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チュートリアル 19

 学園での授業が再開されたわ。

 治癒師科の授業は座学と治療院での実習がメインになった。

 ダンジョンの実習が予定されていた時間は、各パーティー毎に自習という事になったの。

 この自習時間を使って魔力調整の鍛錬もしていたのだけれど……。

「芸の幅が広がったのはいいことだと思うよ。でもユーリ、君は治癒師になるんじゃないのかい?」

「おおっ」

「うわぁ、綺麗です!」

 クラウス、心配しなくてもワタシは治癒師になるつもりよ?

 それとアルバートにアルフレッド、拍手しないの。

 そんな中リオンが黙々と魔力調整の鍛錬をしている。木剣を素振りしながら。

 そう、今日は全員武器を使用した鍛錬なの。といっても使用するのは練習用の木剣よ。

 愛用のショートソードと同じサイズの木剣を振りながら魔力調整の鍛錬をしていたら、何故だかワタシだけ、パフォーマンスを披露しているみたいになっているけれど。

 リオンと同じことをしている筈なのに、何故かしらね?

「日ごろの行いだろう」

 なんですって?

「ジャグリングしながら走っている生徒がいるおかげで、農業区の子供たちが、学園の生徒が海岸で鍛錬しているのを見ると何かを期待した眼差しで見てくるんだ。心当たりは無いか?」

 なくはないわね。

「海岸沿いを走っていると、農業区のお子さん達が集まってくるんですよ。何かしないとって思って、バク転しながら通り過ぎたら、拍手してくれてました」

 いい子たちね。

「なにも面白いことが出来なかったから、数人まとめて腕にぶら下げて持ち上げてやったら、意外と好評だったぞ」

 あなた将来、良いお父さんになりそうね。

「ミケの食事の様子を見せたんだけど、何故か怯えられたよ」

 二度としないで!

 

 学園の生徒に憧れている子供たちに純粋な目を向けられて、悪い気はしないわよね。

 だってあの子達、キラキラした目で見てくるのだもの、期待に応えなきゃって思うでしょう? 

 

「ユーリ・ラピス、少し良いかな?」

 アルフレッドと模擬戦をしていると、トマス先生が訪ねていらした。

 学園長がワタシ達に話があるのだと。

 トマス先生の様子からして、楽しいお話ではなさそうね。


 学園長のお話はワタシのマーテル島への留学についてだった。

 ダンジョンが封鎖され実習が出来なくなったため、何組かのパーティーが各島へ留学しないかという打診を受けているのだそう。

 ワタシの場合は打診ではなく決定のようだけれどね。

 ワタシはいずれお兄様の補佐をすることになる。よその島へ外交に赴くこともあるでしょう。それを視野に入れて考えれば、このタイミングで留学を経験するのは有意義なことね。

 

 ただ、ひとつだけ問題があるの。

 残念なことにこの世界にも差別があるわ。

 そしてワタシは、差別される側にいる。

 この世界には人種という概念が無い。

 肌の色、髪の色、瞳の色、性別などで差別を受けることは無い。

 外見的特長が必ずしも親から遺伝するとは限らないからよ。

 親とまったく違った見た目をしていても、個性として受け入れられるの。

 それが、普通のことだからね。

 ただ、この世界には祝福というものがあるの。

 私の感覚で言う一般的な人間の姿の一部が異形であること。

 分かりやすくいうなら……

 アルバートの人より大きな身体。

 アルフレッドの猫耳。

 クラウスの猫のような瞳。

 リオンの牙。

 ノエルお兄様のエルフ耳。

 お父様の狼の耳と尻尾。

 お母様のヤギのような瞳。

 これらの特徴がある人は、なにがしかの能力に長けていることが多いの。

 こういった特徴を持って生まれてくる人は、大勢いるわ。

 ないひともいるけれど少数ね。ワタシも含めて。

 そして、祝福を持たずに生まれた人を、無能といって蔑む人もいるわ。

 ワタシが生まれる前は、このラピス島でもこういった差別はそれなりにあったそうよ。

 今この島で表立って差別する人が少ないのは、ワタシが祝福を持たずに生まれたのをきっかけに差別をなくそうと、ラピス島の皆さんが意識改革を行ったからなの。

 もちろん、働きかけをなさった方々はいらっしゃるでしょうけれど、住民の皆さんの賛同が得られていなかったら、ワタシは今、こんなに日々楽しく過ごせてはいないでしょう。

 ワタシは、幸せものだわ。

『ユーリに酷いことをいうひとがいるけど、怯えてはいけないよ。君は王族なんだ。だから堂々としていよう。そしてちょっとだけ頑張ろう?君に何の非も無いことを証明する為に。大丈夫、俺がユーリの傍にいて守るから』

 幼いお兄様がそういって、ワタシの手をぎゅっと握ってくださっていた。

 今でもはっきり覚えている。

 ノエルお兄様はいつだって、ワタシのヒーローだったわ。もちろん今もね。

 両親もワタシ達兄弟を分け隔てなく愛してくださったわ。

 今にして思えばリオンと知り合ったのも、偶然ではなかったわね。

 似たような境遇の子供を一緒に育てようという思惑があったのでしょう。

 リオンは乳歯が生え変わるまで祝福を持っていると思われていなかったの。

 リオンは幼い頃から魔法使いの才能が有ったわ。神童といわれていたノエルお兄様が認めるくらいにね。そして、努力家だわ。

 けれど、周りの大人たちはそれを認めようとしなかった。

 無能に才能が有るわけが無いと言う、根拠の無い考えの下にね。

 彼らがリオンに対する態度を改めたのは、リオンの生え変わった牙を見たからよ。

 リオンは祝福を持って生まれてきたから、優秀なのだと。

 彼のたゆまぬ研鑽を無視して手のひらを返した大人たちを、リオンは心底嫌悪していた。

 そのせいもあって、リオンは自分に媚を売ってくる人もレイシストと同様、軽蔑しているわ。

 彼の場合、そんな大人の中に父親が含まれているから余計にね……。


 祝福を持たない人への差別対策を国を挙げて行っているのは、このラピスだけ。

 他の島では当たり前のように、差別発言が罷り通るの。

 だからワタシは、リオンやアルフレッドをマーテル島に行かせたくはないし、アルバートはワタシ達をマーテル島に行かせたくない。

「でしたら、オレ達も一緒にいきます!」

「アルバート、それにクラウスも。君たちは見習いなんだ。それは無理だよ」

 アルバートとクラウスは見習いになっているので、学園の生徒として留学することが出来ないのよ。

 ワタシ達が学園の初等部に入ったころはまだ、ワタシやリオンに対して風当たりが強かったの。

 その頃のことを知っているアルバート達は、心配なのね。

 ワタシがラピスの外に出ることが。

 何かあっても傍にいなければ、庇えないからと。

 そうね、いままでずっとアルバートとクラウスに守られてきたわ。

 身体の大きなアルバートに睨まれてまで、絡んでくる人はいなかった。

 よく分からない理屈で難癖つけてくる人は、悉くクラウスに論破されていったわ。

 けれど、このままじゃいけないわね。

 なにより、アルバートはワタシ達と一緒に留学する為に留年するとか言い出しかねないわ。

「大丈夫よアルバート。心配してくれてありがとう。えっと、ほらワタシ王族だし、トマス先生が引率してくださるし、変なことは起こらないわよ」

「僕もいるしな」

「兄貴、俺のこともう少し信用してよ?」

「ボク達が無理を通すと、ユーリの立場が悪くなるしね?」

 クラウスがアルバートを部屋の隅に引っ張っていって、なにやら耳打ちしている。

 アルバートは難しい顔をしながらも、頷きながら話を聞いているわね。

 なんとか、納得してもらえそうかしら?

「俺たちはついて行きますからね?」

「当然だな」

 こちらの説得は無理そうね。

 なのに何故かしら?とても嬉しいわ。


「ありがとう、みんな」

 

 

 

 


 




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