チュートリアル 11
レイク・カーティスの著書は本当に娯楽小説の棚にあったわ。
読書室へ移動するとすでにリオンが真剣な表情で本を見ていた。トラップ全集?
アルバートとアルフレッドは鍛錬に、クラウスは錬金術ギルドでの作業にそれぞれ戻って行ったわ。
急に静かになったわね。
あら、この窓際の席、木漏れ日が美しいわ。ここにしましょう。
『昔、この世界には、海しかなかった。見渡す限りの海、生き物はおろか大地さえ見当たらない。
しかし、海の奥底にはひとつの命が眠っていた。それは、眩い光そのものだった。
光はひとりだった。そしてあるとき、光は自分が孤独であることに気がついてしまった。
光は一人ぼっちでいることが寂しくなって、自分を少しだけ削り取って、自分に似た小さな光を創り出した。
光と小さな光は共に寄り添って過ごしたが、どうしても、触れ合うことが出来なかった。
永いときが過ぎ、光がまどろみから目覚めると、小さな光の周りに蔓が鞠のように巻いてあった。
光は驚いたが蔓は決してほどける事がなかった。
蔓はやがて海の上を目指しどこまでも伸びていった』
これは、この世界の創世の神話をもとにしているのね?
これの元になった神話では、太陽と月のお話なの。
でもこれは、治癒師系の魔法と魔法使い系の魔法のお話みたい。
魔法の源に干渉する部分の呪文が『深き水底に眠りし母なる光よ』と、『揺りかごにまどろみし幼き光よ』なのよね。
だとすると、この蔓は何を表しているのかしら?
『始まりのダンジョン、マーテルという島は太古の昔、海中から伸びてきた一本の蔓によって創られた』
ちょっと引っかかるわね。これだとマーテル島に始まりのダンジョンがある、ではなくマーテル島は始まりのダンジョンである、ってとれるわ。
『始まりのダンジョンが成長し、マーテル島も広大になった頃、島の端に新しいダンジョンが生まれた。
マーテル島の住民達は、恵みをもたらしてくれるであろうダンジョンに喜び、幼いダンジョンの周囲に村を作った。やがて幼いダンジョンは成長するとマーテル島から別れ、ひとつの島になった。
マーテル島の住民の一部はこの新しい島に移り住み、島はダンジョンと共に成長した。
このようにして、幾つかのダンジョンが島となり国となった。ネムス、ロサ、ラピス、マキナである』
つまり、地殻変動で島が出来て、そこにダンジョンが生まれたのではなく、大きくなったダンジョンが独り立ちして島が出来たってこと?
ダンジョンは古代遺跡であるというのが有力な説なんだけれど、なかには古代遺跡の姿をした巨大生命体であるという人もいる。少数派だけれどね。
きっとレイク・カーティスは後者なのね。さて、読み進めましょうか。
『ダンジョンは一定期間毎に変換期に入り成長する。変換期を迎えたダンジョンは、大量のアンデッドを生成する。やがて、変換期が終了するとダンジョン内部は淡い光を発し、自らを浄化する。
まるで脱皮をするように、ダンジョンはアンデッドを放出するのだ』
まさかワタシのほかにアンデッド汚物説を唱えた人がいたとは。あまり嬉しくないわね。
やっぱりノエルお兄様ワタシ達の話、聞いてらしたんだわ。
だけどワタシ、変換期が終了してダンジョンが光るなんて、聞いたことないわよ。
いえ、これは創作のはず。
いくらなんでも、変換期の間中ダンジョンの中にいたなんてこと、ないわよね?
あら、ここからが本編なのね。変換期にダンジョンにとり残された、冒険者達のお話。
ぞっとするわね。数日間アンデッドで溢れるダンジョンで戦い続けるのでしょう?
拾った魔法石で錬金術師が魔法陣を描いてセーフゾーンを作ったのに、何故か効果が長続きしなくて、という極限状態のなかの友情物語。
奮戦したもののやがて、ひとりまたひとりと力尽き、ついにたった一人残されて。って、重いわ。
ワタシもうすぐダンジョンに入るのに。お兄様ひどいわ。
けど、心構えは出来たかしら?アンデッドの群れが押し寄せてきても、そういうものだと思って対処出来るように。
ところで、クラウスが転送装置に問題が発生してると言ってたけれど、このお話のなかでも、錬金術師の描いた魔法陣が想定した時間ほど効果が持続しなかった。
偶然かしら?
共通しているのは、魔法陣と魔法石。
そう、転送装置には魔法陣が描かれているの。
魔法陣は魔法使いが魔法を使うときのイメージを設計図にしたようなものよ。
魔法石を燃料にして魔法陣を発動させれば、誰でも同じ効果が得られるの。
本来なら同じ結果が得られるはずなのに、そうならないのは、何故?
分からないわ。
原因があるとするなら、ダンジョンの変換期が怪しいわね。
けど変換期はダンジョン内部の配置が変わったり、アンデッドが増えたりするって認識だったわ。
違うのかしら?
ただの不具合、ただの小説、そう言われてしまえばそれまでなのだけれど。
なんだか釈然としないわね。




