始まりのダンジョン 1
マーテル島に到着すると、学園の先生方と管理者ギルドの方が出迎えてくださった。
このまま真っ直ぐに学園に向かうそう。
マーテル島は他の島と比較すると倍以上の広さがあり、交通機関が普及しているわ。こうして、移動に車を使うくらいにね。
実用重視のラピスの街並みとは違い、あちらこちらに華美な装飾が施され、幻想的な雰囲気が漂っているわ。この島に始まりのダンジョンがあるため、マーテルは他の国よりも格が上だという意識が一般に広まっているの。観光客を馬鹿にする住人がいて困ってると、アイシャお姉さまが仰っていたわね。
マーテルの学園の制服は金の刺繍に赤いラインの入った純白のローブよ。
あら、ここは共学なのね。
それに、髪の長い子が結構いるけれど、まさか鬘じゃないわよね?
学園長に挨拶をした後、学園の先生が案内をして下さいました。ライアン先生と仰るようね。
最後に寮に案内をしていただいて、いろいろとワタシに対する注意事項が伝えられたわ。
「ユーリ様は王族であると言うことを伏せて、学園生活を送っていただきたい。自己紹介をなさるときも、ラピスの姓は名乗られませんように。それと、実習でダンジョンや治療院に向かうとき以外の外出は、ご遠慮願います。なるべく他の生徒や街の住人と接触しないように、くれぐれもお願いします」
「ユーリ様はラピス王の指示でこちらの学園に留学なさったのですが、素性を伏せなければならない理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「いま、アイシャ王女殿下に姫君が誕生され、このマーテルの国民は少々浮かれているのです。そこへ無能のユーリ様がいらっしゃると、暴動が起こる可能性があるのですよ。大切な姫殿下の血統を汚す存在だといってね。こういった事情があるものですから、王宮への訪問もご遠慮願います。くれぐれも、問題を起こされませんように」
ライアン先生は、言うだけ言うとさっさと出て行った。
トマス先生が珍しく怒っているわね。
「ユーリは、もっと怒ってもいいとおもいますよ」
「あら、怒っているわよ?ただ、さっきの指示が誰からのものなのか、はっきりするまではおとなしく従うことしか出来ないのよ」
「確認してきますから、君たちは暫くおとなしくしていてください」
トマス先生はそういって、部屋から出て行った。
次の日、機嫌の悪いリオンとアルフレッドを連れて、臨時でパーティーを組むメンバーに会いに行った。ライアン先生曰く、優秀な生徒達だから安心して欲しいだそうよ。
「無能とパーティーを組むなんて嫌です!」
優秀な生徒ってなんでしょうね?
オレンジ色の縦巻きロールの髪にきつい印象の青い瞳。おでこに小さな角が三本生えた女子生徒が喚いている。彼女の両隣には、ショートボブの黒髪に黒い瞳、右の頭に赤い角の生えている女子と、水色のロングストレートヘアのロップイヤーの女子がいて、こちらを睨んでいるわ。
彼女達から少し離れたところに、ツーブロックの緑の髪に、緑の鱗のある右手の男子と、灰色の髪をスポーツ刈りにした赤い瞳の、アライグマの尻尾のある男子がダルそうにこちらを見ている。
「気持ちは分かるが、我慢してくれないかな?フィリア君」
あの縦巻きロールはフィリアというみたいね。
「何故私達が無能の面倒を見ないといけないのですか?」
「おかしくないですか?」
「無能を留学させるなんて、私達の学園を馬鹿にしているとしか思えません!」
馬鹿になんてしていなかったわよ?あなた達に会うまでわね。
「人選ミスにも程があるだろ」
リオンがぼそっと呟いた。
「どうしてもと仰るなら、私と実戦形式の試合をさせてください。私に勝ったのなら、パーティーに入れて差し上げますわ!」
うわあ、とアルフレッドが疲れた声を出した。
そろそろこの茶番、終わらないかしら?ふたりの忍耐力が限界そうなのだけれど。
「いいのではないですか?正式な試合なら納得できるでしょうし」
トマス先生がにこやかに試合を勧めてくる。
ワタシが彼女と試合をしても問題はない、ということですね先生?
「ウチの女性陣が悪かったね。彼女達、いつもあんな感じでメンドクサイんだよ」
アライグマの尻尾の彼はアランというそうなの。彼も治癒師科でしばらくはクラスメイトになるわ。
ちなみにアランと一緒にいた緑髪の男子はロウ。黒髪の女子がリリアでロップイヤーがミラね。
「フィリアは戦士科なんだけど、大丈夫?」
戦士科の生徒が治癒師科の生徒に実戦形式の試合を申し込んだと凄い勢いで噂が広まって、見学希望者が殺到しているらしいわ。そのため、会場を用意する都合で試合は午後からになったの。
「何で君達、そんな落ち着いて昼飯食ってんだよ?」
だってお昼だし?
ちょうど食堂が空いていたので、ワタシとリオン、アルフレッド、アラン、ロウの五人でお昼ご飯食べているの。煮込みハンバーグに海草サラダ、とってもおいしいわ。ちなみにこの海草は海ではなくダンジョンで採れたものなの。大葉のドレッシングがよくあうわね。
トマス先生がいい笑顔で頑張ってきなさいと仰って、そのまま何処かへ消えてしまったわ。
その様子を見て、アラン達が同情した顔を向けてきた。
「大丈夫なのか、あの先生。これから教え子が公開処刑されるってのに」
「ああ、公開処刑ですねぇ」
「きのどくにな」
ねえ、ふたりとも随分となげやりね。もう少し、こう、心配するとか応援するとかないのかしら?
校庭の真ん中で試合は行われる。
フィリアはロングソードを構えて不敵に笑っているわ。
それにしても、見学の生徒が多いわね。午後の授業はいいのかしら?
「実戦形式の試合ということですが、魔法を使用してもよろしいのでしょうか?」
「もちろん、使える技術を全て使って相手を戦闘不能にしたものが勝者だ」
戦闘不能って、めちゃくちゃな事言うわねライアン先生。
どうしよう、ワタシ女子と試合なんてしたことないし、戦闘不能にするってどうすればいいかしら?
こんなこと言っている場合ではないのは分かっているのだけれど、女の子を攻撃するのはちょっとね……。近接攻撃を避けて魔法で足止めしつつ、武器を弾き飛ばせないか試してみましょうか。
「さっさと戦闘不能にしてこい」
「兄貴ほど強くなさそうだし、大丈夫ですよたぶん」
お願いふたりとも、そんなに気軽にいわないでよ。
「そんなに緊張しないで、いつもの模擬戦のつもりでやりなさい」
トマス先生、何故そんなに楽しそうなのですか?
「両者前へ!」
ワタシとフィリアがライアン先生の前に進む。
ライアン先生が試合の説明をしているけど、いろいろおかしいわね。
ワタシがフィリアのパーティーに入るのに相応しい事を証明する為に、とか仰っているけれど、治癒師が実力を証明する為にロングソードを構えた戦士科の生徒と戦って勝てって、どういうことよ?治癒師のどんな実力を証明させるきなの?
さて、どうしたものかしらね。
フィリアと少し距離をとって向かい合う。
ライアン先生が右手を掲げた。
「始め!」
フィリアがロングソードを頭上に構えて突進してくる。
まずは、進行方向の足場を崩して、勢いを殺す。
土魔法と水魔法を使って泥沼を適当に作り、回避した先に土の壁を出現させて足を止めるわ。
とにかく相手の機動力を削るのよ。
アルバートなら、さらに壁を回避するか壁を叩き割ってそのまま突進してくる。
彼女はどうするかしら?
壁を回避するようならさらに壁を作って彼女を囲んでロングソードを封じる。
壁を破壊するなら壁の手前に地雷式の風魔法を設置して、上空に飛んでもらおうかしら。
しかし、彼女はワタシの予想に反して……
「あの、彼女は何をしているのかしら?」
「泥沼に嵌っているな」
「このあと、どうするつもりなのかしら?」
「沼から出るんじゃないか」
「でも、あの人溺れかけていませんか?」
リオンとアルフレッドの的確なつっこみにワタシはようやく状況を把握する。
「いけないっ!まさか嵌るとは思っていなかったから、雑に造りすぎたわ」
「どういうことだ?」
「彼女足が届かないのよ!」
トマス先生がライアン先生に試合の判断を促す。
彼女が戦闘不能と判断されなければ、救助は出来ない。
「フィリアを戦闘不能とみなし、ユーリを勝者とする」
周りの生徒達から呻き声があがる。
そうね、ヒドイ試合だったわ。
何の見せ場もなく地味に……
いけない、ワタシ公衆の面前で女の子を泥沼に沈めた事になるのよね。
なんてことをしてしまったの?
自分のやってしまった事の重大さに青ざめる。
「この卑怯者!こんな卑劣な手段を用いてまで私に恥をかかせたかったと言うの」
「フィリア様にこんなマネをして許されるとでも思ってるのっ!」
「ありえないんですけど」
アラン達に救出された彼女は、とっても元気だ。
怪我はしていないようね。良かったわ。
「ごめんなさい。ラピスで模擬戦をするときによく牽制に使っていたものだから、とっさに使ってしまったの。他意はないわ」
「あら、無能の国らしい汚らわしい戦い方なのね。無能は無能なりに頑張ってて偉いわって、褒めて差し上げたほうがよろしいかしら?」
トマス先生を伺うと、首を横に振られた。
仕方がないわね。ここは我慢しましょう。
「お褒めいただきまして、ありがとうございます」
彼女たちは顔を真っ赤にしてこちらを睨んでくるが、試合は終了だ、解散しなさいというライアン先生の指示でおとなしく教室に戻っていったわ。
見学の生徒達もぞろぞろと帰っていく。
トマス先生がワタシに向かって軽く一礼したので頷いて皆のところに戻った。
ワタシの悪口ならいくらでも言ったらいいのよ。けれど、それが国への侮辱であったのなら話は別よ。ラピス国王の命でラピスの王族としてマーテルに留学しているワタシの立場上、彼女の発言は聞き流していいものではない。あれは、公式の場での発言だ。ライアン先生はそれを理解していたからこそ、解散を命じたの。
だけれど、トマス先生はワタシの抗議を止めた。先生のことだから、何か理由があるのでしょう。昨日からずっと、ワタシ達に内緒でいろいろ動いているみたいだし、そうね、ここは学園の生徒らしく先生の指示に従いましょうか。




