チュートリアル 9
『レイク・カーティスはこの世界を舞台にした、ファンタジー小説の作者だよ。
ファミリーネームがあるけど王族ではないし、話に出ている設定も想像上のものだしね。
けど、この世界をこんな風に解釈した人がいたんだな、って考えると面白い。
気晴らしに読んでみるのも悪くないんじゃないかな?』
ノエルお兄様のお勧めもあって、ワタシ達は学園の図書館へ向かうことにした。
リオンは調べ物をするつもりだったから丁度いい、といって一緒に来てくれたけど、もしかしてワタシのこと、心配してくれているのかしら?
魔法使いギルドでノエルお兄様は一目置かれる存在だ。
リオンもお兄様の魔法の技量に憧れていて、今日も鍛錬の様子を真剣な眼差しで見ていたのに。
それともお忙しいお兄様に気を使ったのかしら?
「ランク5の浄化魔法、使えたんだな」
「えぇ、実践で使うの初めてだったから、本当に出来るか分からなかったけどね」
トマス先生がいらしたとはいえ、ずいぶん無茶をしたわ。
浄化魔法の呪文は一種類だけ、学園の鍛錬所にアンデッドがいるわけないし、ワタシがランク5の浄化魔法が使えるという確証はなかった。見切り発車もいいところね。
「その、ごめんなさいね。ワタシの我侭で、皆を危険な目にあわせたわ」
ワタシは王族だ。いずれノエルお兄様の補佐を務めることになる。立場上、悲鳴を聞いて助けに行かないという選択肢は、私にはなかった。それに、仲間を巻き込んだ。
「決めたのはリーダーの僕だ。ユーリの為じゃないぞ?」
「分かってる。でも、……ありがとう」
リオンはワタシの頭をべしっと叩くと、ガランとした廊下をすたすた歩いていく。
ふと、人の話し声に窓の外を見ると、鍛錬所で自主練習中の生徒がいた。
頑張っているわね。
呪文の詠唱をしているから、中等部かもしかしたら初等部の子かもしれないわ。
呪文を詠唱すると、自分の魔力と魔法の源が結びつくのが感じられるわ。
繰り返し詠唱することによって、お互いを結ぶ感覚を覚えていくの。
そうやって魔法を使うイメージを明確にしていくと、魔法が安定するようになってくるわ。
魔法を使う感覚が身体に定着すれば、呪文の詠唱なしに魔法を発動させることが出来るようになる。
大切なのはイメージよ!
基本ダンジョン内では詠唱はしない。モンスターにこちらの存在を知らせて、奇襲のチャンスを潰す可能性が高いもの。ただ戦闘中に集中力が切れそうなとき、あえて詠唱することもあるそうよ。
人によってはキーワードを呟いたり、胸に手を当てたり、杖を振ったりして魔法を発動させるわ。
その辺、とても個性の出るところね。
ところで自主練のこ、多分イメージの訓練なのだろうけれども、
『我に集いし黒き炎よ』とか、
『見えざる破滅の刃』とか、
『天上の裁き』とか、
なんだかとってもイタタマレナイ。
いえ、自分がイメージを固めやすいことが、なにより重要。イメージハタイセツ。
過去の何かなんて思い出していないわ。
正体不明のダメージに気づかないふりをしていると、リオンが別の鍛錬所を見るように言ってきた。
アルバートとアルフレッドが組み手をしていた。
そういえば、アルフレッドが戦うところをまだ見たことがなかったわ。
ダンジョンではリオンがひとりで、遭遇したスライムを倒していたものね。
ところで、手加減しているのかもしれないけれど、あのアルバートの相手が出来るって、実は凄い事なんじゃないかしら。アルフレッド、まだ16歳よね?
真剣な二人の邪魔をしないように立ち去ろうと思っていたら、見付かっちゃったわ。
こちらに手を振る二人のところまで行ったところで、とりあえず、
浄化魔法、ランク2。
「うわっ」
「おお、ありがとう」
「いいえ、二人ともお疲れ様」
見知らぬ人への突然の浄化魔法は、大変失礼なので、やめましょう。
彼らの場合、おともだちだから、いいのよ多分。
「休校中、ずっとここで鍛錬してたのか?」
「あ……いや……今日からだ」
歯切れの悪い兄の隣で、アルフレッドは呟いた。
「家にいると、余計なこと考えちゃうから……」
しんっ、辺りの空気が冷えていくようだった。
「あっ、いや、ええっと、その、……あのパーティーの女子達、俺と同い年で、あの日初めてダンジョンに入って、俺と同じだなって最初思って、でも、ぜんぜん違うって気づいて、ふたりが助かって良かったって思ったけど、……ともだち、目の前で死んじゃって、ショックだったろうなって、俺は、先生が一緒で、兄貴達もいて、凄い心強くて、でも、スケルトン見たとき、スゲェ怖くて、ならあいつ等は、どれだけ怖かったんだろうって、そんなこと、ずっと、頭から離れなくて……」
そうよね、アルフレッド、まだ16歳なのよね。
「ま、それならいっそ体を動かそうって訳でな」
アルバートは弟の頭をがしっと鷲掴むと、乱暴に撫でている。
「ちなみにオレは、刺繍を刺していた」
晴れやかな笑顔で彼は、ワタシ達にハンカチを渡してくれた。
小枝に止まった小鳥のモチーフで、素晴らしい出来栄えだわ。
「良かったら使ってくれ。みんなの分あるからな」
「ありがとう、素晴らしいわ。大事に使うわね」
アルバートは満足気に頷くと、とんでもない事を言い放った。
「おう、いつかユーリのウエディングドレスは、オレが仕立ててやるからな!」
「えっ、なに言ってるのよ!ワタシ、ウエディングドレスなんて着ないわよっ!」
真っ赤な顔で叫ぶ私に、アルフレッドはようやく笑顔を見せてくれた。




