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始まりのダンジョン 3

 マーテルのダンジョンの各階層は森や草原などのフィールドで構成されているわ。

 石の迷路や洞窟がメインのラピスのダンジョンとは大分違うわね。

 見晴らしのよいフィールドに出現するモンスターも動物っぽいものが多くて、主にお肉をドロップするの。このお肉を求めてたくさんのパーティーがダンジョン内でキャンプしているわ。ダンジョンの中には他にも魚の捕れる川や湖、野菜を収穫できるスポットなどがあって、数日滞在するのにとても便利なの。

 ダンジョンの中に古い崩れかけた遺跡があるのだけれど、その周囲は救護所を含むいくつかの施設や冒険者達のテントでとても賑わっているらしいわ。遺跡は草原の中では結構目立つし、なにより下層階へ続く階段があるため、自然に人が集まるのね。

 2階層では貴重な薬草も採集できるらしく、ダンジョンの外は買取の商人達の店が軒を連ねているわ。


 始まりのダンジョン1階層。入り口をくぐると、そこは広大な薬草畑に小川のせせらぎのきこえる牧歌的な空間が広がっていた。


 今日はダンジョンの探索実習の日。

 5階層の角ウサギを倒してドロップアイテムを集めるのが目的よ。

 目的はウサギ肉なのだけれど、この角ウサギ、極稀に錬金術用のアイテムをドロップするの。

 薬師系の錬金術師に需要があるらしくて、それなりに良いお値段で買い取られているわ。

 まあ、ドロップするといいわねってくらいの気持ちでいましょう。

 大きな風車まで歩いていくと、転移装置の前に行列が出来ていた。

 ラピスの学園の制服にショートソード。それから背中にクロスボウといった凡そ治癒師らしからぬ装備に、少し違和感を感じる。

 まあ、治癒師はアランがいるからね。ワタシは戦闘に加わるわ。

 留学中は制服着用との指示が出ているから、いつものもさっとしたローブはポーチにしまってあるの。

 制服でダンジョンの探索をするのは、少し緊張するわね。

 ラピスの変換期のダンジョンを思い出してしまうわ。

 ……大丈夫よ。トマス先生が5階層に先行していて様子を見ていてくださっているもの。

 何も心配することなどない筈なのに、何故こんなにも不安なのだろう。

 フィリア達が睨んでくるだけで絡んでこないせいかしら?

 いつもなら、こちらを見るなり嫌味を言ってくるのにね。

 私が内心悪役令嬢の王道だわって、テンション上げていたことに気づいたのかしら?

 まさか、ね。

 あら、転移装置の係りの方、フィリアの知り合いかしら?

 ずいぶん親しげね。

 そういえば、彼女は人気があるってアランがいっていたわ。

「先に行くぞ」

 リオンが肩越しにワタシを振り返ると、そのまま装置の中に消えていった。

「5階層ですね」

「はい、おねがいします」

 装置の中に描かれた魔法陣の上に立つと、こちらを見もせずに係りの方が操作パネルに手をかけたままきいてきた。

 何だか感じが悪いわね。

 転移装置が作動して視界にノイズが入る。

 本来なら、5階層の転移装置に移動するはずだった。

 けれどもワタシが移動したのは、真っ暗な水の中だった。


 暗い。

 冷たい。

 苦しい。

 身体が重い。

 ろくに身動きも出来ないまま、何処かに流されていく。

 必死にもがく。

 けれど、ワタシはどんどん沈んでいく。

 苦しい。

 息が出来ない。

 身体が潰されそう。

『揺りかごにまどろみし幼き光よ、汝が夢のあわいにて、天空を翔けよ』

 風魔法で自分の身体を包み体勢を整える。

 呼吸が出来るようになると、少しだけ余裕がでたわ。

 どういうわけか、ワタシは何処かの水中に転移してしまったようね。

 一体、ここはどこかしら?

 どうやって、帰ればいいの?

 みんなは、どこ?

 ああ、考えがまとまらないわ。

 上へ、と願って魔法を操ろうとしても上手くいかない。

 ただただ、水中を沈んでいくだけ。

 圧倒的な無音の世界に押し潰されそうになりながら、ワタシは……

 ただ、水中を沈んでいくことしか出来なかった。


 ワタシは、どこへいくのだろう?

 ワタシの前に転移したリオンも、ワタシの後に転移したはずのアルフレッドも、此処にはいない。

 彼らに連絡を取ろうとして、気が付いてしまったの。

 耳につけていた通信装置がなくなっていたことに。

 もう、誰かに助けを求めることは、出来ないのね。

 これからワタシは、どうなるのかしら?

 このまま、水の中を沈み続けて、どこかに辿り着くのかしら?

 それとも……

 ここに、リオン達がいなくて、良かった。

 きっと彼らは無事だから。

 だから、これでいい。

 ああ、誰かに会いたいな……

 これがぜんぶゆめだったらいいのに。


 寒い。

 凍えてしまいそう。

 真っ暗な水の中、ふと、辺りが明るくなってきていることに気が付いた。

 ワタシが沈んでいく方に明かりが揺らめいているのが、分かった。

 下に向かって手を伸ばす。

 徐々に光源へと近づいていく。

 これはきっと、ゆめをみているんだ。

 眼下には、輝く湖と洋館のある箱庭がみえた。

 それは、とても美しい、箱庭だった。

 ワタシは、ゆっくりと、その箱庭に、落ちていった。

 


 

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