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1.婚約解消

『不帰のダンジョン』を連載中なのですが、ちょっと行き詰ってしまったので、こちらを投稿します。

4話くらいで完結します。最終話は王太子視点です。




「すまない、アリーティア。私は彼女を、リリーを愛してしまったんだ。だから、婚約を解消してほしい」



 週に一度のいつものお茶会の場、王太子宮の中庭のテラスにいたのは、私の婚約者であるフロスト殿下だけではなかった。

 栗色の髪をした小柄な女性が、緊張した面持ちでフロスト殿下の隣に座っている。

 フロスト殿下が子爵家の令嬢と親密にしているという話は、既に知らぬ貴族はいないほどで、私も早い段階で知っていた。

 けれど、それがなんだというのだろう。

 将来、王となることが決まっている殿下は、複数の妻を娶ることができる身だ。

 私の受けた妃教育には、側妃と上手く付き合っていく方法という内容もあった。

 子爵家の令嬢では王太子妃にはなれない、そんなことはわかり切っているのに、どうして周囲が騒ぐのか理解できなかった。

 でも今ならば、フロスト殿下が血迷い、婚約解消を言い出すことを危惧していたのだと理解できる。



「なぜ、婚約を解消しなければなりませんの? 殿下がその方を愛しているのなら、側妃になさればよろしいわ」



 私は王太子の婚約者となった時から、未来の夫を独り占めできる立場ではないことを理解している。

 私だってまだ16歳だ、愛する人に愛され、幸せに生きていく人生を夢見たことがないわけではない。

 だけど、公爵家の娘として生まれたからには、それに伴う義務もある。

 国でも有数の公爵家の娘として、国のために尽くすこと、それは当然の義務なのだ。

 幸い、フロスト殿下はお優しい方で、優秀な方でもあった。

 殿下とならば、穏やかな愛情をもって、互いに尊重しあい生きていけると思っていた。

 だから正直なところ、婚約解消を申し出られたのは、裏切られたような気分だ。

 


「側妃になどしたくない。リリーだけが私の唯一の妃だ」



 リリーの手を取り、敵を見るような目で私を見ながら、フロスト殿下が宣言する。

 感激したような様子で殿下を見つめるリリーは、どう見ても王妃の器ではない。

 国王となる殿下を癒すことはできても、共に並び立つことはできないだろう。

 


「その方に、未来の王妃は務まらないと思いますわ。それでも、婚約を解消して、その方を王太子妃になさるおつもりですか?」



 殿下にどれだけの覚悟があるのか試す気持ちで問いかけると、苦々し気に顔を歪められた。



「君はいつもそうだ。君がなりたいのは王太子妃であって、私の妻ではない。私が王太子でなければ、婚約などすぐに解消するのだろう?」



 この国唯一の王子が、不思議なことを言い出す。

 私達の婚約は、王太子と公爵家の令嬢だからこそ成立した婚約なのだから、それを抜きにして語ることなどできない。

 そもそも、私には他の選択肢はなかった。

 生まれた頃から何度も王家から婚約の打診があり、受けるしかなかったのだから。

 フロスト殿下の母である王妃様は、元は伯爵家の令嬢だったので、生まれた息子が将来苦労しないようにと、高位の貴族令嬢との婚約を望んだ。

 我が家は建国の頃からある公爵家で、初代は国王の弟だった。

 千年以上続く歴史の中で、何度も王族との婚姻を繰り返し、副王家とも呼ばれている。

 そんな家の娘だからこそ、王族に嫁ぐことの意味を厳しく教え込まれるし、積極的に王族と婚姻を結ぼうとはしない。

 権力を持ちすぎると貴族間のパワーバランスが崩れるので、代々の当主はあえて宰相職などにはつかず、外交などを担っていた。

 血統の良さは折り紙付きで、権力には興味がない、そんな家の娘は王妃にするに都合がいいのか、こちらから望まずとも王族に嫁ぐことが多くなる。

 私もそのうちの一人になるはずだった。



「フロスト殿下が王太子でなければ、この婚約はありませんでしたわ」



 何を当たり前のことをと言いたかったけれど、さすがにそれは飲み込んで、まっすぐに殿下の目を見つめる。

 愛を知る前の殿下ならば、多くを語らずとも私の言葉の意味を理解してくださっていた。

 最愛の女性になれなくても、信じあえる伴侶として、二人で国を盛り立てていくのだと思っていた。

 婚約者にと強く望まれた身でありながら、その婚約者に愛されることを諦めるしかなかった私の気持ちなど、殿下には決してわからない。


 私の初恋の王子様、貴方の目が私を女性として見ていないことには、ずっと前から気づいていましたわ。

 本気で愛してしまえば、きっと一生苦しむことになるとわかっていたから、淡い初恋で済むうちに、貴方を想う気持ちは心の奥深くに封じ込めました。

 でも、それがいけなかったのかしら?

 愛されないとわかっていても、愛を伝えなければならなかったのかしら?

 フロスト殿下を恋い慕う気持ちを育てていたら、こんな結末にはならなかったのかもしれない。

 そんな後悔が、ふと胸を過った。

 けれどもう、どうしようもないことだ。

 殿下が愛したのは彼女で、私ではない。

 


「未来の王妃の地位に執着するなど、見苦しい。君がそんなに権勢欲の強い、醜い女性だとは思わなかったよ。君が何と言おうとも、婚約は解消する。これ以上、話し合っても無駄のようだから、下がれ。今後、私にもリリーにも近づくことを禁止する」



 いかにも失望した、そんな表情で私を見て、まだ正式に婚約が解消されたわけでもないのに、接近禁止を言い渡される。

 私が彼女に対して危害を加えるのではないかと、危惧しているのだろう。

 長年の婚約者に対して、あまりにも情のない扱いに酷く傷ついてしまったけれど、感情を一切顔に出すことなく退出の挨拶をする。

 


「婚約解消の件、父に申し伝えます。元々、王家からの打診があっての婚約ですから、婚約を解消することになっても、父は反対しないと思いますので、ご安心ください。それでは、失礼いたしますわ」



 権力に執着していると思われるのは業腹なので、チクリと嫌味を言い、もう二度と訪れることはないであろう王太子宮を出た。

 婚約を解消されたことよりも、私の言葉の真意を殿下が理解してくださらなかったことが悲しい。

 私は10年近くも何をしていたのかと、虚しさも感じる。

 幼い頃から王太子妃になるためにと、厳しい教育を受け、付き合う相手も制限されて、好きに友人を作る事すらできなかった。

 それでも、似たような立場のフロスト殿下がいたから、何とか耐えられた。

 殿下も、王家の唯一の男子で、未来の国王として、日々厳しい教育を受けていた。

 苦しくても弱音を吐くことは許されず、他人に弱みを見せることも許されず、友人も身分に相応しい者しか許されない。

 そんな殿下がリリーに癒しを求めたことを、咎めるつもりはない。

 私が持ち合わせていない何かを、彼女は殿下に与えたのだろうから。


 けれど、それと婚約解消は別問題だ。

 生まれた時から王宮で暮らし、伯爵家出身の王妃様が出自ゆえに苦労しているのを知っているはずなのに、殿下はどうして私の言葉の真意に気づいてくださらないのだろう?

 リリーを王太子妃にしようとしても、重臣たちが認めるはずがない。

 フロスト殿下は唯一の王子だから、多少のわがままは許される立場だけど、リリーを王太子妃にとごり押ししたら、最悪の場合はリリーが暗殺される。

 それがなかったとしても、公の場でフロスト殿下の隣に並び立つ以上、身分の低い妃と侮られ、リリーは苦労することになるだろう。

 側妃として、フロスト殿下に与えられた宮で、ただ殿下に愛されるだけの生活の方が、彼女にとっては幸せなのではないかと思った。

 殿下も、重臣たちとの余計な軋轢を避けることができ、公務以外の時は愛する女性と過ごせるのだから、そのあたりをきちんと説明すれば、リリーを側妃として迎え入れるという案を受け入れてもらえる可能性はあった。

 説明しなかったのは、私は愛も信用も得られなかったのだとわかったからだ。

 私がリリーを側妃にと進言した意味を、フロスト殿下は権力に執着しているからだと判断された。

 愛されることもない、信用すらされないお飾りの王妃になど、誰が進んでなりたいものか。

 リリーを側妃として迎え入れる案に、私の幸せはない。そのことに殿下は気づいてくださらなかった。

 それどころか、権勢欲の強い醜い女と罵った。

 王に愛されない、信用されることも信頼されることもない王妃は孤独だ。

 複数の妻を好きに娶れる王と違って、王妃の伴侶は一人きりなのだから。

 自分の幸せを捨ててまで、殿下を幸せにしたいとは思えなかった。

 私は、殿下に淡い恋をしていても、愛してはいなかったのだろう。






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