記憶喪失な姫と心配そうな家人
茶和田とアリスが話をしているとドアを開けて3人の人間が入ってきた。一人は白衣を着た高齢の男だ。顔に優しそうな表情を浮かべ優しそうな雰囲気を醸し出している。それでいて筋肉質でガッチリとした体型をした男だった。もう1人の男は茶和田駿と同じくらいの年齢に見える。そしてもう1人はメイド服を着た20代半ばくらいに見える女性だった。
「おやおや目が覚めたみたいですな」
白衣を着た男が口を開く。その話ぶりは穏やかだった。
茶和田はとりあえず目の前にいた同い年くらいの男を指差し言った。
「えーっと紹介しないと。こいつが俺の友達の飯田、超絶金持ちでこの家の持ち主だ。デブで金持ちって如何にも嫌味なキャラに見えるかもしれないが根は良い奴だからよろしくやってくれ」
その発言を聞いて、飯田と呼ばれた男は嫌そうな顔をして言った。
「そんな自己紹介じゃ誤解を生むからやめてくれよ……」
そう言いため息をついた。そんな飯田を無視して茶和田は紹介を続けた。
「この白衣を着た人が執事の躑躅ヶ崎さん、この方がメイド長の伊武崎さん。両親がいつもいない飯田にとってこの2人は親代わりみたいなものなんだ」
2人についての紹介を聞いた後、アリスは深々と頭を下げ言った。
「えーっと私を助けていただきありがとうございます。私の名前は月島アリスです。よろしくお願いします」
「いえいえ坊っちゃまのご学友の頼みとなれば断れませんし、それにお金を持つものは困っている人を助けなくてはならないというのが我々飯田財閥の創業者 飯田兼呉の座右の銘でしたから」
「本当に素晴らしい座右の銘ですよね、そのわりにこのデブはあまり守ってないですけど」
茶和田は飯田に向けていった。
「なんだと!! いくら僕でも根拠のない誹謗中傷は怒るぞ」
「いやお前三日前俺が喉渇いてるのに金欠でジュースが買えなくて苦しんでる時に、自動販売機で買った高級アルパカエキスジュースを俺に見せびらかしながら飲んだだろ」
高級アルパカエキスジュース、それは一匹のアルパカのうち数滴しか採れないエキスをふんだんに利用したジュースだ。飢えてるアルパカの前で美味しそうに野菜を食べるとアルパカは涙を流すのでそれを集める。あと他にアルパカの前でつまらないコントをやったり限界オタクのモノマネをしたりするらしい。
「そんなことまだ覚えてるのか?」
「そんなことだと?」
二人が取っ組み合いの喧嘩に発展しようとしていた。そんな中、アリスはしみじみと思っていた。この御三方も信用できる人達なのですねと。
さっきまで知らない街で味方もなく記憶もないという極限状態で逃げ続けてきたアリスだったが、信頼できる人に立て続けに会えて安心したことから、反動で涙が出てきてしまった。
「だっ大丈夫!?」
喧嘩を止めて茶和田と飯田は彼女に声をかける。何気に声はハモっていた。喧嘩こそ多いが彼らは息の合う友人同士なのだ。
「はい、今までずっと1人だったんで信頼できる人達ができて嬉しくて」
これは彼女にとって心からの言葉だった。
「えっと躑躅ヶ崎さん、あなたが私の怪我を看てくれたのですか」
「はいそうですが何か? あっ……一応言っておきますが私は医師免許も持っているので治療については心配なく。坊っちゃまのためにあらゆる資格は備えておりますので!!」
「えっとそうではなくて」
医師っぽい服装をしている躑躅ヶ崎さんに記憶喪失について聞きたいことがあるのかなと茶和田が思った矢先、実にとんでもない爆弾発言が飛び出した。
「お父さんと呼んでいいですか?」
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
飯田と茶和田は数十秒間絶叫した。
「どういうことだよ、アリス!?」
茶和田はアリスに問い詰めたがキョトンとしている。
「躑躅ヶ崎さんも何か言ってあげてよ」
飯田の声に躑躅ヶ崎さんは笑って言った。
「私としてはお嬢さんのような可愛い娘さんの父親になるのもやぶさかではないのですが、私には既に坊っちゃまがおりますので」
「おぼっちゃまは1人でも手がかかりますからねー。もう1人子供を増やすわけには行かぬでござります……南無」
伊武崎さんは付け加えるように言ってから手を合わせた。この人は相変わらずおかしい……
「どういうことだよアリス!!」
茶和田がアリスに事情を聞いてみるとどうやら彼女には本当に他意はないみたいだった。彼女は頼りになる年上の男性のことを父親と呼ぶというふうに認識してたらしい。
誰だよ、そんな変なこと彼女に教えた奴は。茶和田はアリスに突っ込みを加えたが、アリスは相も変わらずキョトンとしていた。
彼女が普通に話を出来ている以上、単語の意味についての記憶は失われてないはずだ。なら、彼女の記憶喪失以前から父親の定義を誤っていたのだろう。
しかし、ありえるのか? そんなことが。
ちらりと躑躅ヶ崎さんを見ると笑いの中にも少しの動揺が見えた、いつも冷静でクールな躑躅ヶ崎さんをここまで動揺させるとは。どれだけ愛里寿は天然なんだ。
「それでは退室します」
とんだ爆弾発言はあったが、その後は特に何もなく躑躅ヶ崎さんと伊武咲さんと飯田は退室した。3人にはアリスの記憶喪失のことを伝えた。特に躑躅ヶ崎さんは彼女が記憶を取り戻すことに大きく助力をしてくれるみたいだ。
飯田はしきりに彼女が目覚める前しきりに俺は彼女の連絡先をゲットするんだと意気込んでいたのだが記憶喪失となるとしょうがない。可哀想な彼は肩をがっくりと下ろし退室した。
2人になった。これでようやく能力者絡みのことを話せる。
「能力者が絡んでくるようなら国や警察は信用し切れないと思ってさ。飯田達に頼ったんだけど大丈夫かい?」
警察組織があのような能力者に対応できるとは思えない、警察署に襲撃されたら民間人に甚大な被害が出るだろう。それによく見る展開みたいに警察と組織が手を結んでいたらやばいというのが茶和田駿の考えだった。
飯田は巨大な財閥の御曹司だ。自分と会ったことない兄がいるとか、屋敷に自分が入ったことがない部屋が沢山あるとか、いくつもの豪華客船や島や自家用ジェットやらを所有しているとか、月のお小遣いが際限ないだとか、ワシントン条約で飼ってはいけない動物を飼ってるとか、宇宙人と密かに交信してるとか、アメリカ大統領選に干渉したとか、ホモ・サピエンスに人間が進化した当初から続く名家だとか、うんちが金色だとか……
数多くの逸話を持つ正真正銘の金持ち。しかし、本人はそんな金持ちなのに全く嫌味たらしくないところからみんなから好かれている。高級アルパカエキスジュースの時は嫌味しかなかったが…… 自分とは幼稚園以来の付き合いで喧嘩は多いが何でも言い合える仲の友人だ。高級アルパカエキスジュースの件では絶交しかけたが。
今いるのは彼の第3屋敷で非常事態に備えて逃げ隠れるために作られた隠し別荘といったところだ。電波の通らない山奥で人工衛星からも写りづらい。またここを通るのに何個ものトラップがあり、ベッドを退ければ井戸に繋がる隠し通路もある。彼女を隠しておくには一番いいところだろう。そう茶和田は思っていたのだが。
「なるほど、ここはそんな厳重な警備のされた場所だったんですか。非常にありがたいです」
彼女も同じ考えに見えた。しかし
「ですが、敵襲が心配なのでここから移動したいと思います…… せっかくのご好意を断ることになってしまい申し訳ないですけど」
「いやだから君はここにいれば大丈夫なんだって」
「違うんです。敵襲の恐れがあるのは茶和田さんの方です。あなたがあの能力者を倒したのを他の組織の人間に見られていたら、私の仲間だと思われて命を狙われる可能性があるんです」
「だったら俺もここに!! あっ学校……」
ここまで言って彼は気付いた。自分には学校があるのだ。昨日は何だかんだあって学校に行かなかった。怪我している人がいたから病院に運んだと言えば昨日の欠席扱いを解除してくれるんだろうが、精勤賞狙いの者としてはこれ以上休むわけには行かない。勿論精勤賞より命だが。とにかくここにいれば当たり前の日常生活を送れないのは確かだ。いつ終わるかも分からないここでの生活はさぞかし辛いことだろう。
「ですから茶和田さんの家に来ていいですか? 邪魔にはなりません、私の能力があれば敵襲に怯えずに暮らせると思うんです」
「なるほどねぇ…… ああ別に俺は一人暮らしだからいいけどさ……」
確かにアリスの能力者感知能力があれば不意の敵襲にもそこまで怯えず生きていけるだろう。そして、地方出身で都内の高校に通う自分は一人暮らしだし確かにちょうどよくはあるんだが。せっかく安全な場所に連れてこれたアリスをまた危険に晒すというのもどうかとは思う。
そう思い茶和田は葛藤していたのだが、もう一つ重要な問題があった。
「いいんだけどさぁ、俺の部屋とても狭いぜ」
人がもう1人、少なくとも年頃の女の子が泊まれるようなスペースはないのだ。このままでは俺はどこかのロボットみたいに押し入れに泊まることになる。そう茶和田は思った。
「そんな私は狭くても大丈夫です、茶和田さんに迷惑をかけません。押入れの中でも天井にでもタンスと壁の隙間の中にでもいきます」
「それはそれで怖いんだが!?」
隙間女という妖怪を思い出す。そんなの人間にやらせるものではない、アリスみたいな可愛い女の子が妖怪ならそれはそれでいいけど……
そう茶和田が悩んでいるところにドアを開けて再び飯田がやって来た。
「よーっす、アリスちゃーん何かお困りのようだね。この僕、飯田兼続はまたしても君を助けちゃいまーす」
デレデレとした目でアリスを見る。こんなことをしているが女に弱いし飢えているだけで別に彼は悪い奴じゃないんだ。本当だ。
「はい……!? ありがとうございます。実はここを出てから住むところがなくて」
アリスは飯田のテンションに驚かされつつも、そんな下心にも気付かず丁寧に状況を説明する。もちろん能力がらみのことは隠して。
「なんだよ、そんな簡単なことか。実は俺の部屋のベッド大きくてさ、二人寝るのに充分なスペースがあるんだよね」
よし前言撤回だ、殺そう。こいつは悪い奴だ。俺の殺意の込めた視線に気付いたのか飯田は慌てて話をすり替える。
「あのおまえのアパートさぁ、隣の部屋空き部屋だったよね」
「そうだよ、それがどうした?」
「ああ分かったぜ、大家さんに電話かける。ちょっと待ってろ」
そう言って彼は電話を掛けた。大家さんの佐々木さんはこの時間確か野球中継を見るために部屋にいるはずだ。
電話はすぐ繋がった。そして会話は驚く程スムーズに五分程度で終わった。
「あの空き部屋今日からアリスちゃんが自由に使っていいって。敷金礼金家賃修繕費積立金一切タダ。あと部屋の壁もぶっ壊して茶和田の部屋と繋げるわ」
飯田は言った。誇らしげに。
「ほんとですか!」
アリスは喜んでるがそんなことしていいのか?
「そんなことしちゃあダメだろ」
「いいんだよ、今電話でアパートの所有権譲ってもらったから。1000億円で。まあ俺の月のお小遣いの範疇だよ」
なんてむちゃくちゃな手段だ。茶和田は呆れたが、とはいえありがたいのは確かだ。
「ありがとな飯田」
親友にチート級大富豪がいて良かった。
あれ?よく良く考えたら親友にこんな大富豪がいるってどこにでもいるただの高校生ではないのでは?
数時間後、飯田の自家用ジェットに乗って帰っている途中そんなことを考えていたらアリスに難しい顔をしていますね、と笑われてしまったのだった。
深夜、それは静寂が支配する時間。ある者はアニメを、またある者はネトゲを、またある者は夜食を、またある者はエロ動画鑑賞を…… まあ全て茶和田駿のことなのだが、それはそれ。
今日は初めて女の子と同じ屋根の下で二人っきりで寝る夜。当然何も起きないわけもなく……
格闘ゲームをしていた。
「オラオラオラオラスピンアタックからの空上からの上バースト、よっしゃ決着ぅぅぅ」
アリスと茶和田は2人で格闘ゲームをしていた。アリスはどうやらゲームについての知識少しあるみたいだ。このコントローラには慣れてないがすんなりとゲームを操作できて驚いた。記憶喪失前はゲーマーだったのかも知れない。そう思えるほどに彼女は筋がよかった。まるでかつて強い人に師事を受けていたみたいだ。
まだ初めて4時間なのにだいぶ操作にも慣れて一番強いレベルのNPCも倒せるようになった。
だから茶和田は直々にアリスに手ほどきをしていた。
「茶和田さん強すぎますよ!! 私が使ってる星の母べぇが全く相手になりません」
星の母べぇは映画化もされた人気キャラクターだ。丸っこくてぷよぷよしていて子供にも人気。
「あーうんごめん。次は1番弱いこの空中浮遊ヨガトレーナーを使うよ」
女の子を一つ屋根の下に連れ込んだらやることなんてゲームに決まっているだろう。そう茶和田は思っていた。お色気展開よりもゲームのレート戦の数字が茶和田にとって大事なのだ。
さてそんな感じで盛り上がっていると彼女は突然メニューを開きポーズにすると、コントローラを床に置いた。まだ新しい試合を始まったばかりだし台パンじゃ無さそうだ。一体どうしたんだろ?
「外を見てください」
茶和田は監視カメラのスイッチを入れる。これは彼女に付きまとう人を捉えられるようにと飯田に取り付けてもらったものだった。飯田様々である。
するとそこにはアパートの敷地の前に立つ不気味な男が映っていた。黒い皮ジャンを着て目にはサングラスを掛けていて見た目からして怪しい。そして何よりこの部屋の方をチラチラ見ていた。
「マンションの前から能力者の反応がすると思ったらやっぱりですか…… 敵襲です」
「何……だと……どうやって俺ん家を?」
突如壊された日常、それは自宅という思わぬ所まで余波が及ぶのだった。そして何より彼はあの戦いの後1回も能力を発動させられていないのだ。
どうする……!?
茶和田の焦りをよそに世界の刻は進む。もはや誰も彼を待ってくれないのだ。
ちなみに彼はアリスが窓の外を見ているあいだにこっそりポーズ画面を解除しアリスのキャラをワンパンした、彼はゲームには厳しいのだ。