チュートリアル 13
『3階層撤退完了』
2階層に着くと3階層への入り口を塞いでバリケードを築く。
2階層は採鉱場になっていて、鉱山の中のようになっている。
1階層への階段と3階層への階段を広い坑道がまっすぐ繋いでいて、道の左右に支道が不規則にならんでいる。道の先でお兄様たちが階段を上るのが見えるわ。
なんだか、とても嫌な感じがするの。
周りから悪寒のする視線を感じる。そんな感じよ。
ん?周り?
「リオン!支道の入り口を塞げるかしらっ?」
「あ、あぁ」
1階層の階段に向かって左側の支道が、土の壁によって幾つか塞がれる。
下からどん、どんと、バリケードを叩く音がする。支道の入り口からゾンビがゆらゆらと歩いてくる。
言葉にならないうめき声が辺りに木霊するなか、声を張り上げる。
「みんな、向こうの壁まで走って頂戴。大丈夫!支道は塞いであるわっ」
「こちらだっ、走れっ!」
先に移動していたリオンが叫ぶ。
道の真ん中で囲まれることは避けなければ!
放心して動かない数名を手分けして引きずっていく。
「壁に沿って移動しろ!」
リオンがこちら側の支道を土壁で塞ぎながら叫ぶ。
ワタシ達の意図を理解してくれた冒険者の方々が、魔法でゾンビを足止めしたり、盾を構えて先頭にたって誘導したりしてくれている。
良かった、何とか隊列が整ったわ。
『深き水底に眠りし母なる光よ、汝が慈悲をもてこの穢れを清め給え』
進行方向のゾンビが消えていく。良かった。ランク6が発動したわ。
「魔法でゾンビの足止めをお願いします」
土壁に阻まれてゾンビとの距離が開く。しかし、魔法の壁はそれほど長くは持たない。
隣でリオンが何度も壁を作り直しているわ。壁を維持するより量産するということかしら?
壁に何かがぶつかる音がそこかしこから聞こえる。
後ろで、バリケードが崩れたであろう音がする。
ワタシと同じ制服の子達が、隊列の中心に集められ守られている。
みんな、震えているわね。ワタシだって、怖いわよ。
これが私なら、この場所湧きがいいとかいって喜んだんでしょうけれど、何も嬉しくないわね。
もう二度と、モンスターハウスを見つけてラッキーなんて言いません!
意識して、ゆっくりと深呼吸する。落ち着きなさいワタシ。
「スケルトンの浄化を優先でお願いします」
ワタシの呼びかけに後方にいた治癒師の女性が怒鳴ってきた。
「何を言ってるの!あなたこの状況が分からないの?アンデッドに囲まれているのよ。目前に迫ったゾンビが見えないの?しっかりしなさい。今重要なのは、アンデッドの数を減らすことです!」
言いながら、後ろのゾンビをまとめて浄化した。
あろうことか、その歩みの遅さでバリケードを越えてきたスケルトンの大群を押しとどめていた、ゾンビ達を……。
当然、障害物のなくなった彼らはいっきにこちらへ押し寄せてくる。
魔法の壁がスケルトンを足止めしようと展開される。
ワタシ達も向き直って浄化魔法を放つけれど、勢いを止められない。しかも、
「いやああああああああああああああ!」
さっきのお嬢さんがパニックになったのか、手当たり次第に浄化魔法を放ち、手前で壁になっていたゾンビ達を的確に消していく。やめてちょうだい!
壁をすり抜けたスケルトンを片っ端から浄化していく。いけない、そろそろ魔力が……
マジックポーションを飲もうと一歩下がろうとしたとき、件のお嬢さんが尻餅をついて倒れた。
慌てて魔法使いの皆さんがフォローするけれど、通り抜けてきた一体が彼女を踏みつけて、剣を振り上げた。お願い、間に合ってちょうだい!
ワタシは杖を両手で構え大きく踏み込むと、フルスイングした。
カランカランと軽い音を立てて転がっていくスケルトンの上半身。
「どけっ!」
残りの下半身に蹴りを入れてどかすと、いや、いやと、うわ言のように繰り返していた彼女はそのまま気を失った。
トマス先生が彼女を回収していくのを横目に、マジックポーションを呷る。
リオンがとっさに支道の壁を崩してゾンビを放出してくれたおかげで、スケルトンの突撃は抑えることが出来たみたい。
「ゾンビの足の遅さを利用して、スケルトンの壁にしたいと考えています。
魔法でゾンビの足止めをしつつ、スケルトンを浄化し、ある程度壁が厚くなったら手前のゾンビを浄化する。この状態を維持したまま階段まで移動することを提案します」
ゾンビは力が強くタフだ。けれど、足が遅く近接されなければ問題はない。
そして、スケルトンはゾンビを攻撃しない。邪魔だからどかそうとかしない。
つまり、この状況ではゾンビは優秀な壁に成り得るのよ。
冒険者の方々は疲れきった顔をして、ワタシの提案に頷いてくれた。
それからは、ただ単純な作業の繰り返しね。
役割を決めてひとつのことに集中する。
ようは、我慢比べ。
階段の手前では、先に撤退していた冒険者の皆さんがセーフゾーンを作ってくださっている。
どうやらワタシ達の作戦に気が付いてくださったみたいね。
そして、ようやく彼らと合流できた。
ワタシ達を守るように魔法の壁が何重にもせりあがって、アンデッドを阻む。
あぁ、助かったのね……。
リオンと顔を見合わせ、マジックポーションを飲む。もう、クタクタだわ。
気が抜けたのか、その場に座り込んじゃってる人も結構いるわね。
動けなくなった人が抱えられて階段を上っていく。
2階層からの撤退が終わったらお兄様がこの入り口を塞いで、それでお仕舞い。
けれども、うまくいかないわね。あと数人、という所で壁に亀裂が入りだしたの。
すかさずリオンが手前に壁を展開する。
半円形にこちらを囲む壁越しに、アンデッドの蠢く音が伝わってくる。
壁の形も相俟って、何だか、決壊寸前のダムを見ているようだわ。
「先に行ってちょうだい」
階段の下にひとり壁を見上げるワタシを驚いたように見つめたリオンは、ゆっくりと息を吐き出すと軽く頷いて、階段に足をのせた。
洗い流してやればいい。
奴らがこのダンジョンの、穢れなら。
押し流してしまえばいい。
決壊するダムの勢いなど簡単に飲み込めるほどの大きな存在を、ワタシは知っている。
『深き水底に眠りし母なる光よ、汝が慈悲をもてこの穢れを清め給え』
母なる光を湛えし海がワタシから溢れ出し、アンデッドを飲み込んでいった。
視界がゆっくりと暗くなっていく。力が入らなくなってひざから崩れおちたワタシを、見慣れた青色が支えてくれた。
引きずられるように階段を上りきると、お兄様が出迎えてくださったわ。
お兄様が階段の入り口に封印を施すところで、ワタシの意識は途切れた。




