表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/54

 第7話 「スキル」

 ギルドからの帰りに、服屋に寄り、服や下着類を一式揃えた。

 地球の感覚に比べると、値段が高いのは仕方がない。機械による生地の大量生産、大量縫製が行なわれていないのだから。簡単なシャツでも、大銀貨、つまり、一万円以上する。


 アラトでも、江戸時代あたりの日本と同じく、古着が一般的だったが、エンゾが普通に新品を売る店に入ったので、ヒロトも古着屋の存在を失念していた。

 

 靴下が一般的なのは、ヒロトにとって、嬉しいことの一つだった。裸足で靴を履くと、靴の内部が痛みやすく、足もマメが出来たりと、良い事がない。地球人がイメージする靴下というよりは、日本の足袋に近いだろうか。ゴムが一般的ではないようで、足全体を締めつけるような構造ではないようだ。

 靴下も下着と同じく、5足分買った。


 靴は革製のブーツ。

 さすがに、靴はオーダーメイドで、すぐに出来るわけではない。型を取っただけである。手付金を払い、後日取りに来るとの約束をする。

 型を取る時、足に、ヒヤッとするゲル状のものを巻かれた。聞くと、スライムの死体を加工したものらしい。確かに、型紙に取っていくより、三次元的に型取りが出来る。こちらの方が便利そうだ。

 肉に加工された魔物を除けば、足の型取り用スライムが、ヒロトが異世界で遭遇した、魔物第一号となった。


 ブーツの値段は、大銀貨8枚、つまり、約8万円である。地球でも、ブランド物や、手作り職人の工房製作の靴はそれくらいか、もっとする場合もあるが、何てことのない、町の靴屋でもそれだけするのは、やはり驚きであった。


 一日で30万円以上使ったのではないか。


 「今日は、こんな高価なものを、大量に、本当にありがとうございます」


 「気にするな。大した額ではないわい」


 エンゾにとっては、本当に大した額ではないのだろう。ヒロトとしても、金になる仕事をしたいところだが、「順番を間違えるな」との言いつけもある。ある程度、魔術がモノになるまでは、金のことは、なるべく気にせずに、エンゾの厄介になろうと決めた。


 「杖とマントは今はまだいらんじゃろ。どちらも、わしのお古があるから、しばらくはそれを使うが良い。いずれ、世界一の杖を贈ろう」


 「あ、ありがとうございます」


 世界一の杖と来た。

 責任重大過ぎて、ヒロトの背筋がピンと伸びる。まぁ、ヒロトとしても、期待にそえるかどうかは分からないが、全力を尽くす気ではいる。



 帰り道、エンゾが言った通り、四人組の死体は影も形も無くなっていた。装備や財布などは近隣の百姓達の臨時収入になったのだろう。


 ヒロトは気になっていたことを、聞いてみる。エンゾに対しては、単刀直入が良い。エンゾもヒロトも、手間が省けるからだ。


 「師匠、アラトには、スキルと呼ばれるものはありますか?」


 「ある。スキルが無ければ、自分がどんな技術を身につけているのか、分からんではないか」


 「レベルは?」


 「あるに決まっておる。レベルが無かったら、スキルと同じく、自分の才能も分からず、無駄な努力に一生を捧げてしまいかねん。何でそんな当たり前のことを聞くんじゃ?」


 「地球には、スキルもレベルもありません」


 正確には、資格や技術など、似た概念のものはある。

 それに地球には、少なくとも「自由」はある。スキルやレベルに縛られることはないので、将来なりたい自分を「目指すこと」は容易だ。何しろ、スタート時点では、誰もが等しく将来が見えない状態だからだ。


 しかし――


 「何っ!? それでは、才能もないのに、何年も努力を重ねて、結果、何も残らず、何の技術も身に付かず――」


 「その通りです。短い一生の、大切な時間を無駄にしかねません」


 間違うと、取り返しはつかない。ヒロトの言葉には実感がこもっていた。


 「恐ろしいことじゃ…」


 確かにエンゾの言う通り、恐ろしいことである。たった一度しかない、短い人生を、最初の選択次第で、棒に振ってしまいかねないのだ。


 「一生懸命やれば、モノにならなくても、別の道で役に立つ」というのは、詭弁である。モノになる場所で一生懸命やる方が良いに決まっている。人生における無駄な経験が、すなわち全て無駄になるわけではないが、それは結果論であり、その時、その瞬間を生きている本人にしてみれば、挫折から立ち直るのにも、それなりの時間が必要となるだろう。「別の道」が正しい保証なんてどこにもない。そんな挫折を何度か経験すれば、一生なんてあっという間に終わってしまう。


 少なくとも、ヒロトが生きた2031年の日本は、人生における失敗や間違いを、簡単にリカバリ出来るような社会ではなかった。

 なぜなら、若い時期こそ、最も吸収力が高く、あらゆる才能が伸びる時期だからだ。その時期を逃すと……当然、巻き返しは難しいものとなる。


 あるボクシングの世界チャンピオンは、「引退した瞬間から始まった、生活の為の戦いの方が、遥かに厳しかった」と言ったという。一つの道で成功しても尚、である。


 一生とは、生まれてから死ぬまでの期間だが、自分の意思で道を選択できる時間は、実質、およそ30年ほどだろう。

 200年以上生きるエルフ族ならともかく、80年程度の人族にすれば、エンゾの言う通り、「恐ろしい」以外に表現のしようがない。


 「アラトでも、貧しい者や奴隷などが、スキルやレベルを無視されることはある。スキルやレベルを知るには、それを調べるスキルを持った者に『鑑定』を依頼せねばならん。それには、少なくない金が掛かるんじゃ」


 「なるほど」


 「食うにも困る生活をしておれば、自らのスキルやレベルを無視してでも、日々の食い扶持を稼がねばならん」


 ヒロトは食うに困らない現状を与えてくれたエンゾに感謝する。

 逆に言えば、地球における労働者の多くは、日々の食い扶持の為に、スキルやレベルを無視している、ということになる。


 地球人は宿命に従う奴隷のようなものかも知れないとヒロトは思った。いっそ、スキルやレベルが支配するアラトの方が、宿命の度合いとしては低いのではないかと。


 スキルやレベルを宿命とするなら、生きる指針、あるいは、生きる道が決まっているアラトの方が、宿命の度合いは本来高いはずである。それなのに、現実にはアラトの方が、その度合いが少ないように感じられるのは、ヒロトとしても、奇妙なことであった。


 「(つまり内的要因か、外的要因かの違いか)」


 エンゾが言った、奴隷であることや貧乏であることは、犯罪奴隷などの例外を除けば、基本的には、本人にはどうすることも出来ない、外的要因である。犯罪奴隷ですら、金に困って罪を犯した者にすれば、外的要因になるだろう。ようは、内的な葛藤が少ない社会というわけだ。


 地球の社会が、さらに恐ろしいのは、仮に才能がある分野でモノになったとしても、科学技術の進歩で、身につけた技術や知識が、一夜にして陳腐化する可能性もある点だ。

 

 高度に科学技術が発達した社会とは、才能のある者が、才能を発揮できる分野で、先へ先へと推し進めていく社会である。

 才能が新しい世界を作るのだ。

 それは、あらゆる分野で同じことが行なわれる。そうやって、科学文明は進歩していくのだ。


 しかし、世界は才能のある者だけで構成されているわけではない。

 才能のない者や、加齢により付いていけない者はどうなるのか。


 ひたすら取り残されていくのだ。


 別に、ヒロトは地球とアラトの社会を比べて、評論家を気取ろうというわけではない。地球の日々進歩していく社会は、ヒロトとしても嫌いではなかった。あくまでも、アラトで、アラト人として実りある人生を歩む為の、傾向と対策を練っているのである。


 ヒロトの希望が、内政チートに向かない理由は、そんなところにあるのではないか。アラトの社会を変革したいとも思わないし、地球化するつもりもないのだ。


 「(まぁ、魔術に地球の知識は盛り込むけどね)」


 ふと、「自分にも何かの才能があるはずだ」と、かつて、可能性という名の「呪い」にかかっていた過去が思い出された。それは、厨二病や青臭い類のものではなく、日本の社会が持つ、根源的な恐怖からの逃避ではなかったか。


 ヒロトは全ての可能性を諦めることで、呪いから解放されたが、生きることは、本来、そんなALL or NOTHING的な博打ではないはずである。



 「ちなみに、師匠は『鑑定』のスキルは?」


 気になっていたことを聞いてみる。


 「わしは持っておらん――というより、『呪い』によって、取得出来んのだ。魔眼の巫女との取引でな」


 「ど、どういうことでしょうか?(……魔眼?)」


 ヒロトが文明社会における『呪い』について考えていた時に、恐るべきタイミングで、アラトにおける『呪い』についての話が出た。


 「まだ、自分のスキルも分からぬ頃の話じゃ。その時、わしのスキルは何個かあったようじゃが、その中で『鑑定』が一番スキルレベルが高かった。それと引き換えに、遠い未来を見た。わしには魔術の才能があると言われた。それ以来、魔術に全てを捧げてきたぞ」


 「未来視の『魔眼』ですか……」


 「ま、当時、『英雄』と呼ばれておった男に騙されて、巫女との取引に応じてしもうたんじゃがな」


 他人のスキルやレベルを『鑑定』することと、自分のスキルやレベルを知ることは、違うことらしい。『鑑定』が無くとも、自分のスキルやレベルは分かるようだ。つまり、『ステータス』である。


 『ステータス』があれば、自分のスキルは知れるので、特に不便はないのだろう。『鑑定』は強力なスキルだが、生き方によっては、不要と言えなくもないので、考え方次第ということか。


 「(こうなると、師匠は『効率厨』という認識も、ちょっと違う気がしてきたな)」


 才能のある分野で、その道に邁進してきただけ、という見方も出来るし、アラト人として、ごく当たり前の行動をしてきたに過ぎない、とも言えるのだ。一見、地球にいた、才能のある人たちと同じようで、微妙に違う気がした。


 「(今はその違いが分からないけど、いつか分かる日が来るかな)」


 「自分のスキルやレベルはどうやって分かるのでしょうか」


 「声が聞こえるという者もあれば、目を閉じた時に、瞼の裏に、文字で記されるという者もある。人によって、千差万別よ」


 国や宗教、経済事情や、家庭事情など、様々な問題は捨て置ける条件ではないが、少なくとも、名目上はあらゆる可能性を目指すことが出来る地球。

 一方、スキルやレベルによって、効率的ではあるが、自由度は少ないアラト。どちらが優れた社会なのか、簡単に答えが出る問題ではないだろう。


 これから先、地球とは関係のない、アラトで生きて行くヒロトだが、こうした文化比較的な考察は、一生付きまとう、ある種、宿命のようなものなのかも知れない。


 「わしの場合、レベルが上がると、多幸感と共に、この竜魔石が光るんじゃ」


 エンゾは杖の上部にはめてある魔石をヒロトに見せる。魔石は、一見、それほど大きくないように見えるが、良く見ると、実際はかなり大きい。木の部分の内部に魔石の大部分が隠れており、見えているのは魔石の一部のようだ。『竜魔石』と言うからには、竜の魔核を加工したものだろう。ヒロトの厨二病的な部分が「竜」という言葉に反応する。


 「いざと言う時には、蓄えられた魔力を利用することも出来るし、火と風の魔術の攻撃力をアップさせる効果もある、便利な杖じゃ。スキルとレベルは目を閉じて、集中すると、脳裏に浮かんでくるぞい」


 「何か、とんでもないことを聞いている気がします」


 実際、アラト人にとって、スキルやレベルは、個人情報の中でも、最も重要で、秘匿すべき情報とされている。エンゾはヒロトを信用しているので、あっさり話しているだけである。


 「しかし、話してみんと、分からんもんじゃな。地球人には、スキルもレベルもないとは。何を指針に生きて行けば良いのか、想像しただけで、不安になって来るわい」


 「……」


 ヒロトに返す言葉は無かった。

 ヒロトにとっての37年は、茫漠たる暗い夜の海を、何の指針もなく、彷徨うような人生であった。不安など、とうの昔に日常となり、無神経を装って、感情を遮断していただけである。


 エンゾに地球人を揶揄するつもりは微塵もないだろう。ただ、感じたことを言っているに過ぎない。

 アラトにはアラトの、生きて行く上での、不安や苦しみ、不条理や理不尽が多くあるはずだ。それらは全て、これからヒロト自身で体験して行くことになるだろう。


 ヒロトは喜びも悲しみも、希望も絶望も、勝利も敗北も、出来ることなら、全てを味わい尽くしたいと思った。それらは本来、全てヒロトのものであるはずだからだ。



 「そう言えば、多分、ギルド長が『鑑定』を使っていましたが、他人のスキルやレベルを知るには、『鑑定』の他に、何かありますか?」


 「なっ、ダグがか? それはまことか?」


 本名はダグラス・シーバー。人族とエルフ族のハーフである。年齢は139歳でS級冒険者でもある。「ギルド長」という言葉通り、正真正銘、ユリジア王国における、冒険者ギルドのトップである。

 ダグラスがホラントという、比較的小さい町の冒険者ギルドにいたのは、新しい支部長の任命の為と、空席である支部長の穴を埋める為である。(元)支部長が行方不明になっているのである。そこにエンゾが現れたのは、タイミングが良いのか悪いのか。


 ギルド長の『鑑定』は周囲には秘密のスキルだったようだ。

 正確には、「鑑定(生物)」であるが。

 S級冒険者でもある『大魔導師』エンゾ・シュバイツが弟子を連れてきたのだ。そこで、ヒロトに興味が湧いたというところだろう。

 ヒロトが思ったのは、殺すつもりのない相手には、なるべくスキルを使うべきではないということ。今回のように、バレることがあるからだ。


 「ええ、私の魔力が、恐らく『鑑定』と思われるスキルに反応しました。一瞬ですが、私を『鑑定』したようです。感じとしては、一瞬、身体をギルド長の魔力が通過したような印象ですね」


 「あやつめ、『鑑定』のことを、わしに黙っておったな。うむ、そう言われて見れば、いろいろと腑に落ちる出来事が思い出されるわい」


 エンゾは「くそ」、「許せん」などとブツブツ言っている。


 「ああ、スキルだったの。スキルとは別に『魔眼』があるが、それは置いておこう。一般的なスキルとしては、他に『解析』があるの。お主を見たのは、一瞬だったんじゃろ?」


 「はい」


 「『解析』は『鑑定』よりも時間が掛かる。『鑑定』なら、レベルによっては、一瞬で見ることが可能じゃ。『解析』は、起きた現象に対して発動するスキルじゃ。何もしておらぬお主を見ただけなら、『鑑定』で間違いなかろう」


 エンゾが言うには、『鑑定』は直接、対象をスキャンするイメージで、『解析』は、どんな魔術が使われたか等、起きた現象から分析するイメージとのこと。どちらも厄介だが、何もしていなくても、ステータスが知られてしまう『鑑定』は、かなり強力なスキルと言えよう。


 「『鑑定』で知られる情報には何があるのでしょうか」


 「正確なところは、家に帰って書物をあたりたいが、人物を鑑定した場合、(1)名前・種族、(2)レベル、(3)スキル、(4)魔力容量、(5)生命力、あたりが基本情報だったはずじゃ。スキルレベルが上がるほどに、知れる情報は増えていく」


 「種族:地球人」、「種族:流人」などと表示されたら大変だが、ギルド長の表情を思い出すに、その可能性は低いだろうと、ヒロトは判断した。もちろん、自身の対人スキルが低いことは承知しているので、ギルド長がポーカーフェイスを貫いた可能性はある。しかし、これで騙されたら、素直に降参しようと思った。


 「レベルもスキルもまだまだ低いと思うので、問題ないと思いますが、魔力容量について、気になりますね」


 「うむ、それが『鑑定』スキルが、極悪スキルと言われる所以じゃ。何しろ、戦いながら、相手の残存魔力が分かる」


 つまり、敵の残存魔力が多いうちは、離れてちくちく攻撃し、少なくなってきたら、数に頼んでタコ殴りにしようということか。確かに鬼畜スキルであった。

 

 ヒロトはゴクリと息を飲む。


 これが現実とゲームの違いだろうかと、ヒロトは改めて思い知った。現実では、頭の上に、ステータスが表示されているわけでも、体力ゲージが見えるわけでもないのだ。見えたら、それこそ、家に引きこもるしかなくなるだろう。

 しかし、『鑑定』はそれが(つまび)らかになるスキルなのだ。極悪スキルというのも理解できる話であった。


 マギバッグも同様である。ゲームをやっている時は気付かなかったが、現実に手にしてみると、ヒロトは、流通革命すら起こせそうな気がしてくるのだった。


 「いや、私の場合、どういう風に『鑑定』されたのかな、と思いまして」


 「どういうことじゃ?」


 「例えば、今の私の魔力容量だと、展開できる石弾の数はこんなところです」


 20発ほどの石弾がヒロトの側面に10発ずつ展開された。一発一発が空中でゆっくりと回転している。


 「素晴らしい展開速度じゃ。しかも、魔法陣も使わず、一発一発の石弾が、硬く、全く同じサイズ。約20発と言ったところかの」


 魔法陣は、予めサイズや重さを指定しておくことで、同じ規格のものを大量生産するのに向いている。ヒロトは弾丸と言えば、ワドスで検索した、「7.62×39mm弾」しか知らないので、逆に、容易であったのかも知れない。


 「はい。20発ほど展開しましたが、感覚的には、30発だと、体内魔力が底をつきそうな気がします。つまり、戦いの中で展開するなら、20発が限界でしょう。慣れれば、もっと増えるでしょうし、魔法陣を使ったり、予め用意した石弾を利用するなら、もっと数は増やせそうですが、100発以上は無理かと」


 「石弾の質と展開速度に振ったわけか。流人にしては、少ない気もするが、まだ17歳。今まで通り、魔力の集中と霧散を繰り返しておれば、容量も増えるじゃろうて」



 「しかし、こんなことも出来ます」



 ヒロトの言葉を合図に、ブワッと周囲の砂粒や土が空中に舞い上がる。小さな砂粒の一つ一つが意思を持っているかのように、規則的に運動している。


 「なっ!!」


 「多分、2000発ほど展開されたはずです」

 

 凄まじい展開速度であった。2000発の弾丸が、体感的には、ほとんど瞬時に展開されたのだ。しかも弾丸は予め用意されたものではない。今、この場で作ったものである。


 ヒロトの背後に浮かぶ石弾約2000発。50発×20発の升目のようなものをイメージし、それをヒロトの両側面に横に展開してみた。その一発一発がゆっくりと回転している。ライフリングを模したのだろうか。回転する石弾が、発射の瞬間を急くかのように、前面の敵を威嚇する。


 「こっ、この数は……」


 「石弾では、あまり実用的じゃないかも知れませんが、面制圧には使えそうです。この数くらいなら、最初の2000発を発射している間に、次の2000発を準備できますから、実質、何万発でも可能です」


 重量にして、20kgほどの土砂である。陳腐とは言えないだろうが、見た目ほど大層な技でもない。

 しかし、その展開速度が異常であった。一瞬のせめぎ合いが生死を分かつ戦場では、展開速度こそ、もっとも重要なものと言える。


 「くっふっふっふ……体外魔力か?」


 「その通りです」


 さすがは『大魔導師』である。ヒロトとしても、話が早い。


 「朝、お主が魔力の集中をしている時、凄まじい魔力を感じての。さすが流人、大した魔力容量じゃと感心しておったんじゃが、先ほどの20発の展開で、ちと違和感を持った」


 「思ったよりも、少なかったと」


 「左様。じゃが、今、納得できた。お主、最初から、体外魔力を吸収する訓練をしておったのじゃな」


 「はい。もちろん、大気中の魔力は、体内魔力より密度が薄いですが、それでも、全身で体外魔力を吸収することで、2000発の石弾を高速展開させる程度のことは可能のようです」


 それでも、直接体内魔力を使う場合に比べて、一旦、体外魔力を吸収した後に展開するのだから、遅いのは確かである。工夫が必要だろう。今は常に魔力の集中と霧散を繰り返すことで、いつでも展開可能な魔力があるが、エンゾやギルド長には、気付かれた。ヒロトとしても、他にも手を考えたいところであった。


 「普通は、魔力容量を増やす方向に発想が行くもんじゃがのぅ」


 「転移ではなく、転生だったら、その発想に行ったかも知れません。しかし、私の場合は転移。17歳だと、身体も十分育っているし、魔力容量を増やすのは、不安がありました」


 あくまでも効率の問題である。ヒロトは現在、アラト年齢で17歳くらい。魔力容量の成長期が終わっている可能性もある。その場合、バルクアップ的な、魔力を空にする訓練は、時間の無駄になるかもしれない。人族の寿命は短い。エルフ族のような長命種族がいる世界で、タメを張って生きるには、わずかな時間も無駄には出来ない。ヒロトは、必然的に「効率厨」なるしかないのだ。


 「それにしても――わしがお主に見せた魔術は、召喚錬成と、水の召喚を除けば、まだ、『石弾』ただ一つじゃ。それをここまで高めるのか……」


 「私を『鑑定』した場合、体外魔力の分は、魔力容量、あるいは残存魔力として見られてしまうのでしょうか」


 「その心配はいらんじゃろう。お主が2000発の石弾を用意した場面を見れば、気付くとは思うがの」


 「安心しました。いずれバレるのは構いませんが、今のところは、何となく、知られたくありません。『鑑定』で見られるなんて、してやられた感じですし」


 ヒロトは展開した2000発の石弾をマギバッグに集める。せっかく作ったのに、ただ捨てるのは勿体無い。弾丸はあればあるだけ望ましい。いっそ、マギバッグの容量一杯作ろうかと思ったほどだ。入れる物を新たに追加するたびに、不要な弾丸を捨てて調整しても良い、などと考えていた。

 

 火薬ケースもなく、メタルジャケットでもない、石製の弾頭部分のみの為、石弾は一つ約10g。2000発で20kg。100kg=一万発くらいは、常時、持ち歩くのも悪くない。屋外ならともかく、室内だと、材料を集めるのに苦労するかも知れないからだ。


 「何だか、今日は驚き疲れてしまったわい」


 疲れたと言いながら、エンゾは楽しそうである。

 傍目には、二人はどう映っているのだろうか。

 年寄りエルフと、若い人族が少し歩いては立ち止まり、何やら熱く話し込んでは、また少し歩く。それをひたすら繰り返している。

 何とも奇妙な二人組に映っているのではないだろうか。


 「ただ、スキルのことは早急に対策を練る必要があります。現状、『鑑定』はおろか、自分のレベルやスキルすら、知る術がありませんから」


 「『ステータス』か。お主の『ぶれぴー』を利用できんかの?」


 「ッ!」


 その発想はなかった。もちろん、ブレピーにそんなアプリを仕込むなんて出来るわけがない。しかし、腕輪型というのは、デザイン的にも魅力的に思えた。幸い、ヒロトの右手首はフリーであった。


 魔力を込めると、幅2cmほどの腕輪が簡単に出来た。


 「(これ、石弾と同じく土魔術だよな。何か俺、普通に魔術を使えちゃってるな……。ほとんど、やりたい放題、自由自在だぞ……)」


 デザイン的には、ブレピーとほぼ同じである。

 ただし、その辺の小石や土から作られた為、色が何とも――美しくない。滑らかな光沢こそあるものの、中間色というか、斑っぽい色というか。

 ヒロトが腕輪の色について「むぅ…」と悩んでいると、エンゾが驚いた声で聞いてきた。


 「美しい色じゃな。この辺りの小石から作られたとは思えん。それに、ただの土魔術で、その光沢は一体どうやって出すんじゃ?」


 なぜか、エンゾの目には美しく映ったようだ。ヒロトはアラトの美的感覚を身につけるには、まだまだハードルを何脚も越えなければならないと気持ちを引き締める。


 「小石や土を磨り合わせるようにして集めると、小石同士の摩擦で、凹凸が削れ、均一になります。その所為でしょう」


 「なるほどのぅ。魔核を磨くのと同じようなことか……」


 何とも物欲しそうなエンゾの目が痛い。


 「師匠、腕を貸してください」


 エンゾが腕を差し出すと、ヒロトは両手でエンゾの手首を包む。すると、小さな砂粒が、三次元ワイヤーフレームのように大まかな形を決め、そのワイヤーにどんどん砂粒がくっついて、腕輪の形に整えられてゆく。


 「おぉおおおっ!!」


 例えば土魔術で腕輪を作る時、アラトの魔術師たちはどうやって作るのだろうか。ヒロトにはその知識が無い。アラト人にとって、ヒロトの土魔術は、余程珍しかったのだろうか。エンゾの興奮は尋常ではない。


 「大丈夫だとは思いますが、もし、摩擦熱で熱くなったら、火傷しないように、腕を保護してください」


 形が出来たら、細かい砂粒で、表面を磨いてゆく。イメージするのは、超小型ハンドポリッシャーによる工業用研磨。砂粒よりも小さい粒が、直径数センチの竜巻を形成し、腕輪の表面を撫でてゆく。研磨する砂粒を極限まで小さく、均一に、鏡面加工を目指す。

 

 「(風魔術もか……。属性とか関係ないっぽいな……)」


 砂粒をどんどん小さくしていくと、ツルツルとした、光沢が浮いてきた。反射率は到底、石とは思えないほどである。


 「まぁ、これだけでは、何の機能もありませんがね」


 「構わん。見てくれだけでも、十分に美しい。それに――」


 エンゾはかなり気に入った様子だ。出来上がりは、作ったヒロトも満足である。光沢はヒロトの腕に巻かれたものの比ではない。色はともかく、サイズがブレピーとほぼ同じだというのが、エンゾの物欲を満たしたのかも知れない。


 「――機能は、自分で『付与』すれば良い」


 エンゾがニヤリと笑う。

 その笑顔が、どこか、「魔術師」の誇りのようにも思えて、ヒロトは見とれてしまった。

 

 魔術師とは、クリエイターと同じような人種なのかも、とヒロトは思った。ヒロト自身は、何かを作って遊んだ記憶がほとんどない。ヒロトは貧しいながらも、良き消費者ではあった。しかし、生産者ではなかったのだ。

 ヒロトが何かを作って「楽しい」と感じたのは、もしかしたら、初めてかも知れない。エンゾの嬉しそうな顔が、「楽しい」という気持ちを、より高めてくれているようだ。

 もの作りの楽しさとは、その辺りにあるのだろう。


 「私は、この腕輪に、自分のレベルとスキル一覧を表示させたいと思います。魔力を込めた時に、任意で表示されるように。まずは、どうやって自分のスキルを表示させるのか、仕組みを考えることから始めます」


 「面白い。わしは、回復系の魔術を『付与』しようかの」


 「『付与』? 改造ではなく、そんなことが出来るのですか? 魔石は付いてないですよ」


 「魔石と魔法陣で魔道具化するのではなく、『祝福』を『付与』するイメージじゃな。教会が信者に配るお守りに近い。『付与』もスキルの一つじゃ」


 魔道具と『付与』の違いが良く分からない。

 しかし、面白い。

 ヒロトにとって、魔術とは全てこんな感じだ。

 実質、異世界一日目である。

 魔術のことも、アラトの常識もほとんど何も分からない。

 『付与』も『祝福』も、後で調べる必要がありそうであった。

 それに教会も。


 教会のお守りは、プラセボ効果などではなく、『祝福』という、実効力があるようだ。魔術のある世界の教会とは、一体どういう存在なのだろうか。

 ヒロトの興味を掻き立てる情報が、次から次に湧いて来て、どうにも対処できない。制御不能の好奇心を持て余す経験など、37年の人生を思い返しても、記憶に無かった。


 「わしは回復魔術を使えるから、本来は必要のない付与じゃが、何か付与しておくと、ただの飾りではないと思える」


 「なるほど」


 ヒロトは納得した。

 言っていることは分かる。つまり、端末ストラップのようなものかと。端末ストラップにストラップとしての意味はほとんどないが、ストラップだと思うことで、ただの飾りではないと思えるわけだ。ヒロトは、飾りとはそういうものかも知れないと感じた。


 その後も、エンゾ邸までの道すがら、二人の好奇心の赴くまま、話題が尽きることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ