ウィザード・リベリオンの動乱 その1
時刻は茂木がまだ悩んでいる頃に遡る。ちょうど彼がとある親切なお金持ちに助けられる1時間ほど前である。
東京都西部にある地元の住民でないと知らないような小さな山、命竜山。その地下に広がる巨大な空間、そこに組織『ウィザード・リベリオン』の本拠地はあった。なぜこのような巨大空間が存在するのかは組織の誰も知らない。だが組織内で広まっていた通説によるとこの地下空間はかつてとある能力者が作り上げたらしい。
元々はここを根城にしていた政府系の能力研究機関があった。その組織では能力の開発と称して才能を持った多くの子供たちを誘拐し非人道的な実験をしていたのだ。しかし現在のボスらたったの数人が襲撃しそれを壊滅させ乗っ取ってできたのが今の組織である。そのためアジトの中は組織の構成員だろうと全てを把握し切れてなかった。
組織の特徴について語るなら何よりその活動の自由さが挙げられるだろう。世界中の富豪や政府などから依頼された仕事をボスが適した人材に振り分け、その活躍やかかった経費によって報酬を振り分ける。基本的にその他の時間は何をしてもよかった。
だが、それでもこの組織が組織として成り立っており、また正体が秘匿されているのはボスの手腕が大きいだろう。彼の役割はただふんぞり返っているだけではない。能力を無闇に明かしたがらない構成員もいる中、全員の能力を把握しそれを適切な場所に割り振っていく軍師的な面も大きい。そのため組織内で彼を敬わない者はいなかった。ボスがいなくなればこの組織はたちまちただの烏合の衆となってしまうのだから。
そして何よりボスは最強の能力者だ。彼は普段から組織の構成員に自分を殺せたものにボスの座を譲ると宣言していた。今まで最高幹部を含む何十人もの強力な能力者を同時に返り討ちにしてきたのだ。そうして武名を組織内外に轟かせていた。
またこの組織は構成員全員が共通した夢を持っていた。それが恐らくこの組織からほとんど出奔者が出なかった原因でもあるだろう。もっともそれに共感のできない掃除機の男のような人間もいるが……
そんなことはともかく今日は月一度の定例会、二百人近くいる組織の全ての人員はこの日中央会議室に集まりボスに一ヶ月の活動の報告をする。
そんな中、新入りの安生芽衣は恐る恐る席に着いた。彼女は10日前に組織にその能力を見込まれ、入ったばかりだったので何をしたら分からなかったからだ。だが幸いなことに隣にはこの前の盗品回収の任務でバディを組んだ顔見知りの笑顔が素敵なイケメンの石垣が座っていた。芽衣は石垣に質問を投げかける。
「あのー分からないことがあるので聞いていいですか?」
「あっそうか、君はまだこの集まりに来たことないのか。まあ気楽にしていればいいよ。三巨頭とボスにさえ失礼なことをしなければね」
石垣は爽やかに答える。芽衣は安心した。この男はそうなのだ、前回の任務でも自分が何回しくじっても対して怒らなかった心優しき人物だ。忍び込む屋敷の警報を切り忘れるというミスから蜂の巣に突っ込む、ドーナツを屋敷で食べ、しかも食べカスを散らかすといった信じられないミスの数々を怒らないでくれた。
何故かと聞くと彼は決まって自分もしょっちゅうミスをして上司に怒られてるからだと言う。
「三巨頭ですか?」
聞き慣れない単語に芽衣は首を傾げる。
「前を見てみてよ。ボスの周りに色が違う三つの席があるだろう。あそこに座るのが三巨頭、この組織の最高幹部さ。全員が強力な能力を持ちボスからの信任も厚い。そして直属の部下を持つことが認められてるんだ」
「なるほどそうなんですか」
初耳の情報だ、芽衣は思った。そして彼女はメモを取り出す。そしてそれを待って石垣は三巨頭の紹介を始めた。
「三巨頭は部下を持っていいという権限があるっていったよね。だから彼らはそれぞれ組織に派閥を作ってるんだ。派閥争いに興味のない炎崎さんを除いてね。まず左にいるのは矢場さん、この組織で戦闘能力ナンバー3の人だよ」
「あの人が……」
顔に大きな傷のあり筋骨隆々なイカつい男、武人と言う名前が似合いそうな男だが、彼が実力ナンバー3なのか。確かに納得できる。目つきからしても幾度ともなく死線をくぐり抜けたことが伝わってくる。
「とてつもなく強力な能力を持っていて、かつてこの組織が滅ぼした前任の機関では戦闘部門である排斥班のリーダーをしていたらしいんだ。この組織に来てからも実力が認められて三巨頭になって、今では旧組織から引き抜かれた人間を中心に派閥を作ってる」
「以前ここが別の能力者組織に使われていたことは聞きましたけどそのまま引き抜かれた人がいるなんて知りませんでした」
政府系の能力者開発組織、それは口に出すのも憚られるような非人道的なことを数々行ってきたらしい。芽衣もここに初めて案内された時に教えてもらった。そんな組織から引き抜かれるなんて、どれほど有能だったのだろうか? あるいは彼らが内応したことでその組織を滅ぼせた……とか?
「引き抜かれた人間はいずれも武闘派能力者ばかりなんだ。だから人数は立ったの30人程度だけど榊原派閥とやりあえてる。そして、矢場さんは排斥班時代にボスに倒されたことがあって、リベンジしたいらしくしょっちゅうボスと決闘してるんだ」
「それはすごい話ですね。しょっちゅう……ですか!?」
ボスが交代してない以上、矢場さんの全敗なのだろうがそれでもなんども挑んで生き残っているのは凄いとしか言えない。芽衣はボスの能力を見たことはないがとてつもなく強いことは知っているのだ。そして、次の三巨頭の人間の席を見るとそこにはサラリーマン風の男が座っていた。彼も隙のない立ち振る舞いや所作からはいかにも敏腕リーマンって感じである。だが彼女にはそこまで強そうには見えないでいた。あの人が強い能力を持っているのか?
「さて次は俺の上司でもある榊原さん。彼は本当に素晴らしい方だよ。部下に優しく清廉潔白な人間で矢場派閥以外の構成員みんなから好かれている。だから君もここに入ることになるだろうね。ただ……」
「ただ?」
「彼はボスを貶す人間は絶対に許さないんだ。それが部下であろうとぶっ殺すくらいにね。またボスが決めたこの組織のルールに厳しい。だからそれだけは気をつけてね」
なるほどルールに対して神経質なのか。おそらく戦闘面というよりは実務面でその成果を認められ幹部になったのかもしれない。ルールを気にしない自分には厳しい。とはいえプロテインを主食にしてそうなあんなガチガチな武闘集団に入りたくないから榊原派閥に入るのは決まったが。
ところで三巨頭というのにまだ二人しか紹介してもらってない。席を見ても空席が一つある。今は空席なんだろうか。
「あー炎崎さんのことね。えっとあの人は何というか…… 自由人だ」
「自由人?」
芽衣が疑問に思うとその時、部屋に一人の人間が慌ただしく入って来た。彼は一通の封筒を持っている。
「今炎崎さんから連絡がありました」
なるほど今ここにいないのか。それにしても定例会を休むなんて三巨頭でも許されるのか? 休むか死ぬか選べと言われて自分もここにきたのだ。
「何と言ってた?」
男にボスが尋ねる。冷静な性格のボスにしては少しピリピリしているなと芽衣は思った。
「はっそれが今回の作戦は疑問点が多すぎてイマイチ乗り気にならないから降りるわ。しばらく温泉旅行するから休むのでよろしくだそうです」
「あのバカがぁぁぁぁぁぁぁ!! だがまあいい、ある意味あいつにとっては平常運転だ。初めから当てにしてない」
なんていう奔放さだ。だがボスは一度机を叩いて激昂したものの、もはや炎崎の奔放さについては諦めているみたいだ。
しかし不思議なことに彼に処罰を下そうとかそういう意思は感じられない。
「何でボスは炎崎さんにそんな甘いんですか?」
安生は石垣に小声で尋ねた。
「あの人は昔から自分が納得できること以外はやらない。だけどとにかく強いしやるとなったらとことんやる人だ。現在組織内ではボスについで強さはナンバー2。ボスに何度も挑む矢場さんですら炎崎さんとの揉め事は避けるほどだよ」
「なるほど……」
彼を処罰できる人間はそれこそボスくらいなのか。そしてボスも勝てるとはいえ大きな負傷をすることになるし、またサボリ魔とはいえ有能な部下を失いたくないのだろう。
じゃんじゃジャンジャンジャンジャンジャジャンジャン
琴の音が聞こえる。芽衣が目線を向けるとそこには和服を着た中学生くらいの一人の女の子が琴を奏でている。これは確か……
「これより定例会を始める」
ボスは立ち上がった。風で揺れる彼の黒いマントには組織のシンボルである引きちぎられた鎖が描かれていた。血で汚れたその服は異様な威圧感があった。
芽衣は緊張感とともに息を飲んだ。