チュートリアル 20
見渡す限りの海。
けれど、この世界の海は潮の香りがしない。
生き物の気配も無い。
風がべたつくことも無い。
ただ静かで美しい異世界の海を、船は進んでいく。
ワタシ達が乗っているこの船は、ラピスとマーテルを繋ぐ定期船。
ラピスのダンジョンが封鎖され、マーテルへと向かう冒険者の方で賑わっているわ。
冒険者の中にはマーテル出身の方もいるらしく、最近生まれたアイシャ王女のご息女の話で盛り上がっているわね。
アイシャ王女のお母様はマーテルの第一王妃で、ワタシ達のお父様のいとこに当たるの。
アイシャお姉さまはワタシ達のはとこになるのかしら?
幼い頃、お姉さまに遊んでいただいたことがあるわ。
ワタシとリオンと、ノエルお兄様とアイシャお姉さまの四人でかけっこをしたり、絵本を読んだり。
とても楽しかったわ。
ワタシは結婚式に出席することが出来なかったのだけれど、たくさん写真を送っていただいたわ。お姉さま、とてもお綺麗になられていた。とてもお幸せそうで、この前はお姫様の写真も見せていただいたわ。
もじどおり天使のような女の子。お姉さまいわく翼のあるおかげで服が大変、だそうだけれども。
「翼の姫君か。将来楽しみだな?」
「まったくだ」
「なあ、知ってるか?」
「なんだよ」
「アイシャ王女の母君の生まれたラピス王家に、無能がいるらしいぜ」
「冗談だろ?」
「王族に無能とか、ありえないだろ」
「でもよ、ラピスって無能を受け入れてんだろ?」
「ああ、キモイよな」
「王家に無能が生まれたから、無能に優しくしてんじゃね?」
「ホントなら酷いな。職権乱用も甚だしいぜ」
「だいたい、無能を王族にしたままとかありえねぇだろ」
「気分悪いな、せっかくの姫君誕生にけちがついた」
「無能の国は、やることまで無能だな」
ああ、とってもいいお天気だわ。
これは、うっかり甲板に出てきてしまったワタシの過失ね。
それにしても……
気分悪いのはこっちのほうだ、このくそ野郎共!
さてと、船室に戻ろうかしら。
いつの間にか隣に来ていたリオンの殺気が凄いしね。
乙女ゲームから別のジャンルのゲームに変更される前に、リオンを回収していきましょう。
ところで、もしもこの世界が本当に乙女ゲームの世界だったとして、ヒロインって誰なのかしら?
もしかして乙女ゲームだと思ったのは私の勘違いで、本当は……いえ、この件について深く考えるのはやめましょう。ワタシの精神衛生のためにも。
船室に戻るとアルフレッドが船酔いで寝込んでいた。
さっきお薬を飲ませたのでだいぶ落ち着いたみたいね。しばらく寝かせておきましょう。
心配性のアルバートとクラウスが、いろんなものをポーチに詰めてくれたの。
船酔いの薬とか、風邪薬とか、ポーション類もたくさん。
他には、簡易テント、簡易トイレ、寝袋、ランタン、サバイバルナイフ、コンロ、ケトル、水、食料、スパイス、予備の武器など。……ワタシ、いったいどこに派遣されるのかしら?




