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Blades and Shadows 〜業を切り裂く刃と闇を射落とす影〜  作者: さじき
Blade meets shadow?
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ブレイド ミーツ シャドー その1

 

 これから語るのはある少年の話だ。


 今までに多くの人間がこう言ってきた。日常とはある日音も無く崩れ去っていくものだと。

 ああ確かにその通りなのだろう。そして、恐ろしいことに大抵の場合失った日常とは2度と元には戻らない。


 だが……


 そんな非日常が日常よりも劣っていると限らない。むしろそこで何かを成し遂げられたのなら一生平凡に生きて死ぬより大分マシな人生ではないか?



 この物語はいうなればそれを証明する物語だ。とある女の子の笑顔を取り戻すために平穏な日常を投げ捨て戦った少年の物語である。





 5月27日、天気は晴れ


 どこにでもいそうな男子高校生 茶和田駿は重たい足を背負って学校に向かっていた。

 彼の住んでいる東京都の月暮里は坂道が多い。学校にたどり着くまであといくつ坂道があるか考えるだけで億劫だった。


 五月病、それは全国の学生社会人に襲いかかる逃れられぬ死の病だ。そしてもれなくこの少年にもやって来たわけだった。


 足取りは重く、スマホの画面に目を向けながら歩く。時折画面から視線を外し、昨日降った雨の水たまりを避けていく。


「何かおもしれぇことないかなぁ」


 その悩みは現状に満足してないが故の悩みだった。もはや新学期が始まり二ヶ月経とうとしている。

 友人はクラスに何人もいるし、そこそこ毎日楽しく暮らしている。だがあくまでそこそこだ。

 異世界に転生するわけでも、クラスでバトルロワイヤルが始まるわけでも、恐竜時代にタイムスリップするわけでも、不思議な能力に目覚めるわけでも、テロリストが襲撃してくることもない平和な日常。


 これが少年誌のマンガなら即刻打ち切りは免れないだろうな。そう自嘲気味に彼は呟いた。


 刺激が欲しいのだ。この平和ボケした日常をぶっ壊す何かが。


 少年は吐き出すように呟く。


「はぁ…… 空から女の子でも降ってこないかな」


 恐らく世界中の少年が一度は願ったことがあるような陳腐でありふれた願いだろう。だが、その日彼の願いは思わぬ形で叶えられることとなった。


 ドッドッドッドサッ、彼の声に応えるかのように何か重たいものが空から降って来る音がした。


 彼は振り返る。無論、ここで振り返らない選択肢もあっただろう。だが彼は振り返ってしまったのだった。その決断が自分の運命を大きく変えるとは知らずに……


 そこには血まみれの女の子が倒れていた。先程の音からするとかなり高いところから落下してきたのだろう。頭から出血しており、彼女の着ているワンピースは血で染まっていた。


 見るからに異常事態だ。彼の平穏な日常に、華もなく棘もないスクールライフに文字通り降ってきた非日常。


「えっ……ええええええ、うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 当然のことながら、突然の出来事に彼は慌てふためき、そして走って逃げだした。だが彼のことを自分が望んでいたことだろうと責めてはいけない。世間の五月病や中二病の少年は願いが叶わないと分かってるからこそ夢想できるものなのだから。

 そもそも空を飛ぶ力を持った不思議な石でもない限り高いところから女の子が落ちたら下で受け止める者も含めて重症である。そういう意味では格好はつかないが受け止めなかった分だけ彼にとってはマシなのかもしれない。


 彼は一目散に走ったかと思うと立ち止まる。そしてまずは冷静に息を整えて……


 真っ先に取った行動はほっぺたをつねることだった。だがほっぺたの強烈な痛みはこれが夢でなく現実であると主張していた。


 夢でないと確認できた彼は覚悟を決めて携帯を取り出す。彼は女の子が空から落ちてきたことをすぐに飲み込めるほど冷静ではないが、放っておけるほど冷酷でもないのだった。

 この時、彼は無料通話アプリでない携帯本体に備わっている電話機能という、もはや化石のような機能を久しぶりに使うことを決意したのだった。


「110でいいんだよな、確か緊急通報がホーム画面から行けたっけ……」


 彼はスマホに慣れない手つきで110を入力、そして電話しようとする。そして電話をかけながら倒れている女の子の様子を確認しようとする。

 だがその時である。スマホは意に反して彼の手をすり抜け、宙に浮かんだ。突然の出来事だ。早く通報しようとして手を滑らせてしまったのだろう。だがその時、彼は違和感に気付く。



「これは……」


 明らかに手を滑らせて携帯を地面に落とす感触ではない。むしろロープのようなものにスマホが引っ掛けられ、引っ張られたような感触だ。これは一体どういう事なのか?



「まっ、待てよ!! 俺のスマホ〜」


 スマホはそのまますごい勢いで彼の背後の方に吸い寄せられていった。彼はスマホ中毒だ、異世界に持っていくならまずスマートフォンを持っていくと即決するほどの。だから彼は躊躇わずスマホを追いかけようとした。


 彼が振り返るとそこには男が仁王立ちで立っていた。よく見ると彼の手にはスマートフォンが握られている。ウグイスが描かれたスマホカバーからあれは間違えない自分のスマホだと茶和田は確信した。


 金髪にそめたモジャモジャな頭に伸びた髭、趣味の悪いサングラス、そして服。ヤバそうな男だ、少なくとも彼が生まれてきてから1度も関わったことのないような見た目だ。その男はスマートフォンをポケットにしまった。


 漂ってくる雰囲気からしても間違えなくカタギと呼ばれる類の人間ではないことは確かだ。その男は殺すぞというような眼光をこちらに向けながら茶和田のスマホをいじり始めるとポケットにしまった。


 初めてだ、彼は初めてスマホを人に盗られた。それもヤバそうな人に。


「うわああああああああああああ助けてええええええええあとスマホ返してえええええゲームまだ引き続きしてねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇFaithGrandOpen、プリンコネクトdrive、化け猫plan、幽霊惑星ドロカス、全部で10万は課金したんだぞぉぉぉぉぉぉ」


 とりあえず生命の安全の次にゲームの引き継ぎコードの心配をする辺り、彼のゲーム廃人っぷりが分かるが、だがまあ当の本人は今そんなことを考えてる暇ではなかった。

 彼は自分の意に反しておもわず声をもらしてしまったのだ。生きててこんなヤクザみたいな人にものを取られたこともなければ会ったことはない。


 そしてもう一つ奇妙な点があった。


 男の手のひらからコードが伸びていた。掃除機のコードのようなものが。

 その先端には自分のスマートフォンが刺さっているらしい。ポケットの中にコードの先端が突っ込まれている。


 男は初め茶和田の叫び声に気圧されたがすぐに調子を取り戻し、彼を睨みつけた。

 

「困るよぉ、こんなことしてもらっちゃ。一応俺もねぇ目立ちたくはないからさぁ」


 男は明るい口調でそう言う。しかしその目は笑ってはなく確かな殺意に溢れていた。

 やばい、これはかなりやべえ奴だ。さっきの女の子もこいつのせいだろう、一目見りゃ分かる。茶和田は慌てふためいた。



「ゆゆゆゆ許してください。誰にも言いませんし警察にも通報しませんから」


 声が震える、足が掠れる。俺が望んでいた非日常はこんなものじゃない。ラノベの世界に行きたかったのに任侠映画の世界に来てしまったんだ。そう彼は叫びたかったが恐怖で大声も出ない。


 男は怯えた少年を見て笑いながら言った。


「ダーメ♥」


 そして男はスマートフォンをコードから外すと、手のひらから生えているコードをこちらに向かって投げてきた。コードの先端はコンセントに刺さるプラグのようになっていた。流れるような動作だ。男は今までたくさんこうして人に自分のコードを投げつけてきたのだろうか?


「大丈夫だよ。安心して、苦しんで死ねるから」


 せめて嘘でもいいから苦しまずに死ねると言えよこんちくしょうめ。死ねっ死ねっ死ね、お前が死ねや。

 そう思いながら茶和田は必死に体を捻って交わすとコードは近くのブロック塀に突き刺さった。何でコンクリートのブロック塀にプラグが刺さるんだよ!? 彼は疑問に思うがそれを考えている時間はあまり無い。


 茶和田少年は運動神経は良くはないが飛んできたものを避けるのは苦手ではなかったのだった。と言うか唯一の運動面の特技が避けることだった。

 これを読んでる君たちも思い浮かべて欲しい。体育の時間、大体クラスに1人くらい別に運動神経が良いわけでないのにドッジボールで最後まで残っていた奴がいなかっただろうか?

 それが彼である。最も彼の場合調子に乗って、自分をドッジボールの神だのと叫びヘイトを買い、集中砲火されボコボコにされることもセットなのだが。



 話を戻そう。コードは彼の後ろのブロック塀に深々と突き刺さっていた。

 男はチッと舌打ちした。そしてコードを引き抜くように手を動かす。するとコードが刺さっていたブロック塀の一つのブロックが急速にしぼみ始めた。


「えっ……何が起きてるんだ!?」


 驚くのも束の間、ブロックはどんどんしぼんで行った。そして一定以上しぼむとコードは男の方へ戻っていった。恐る恐る茶和田が触るとブロックはぶよぶよになっていた。なんというか豆腐のような触感になってしまっている。


 ブロック塀も互い違いに敷き詰められていたうちの一つが急に欠けた状態になったのだ。倒壊こそしないもののかなり不安定な状態になった。


「見たかい俺の能力を。カッコイイだろ」


 能力……だと!?


 こいつは今何といった? 能力だって? あの手からプラグが伸びてるのは手品とか米軍の新兵器とかあっと驚く主婦の味方じゃなくてマジもんの異能力なのか?


 やっぱり任侠映画じゃなくてラノベの世界なのか? 空から女の子が降ってくるに飽き足らず能力バトルの世界に自分は来てしまったのか……!?


 そんなことを茶和田は考えるが、いくら中二病で異能力バトル漫画を読んで育ってきた茶和田と言ってもこんな急展開飲み込めずにいた。しかしだ、飲み込まなくては死ぬ。この男に殺されるのだ。


 今起きてる現状は理解できなくてもいいし夢かも知れないがそれでも一秒後の生存を諦めるな、少しでも生存率の高い方へ走れ。茶和田は思考を張り巡らせる。


 ブロックを豆腐程度の強度までしぼませたのはこいつの異能力なのか。なるほど刺さったものを萎ませるコードを手のひらから発射する能力。人間に当たったら一溜りもない、そしてただの高校生が敵うわけがない。能力バトル漫画の主人公みたく的確に敵の弱点をついて戦うなんて不可能だ。そう考え彼の頭は最適解を導き出す。



「ハハハ本当にカッコイイですね」


 

 彼の頭が導き出した最適解とはとりあえず倒すのは無理だろうしゴマをすっておくことだった。だが当然ながら無意味だった。


「褒めようとしてくれてるのは嬉しいんだけど、やっぱりなんか足りないよなぁ。やっぱ俺に対する最大の賛辞は体の中身が吸い取られて絶望と苦痛で歪む悲鳴なんだよ。それじゃあ死のうか」


 ああこいつアカンやつだ。

 最も茶和田にもこの男がおだてられただけで殺すのを止めるような奴には思えてなかったが。


 茶和田は思った。どうせここでこんな悪の組織の雑魚キャラみたいな格好をした奴に殺されるなら言いたい事を言い切ってやると。

 さっきからの会話を通してこいつがかなりの自己陶酔野郎なのは理解出来ている。ひょっとしたら罵倒に心が折れてくれたりするかもしれない。もっとうまくいけばスマホを奪い返したり逃げるための隙を作ってくれたりするかもしれない。


「おいプラグ野郎、お前の服も髪よセンス悪いんだよ、大阪のオバチャンでももっとまともなファッションするぞ。モブキャラかよ」


 ありったけの罵詈雑言を暴言を叩き込む。男はと言うと初めの方はヘラヘラと笑って聞いていたが


「手からプラグ出しやがって掃除機か?」


 この彼の一言を機に態度が変わった。踏み抜いてはいけない地雷を踏み抜いてしまったのだろう。だって仕方がない、見るからに掃除機のプラグみたいなんだもん。きっと全てのコードを巻き取った時は大層気持ちいいんだろう。


「掃除機みてぇ……だと。テメェふざけたこと抜かすな」


 掃除機という言葉を聞いてから男は激昂した。恐らく能力者仲間に(そんな者がいるのか知らんが)いつも掃除機みたいな能力だと弄られてきたのだろう。だが誰がなんと言おうが掃除機にしか見えない。プラグの形、そして手のひらに付いているコードを巻き取るボタン、全てが掃除機だった。



 男は怒りに任せてプラグをこちらに投げつけてくる。あれが体に刺さればさっきのブロックみたいに全てを吸い取られて死ぬ。それは分かっているが同時に速さ的にも避けられないことも一瞬で分かった。


 ああ、これで俺の人生は終わりか。異能バトルの世界に入っても必ずしも主人公になれる訳では無い、命の価値が軽いモブとして醜態を晒す。そんな可能性の方が大きいのだ。特に自分みたいな言葉だけが大きい中二病患者は。来世の教訓にしよう、来世があるかは知らんが。



 しかしそんな時、あの血まみれの女の子の姿が頭によぎった。もし俺が死んだら彼女はどうなるのだろうか。この男は間違えなくトドメを刺すだろう。もしくはもっと酷い目に合わされるかもしれない。


 ああ



 まだ死ぬわけにはいかないぜ。



 ドクッドクッドクッ、心の音が聞こえる。これを自分の心臓の最後の鼓動にしたくない。まだ何も成し遂げてないのに諦められない。そして、彼の目には決意が灯る。

 心の音が心なしか加速していくように感じる。まるで心臓が自分のものじゃないみたいだ。加速していく鼓動はやがて急停止した。


 プチッ……


 心臓が握りつぶされたのか? いや違う、これは握りつぶされているというよりも全く新しいものに作り替えられつつある。そんな不思議な感覚だ。これは一体なんなのだろうか。

 彼がそんな心臓の違和を感じている間にも男の能力は迫っている。



 ここで述べておくべきことは茶和田には2つの誤解があったということだ。一つ目は飛んでくるプラグをもう避けられないと思い込んでしまっていたこと。実のところ彼の罵倒作戦はかなり効果があった。男は怒りで染まり、力任せにコードを投げていた。それこそいつもの繊細なコントロールが失われる程に。諦めずに体を捻っていれば茶和田なら避けられただろう。


 そしてもう一つは彼は口だけ達者の中二病患者ではないということだ。

 彼はモブキャラとしてここで死ぬ命ではなかった。そう、自分の死の淵に立ちながらも他人のことを考えるお人好し、良くいえば主人公の素質がある人間だったのだ。だから選ばれた。


 プラグが彼の元へ到達する。硬いものに当たったような音がして火花が散る、そして煙を立てる。


 白煙が消えると彼は立っていた。決意した目で、その目は人によってはこれから来る未来に怯えてるように見えるかもしれない。だがしかし彼の心の中に浮かぶ言葉は一つだった。


「お前みたいな悪にこんなところで負けてられない!!」


 こんなところで終わっていいはずがない、こんな理不尽に斃れるわけにはいかない。彼女を、死にかけた女の子を放っておくわけにはいかない。要するに死ねないのだ。あとスマホ。


 彼は今この瞬間、ただ蹂躙されるだけのモブキャラではなく偉大なる勇気をもって道を切り開く主人公として確かに覚醒していた。



「てめぇ何を言ってるんだ? それにどうして俺の能力を食らっても……」


 男は茶和田の胸に目線を送る。そこには確かにプラグが刺さった感触があったのだが。


「なに!!」


 胸とプラグの間には鈍く光る1本の刀があったのだ。

 そして少年はそれを手に持ち替えてから言った。


「一転攻勢と行くか!!」



 もう一度言おう。これは非日常の物語。とある少女の笑顔を取り戻すためどこにでもいる少年が命をかけて戦う物語である。


 そして、その日少年は影に呑まれた。



第壱話 BLADE MEETS SHADOW.

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