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始まりのダンジョン 7

『ここでの生活には慣れたかな?』


『そうそう、この子にいい名前を付けてくれたね。ありがとう』


『ああ、そろそろ時間だ』


『帰らないとね』



『ユーリ』

『朝だよ。起きて?』

 誰?

『ボクだよ。ほら、起きてよ』

 頬をやわらかくてふにふにしたものがつついてくる。

『ユーリ!』

「う……ん?」

 目を覚ますとミントが私の顔をぺろぺろ舐めていた。

 くすぐったいわ!

「おはよう、ミント」

『うん、おはようユーリ』

 挨拶を交わしてふと、違和感に首をかしげる。

『どうしたの?ユーリ』

 あれ……?

『大丈夫?』

 ミントが首をかしげて瞬きしている。可愛らしいわね。

 いえ、そうではなくて。

「え、ええ。大丈夫よ。ところでミント、あなたいつの間にしゃべれるようになったの?」

『今朝だよ?ボクね、ちょっとだけ大きくなったんだよ』

 ミントは翼を大きく広げると胸を張ってみぃと鳴いた。

 か、可愛い。

 確かに背中でパタパタしていた小さな翼がすらりと伸びて、全体的にシュッとした感じになっているわね。

 ミントは広げた翼を羽ばたかせ、寝室を一周飛んで見せてくれた。

『これで、ユーリをお家に連れて行ってあげれるね?』

 え……?

「朝食が出来たぞぉ。そろそろ起きるといいのぉ」

 フックンが呼びに来るまでの間、寝起きの脳みその容量を超える情報に、暫く固まっていた。


 スクランブルエッグにソーセージ、サラダにオニオンスープ、かりかりのトースト。

 フックンの作る朝ご飯はいつも美味しいわ。

 朝食に玉子とトーストが必ずあるのは、カーティスが好きだったからなのだそう。

 左手のアミュレットを何とはなしに見やる。

 きっと、幸せな食卓だったのでしょうね。


「ミントが成長したからのぉ、海を渡れるようになったのだのぉ」

 食後にコーヒーを頂きながら聞いたフックンの話は、こういうことだった。

 ミントを含む幻獣はこの世界の祝福そのものの存在で、唯一、海の中で魔法を操れるのだそう。

 幻獣に愛され相棒となったものは、この海底の図書館を訪れることが出来る。

 幻獣に相棒と認められ、ここを訪れたものは正式に図書館の司書となり、夢の管理をすることになる。

 ん?

 ワタシは、ミントとカーティスのアミュレットの力を借りて、夢を通じて図書館を訪ねることが出来るようになった。

 あれ?

 ワタシの仕事は、手違いで図書館に届かなかった夢を回収すること。

 これは変換期のダンジョンのアンデッドのように危険な夢がこの世界に反映されることを防ぐために必要なこと。

 あの、ちょっと……。

 ワタシが学園を卒業したら、地上に迷い込んだ夢を探すパーティーを組むこと。

「ちょっと待ちなさいよ!」

「どこか分からないところがあったかのぉ?」

「それ、司書の仕事じゃないと思うわ!」

「そうかのぉ?」

 一体どこの図書館の司書が世界のためにパーティーを組んで夢を回収する冒険に出るのよ!

 司書というなら、普段フックンのしていることこそ司書の仕事でしょう。

「ここの図書館は特殊でのぉ。ワシはここを離れられんしのぉ」

 うぅ……それを言われてしまうと……。

「それに、これは司書の仕事だとカーティスが言っておったしのぉ」

 カーティス、あなたの仕業ね。

 拡大解釈のしすぎよぉ。

「ところで、私が司書になることは決定なの?」

「そうだのぉ。久々の司書だのぉ」

 ワタシは治癒師になるはずだったのよ?

『大丈夫だよユーリ。パーティーを組んだら治癒師をやれるよ』

「そ、そうね」

 司書の仕事かどうかは別として、夢の回収が必要なことはわかるの。

 もともと人種差別のなかったこの世界に、差別するという考え方をもたらしたのは夢なのよね。

 ないほうが良いことって沢山あるでしょう?

 それがこの世界に定着してしまうのは嫌だわ。

 あれ、ワタシ丸め込まれているのかしら?

「ユーリの司書への就職が決まったのだのぉ」

『わぁ、ユーリおめでとー』

「おめでとうだのぉ」

「あ、ありがとう」

 こうして、ワタシの就職先が決まったのだった。

 おかしいわね。どうしてこうなったのかしら?


 夢を回収して、本にする魔法。

 本を図書館に送る魔法。

 夢の中で図書館を訪れる魔法。

 ワタシが司書として必要になる魔法を確認していく。

 ミントがもっと成長したら、ダンジョンの転移装置からこの図書館へ転移することも出来るようになるらしいわ。

 だけれど、それらはもっと先の話よ。

 まず、ワタシはマーテルのダンジョンの最下層から現在冒険者の方々が到達している階層まで、踏破しなければならないの。皆のところに戻る為にね。

 ワタシの装備していたものは特に何の問題もなかったわ。

 通信装置以外はね……。

 図書館の食べ物は持ち出すことが出来ないらしく、ワタシの当面の食料はアルバートの持たせてくれたものだけね。

 ただ、これから向かうのは幸か不幸かマーテルのダンジョン。

 食料は現地調達できるわ。


 相変わらずの美しい朝焼けのような空。

 これからワタシ達がこえていく海。

「気をつけて行って来るのだのぉ」

 フックンがりんごの木にとまって見送ってくれているわ。

「ええ、いってきます」

『いってきます』

「マーテルの街中にのぉ、小さい悪夢がおるでのぉ」

『うん、捕まえたら送るね』

 フックン、このタイミングでそれを言うの?

 さて、ワタシの初仕事も入ったことだし、そろそろ行きましょうか。

 ミントがワタシの肩の上で大きく翼を広げる。

 ふわりと、身体をあたたかい魔力が包むのが分かった。

 ああ、これはミントの魔力ね。

 スッと身体が持ち上がって、空中に浮かび上がる。

 フックンに手を振ると、翼を振り返してくれたわ。

『ユーリ、いくよ』

「ええ」

 あっという間に空の境界を越えて、海の中へと進む。

 さっきまでいた図書館が小さな箱庭に見えるわ。

 ここへ落ちたときは身動きできずに沈んでいくだけだった海中を、何の抵抗もなくミントと一緒に進んでいく。不思議な感じだわ。海の中なのに、空を飛んでいるよう。

 大きなビルの屋上が揺らいで見える。

 暗い海に逆さまに臨むビルの巨大さに、圧倒される。

 これが、マーテルのダンジョン。

 やがて屋上の入り口が見えてきた。

 幸い鍵のかかっていなかった入り口から逆さまの階段に沿って上っていく。

 ようやく水面から顔を出すと、空が丸かった。

 井戸の底みたいね。

 円筒形の壁に梯子を見つけて手をかける。

 古ぼけた木製の梯子は酷く軋んだけれど、何とか無事に外に出ることができたわ。

 ここは、古代の集落のようね。石造りの建物が崩れて、植物に侵食されているわ。

 いつの間にかフードの中に移動していたミントが、首を伸ばして頬ずりしてきた。

「ここが、ダンジョンの最下層……」

『うん、ついたね』

「ええ、そうね。ミントお疲れ様」

『うん、ユーリもね』

 集落の遺跡の外は見渡す限りの草原だった。

 そして、他の集落へと続いているであろうデコボコした土の道が一本伸びていた。

 あの道の先に上層階への階段があると良いのだけれど。

「まずは、食料の調達からね!」

 集落の周りを確認して、食べられるものを探しましょう。

 


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