チュートリアル 1
いつの間にか握り締めていた両手を開くと、ゆっくり呼吸する。
いけない、ワタシおもったよりも動揺してるみたいね。
今は、実習に集中しなきゃ。
「大丈夫か?」
突然声をかけられて、びくっと肩を震わせる。長身の美青年に顔を覗き込まれていた。この青髪の幼馴染には、私の様子がおかしいことなど、お見通しでしょうね。
けど、いくらなんでも「ワタシには、前世の記憶があるのよ」なんて言えないわ。
そもそも、あれがワタシの前世とは、まだ決まっていないのだし。
さて、どうしようかしら。
「さっきね」
ごめんなさいね、お嬢さんたち。
「探索の実習でここに来た女子がいたでしょ?」
ワタシの声が聞こえたらしい、クラウスとアルバートがこちらの様子を見ている。
「ダンジョンに入るときって、みんな装備が地味になるでしょ?けど、彼女たちロングヘアで、装備も可愛らしくてお洒落だった」
そういって、ワタシは自分の装備を見下ろす。もさっとした茶色のローブに、ウエストポーチ、護身用のショートソードを腰に吊るして、手に杖を持ってる。洒落っ気の欠片もないわね。
リオンは自分達の装備を見回して、まぁ、ダンジョンだからな、とか呟いてる。
「ダンジョン探索は、どうしたって実用性重視で、地味な装備になりがちでしょ?」
アルバートはなにか思うところがあるらしく、顔をしかめている。いかにも前衛職です、と言わんばかりの装備の彼には、少々不快な話題だったかもしれないわね。
「だから、彼女たち、凄い気合入れてるなって感心してたのよ」
私の記憶で知っている。あれは、魔法少女の衣装よ。アニメでよく観たわ。原色の長い髪の毛をツインテールにしたり、ロールパンにしたりして、薄くてひらひらしたフリルたっぷりのドレスに、大きなリボンがついてるの。
鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、何故か、リオン達は固まっているけど。いいわ、ワタシがさっき見たことを話してしまおう。
「とても驚いたわ。彼女たちが浄化ブースに移動したとき目に入っちゃったのよ」
浄化ブースというのは、ダンジョンに設置されたセーフゾーンにある救護所の設備のひとつ。錬金術で作ったシャワールームみたいなものよ。自分の魔力を使わずに、浄化魔法の効果が得られるの。これは錬金術ギルドの発明で、おかげで、だいぶダンジョンの探索が快適になったの。
「オレンジのツインテールの子が、いきなり自分の髪の毛をつかんで、頭から外したの」
実際の彼女の髪も、オレンジ色だったけど、スポーツ刈りだったわ。なんていうか、見てはいけないものを見てしまった気分よ。似合っていたから余計にね。
「それ、錬金術ギルドから新しく売り出された、鬘型の装備だよ」
ピンクのふわふわした髪の少年が、満面の笑みでこちらへとやって来た。天真爛漫な少年といった態だが、ワタシよりひとつ年上なの。
そして、ワタシより背が低いことを気にしている。彼に、身長の話をしてはいけない。
「へぇ、きみ、小さいのに良く知ってるね」
今回からパーティーに参加した、最年少メンバーのアルフレッド君が、華麗に地雷を踏み抜いてくれた。
少年よ、あなたが年下だと思って話しかけた錬金術師見習いは、後ろで青くなっている君のお兄さんと、同い年なのよ。
クラウスの可愛らしい笑みに、黒さが滲み出てくる。
「君、ひとの身体的特徴を指摘するのは、礼儀を欠いた行いだと思わないかい?」
アルバートが弟の頭を掴んで、一緒に平謝りしてる。良いお兄ちゃんだわぁ。
「おもいます、おもいますっ、ごめんなさいっ、すみませんでしたっ」
あんなに頭を振ったら、具合悪くならないかしら?
「はぁ、もういいよ。今回はアルバートに免じて許してあげる」
思いのほかあっさりと許したクラウスに、寒気を感じる。
「ところで、うちの新商品の話だったかな」
長くなるなと、リオンが呟いた。