金魚の糞は泳げない
私はいつでも咲子ちゃんの3歩後ろを歩く。そう私はいつだって彼女の金魚の糞だから。
金魚の糞は泳げない
咲子ちゃんと今の関係になったのはいつからか。多分そんなものは無い。他人から見たら歪みきったこの関係は多分最初からこうだった。多分どこかの小さな神様が起こした大きな奇跡によって私は咲子ちゃんに会って、今に至っているのだ。
チャイムがなる。咲子ちゃんが席を立つ。次の移動教室に必要な物を後ろのロッカーに取りに行くんだと思う。私はもちろん、そんな咲子ちゃんのあとを付いていく。そして咲子ちゃんがロッカーに手をかけた後に私も自分のロッカーに手をかける。必要なものは全部机の中にあるけれど。
咲子ちゃんがたった後に私も立つ。咲子ちゃんの後を付いていく。以下同文。私は金魚の糞。居場所はいつも咲子ちゃんの後ろ。
咲子ちゃんはなんにも言わないから迷惑はかけていないと思う。咲子ちゃんはいつも何も言わない。たまに後ろにいる私を見てちゃんと付いてきているのかを確認してくれる。優しい。その時、何か言いたそうな口をぎゅっと横に閉じている。
何か私に言いたいのかもしれない。でも私は咲子ちゃんが何も言ってこないから私のこれは迷惑行為じゃないって思う事にした。じゃないとこの居場所が無くなってしまいそうで怖かったから。
「玉木さん、私の後ろを歩かないで」
いきなり言われたこの言葉に私は目の前が真っ暗になった。
私はクソだ。だから糞以外の生き方なんか知らないのに。
彼女は私に泳げという。そんな無茶な。
次の日、咲子ちゃんは学校を休んだ。今まで1回も休んだことがないのに。これは本当にやめろという事か。
急に周りの人が視界に飛び込んできて、目まぐるしい。人の視線は糞にはとても痛い。
息が出来ない。だって息なんて今までしてこなかったから。だって私は糞だもの。息なんかしたことがないもの。息をしていたのは咲子ちゃんで。
あぁどうしよう移動教室だ。どうしよう。わからない。どうやればいいのかわからない。どうやって席を立てばいいの?どのタイミングで?どうすればおかしくない?
わからない。わからないよ。
考えているうちに教室には誰もいなくなってしまった。あぁ失敗した。やばい。私はやっぱりみんなみたいな泳ぎ方ができない。
その日、夢を見た。昔の夢だ。
懐かしい、私が咲子ちゃんの金魚の糞になった日だ。
私は女の子たちに何か言われていた。泳ぎ方の上手い、綺麗できらびやかな女の子たちだ。彼女達は尾ひれを悠々とたなびかせながら教室と言う名の水槽内を堂々と動く。そんな彼女達は私の教科書の見方が変なのだという。確かにおかしい。今思えば咲子ちゃんはそんなふうに本を見ない。
私は当時咲子ちゃんに比べて机に本を置いてかなり近くで背中を丸めて教科書を読んでいた。
女の子たちは言う。
「はやなちゃん、読み方変」
変ってなにが変なの。みんな少しずつ変わっているでしょう?そういう雪ちゃんは本を少し倒して読んでいるし、その隣の蒼ちゃんは私と同じで本を机に置いて教科書を読んでいる。なのに、なんで私のがダメなの。何がダメなのかわからないよ。
「私だったらあんなに本が近かったら文字が読めないよ」
じゃあ、どうだったら変じゃないの。
「咲子ちゃんみたいにすればいいのに」
そこで私は咲子ちゃんを見た。
彼女も本を読んでいた。
どこが正しいのかは分からなかった。でも彼女が正しいことは理解した。じゃあ、私は真似をすればいい。一から十まですべて彼女の真似をしてしまえばいい。そうすればそのどこかしらの私の変な所も真似て上書きされて消えるだろうから。
そうして私は咲子ちゃんのあとをついてまわるようになった。最初は嫌そうな困った顔をしていた咲子ちゃんも私のことは気にならなくなったらしい。それどころかたまに私に話しかけてくれる。嬉しい。とても嬉しい。
そのうち今度は咲子ちゃんの後ろをついてまわるようになったことで色々と言われるようになったけどあまり気にならなくなった。金魚の糞、なんてまさに私にぴったりだと思った。
次の日、咲子ちゃんは学校に来た。私は彼女の3歩後ろを行こうとして、立ち止まった。でも、咲子ちゃんは何も言って来ないからやっぱり私は今日も彼女の糞になる。
呼吸しなくていい、自分で泳がなくていいってやっぱり楽だから。