未来への疾走 その2
建物を出た迅の元に1本の電話が入る。所轄の警察署からだ、どうやら近くで小さな衝突事故が起きたらしい。
「ビンゴですね、彼を拾った車両がリムジンというのも実に都合のいい」
伊武崎はリムジンという単語に少し引っ掛かりを覚えた。
だがそのあとの迅の衝撃的な発言によりそや違和感はかき消されてしまった。
「警視総監に今から電話をかけます、そしてそのリムジンを指名手配にしてもらいます」
警視総監室、警視総監の猪俣犬蔵は1人茶を飲んでいた。この時間は仕事も少なく1日に唯一安らげる時間だ。しかしその至福の時間は突如鳴り響く電話に打ち砕かれた。
「あーもしもし警視総監ですか? はい、私です。警視庁異能犯罪対策課です」
「きっ君たちか!?」
警視総監と言えども彼らには敬意を払わなくてはいけなかった。警察の組織の一部となっているが彼ら異能力対策課の後ろ盾にいるのは警察組織なんかよりも遥かに上部にあるとある機関であるからだ。
「はい、すみません急に電話をかけて。今からこのナンバープレートのリムジンを指名手配にして欲しいんですが」
「なっなんだって……」
彼の質問は無視され一方的に番号が読み上げられる。そして電話は切れた。
「なんなんだよ…… でもやるしかないよなぁ」
飯田達が乗ってるリムジンが指名手配にされたのはその2分後だった。
一方、リムジンの中では
「さっきからパトカーが付けて来てるけどどういうことなんだろ、爺分からない?」
「おそらくこれですね」
躑躅ヶ崎はラジオを弄ると怒号のようなものが流れ始めた。これは……警察無線?
「これを一体どうやって!?」
「茂木さん、あまり深い事情は聞かないでください。ですがこれはめんどくさいですね、ちょっと電話をかけますか。自動運転に切り替えますね」
自動運転もまだ公には広まってない技術なはずだ、本当に二人はなんなんだろう。ただの金持ちではない。ところでどこに電話をかけるんだ……!?
警視総監室、警視総監の猪俣犬蔵は1人茶を飲んでいた。この時間は仕事も少なく1日に唯一安らげる時間だ。その至福の時間はさっき突如鳴り響く電話に打ち砕かれた。だがその応対もし再び平穏が戻ってきたところだ。
「はぁやっと一息つけつけますねぇ」
しかしその安寧は無慈悲にも覆される。
「あーもしもし警視総監ですか? はい、私です。飯田財閥です」
「なっ何のご要件でしょうか!?」
警視総監と言えども彼らには敬意を払わなくてはいけなかった。現総理大臣ですら彼ら飯田財閥の靴を舐めて総理大臣になったとの噂もある巨大財閥だ。1国の警察組織のトップくらいその気になれば簡単にすげ替えられる。
「とある指名手配を解除してもらいたいのですが」
「……」
伊武崎が電話を切った迅を見ると顔は怒りで震えていた。警視総監への電話を済ませてからしばらく経ってから再びかかってきた電話に出てからこんな感じだ。
「どうしたんですか?
伊武崎が恐る恐る尋ねると迅は言った。
「そろそろあの警視総監もダメですね、上に掛け合って首を切ってもらいましょう……」
警視総監に未来はない……!!
一方で警視総監を使い茂木を指名手配に仕立て上げようとする迅の奸計は失敗に終わった。
「ですがそれはそれ。今回は何としてでも彼を捕えなくてはなりません。ですから不本意ながら『伏龍』を使います」
迅はすぐに切り替え冷静な表情を見せた。余談だがこの時の迅を見た通行人が漫画家になり後に2秒で切り返すと言う名言のある漫画を描くのだがそれは別の話。
「『伏龍』ですって…… 本当にあんなものに頼ろうとしているんですか? 確かあれは市街地で放したらとんでもない被害が出るから封印したって言ってましたよね」
「大丈夫です。なるべく被害が出ないように命令しますし交通整理もしておきますから」
ああ…… この人はさっきよっぽど嫌なことを言われて根を持ってるんだな。伊武崎は思った。
普段の冷静な迅ではこんな強行手段は取らないだろう。だが取ってしまったものはしょうがない。迅が部下の伊武崎ではどうにもできない強情さである以上あとは成り行きに身を任せるしかないのだ。
迅はポケットからピペットのようなものを取り出すとその中に入っていた赤い液体を地面に垂らした。
「何をしているんですか……?」
伊武崎がそう質問した矢先である。黒い煙が地面から立ち込め西洋風の黒い鎧を着た男が出現した。人型の煙が甲冑を着たような異形、これも能力者なのか? 伊武崎は疑問に思った。
その男は煙で出来ているため体の形が不安定になっていて揺れ動いている。そしてそんな男に迅は語りかける。
「ターゲットはここから先600mのところを走っているリムジン。ナンバープレートは8338だ。それではよろしく頼む」
その言葉を聞いたあと黒い男は頷き言った。
「承った」
そして男は消えた。音も立てず一瞬でだ。後に残ったのは焦げ臭い匂いのみだった。
「あれは何なんですか?」
「伊武崎くんはアレを見るのは初めてですか。ならば教えたほうがいいですね」
迅はその場にあった土を一掴みする、不思議と血は消えていた。
「あれはあの組織と似たようなものですよ。規模や得意とすることも全然違いますけどね。まあ保険としていくつもの能力者組織と手を結ぶのもありと言うことです」
「な、なるほど……」
伊武崎はよく分かってなかったがとりあえず分かったように相槌を打った。どうせこれ以上詳しくは教えてくれはしないだろう。
一方、その頃飯田と執事、そして茂木を乗せたリムジンは橋の上を走っていた。
「人がほとんど走ってないせいですんなり進めますね」
少年はそんなことを無邪気な声で言った。
「坊ちゃま、この方を届けるのは第3屋敷でよろしいでしょうか。少し遠いですが確実に安全が保証できます」
「うん、それでいいよ」
執事(躑躅ヶ崎さんというらしい)と少年の会話を聞きながら茂木はほっと息をなで下ろしていた。あのまま走って逃げていたとしたら自分は間違えなく捕まっていた。
だがもう敵は自分に追いつくことはないだろう。外を見ると一目瞭然だ。さっきまでいた街と今から自分が行こうとしている街は川で挟まれているのだがその川には今走っている大きな橋一つしかかかっていない。
橋にほとんど車がいないから端まで見通せたのだが自分を追っていそうな不穏な車は発見できなかったのだ。
「あと5分もすれば隣の街に着きます、そしたら我が財閥の者がスタンバイしているため車を乗り換えましょう。先程の衝突騒ぎで相手方が私たちの車を知った可能性があります」
何から何までしてもらい茂木は二人に感謝しかなかった。無事隣町まで着けたら何かお礼をしないとな、そう思いふと窓の外を見た時違和感に気付いた。
外が暗くないか?
空には太陽が依然光り輝いている。なのにだ、なのに暗いのだ。
なんというか黒いモヤで覆われているというか空に透明で黒い天幕がかかってしまったみたいだ。
そして先頭の座席に座っていた躑躅ヶ崎さんも異常を感知していた。
「変ですねぇさっきから走り続けてるはずなのですが一向に端にたどり着きません」
「橋ならもう辿り着いてるじゃん」
「いやそういうわけでは……」
ここは1度自分が降りて調査をしてみる必要がありそうだ。茂木は躑躅ヶ崎に声をかけて車を止めてもらった。
「それでは少し外を見てきますね」
「お気を付けて」
彼が外に出るとどんよりとした空気が広がっていた。確かに何らかの煙でこの橋が覆われているというのは間違えないはずだ。
「これは……」
茂木が近くの柵に手をかけるとそこには交通安全ポスターが貼ってあった。
それは確か橋に入る付近で見かけたものと同じだ。これはひょっとして……
その時、後ろから叫び声が聞こえる。これは女の子のものだ。
「今すぐ伏せて!!!」
言われた通り茂木は全力でその場に伏せた。その直後轟音とともに何かが茂木の頭上スレスレを飛んでいく。あれは……車?
車というには少し不正確だ。正確に言うならばあれは車だった鉄くずだ。強力な力でぐしゃっと潰された車のような鉄くずが高速で彼の頭を目掛けて飛来してきたのだ。
死という言葉が浮かんだ。もし今の声がなかったら間違えなく頭が潰されていただろう。
「あぶねーーー」
まさしく休止に一生を得た感じだ。そして自分の安全が確保できると二人のことが心配になってきた。
「飯田くんと躑躅ヶ崎さん大丈夫か?」
だが振り返ってもそこには車が無かった。
「え?」
どうしてだ?
ついさっきまでそこに車があったはずなのに……
彼らは自分を置いていくような人間でもないしさっき投げ飛ばされた車もリムジンでは無かった。
というかそもそも論として、音もなくこんな橋の上を車が走り去ることが出来るのだろうか?
そんな疑問に頭が支配される茂木の前にモクモクと周りに煙が立ち込めた。
「なっなんなんだよ」
そうして黒い煙は一つの人型になった。黒い甲冑を着た男のような姿だ。
なるほど能力者か、茂木は自分が置かれている状況がようやく納得できた。おそらくこの不思議な空間に自分一人を閉じ込めたのだろう。ならばこいつを倒さなければ二人と合流できないはずだ。そしてその甲冑の男が茂木の前に完全に出現したその時、彼は先手で攻撃を加えた。
「どらぁっーーー」
彼の自慢のローキックだったが悲しいかな全く効果が無かった。煙で出来ている足には打撃が効かないらしい。
「ならば」
立て続けに甲冑の部分に蹴りを食らわせる。茂木はそこが本体だと踏んだわけだが
「痛てぇ……」
蹴っても痛いだけだった。甲冑を見てもヒビ一つ入ってない。どうやら本当に何のダメージも与えられてないみたいだ。
黒い煙で出来た男は間合いを詰めてくる。それに合わせて彼もジリジリと後退していたのだが
「ジリ貧だな」
あの男に捕まったら先程の車みたいにぐちゃぐちゃにされるのは間違いはない。だがこのループしている橋の上でどうやって逃げるのか。橋の上から飛ぶにしても高さからして生き残れる保証はない。
その時である。何者かが自分の服の裾を引っ張っているのに気付いた。
「なんだ!?」
そう言えばさっき警告をしてくれたあの声。茂木はてっきり飯田少年の声だと思っていたのだが彼のものよりもかなり高い声だった。
茂木が意を決して振り返るとそこには小さな女の子が立っていた。小学校1年生か2年生と言ったところの大きさだ。さっき助けてくれたのはこの子なのか?
そしてこの子の姿には見覚えがあった。もしかして……
ありえないとわかっていても彼はその可能性を口に出してしまう。
「もしかして君は月島アリスくんかい」
そこに立っている少女は幼すぎるとはいえ月島アリスにそっくりなのであった。
茶和田とアリス、飯田、組織、警視庁異能犯罪対策課それぞれの運命がこの日交差し合った。複雑な思惑が絡み合い物語は加速していく……
果たして茶和田とアリスは生き残れることが出来るのだろうか。
運命の日まで残り三日