始まりのダンジョン 4
暖かい。
ふかふかのお布団に洗いたてのシーツの感触が心地いい。
こうばしいパンのかおり。
ぐぅぅぅ…………おなか空いたわね。
目が覚めると、見知らぬ部屋にいた。
重厚な造りの部屋だった。
装飾のないシンプルな寝室に、フクロウの置物がポツンとあるだけで、人の気配がしないわね。
ぐっすりと眠ったせいか体が軽い。ゆっくりと起き上がって自分の身体を確認する。
特に怪我もしていないようね。
ふと、左腕に見慣れないアミュレットをしていることに気が付いた。
虹色に鈍く輝く宝石が、銀の蔓をモチーフにしたブレスレットに嵌っているわね。
そして、ワタシは……
そのアミュレット以外、何も身に着けていなかった。
………………。
全裸にブレスレットだけって、いろいろ問題があるわよね?
とりあえず、これ、外しましょうか。
「そのアミュレットは外さんほうがいいのぉ」
「っうおぅ」
あらいやだわ、驚いて変な声がでた。
いえ、そうではなくて……この部屋には誰もいなかったはず。
「驚かせてしまったかのぉ。いや、スマンスマン」
フクロウの置物がバサバサと音を立てながら、こちらに飛んできた。
……え?
「よく眠っておったのぉ。気分はどうじゃ?」
……はい?
「……しゃべった?」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ。いかにも、ワシはここの図書館の管理人をやっていてのぉ。フックンというのじゃよぉ」
フクロウの置物はワタシのリアクションが気に入ったらしく、上機嫌で自己紹介してくれたわ。
いえ、置物ではないのよね?
ここは図書館だったの?
フクロウが管理人って、どういうこと?
それよりも、フックンて。
まさか、フクロウだからフックンとかいわないでしょうね?
「大丈夫かのぉ?」
「あ、ああ、ごめんなさい。ちょっと混乱していて」
「おぉ、そうじゃろぉそうじゃろぉ。隣に風呂の用意がしてあるからのぉ、あったまってくるといいのぉ」
「あ、あの」
「お前さんの服も洗ってあるからのぉ」
「その、……」
「風呂が終わったら食事にするかのぉ」
「……ありがとう」
流されるままにお風呂に入って綺麗な制服を身に着ける。
ダイニングに案内されると、温かい食事が用意されていた。
焼きたてのパンにベーコンエッグ、野菜のスープ、ウサギの形にカットしたりんご。
とてもおいしかったわ。
だけどこれ、誰が作ったのかしら?
「お口に合ったかのぉ?なにせ、久しぶりに作ったからのぉ」
「ええ、とても美味しかったです。あのお料理はフックンさんが作られたんですか?」
「おぉ、そぉじゃそぉじゃ。ところでワシに敬称はいらんぞぉ。フクロウだからフックンと名づけられたものでのぉ」
ぐっ、いけない、あやうくコーヒーを噴出すところだったわ。
「その、あなたに名前をつけた方はどなたなのですか?」
「レイク・カーティスというのだのぉ。そこにおるのぉ」
フックンはワタシの左腕にとまって、ブレスレットの宝石を軽くつついた。
「レイク・カーティスさんは、亡くなられていたのですね」
「あやつのことはカーティスで良いのだのぉ?」
そこはレイクではないのかしら?
「死んだといえば死んだのぉ。じゃが、死んでおらんといえば死んでおらんのぉ」
「それは、どういうことですか?」
「いずれ分かるのぉ」
ああ、もどかしい。
分からないことが多すぎるわね。
「ところで、ここはどこなのですか?ワタシは、何故ここにいるのですか?」
フックンはくるりと首を回すと、ちょこんとテーブルの上に飛び降りた。
「覚えておらんかのぉ?お前さんは落ちてきなさったんじゃのぉ」
落ちた?
ここへ?
「うむ、見たほうが早いのぉ。ついてくるといいのぉ」
フックンはチョンチョンと床を飛び跳ねて扉の前で止まると、首をくるりと回してこちらを振り返った。このフクロウ、動作の一つ一つが可愛らしい。
フックンを追いかけて通路を抜けると、図書館のカウンターの隣に出た。
人の気配がしないわね。
それにしても、巨大な図書館ね。数階分の吹き抜けの壁一面に本が納められているわ。
「こちらじゃよぉ」
精緻な装飾が施された大きな両開きの扉が、音もなく開いた。
図書館の外には、美しく輝く湖があった。
図書館は湖をL字型に囲むように建てられており、湖のほとりにはりんごの木があった。
その周囲には色とりどりの花壇や菜園があり、綺麗に整えられた芝生があたり一面をおおっている。
ワタシは、ここを知っている気がする。
この美しい景色をどこかで見たはず。
「上を見るといいのぉ」
いわれてドーム状の空を見上げる。
朝焼けの空の遥か上空に、高層ビルが逆さまに生えてきていた。
暗いビルの影が、揺らいで見える。
フックンがひときわ大きなビルを翼で指し示す。
「お前さんはあそこから落ちてきたのぉ」
あそこから落ちた?
「あの建造物は一体……」
よく見ると、空に境界線があるわね。
「あれはダンジョンだのぉ」
「……ダンジョン?」
「そうじゃのぉ」
ダンジョン。
そうだ、ワタシはダンジョンにいた。
けれど、水の中に転移されて……
リオン達に連絡も取れなくて……
「……っ」
慌てて耳を確かめるものの、通信装置はやはり、なかった。
「どうしたのかのぉ?」
「あの、ワタシ、イヤリングをつけていなかったでしょうか?」
「つけてなかったのぉ」
「このあたりに、落ちていたりしないでしょうか?」
「大事なものかのぉ?」
「ええ、友人達と連絡を取るために必要なんです!」
「お前さんの友人は、どこにおるのかのぉ?」
「マーテルの……ダンジョンです」
ふむ、とフックンは目を閉じて首をかしげる。
「では、無理じゃのぉ」
「それは……」
「こことダンジョンの間には海があるじゃろぉ?大抵の魔法や錬金術は海の中を通れんからのぉ」
そう、ならここは、ワタシがあのとき見た……
「ここは、海の中なのですね?」
「そうじゃのぉ」
「ここも、ダンジョンなのですか?」
「ちがうのぉ。じゃが、ある意味そうじゃのぉ」
どういうことかしら?
ワタシがあのとき見た箱庭がここで、あの逆さまのビルがダンジョンだとすると、ワタシはダンジョンの外の海に転移して、この箱庭に落ちてきたということかしら?
あのときワタシが魔法を操れなかったのは、海の中だったから?
そもそも何故ワタシは、海の中に転移したの?
どうやったら、みんなのところへ帰れるの?
アルフレッドは、大丈夫かしら?
リオンは……どうしているかな?
「ふぉっふぉっふぉっ。一休みするかのぉ」




