エアーポンプを求めて
教室は水槽に似ている。
私はそこで一生懸命口をぱくぱくさせてる滑稽な金魚みたいなやつなのだと思う。
私はお喋りが苦手だ。自分の低い声が嫌いだから。
ただこの水槽においてお喋りは最大ののアピールだ。アピールのうまい人だけがエアーポンプの近くに行ける。この教室を我が物顔で泳げる。
私みたいなやつはあんまり息をすわなくてもいいように生きていくか、もしくは懸命に無様に呼吸をするかのどちらかだ。
私は滑稽になりたくなかった。実際は滑稽そのものだけど、必死に息を吸おうと口をぱくぱくさせるのはやりたくなかった。
だから息を止めた。凄く苦しかったけど気にしていないふりをした。
背筋を伸してなんにも傷ついてませんって顔をして本を読む。
内容はわからない。ただ読んでいるふりをしているだけ、だったから。
私は水槽の中で窒息死寸前のまま、毎日をぎりぎりに過ごしていた。
教室を出ると新鮮な空気が入ってきて気持ちよかった。そこでめいいっぱい息を吸って私はまた教室へと戻る。
必死に息を潜めていると音がよく聞こえる。特に水槽内の空気を独占しているような我が物顔の魚達の声が。
「はやなちゃん、読み方変」
それは時に私や私の様な立場の弱い魚を仕留める声だったりする。
妙によく響く声で出されたそれは確実に玉木さんのところに届いたのだろう。
ひっそりと私が憧れていた玉木さんに。
玉木さんは私と同じ酸素の足りてなさそうなところに追いやられた魚だ。
だけど私と彼女とは決定的に居場所が違う。なぜなら彼女は滑稽に息をすう方を選択していたから。必死に友達を作ろうともがき苦しみ、必死に泳ごうと水をかく。その努力はたとえ空回りしていたとしても、私にはできないその姿は私には眩しかった。私は最初からすべて諦めて最初から与えられたナワバリで生きていたし、そのナワバリが奪われても何もしなかった。でも彼女は違う。懸命に友達を作ろうとしていたし、少しでも自分の息が吸える場所を確保しようとしていた。
でも決定的に何かがダメだった。この水槽を悠々と泳ぐ者達と私たちとでは決定的に何かが違う。そのわからない何かのために彼女は懸命になり、私は息をひそめざるをえない。
「咲子ちゃんみたいにすればいいのに」
そんな私の悪口言わないで。うるさいから黙ってなさいってことだとでしょ。そのなかに私の陰気に対する悪口という名の毒もたっぷりとふくませて。ひゅっと元から少ない空気を持ってかれた。そんなことされたら息ができないよ。
咲子ちゃんと目が合う。人と目が合うのは苦手。ごめんなさい助けられない。私は本を読んでいるふりをして逃げた。
そしたら何故か玉木さんは私の後ろを歩くようになった。彼女はそこを自分の居場所にしたみたいに堂々としていた。
私は最初、すごくやめて欲しかった。だって目立つ。目立ったら、息が出来ない。
そう思っていたから。
だけどそんなことはなかった。むしろ前より学校にいやすくなったような気さえする。玉木さんが、一緒にいてくれるだけなのに不思議。
もっと近くに行けたらいいもっと楽になるのかな?
そして私は思った。玉木さんに私の横を歩いてほしいって。
他の人達みたいに廊下を2人、並んで歩いて欲しいって。
その為になら頑張れる。他人から滑稽にみえてもな構わない。
だから大の苦手のお喋りも頑張れる。
「玉木さん私の後ろ歩かないで」
私の横を歩いてくれませんか?
そしたら、うんと嫌な顔をされてしまった。そっか、そんなに私と隣を歩きたくないか。
それはそうだよね。私だったら私と仲良くなりたくないもん。
思い上がりも甚だしいよね。ごめんなさい。
次の日だけ、学校を休んだ。ずる休みは初めてだった。
水槽の中にいないのに妙に息が出来ない。
吸わない、じゃなくて吸えない。なにか思いものが肺に詰まってるみたいな苦しさがある。
可笑しいな、ずる休みのはず、だったのに。
その次の日。
いつも通り玉木さんが私の後ろに付いてきた。すると何故かいきなり肩が軽くなって空気が体の中に入ってきた。
やっぱり玉木さんは凄い。