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始まりのダンジョン 5

「ここは幼子のみた夢を留めているところじゃのぉ」

 幼子の夢。

 揺りかごにまどろみし幼き光。

 彼女は夢をみている。

 そして、彼女のみた夢はこの世界に反映される。

 楽しい夢も、怖い夢もね。

 彼女は夢を通して、異世界をみている。

 そして異世界の情報は、彼女の夢を通してこの世界にもたらされる。

 それは、ダンジョンだったりモンスターだったり、誰かのインスピレーションだったりするらしいの。

 洋風のお店に達磨があったり、和菓子や緑茶お握りが当たり前のようにあるのは、夢の影響なのね。

 ワタシの知っている日本の知識も夢の影響なのかしら?

 それは、ちょっと寂しいわね。

「お前さんは、幼子にちと近くてのぉ」

 ……?

「異世界の夢とつながっておるのぉ」

 …………?

「ここにおると幼子に溶けてしまうでのぉ。カーティスと離れんほうがいいのぉ」

 レイク・カーティスのアミュレット。

 これがワタシをワタシとして、ここに留めている。

 ここは幼き光に近い場所。

 湖の光は彼女の光。

 自分を保てなくなったら、光に溶けて消えてしまう。

 急に心許なくなって、そっとソファーの肘掛をつかむ。

「怯える必要はないのぉ」

 カーティスがついておるから大丈夫だのぉと、フックンが翼をばたつかせて力説する。

「カーティス……さんは、どういった方なのですか?」

「カーティスでいいのぉ。あやつはこの図書館を創ったのぉ」

 図書館を創った?

 彼は小説家ではないの?

「幼子の夢をのぉ本の形に変えてのぉ、ここを図書館にしたのぉ」

 ここはもともと幼き光の夢が集まっていた場所らしいわ。

 昔は夢は本の形ではなく、様々な姿で存在しており、とても賑やかだったそうよ。

 けれど、徐々に夢の数が増えてここに収まりきらなくなってきた。

 そんな時にふらりとやってきたのが、レイク・カーティスだった。

 カーティスは夢を本の形に変えると、魔法でこの図書館を創り、この庭を整えたらしいわ。

「たまにおるんじゃのぉ」

 ……?

「幼子の夢につられて異世界の夢とつながるものがのぉ」

 カーティスがそうじゃったとフックンが頷いている。

「お前さんもそうじゃのぉ」

 なら、日本の私は本当に存在していて、生きていて、ワタシの夢をみているのかしら?

 だったら、とても嬉しいわ。

 彼女は死んでいなかった。大切な人をおいていったりしてなんかいなかった。

 良かった。

「カーティスはお前さんと違って生まれつきじゃったのぉ」

 生まれたときから異世界の夢をみていたって、辛くなかったかしら?

「変わり者じゃったのぉ」

 そう、でしょうね。

「じゃが、いいやつじゃったのぉ」

 そう……。

「ところでお前さん、ここで司書をやらないかのぉ?」

「はい?」

「カーティスが夢に溶けてから、司書がおらんでのぉ」

 フックンもしかしなくても寂しいのね。

 けれど、ワタシは……

「元の場所へ帰ることは出来ないのでしょうか?」

「帰りたいかのぉ?」

「はい、帰りたいです」

 大きく頷くワタシに、フックンは目を閉じてうむうむいいながらしきりに首をかしげている。

「ダンジョンの底までいくには海の中を進まんといかんのだのぉ」

 海の中で、ワタシはまともに動くことが出来なかった。

「方法はあるのだがのぉ。ちと、時間がかかるのぉ」

 方法がある!

「まずは手を出すのだのぉ」

 ワタシが両手を差し出すと、フックンはワタシの手のひらの上に飛び乗った。

 思った以上にふわふわだわ。

「これはカーティスからの預かりものだのぉ」

 いつのまにか、両手の上に大きなたまごがのっていた。

「これを、ワタシが受け取っても良いのでしょうか?」

「もちろんだのぉ。お前さん宛の預かりものだからのぉ」

 何故、カーティスがワタシにたまごを?

 ワタシ達に面識はないはず。

「まずは、たまごを孵すのだのぉ」

「温めればいいのかしら?」

「身に着けておくといいのぉ」

 フックンはどこからか取り出した風呂敷を渡してくれた。


『贈り物を受け取ってくれたみたいだね』

『そのこはきっと、君の良い相棒になってくれる』

『大切に、育ててあげて欲しい』

 

 畑からいくつかお野菜を収穫する。ついでにりんごもひとつ。

 冷蔵庫を開けると卵やミルク、お肉などが入っているわ。

 まるでダンジョンのように、次の日にはとったぶんが補充されている。

 今日の夕ご飯はシチューよ。

 私の数少ないレパートリーのひとつだわ。

 ……。

 旦那様が家事得意だからね。困らなかったのよ。

 お肉は、鶏肉にしましょう。

 お野菜をしっかり炒めて鍋で煮込む。

 ホワイトソースを作って、一緒に煮込めば出来上がり。

 パンもいい具合に焼けたわ。

 後はサラダにドレッシングをかけて、ダイニングに運ぶだけね。


 ワタシはあれから数日の間、図書館に併設されているカーティスの家で暮らしている。フックンにもらった風呂敷でたまごを背負いながら。

 大抵は家事の合間に図書館のカウンターに座って、本を読んでいるわ。

 フックンの強い希望で、滞在中は司書の真似事をすることになったの。

 司書といってもほとんどやることがないのよね。

 たまにカウンターに現れる本を確認して、本棚に運ぶだけ。

 厄介なのは本の内容が悪夢だった場合よ。

 悪夢が世界に反映しないように、地下に封印するの。

 銀行の金庫みたいなところがあって、カタカタと震える本が収められているわ。ちょっとしたホラーよ。変換期にアンデッドが溢れてくるのは、この悪夢が世界に反映されてしまったせいなのね。

 そして、悪夢は浄化魔法で抑えることができるの。

 地下には浄化魔法の魔法陣が刻まれているわ。

 ここでの魔法の使い方にもだいぶ慣れたわね。カーティスが幼き光とワタシの境界を保ってくれているおかげなのだけれど、いろいろなことが出来るようになったわ。

 ここでは常に幼き光の存在を感じることが出来るので、魔力を使って干渉する必要があまりないの。

 そうね、滑車を使って井戸の水を汲み上げていた感じから、湖の中で両手で水を掬う感じに変化したといったら、分かりやすいかしらね。

 ワタシの望む結果の夢を幼き光に見てもらう。

 それが、ここでの魔法の使い方……。

 例えば、出来上がった夕ご飯をまとめてダイニングに運ぶとかね。

 ここで最初に食べたご飯も、フックンがそうやって用意してくれたものなの。

 フックンがどうやって料理したのか、ずっと不思議だったのよね。


 たまごを撫でながら願いをこめる。

 どうかあなたが健やかに育ちますように。

 



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