始まりのダンジョン 6
りんごをひとつ手に取る。
今日も湖はきらきらと輝いているわ。
ここでのスローライフにもだいぶ馴染んできたわね。
朝焼けのような空を見上げる。
ふと違和感を感じて、暗く揺らぐ空を注視する。
ビルの形が変わっているわ!
「ラピスの変換期が終わったようじゃのぉ」
ダンジョンは変換期を経て成長する。
知識としては知っていたわ。けれど、実際にダンジョンの外からそれを見ると、とても不思議な気持ちになるわね。ダンジョンって、なんなのかしら?
「ラピスの変換期……」
あれから、もう随分経つのよね。
みんな、どうしてるかしら……。
「みぃ」
制服のフードの中から真っ白な毛玉が飛び出し、私の首元にじゃれついてきた。ふふ、くすぐったいわ。
「ごめんなさいミント。お昼ご飯にしましょうか」
ここ数日で一番の事件といったら、このミントの誕生ね。
そう、フックンに渡されたたまごが孵ったのよ。
とても驚いたわ。
突然ピシリとたまごにヒビがはいったの。そうして、あっというまに殻全体に葉脈のように亀裂が広がって発光すると、たまごが光の粒子となって飛び散ったわ。
とっさに瞑ってしまっていた目を開くと、目の前に真っ白い子猫がいたのよ。
とても可愛らしくて、しばらく言葉を発することも出来なかったわ。
みぃ、という可愛らしい鳴声にちなんでフックンが名前を考えようとしていたの。
『名前はどうするかのぉ。可愛らしい鳴声だのぉ。みぃ……みぃ……かのぉ。うむうむ』
そこでワタシはミントと名付けたわ。
いえ、その……
何故だかフックンに名前をつけさせるのは危険な気がしたのよ。
幸いにもミントもこの名前を気に入ってくれたみたいだわ。
ふわふわの白い子猫?
よくみると背中に小さな翼があるのよ。
つぶらな瞳は透き通った青色をしていて、ゆっくりと瞬きをしてワタシを見ているのがとても可愛らしい。
フックンがいうには、幻獣のようなもの?だそうよ。
猫ではないので食べさせていけないものもないそうなのだけれども、クラウスが何故か持たせてくれた猫缶が気に入ったみたいね。
お皿にキャットフードを盛り付けてテーブルの上に置くと、お行儀良くちょこんと座っておいしそうに食べてくれているわ。なんて可愛らしいのかしら!
ありがとうクラウス。
ちなみにワタシのお昼ご飯は、豚肉の生姜焼きに温野菜のサラダ、豆腐とワカメのお味噌汁、厚焼き玉子よ。生姜焼きがご飯に合うわ。
何故この世界に生姜焼きがあるのかは、もう考える必要はないわね。
ワタシはこの世界の食事に関しては完全に割り切ったの。
美味しいんだからいいのよ。
甘めに味付けした厚焼き玉子はフックンとミントに好評だったわ。よし、また作りましょう。
ワタシがここで暮らすようになってから、キッチンが少し変化したわ。
食料のストックにお米や猫缶が増えていたり、炊飯器が出現したり。
異世界の夢が影響を与えるって、実はとんでもないことなんじゃないかしら?
私の日本の知識も一応異世界の夢なのよね?
ワタシがここで和食を作ったから、いつかこの世界に生姜焼き定食が反映されるのかしら。
ゲームのロックが解除されるみたいにね。
食器に浄化魔法をかけて魔法で運んでキャビネットにしまう。
最近、魔法を使って家事をするのに慣れてきたわね。魔法を使うのに魔力を消耗することがなくなってきたの。
いままで随分と変な魔法の使い方をしていたみたい。
自分の側にある力をいったん遠ざけてから、引き寄せて魔法を使っていたんだわ。
いろいろと、難しく考えていたのね。
この世界は、この世界の住人に都合が良く出来ているのよ。
生活に必要なものは、夢を通して反映されていくのだもの。
農作物も、ダンジョンのドロップ品も、便利な道具の作り方までもね。
正しいやり方さえわかっていれば、快適に暮らしていけるわ。
夕方、図書館のカウンターに現れた異世界のゲテモノ料理のレシピを、ワタシはそっと地下室に封印した。




