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Blades and Shadows 〜業を切り裂く刃と闇を射落とす影〜  作者: さじき
Blade meets shadow?
7/17

未来への疾走

 茂木は賢い人間だ。無論、賢さとは色んなベクトルを持った言葉ではある。無から新しいものをクリエイトすること、今まであった常識を疑い星の海から真実を見つけ出すこと、人が幾重にもベールを重ねて隠した本音を導き出せること……

 世の中には色んな賢さがある。しかし茂木は世間の警察官には備わってない、とある賢さを秘めていた。


 それは状況判断能力


 彼はしょっちゅう飲み込みの早いと上司に言われてきた。新人だった時代から常に新しい状況に置かれてもすぐさま適応し自分の本当になすことができる人間だった。もっとも彼は謙虚な人間なため、上司に褒められたところで照れながらそんなことはないと卑下するのだが……

 今置かれていた状況を彼は必死に理解しようとしていた。



「警視庁異能犯罪対策課だって…… そんなもの聞いたことないぞ」


 茂木は訝しがる。ここはどこなのか?

 彼は自分のパトカーが不自然な方向に曲がり川に飛び込んだ辺りから覚えてない。恐らく自分が生きているということは誰かに救助され病院に運ばれたのだろう。

 だが、ここは少なくとも自分が搬送されるであろう警察病院というわけでもなければ警視庁の建物内にも見えない。加えて言うなら目の前にいる男も謎が多い。明らかに自分より若く、だがその立ち振る舞いや喋り方、その所作の全てから年不相応の余裕を感じさせる謎多き人物だ。



「あなたのような末端の存在が知らないのも無理はありません。ですが、あなたも異能の存在を確かに目撃したはずです。そうですよね茂木巡査」


「く……」


 茂木はやっと事情が飲み込めた気がした。恐らく自分が助けたあの少年少女、そしてそれに襲いかかっていた不思議な力の持ち主、それ関連で目の前にいる男は用があるのだろう。

 ここで必要となる情報はこの男が信用なるかどうかである。先程、警視庁異能犯罪対策課と言っていた。だが、そんなものは茂木は聞いたことがなかった。


「何があったのか聞かせてもらえませんか。もちろんあなたに拒否権はありませんが無理やり吐かせるのはいささかこころが痛むのでね」


 本当はそんなことを一ミリも思ってないのはわかる。この男は恐らく眉一つ動かさず自分を拷問できるだろう。


「見てくださいこれを」


 茂木の思考は迅の声に掻き消された。そして彼が差し出した書類を見て悟った。目の前にいる男に与えられた権限の大きさと、そして自分の意に反してどうやら真実を話す他ないということを。


「これは警視総監の書状…… わかった、話しましょう。だけどあなた方をイマイチ信用できない。だから最後に一つ、これは正義のためなのか。その答えを聞かせてください」


「もちろんそうですよ。全てはこの国家の安寧のため、無辜の民の平和のためです」




 茂木は話した。彼が出会った四人の能力者についてと戦いの全容を。そして茂木の話を聞いてから迅は頷きながら言った。


「なるほどなるほど、やはりあなたは△T-002 通称影の女王と接触してましたか。それともう一つ我々のデータにない刀を使う能力者のことが気になりますね。茂木巡査、影の女王とその少年の関係を詳しく教えてくれませんか」


「影の女王? なんですそれは?」


 茂木の疑問を迅は突っぱねる。


「後で話します。とにかくまずはそちらの話をお願いします」


 茂木は観念して話始める。この迅という男、少しでも自分のペースから話の流れが逸れてしまうことを許せない質らしい。


「影の女王が何なのか知りませんが彼女には月島アリスという名前があります…… 二人の関係ですが私は詳しく聞いてないです。聞いたのは記憶喪失になった彼女を彼は一人で保護しているということだけです」


 一応、茂木は茶和田駿の名前や家の場所は言わないでいた。もちろん調べられればわかってしまうのだろうが、それでも最低限な聞かれたこと以外の情報は渡さない気でいたのだ。それには迅という男にまだ100パーセントの信用ができてなかったことと、またもし茶和田駿のことを知ったら彼にこの男が何をするのかが分かったもんじゃなかったからであった。


「やはり記憶喪失になってるのは確かみたいですね。そして彼女に仲間がいると聞いて少し驚きましたが、まあ一人ならあの組織がまとめて対処してくれるでしょう」


 迅が言ったことで一言引っかかるフレーズがあった。そして、茂木はそれを聞き逃さなかった。


「あの組織だと……」


 あの組織との言い方から警察ではないことは確かだ。茂木は確信し尋ねたのだが、迅は悪びれもせずに答える。


「はい、我々異能犯罪対策課は今回とある組織に影の女王とそれに与する者の捕獲もしくは殺害を金で依頼しました。結果としてあなたを巻き込む形になって申し訳ありませんね」


 組織が何なのかは詳しくは分からない。だが恐らくあの二人の不思議な力を使う犯罪者はその組織の構成員なのだろう。そしてそれが良くないものなのは分かる。


「お前があの能力者をけしかけたのか。奴らは無関係な市民を操って攻撃を仕掛けてきたんだぞ。間違えなく悪だ。そんな奴らを利用してあまつさえ犯罪を指示するなんてどうかしてる!! それに奴らが依頼を達成したら犯罪組織に金を払うのか?」


 迅はため息をついてから答えた。茂木の反応を彼は予想しきってるようだった。


「はぁ……これだから現実的に物事を考えられない熱血とやらは…… そんなわけはないでしょう? ただ優先度の問題です。あの犯罪組織は事がすんだら処分しますよ。何やら幼稚な野望を抱いてるみたいですしね」


「しかし…… それならあの女の子一人になんでそこまで執着するんだ? あの女の子も不思議な力を持っているのか? それが危険なのか?」


「なるほど、あなたはあの女に同情心を抱いてるみたいですね。ですがそれは間違ってます。あの女を一人の人間として見てはいけません」


 茂木の疑問もまた迅にとっては予想どうりなものであった。全ては彼の思うままに進んでいた。そして迅はそのまま茂木の耳元へ歩き、耳打ちした。


「だってあの女は異世界からやって来て、いずれこの世界を食い尽くす悪性腫瘍なのですから」


「なっ…… それはどういうことだ?」


 迅の言葉は茂木にとって驚くべきものだった。というかにわかには信じ難いものだった。異世界だと? 悪性腫瘍だと?

 とりあえず茂木は耳元まで来た迅の元から跳ね除けた。


「お前が何を言ってるのか全然分からないぞ」


 茂木は速攻で頭を回転させる。この場において迅が嘘をつくとしたらその意味は何か? また迅の言ったことの真意は? 信ぴょう性は?


「あなた方は異能力というものを見てきた。ならこの世界には人智を超えた不思議なものが存在するということが分かったのにどうしてそれも存在しないと断言できるのでしょうか」


 だがそれを嘲笑うかのように迅は語り出す。茂木は動揺していた。自分の助けた女の子が本当は危ないものなのかもしれない。ならば自分があの異能力者から守ったことも正しくはなかったのかと。


「しかし……」


 そんな揺れる茂木に迅は優しく余裕に溢れた声をかけた。その声はまさしく悪魔の囁きのようであった。


「時間を与えましょう。あなたは今後の身の振り方を考えなくてはいけませんからね。我々と共に彼女を殺して人類の救世主になるか、それとも我々と戦ってまで彼女を守り通すか。賢明なあなたなら必ず正しい選択を選んでくれると信じてますよ」


 茂木は頭を抱えた。この男の言っていることが全て妄想に過ぎない可能性がある。だが、恐らく間違ってはいないだろう。彼の経験則、そして迅の語り草からそれを察していた。

 もし彼女が本当に影の女王と呼ばれ、この世界を脅威に陥れるものならこの国どころじゃない。地球全体に脅威が及ぶ。それを放置するのは正義なのか。だが……

 それでも彼は引っかかっていた。月島アリスという1人の女の子、彼女からは全く世界を滅ぼすような邪悪さは感じなかった。記憶を失っているからだと言えばその通りなのだろうが……


「どうしたらいいんだよ俺はよぉ……」







 1時間が経った。迅が部屋に戻ると茂木は未だに悩んでいるように見えた。彼は1人で考えたいという茂木の願いを聞き届け部屋から退出していたのだ。


 いや、ここまで悩み通せるとは熱血警察官も困ったものです。合理的に考えれば答えが見えてくるものを…… それを信念とか自分の中の正義感とかが曇らせる。だが、それも終わりだ。


「そろそろ答えを聞きたいのですが」


 迅の問に茂木は答える。


「彼女が放っておいたら飛んでもない存在になるというのは分かる。だがそれでも記憶もない少女を殺そうとするのが本当に正義なのか私はまだ納得ができないんだ」


「そうですか」


 それに答える迅の声は冷徹なものだった。しかし僅かな怒りを感じる。


「あれだけ彼女の危険性を話してもまだ分からないのですか、別にあなたがどう思おうが勝手です。組織は確実に2人を殺害ないしは拘束するでしょう。まあ拘束したところで殺す人間が我々に変わるだけで結末は同じでしょうが」


 それを聞いた茂木はグッと拳を握りしめ決意するように言った。


「ああその答えを聞いて安心したよ。私はやっと自分の考えが整理できた。行かせてもらう、そして2人を守ろう。未来がどうなるかは分からない。だが自分たちの行動次第では変えられるはずだ。だから今はそれが正義だと信じる」


 茂木は決意したのだ。記憶喪失の彼女とそんな彼女を救った少年を信じることを。そして、今ここにいる国が認めた正義に反旗を翻すことを!!


 その返事を聞いた迅は怒りで顔が赤くなっていった。迅にとってもこんな激しい感情を普段誰にも見せたことがないというくらいの強い怒りだ。


「正気か!? お前はよー無能力者が1人で何ができると思ってるんだ。それにまず俺達を相手してここから無事に出られるとでも思ってんのか」


 迅が茂木に怒声を浴びせる。もはや今までのような余裕は感じられない。


「正体表したな若造が」


「くっ……」


 茂木の煽りに再び迅は顔を赤くする。そして2人は睨み合った。


 だがそんな中ドアが急に開かれたと思いきや、慌ただしく部屋に1人の男が入ってきた。彼はさっき迅と警察病院へ向かった部下のダサい服を来ていた男だ。茂木の目から見ても非常に焦ってるように見える。


「伊武崎くん、今は忙しいので後にしてもらえませんか」


 迅は茂木と向かい合ったまま、伊武崎に顔も合わせずに言った。だが伊武崎の返答は意外なものだった。


「それがですね。さっき入った情報なんですが組織のボスが何者かによって暗殺されました」


 突然伝えられた衝撃の事実に迅は驚愕した。暗殺だってどういう事だ!?

 そして迅は頭を抑える。さっきから何から何まで自分の予想外のことばかり起きると。



 彼はあの組織をチンピラ集団のようにしか思ってなかった。だがそのチンピラをまとめあげるボスの手腕や能力についてはかなりの評価はしていたし警戒もしていたのだ。



「どういう事ですか」


 迅はすぐに伊武崎の元へ詰め寄る。


「組織に潜らせておいたスパイからの情報です。月1の定例会の時に謎の女が乱入して、ボスを殺害して消えたとのことです。組織は大混乱に陥り早くも派閥毎に分裂の兆しを見せてます」


「そんな馬鹿な……」


 組織の分割は戦力の分割だ。当然ターゲットの殺害も遅れるだろうし、そもそも派閥間抗争が忙しくて依頼など律儀に守らなくなるかもしれない。

 また、ボスを殺害した人物というのが何者なの分からない。あの組織のボスは少なくとも自分達総出で戦ってもかなり苦戦する程の実力者だ。

 それを殺せる程の力を持つものが影の女王の仲間にいたのか? だが先程、茂木は影の女王には少年以外の仲間がいないと言っていた。あいつは器用な嘘を付ける人間ではない。では一体……


「茂木巡査、聞いていた情報と違いますよ。これは一体……」


 迅が茂木の方を向くとそこには誰もいなかった。恐らく自分が伊武崎との会話に夢中になってる時にこっそりと抜け出したのだろう。


「まんまと逃げおおせましたか。無駄なことをするもんですね。ですが、隣の市まで行かれると厄介です。すぐに捕まえなくてはいけません、伊武崎さん行きますよ」


 茂木に伝えた情報は広まっては不味いものが多すぎる。例えば、月島アリスの正体がそうだ。彼女に自身の正体を教えることで記憶を取り戻す手助けになってしまうかもしれない。


 そしてそれ以上に


「茂木巡査と組織の接触は避けなくてはいけません。我々が組織に報酬を払う気がないということが伝われば、組織が影の女王と手を組んで我々に反旗を翻す可能性があります」





 茂木は走っていた。自分が今どこにいるのかも分からない。だが出来るだけあの建物から離れようと無我夢中に足を動かしていた。


 何にせよ、あいつらは警視総監の息のかかった人間だ。もう逆らった以上警察には戻れないだろう。ひょっとしたら指名手配もされるかもしれない。


 彼は信号も無視して走っていた。数週間前には小学校で交通安全教室をしていた自分がこんなことをするなんてな。茂木がそんなことを考えながら道路を横切っていると、横から来るリムジンに激突してしまった。


「ぐっ……」


 吹っ飛ばされ地面に叩きつけられる。全身に鈍い痛みが伝わる。だが、幸い打ちどころは悪くない、まだ歩ける。


 痛みを我慢しながら、それでもなお前に進もうとする茂木に車から降りた少年が声をかけた。


「大丈夫ですか」


 茂木は少年の方を向いて言った。警察を呼ばれでもしたらまためんどくさいことになる。ここは早急に立ち去らなくては……


「大丈夫です。私が飛び出したのがいけないので」


「でも血が出てるじゃないですか」


 自分のことは構わないでくれ。彼がそう強く思っていると、もう1人運転席にいた男が車から降りてきた。高齢なその男は執事のような格好をしていた。リムジンに乗っていることからしてこの少年は相当の金持ちなのだろう。


「じい、この人どうやら訳ありのようだよ」


「訳ありか…… 確かにそうですがあなた方には関係のないことです。では急いでいるので」


 彼が立ち去ろうとしたその時、じいと呼ばれた男が放った一言は彼にとって衝撃的な提案だった。


「では我が一族を頼ってくだされ。それが創業者の残した我が家の家訓でありますから」


「え? なんてことを言ってるんですか。だって見ず知らずの他人ですよ」


 茂木は思わず驚きを口に出してしまう。だがそれに優しく少年は答えた。


「いいんだよおじさん。乗ってってくれ、追われてんだろ」


 その日、二つの運命は邂逅した。



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