書き込む事も出来るの。

 ……まぁ、小さいノートパソコンかタブレットのようなものだと思ってちょうだい。

 さて、遺跡もどきの周囲を歩いているとすぐに場違いな感じの畑を見つけたわ。

 何故場違いかって?

 こんな廃村に隣接している畑が、完璧に手入れされた状態で瑞々しい野菜は収穫を待つばかりって、違和感しかないでしょう?一体誰が手入れしたというの!

 でも気にしないわ。

 ダンジョンはこういうところなのよ。

 いずれここも到達した冒険者によってキャンプが設置され、この野菜も当たり前のように採集されるようになる。

 という訳で、お野菜を頂いていきましょう。

 トマト、ナス、ピーマンをポーチに入れていく。

 何故かアルバートが入れてくれていた手袋とナイフが役に立ったわ。


 抜けるような青空の下、草原の一本道をてくてくと歩いていく。

 単調で広大な景色の中、高い空に押し潰されるような圧迫感さえ覚える。

 時折吹き抜ける風が草原を波立たせ、青い匂いを運んでくる。

 土ぼこりの舞う乾いた道の先に、一匹のウサギが現れた。

 角ウサギだ。

 立派な角の生えた真っ白いウサギ。

 そう、ワタシ達があの日狩る筈だったモンスターよ。

 角ウサギは角を含めて体長50センチメートルくらいの大きさで、この階層のようにワタシの膝まで草の生い茂る草原ではなかなかに発見が難しい。

 角ウサギを探すなら、彼らの食事の跡を見つけるといい。

 草原の中で草が円形に欠けた部分があれば、高確率でそこに角ウサギがいるだろう。

 しかし、角ウサギを見つけたからといって迂闊に近寄ってはいけない。

 まず、彼らはとても臆病だ。

 そして、とても耳が良い。

 自らに近づくものの気配を感じた途端に、逃げ出すだろう。

 しかも彼らはとてもすばしっこい。

 特に後ろ足が発達しており、その脚力は目を見張るものがある。

 彼らの全力疾走に追いつけるものなど、祝福を受けた冒険者でさえ極稀である。

 また稀に彼らは危機に瀕すると、その強靭な後ろ足を用いて攻撃に転じる場合がある。

 その強力なキックもさることながら、角を武器に突進する攻撃にも注意を払いたい。

 あの雄々しい角は見掛け倒しではないのだ。

 おとなしそうな愛くるしい見た目に油断してはならない。彼らはモンスターなのだから。

 角ウサギを確実に仕留めるには、気付かれないように遠距離から攻撃する必要がある。

 そして可能であれば、一撃で倒すことが望ましい。

 彼らは単独行動をしているが、攻撃を受けた際に周囲の角ウサギに危険を知らせるのだ。

 危険を察知し、警戒を強めた彼らは人の気配に敏感になる。

 そうなれば、周囲の冒険者達の狩りも難易度があがるだろう。

 

 そんなこともあって、初心者の多い上層階の角ウサギのいる場所は結構ギスギスしているのよね。

 もっとも、ここにはワタシしか冒険者はいないし、あの角ウサギならこの草原の中で隠れることは出来ないでしょう。逃げられたら確実に追いつけないでしょうけれどね。

 そう、いまワタシ達の前方にいる角ウサギは大きい。

 距離感がおかしくなるくらいにね。

『おおきいウサギだね?ユーリよりおおきいよ』

 フードの中で眠っていたミントが起きだして、ワタシの肩の上ではしゃいでいるわ。

 角ウサギのドロップするお肉はとてもおいしいの。

 臭みが少なくサッパリとしていて甘みがあるの。野菜との相性もよくて、煮てよし焼いてよしのご飯がすすむ優れものよ。

 畑で手に入れたお野菜があるけれど、やっぱりお肉も欲しいわね。

『戦うの?』

「……そうね、やりましょうか」

 自分よりも大きな角ウサギ相手に近接攻撃はやめましょう。

 うっかり蹴られでもしたら死にかねないし。

 やっぱり当初の予定通りクロスボウを使って遠距離から攻撃するのがいいわ。

 けれど、あの大きさの角ウサギに逃げられるのも襲われるのも遠慮したいわね。

 まずは、どうやって足止めするかね。

 落とし穴だと浅ければジャンプで逃げられる可能性もあるし、範囲が狭いと飛び越えられてしまうわ。

 広範囲で角ウサギの機動力を封じるとなると、やはりアレかしら?

 問題は、魔法に気付かれるかどうかね。

 まずはクロスボウを装備して低い姿勢で構える。

 そして、角ウサギを中心とした広範囲の地面の下を泥沼に変える。

 そう、角ウサギがジャンプする衝撃に耐えられないくらいの薄い地面を残して。

 ピクリと角ウサギが反応する。

 流石に足元に魔法を使えば気付かれるか……。

 耳をピンと立ててこちらを警戒しているわね。

 角ウサギは不意に体勢を変えるとこの場を離れる為に地面を強く蹴りつけた。

 当然地面は割れた。

 バランスを崩した角ウサギが体勢を整えようとするほど、地面は割れて沼に沈んでいく。

 角ウサギって泳げるのかしら?

 犬かきしているけれど……。

 沼から抜け出そうと暴れる角ウサギの動きが徐々に鈍くなってきたわね。

 ワタシはクロスボウの引き金を引こうと……したところで力尽きたのか角ウサギはそのまま沼に沈んでいったわ。

 水面から覗く角が淡い光の粒子となって消えた。

 すると、角ウサギの沈んだ上方に後光を放つブロック肉が現れた。

 あれは、高ランクドロップの輝き!

 ダンジョンのドロップ品にはランクがあって、ランクの高いドロップ品は出現したときの輝きが違うの。そして、買い取り価格もはね上がるわ。

 高ランクドロップは上層階でもレアドロップとして出現するけれど、出現率は下層階になるほど上がっていくの。

 そして……その高級肉はべしゃりと泥沼に落下したのだった。

『あっ』

「は?」

 慌てて魔法でサルベージすると同時に沼を消す。

 生まれて初めて自力で手に入れた高ランクドロップ品は、泥水の滴る高級肉だった。

 浄化魔法ランク1 & 3。

 これで問題ない。

 これで問題はないのよ?

 ただちょと気分の問題なの。

 ワタシの戦闘スタイルは大幅に改善する必要があるわね。


 気を取り直して道をすすんでいくと、廃村があった。

 初めの遺跡もどき同様に石造りの家屋が無残にも崩れている。

 それなりに大きな集落らしく開けた場所があり、他の集落に向かうのであろう道が数本に分かれて伸びている。

 残念ながらこの遺跡もどきには上層階への階段は見当たらなかったが、道のひとつが高い塔のある遺跡に向かっているようだった。

 共同の炊事場らしきものがあったので、ここでお昼ご飯にしましょうか。

 簡易テーブルに椅子、調理台にコンロ炊飯器、ケトル、食器、調味料、食材などを取り出す。

 ラピスを発つときにアルバートとクラウスが持たせてくれたのよ。

 あの時はふたりとも心配性なんだからと思ったけれども、まさか実際に使うことになるなんてね……。

 絶対使うことはないと思っていた炊飯器でご飯を炊く。

 その間に広場で見かけたオレンジの木から食べ頃のオレンジを頂いてしまいましょう。

 お肉を薄切りにして一口大にし、下味を付ける。

 野菜を適当な大きさに切って、そうだわ、デザートのオレンジも一緒に切りましょう。

 それにしても、浄化魔法って便利ね。

 洗うという工程を全て浄化魔法で行うことが出来るのだもの。

 それをいうなら、この炊飯器やコンロもそうね。

 この錬金術ギルドの発明品のおかげで、火を熾さずに料理が出来るのだから。

 さて、野菜とお肉を炒めて、味付けは簡単に塩胡椒でいいかしら?

 炊き立てのご飯と一緒に盛り付けて、お昼ご飯の完成よ。

『わー、おいしそう!いただきます』

「ありがとう。いただきます」

 手に入れたばかりの高級肉は、料理人のうでを補って余りある美味しさだった。



 

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