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チュートリアル 18

 実技訓練当日。

 希望者があまりに多かったので、三つのクラスに分かれることになったわ。

 魔法科の先生方の前で水魔法を使ってグラスを満たすの。

 水の量は多すぎても少なすぎてもダメ、グラスのふちギリギリまでよ。

 表面張力で零れない位がベスト。

 これで魔力調整がどれだけ出来ているか先生方に判断していただいて、クラスの札を受け取るの。

 

 それにしても、校庭で大勢の生徒がグラスを持って歩いている光景って、シュールね。

 魔法科に治癒師科の生徒、男子と女子が実技の授業を一緒に受けるなんて今まで無かったから、何だか変な感じね。そもそも、魔力調整を目的とした実技の訓練を、ここまでの規模でやらないわ。


 ワタシのクラスは、魔法科の第三自習室ね。

 自習室に着くと、既に数人の生徒がいた。

 正確に言うと、リオンが数人の女子生徒に囲まれていた、ね。

 あら、なんだか乙女ゲームっぽい展開だわ。

 これでみんな手に持っているのがグラスでなければね。リオンルートのスチルっぽかったのに。

「うわ、入りづらい」

 後から来た男子生徒が、入り口で固まっているわ。

 同士よ。気持ちは大いに分かるけれど、入り口は塞がないで。後ろの女子が困っているわよ。


「皆さん、ノエル先生がいらっしゃるまで自習していましょう。自分のやり方で魔力調整の鍛錬をしていて下さい」

 魔法科の先生の指示で、生徒達が散らばって……いかなかった。

「リオン様はどのような鍛錬をなさるのですか?」

「教えてください」

「私達もご一緒させてください」

 リオン、そんな助けを求めるような目でこちらを見ないでちょうだい。

 ワタシにどうしろっていうの?

 ああ、もう、分かったわよ。

「あなた達、そこにいると危ないわよ」

 女子生徒たちに声をかけると、彼女達に思い切り睨まれた。

 だから嫌だったのよ!

 あとそこの男子、勇者だとか呟かないの!

「リオンは鍛錬のとき空間を広く使うから、近くに寄らないほうがいいわ」

 彼女達の視線がこちらに向いている隙に、リオンは移動して鍛錬を始めていた。

 ナイフとフォークはやめたのね。

 氷の手裏剣がリオンの周りを回っているわ。

 手裏剣あったのね、この世界に。

 女子生徒達が素敵とか言ってるけれど、素敵なのか、アレ。

 男子生徒達の食いつきがいいのは、理解できるけれど。


 リオンが手裏剣で鍛錬しているのを見て、忍者を連想してしまったワタシは、クナイを数本水で作ってみた。これでジャグリングをするの。普段は海岸沿いを走りながらやるのだけれど、ここじゃ無理ね。

 いったんグラスは仕舞いましょうか。

 形が歪まないように、刃の部分を掴まないように、魔力でコントロールしながらクナイを操っていく。

 前にこの鍛錬を見たクラウスに、君はどこを目指しているのと聞かれたけれど。

 海岸沿いで鍛錬していると、農業区の小さいお子さん達が集まってきたりするけど。

 こちらを見て拍手してる生徒がいるけど。

 ワタシは、パフォーマンスしてるわけじゃないのよ?

 走りながら魔法を使う鍛錬なのよ?


 ノエル先生の実技訓練が始まったわ。

「まず、グラスの3分の2位まで水を入れてください」

『揺りかごにまどろみし幼き光よ、汝が夢のあわいにて、盃を満たせ』

「次に、水だけ凍らせます」

『揺りかごにまどろみし幼き光よ、汝が夢のあわいにて、凍夜を招かん』

「次に、グラスを逆さまにして、氷を取り出します。そして、氷を溶かしてグラスに戻します」

『揺りかごにまどろみし幼き光よ、汝が夢のあわいにて、篝火を灯せ』

「これを繰り返してください。ちなみに凍結させる範囲指定をミスすると、氷が取り出せなかったり、グラスが割れたりするので、気をつけてください」


 ノエル先生のお手本どおりに魔法を使ってみる。

 グラスに水を入れる。この位かしらね?

 水を凍らせる。水だけを凍らせるとグラスが割れてしまうわ。グラスの中の範囲に氷が出来るイメージで、氷魔法を使う。

 氷を取り出す。グラスを逆さまにして、取り出せるかしら?円筒形の氷がするりと落ちてきた。

 上手くいったわ。ちゃんと中まで凍っているし、グラスは無事よ。

 氷を溶かして水に戻す。火魔法で温めるときに熱すぎると蒸発してしまうから、温度に気をつけて。

 溶かした水をグラスに戻す。

 うわぁ、面倒くさいわねこれ。

 自習室のあちらこちらでグラスの割れる音と、息を呑む空気が伝わってくる。

 割れてしまったグラスを魔法科の先生がてきぱきと片付けて、代わりに紙コップを置いていく。

 辛いわ。

 ノエルお兄様、お気に入りのグラスを用意してって、割れることを見越して仰ったのね。

 大事なものなら慎重に扱うものね。

 でも、意地悪ですよお兄様?


 氷魔法と火魔法を使って氷を作ったり水に戻したり、面倒くさい作業を繰り返すうちにふと思った。

 水の状態を変えるのに、氷魔法と火魔法って要らなくないかしら?

 水魔法を使って、水の温度を摂氏0度以上にするか以下にするか、で良くないかしら?

 良くないのはこの世界に摂氏という名称があることくらいよね。まさかこの世界にセルシウスさんがいたわけではないでしょうに。

 いえ、今はこの事について考えるのは止めましょう。

 そういえばお兄様は詠唱なさっていたけれど、氷魔法と火魔法を使えとは仰っていなかったわ。

 つまり、これは……

「引っ掛け問題なのかしら?」

「何がだ?」

 ワタシは試しに水魔法だけを使ってグラスの水を凍らせ、温度を変えて水に戻して見せた。

 隣に座っていたリオンを見ると、彼は呻き声を上げて机に突っ伏したところだった。

 この方法なら、グラスの中という範囲を設定して水魔法を使い、魔力調整を使って温度を1度位変えればいいだけなのよ。

 ちなみにこの方法は、錬金術ギルドで開発したキッチン用品、自動製氷機と水温調整機能つきケトルから思いついたの。クラウス先生の水魔法と浄化魔法を使用し、指定した温度に保つ(要約)という講義を受けていたおかげかしらね?

 眉間にしわを寄せて悪態をつきながら、リオンが水魔法を使っている。

 リオン、あなたさっきの女の子達に見せられない顔になっているわよ?

 けれど、今日は魔力調整の実技訓練なのだから、氷魔法と火魔法を使ったほうがいいのかしら?

 左手とグラスを使って、水と氷をお手玉のように移動させながら考えていると、肩をポンと叩かれた。

 振り返ると笑顔のノエルお兄様がいらした。

「ふたりとも、隣の教室に行こうか?」


「それで、どっちかな?」

「ユーリです」

 即答したわねリオン。

「なるほど」

 軽く頷いてこちらを見るお兄様に、ワタシは内心戦々恐々としていた。

「正解だよユーリ」

 はい?ワタシ怒られるのではないの?

「それとリオン、すぐに理解した君も素晴らしいよ」

 満面の笑みでお兄様はワタシ達の頭を撫でてくださった。

「もうグラスは仕舞っていいよ」

 ノエルお兄様はお手本だよと仰って、小さな水球を十個程浮かべ、左端から右端へ右端から左端へまるでドミノ倒しのように、凍らせる対象の水球を移動させていたわ。

「始めは二つを交互に、慣れてきたら数を増やして。ゆっくりでいいからやってごらん」

 お兄様の指導の下、水球の温度を変化させていく。

 右を上げて、左を下げて。

 これ、既視感が有るわ。テレビでやっていたボケ防止体操よ!


 


 






 

 


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