第45話 「個人商店主の底力」
ヒロトはゆっくりとソファに腰をかける。
物理結界による『魔力障壁』の確認はしない。
既に展開している三枚で十分だ。
それに、結界は目に見えない。
せっかく見えない魔術を展開しているのに、魔力異常を感知され、魔術の詳細を知られれば、どんな反撃を食らうか分からない。
だから――
「アクティブ、パッシブ合わせて179個のスキルですか。正直、驚きました。度肝を抜かれたと言っても過言じゃありません」
言いつつニヤリと笑う――と思っているのはヒロト本人のみ。実際のところは、不自然に引き攣った笑顔で、表情筋に無理をさせているだけである。
アクティブスキルとパッシブスキルは口から出任せである。ヒロトの『鑑定』は無印だが、レベルは2であり、知れる情報はスキルに関しては数のみ。
ただのハッタリ。
だが、それが失言。
「今、一個減って、178個になりましたよ。『魔導礼賛』謹製の『ステータス偽装』が消費されましたから。これ以上の『鑑定』は勘弁願いたい」
ニコリとハメドが笑う。
『ステータス偽装』はスクロールなので、失われる度に金が必要だが、安価である(約5000円)上に有用だ。
『魔眼』以外の鑑定系スキルを弾くことが出来るし、『鑑定』を受けたこと自体を察知することが出来る。
また、新しいスキルを更新するたびに、『ステータス』の内容を上書き保存することも出来る。
例えば、実際には『スキル奪取』Lv1を取得したにも関わらず、『ステータス偽装』で改竄することによって、『スキル防壁』Lv1を取得したように見せることも可能なのだ。スクロールは使い捨ての為、一度でも『鑑定』を受ければ、『ステータス偽装』は消費されリセットされてしまうが。
ハメドの「これ以上の『鑑定』は勘弁願いたい」という言葉は、次に『鑑定』されたら『ステータス』が丸裸にされるので、止めてください、という意味である。
ヒロトに釘を刺した形か。
「(特殊なスキルは全てクズスキルに偽装していたが、数についてはノーマークだった。確かに一般人からすれば、スキル数179は多すぎる。クソッ)」
まさか、初対面でいきなり何の躊躇もなく『鑑定』してくるとは思っていなかったのだ。
無断で『鑑定』を発動するなど、「失礼」を通り越し、「無茶苦茶」だからだ。
アラトにおいて、「握手」はステータスを見たければどうぞ、という意味が込められている。つまり、そういった前段階における相互の了解が必要なのだ。
もし、それを無視して『鑑定』を試みるなら、それは敵対者であることを宣言していることと同義である。
ハメドの目に、ヒロトはどう映っただろうか。
ドキドキドキドキ(ハメドの心臓の音)
「頭のおかしい魔術師」である。
ヒロトが魔術師として優秀なのは疑う余地はない。「英雄」エンゾ・シュバイツの直弟子なのだから。見た目は若いが、戦闘能力も宮廷魔術師程度は超えてくる可能性は高い。
その上、頭がおかしい。
ダラダラダラダラ(ハメドの冷や汗が流れる音)
「まずは謝罪から。申し訳ありませんでした。初めて会う人には、つい、癖で発動してしまいます。生来、気が弱い所為でしょうね。お恥ずかしい。(やべ、『魔導礼賛』も『ステータス偽装』も何を言ってるのか分からん。『ステータス偽装』が消費された、ってどういう意味だ? 『ステータス偽装』は使い捨てスキルなのか?)」
何と、ヒロトは「魔導王」イブン・アブドゥラヒム率いるクラン、『魔導礼賛』が開発した『ステータス偽装』を知らなかったのだ。
「(スキル名が分からないことがバレたか?)」
ヒロトは知らないことが、実は、通常、『ステータス偽装』だけは「スキル数に含めない」という、暗黙の了解がある。単に、スクロールを使った使い捨てスキルだからだ。
ヒロトはアラトに来て一年近くが経つが、ほとんどエンゾとしか付き合いがない。それはそれでヒロトにとって僥倖と言えるのだが、その分、世間一般の暗黙のルール的なことに疎いところがあるようだ。
状況としては、頭のおかしいヒロトに対して、ハメドは内心ガクブルという状況。
そもそも、ハメドとしては、どうして「179個」なのか分からない。
もし、ヒロトがスキル名を確認していれば、『ステータス偽装』を持っていることに気付くだろう。残念ながら、『ステータス偽装』を『ステータス偽装』で改竄することは出来ない。
つまり、「179個」ではなく、最初から「178個」と答えるはずなのだ。
「実は、『鑑定』はレベル2でして、スキル名までは知れないのですよ。ちょっと見栄を張ってしまいました」
笑いながら頭をかく。
ヒロトとしてはもう嘘はつかないし、つけない。
ハメドの目が驚きで見開かれる。
見た目にも動揺していた。
そのことが、ヒロトに自身の直感が正しいことを知らせる。
「魔力容量が少なすぎて、どうにも『鑑定』のレベルが上がりません。ハメドさんの容量が羨ましい」
これも嘘ではない。
「ッ、どういう……いえ、何と言いますか……、エンゾ殿とはどういった縁で知り合われたのでしょうか?」
目の前の若い魔術師は、初対面の相手に、どうして惜し気もなくペラペラとスキルや魔力容量について語っているのか。
『鑑定』のレベルはともかく、魔力容量は魔術師にとって、極秘情報のはずである。
「師匠の『シュバイツ大森林』で行き倒れているところを、拾ってもらったのです。もう少し遅れていたら、魔物に食われてしまって、今こうして生きてはいなかったでしょうね。師匠には感謝しています」
嘘はついていない。
ヒロトはあるスキルを恐れているのだ。
だから嘘はつけないし、つかない。
スキル『看破』。
嘘を見破るスキルだ。ヒロトが発した言葉に含まれる嘘を『看破』するスキルなので、ヒロトの『魔力障壁』には引っ掛からない。つまり、防ぎようがない。
一方、ハメドはヒロトの言葉に『看破』が反応しなかったことに衝撃を受けていた。
『鑑定』は三種類あるが、そのうち『鑑定(生物)』と『鑑定(非生物)』をハメドは持っている。スキルレベルはどちらもMAXのレベル10。
ハメドも『鑑定(無印)』は知識としては知っているが、自身が持っていないし、珍しいスキルなので詳しい条件をハメドは知らない。もしこの時、ハメドが『鑑定(無印)』を詳しく知っていたなら、ヒロトの魔術的背景を知る手がかりになっていたかも知れない。
『鑑定(生物)』のレベルアップ条件によれば、レベル2は魔力容量約1000である。レベルは魔力容量約500ごとに上がっていく。もちろん、経験値も必要で、合わせて必要十分の条件となる。
つまり、ヒロトの魔力容量はおよそ1000以上、多くても1500以下ということになってしまう。 それがハメドの『解析』結果だ。
ゆえに――
「(……あり得ない)」
正直なところ、1500以下の魔力容量で、「英雄」エンゾ・シュバイツの直弟子というのは、ハメド・ノーランにとって信じられないことであった。
宮廷魔術師に求められる魔力容量が1500~2000と言われている。18歳で1000以上1500以下というのは悪くない数値だ。成長期が終わるまでに、2000くらいは行くかも知れない。
だが、平凡。
普通に存在するのだ。
割とどこにでも。
「(俺が17~18の頃には、5000を超えていたぞ)」
確かにハメドは若い時分、あらゆるモノを鑑定しまくり、経験値を積み上げた。将来、ギフトを使いこなす為に、魔力容量を増やす努力もした。
それでも尚、「英雄」エンゾ・シュバイツの直弟子というのは遠い存在だ。
「英雄」エンゾ・シュバイツがそんなどこにでも普通に存在する、平凡な青年を直弟子にするだろうか。
弟子はおろか、家庭教師ですら受けないというのが半ばユリジア王国における常識なのに。
「……怖い人だ、貴方は」
「どういうことでしょうか?」
嘘をついていないからだ。
ヒロトが『看破』を見破っているからではない。
『看破』は人と接する機会が多い職業の者なら、持っている者は多い。レベルを問わなければ、という条件はつくが。
「……」
いずれにしても、ハメドがヒロトを恐れたのは『看破』が見破られたことではない。
ハメドが恐れたのは、ヒロトがハメドのことを全く恐れていないこと。そして、『看破』を察知して以降、一つも嘘をついていないこと。
「(『鑑定(生物)』はレベル2でも、確か、魔力容量とスキル数は知れたはずだ。俺のステータスは並みの者なら圧倒するに十分な数字だろう)」
だが、全く恐れていない。
馬鹿ではない。
なぜなら、ハメドが話題をエンゾと知り合った経緯に突然変えたのに、嘘をついていなかったからだ。
これが意外に難しい。
もし、嘘をついていれば『看破』が見破るし、嘘をついていなければ、ヒロトが言ったことは真実になる。
『看破』と『解析』を駆使すれば、何を隠しているのか、おおよそを知ることが可能だ。
ヒロトが言っていることが真実なら、ハメドには窺い知れない秘密がヒロトにはあることになる。そうでなければ、エンゾ・シュバイツが直弟子にするわけがないのだから。
つまり――
「ヒロト殿は本当に強いということですね。しかも、私を躊躇なく殺す胆力もある。これだけの屋敷に住む主を消しても、それが通ると思っている。その程度のことは握り潰せると」
「そんなわけないでしょう。それ、どこの無法者ですか」
ははは、と笑うヒロト。
「い、今、か、『看破』がヒロト殿の嘘を、見破りましたよっ!」
――そういうこと。
ヒロトは都合が悪くなれば、最悪、目の前の男を殺せば良いと思っているのだ。
敵意も害意も関係なし。
自分に都合が良いか悪いか。
現時点では、『魔力障壁』と『魔力ドレイン』で迎撃体勢を取っているだけだが、もし結界が1枚でも破られたら、次の瞬間、殺す用意はしている。
しかも、ヒロトの場合、その時点になって躊躇したり、考えることはしない。ハメドを殺す為の魔術が自動で発動するだけだ。
「いや、そんなつもりは……」
「今さら何ですが、これでも商人の端くれ。不当な暴力に屈しない覚悟はあるつもりですよ」
ユスリ、タカリの類と思われているのか。
ヒロトは狼狽を隠せない。
「なっ、何を言い出すのですか? 私はここに商売の用で来たのですよ? あとは、スキルについて、いろいろとご教授願えたらと」
「……」
嘘はついていない。
ハメドは全く意味が分からない。
目の前の若者は一体、何を言っているのかと。
「本当です。嘘はついてないです。具体的には、スキルドレイン、スキルコピー、スキル付与などについて、ご存知のことがあれば、教えて欲しいと」
「……」
目の前の青年と話が通じているのか、通じていないのか、ハメドはだんだん頭が痛くなってきた。
俺をどうしたいのかと。
「それと、私も今後商売で人の手が多く必要になるので、ハメドさんがどういう商売をしているのか、詳しくお聞きしたかったのです」
それだけですよ、とヒロトは付け加える。
「……私は個人で奴隷商をやっております。既にヒロトさんもご存知の通り、私は他人のスキルに干渉する特殊なスキルを持っています」
ヒロトが『看破』を持っていない保証などない――否、恐らく持っているだろう、とハメドは考える。
ハメドとしても、嘘はつけない。
嘘をついて、変にヒロトを刺激して大変な事態になれば、もはや取り返しがつかない。
ゆえに、怖くて『鑑定(生物)』も発動出来ない。
「(な、何も出来ない……?)」
少し考えた後、ハメドは会話を続ける。
窮地を脱する突破口を見つけたような気がしたのだ。
「……なるほどですね。ヒロトさんがやる商売とは、具体的にはどんな商売なのでしょうか? 何人必要で、どういったタイプの奴隷が必要なのか。それをお聞きしたい」
スキル云々に関しては後回しだ。
多少強引だが、話題を「スキル」云々から、「商売」へと変える。
シャツの背中は既にグッショリである。
「馬鹿でない頭と、ノロマでない運動神経があれば十分です。年齢も性別も種族も問いません。前職は……参考までに知っておきたいですけど、まぁ、基本的には健康なら問題ありません」
ヒロトは商売の内容をボカす。
ウェイバンから伝わっている可能性はあるが、全容は知らないはずだ。ハメドとしても、買い手の事情は知りたいはずだが、ウェイバンがまともな営業なら、重要な部分は隠しているはずであった。
「納品希望はいつでしょうか?」
「(掛かった!)『納品』――ですか、そうですね、早ければ早いほど良いですね。出来れば今すぐにでも」
「今すぐには難しいですが、奴隷の質を問わなければ、明日にでも納品可能ですよ。出来れば一週間くらいは欲しいところですが」
間違いない。
ハメドは『スキル譲渡』か『スキル付与』を持っているのだ。
その証拠に、ヒロトの商売の内容を聞く前に、ドンと胸を叩く勢いで、対応可能だと言い切った。
商売人には、相手の希望する「商品」に対応出来ることを誇るという特徴がある。性分と言っても良い。
駆け引きはその後の「金」のやり取りでやるのだ。
ただし、限度がある。
ヒロトに対して気を使っている可能性もあるが、いくら何でも、スキルが必要な職業だってあるのだ。
即日対応、翌日納品、などということが出来るわけがない。
「それは有り難い! 今から仕入れにいくのですか?」
「いえ、別棟に即売可能の奴隷を数人用意してあります」
数人が限度のはずだ。
個人商店の場合、在庫が多すぎては「倉庫代」がかさみ、儲けが減る。
せっかく『スキル譲渡』などというチートスキルを持っているのだから、もっと効率的にスキルを使うのが常道だ。
「さっそく見に行きましょう」
「お願いします」
二人がソファから腰を上げた。
その時、ヒロトの拡げた索敵用結界が反応した。
「(『通信』か)」
相手は執事の青年だろう。
たった2つしかスキルを持っていない青年である。ヒロトの魔力網に気付くはずがない。しかも、ヒロトの索敵用結界は指向性を持たせることが可能なので、ハメドに気付かれる心配もない。
ヒロトは脳内のマップ上で青年の行く先を追いつつ、別棟に向かうハメドの後を着いていく。
「(あ、そういや『通信』のわけがないな。『通信』なら、受信側にも何らかのスキルが必要のはずだ。『念話』系?)」
屋敷の隣の別棟、おそらく奴隷用の宿舎と思われる建物の入り口に、執事の青年が立っていた。
「中で待機させてあります」
「ありがとう、ラグ」
ヒロトの前にズラリと並んだ奴隷たち。
種族も年齢も様々である。
ヒロトがかつて見たり聞いたりしてきたテンプレ奴隷のイメージも多少はあるものの、漂う世紀末的な雰囲気はない。奴隷本人たちにしても、自分は「商品」なのだと割り切っている様子。
出自も、種族も、奴隷となった経緯も十人十色だろうが、なるほど、悲惨なだけの制度であったなら、そうそう長く続くことはあるまい。
「10人以上いますね」
「はい。端の女2名は奴隷たちの食事の世話などをやらせているメイドなので、売り物ではありませんが」
「なるほど」
10人以上にもなれば、食事の世話や掃除など、やることは多いだろう。いくら魔術やスキルがあっても、白物家電製品のない世界なら、家事は相応に重労働のはずだ。
「好みのタイプはありますか?」
「特に好みはないんですが……、『鑑定』しても良いですか?」
既に売買モードに移行していることに、ヒロトは戸惑いを隠せない。
本来、奴隷を買うためではなく、ハメド・ノーラン自身に対する興味から本日ハメド邸を訪れたのだから。
「もちろんですよ」
奴隷への『鑑定』は失礼でも無茶苦茶でもないらしい。
ただし、公平を期すなら、これは人権云々でも、身分云々でもなく、単なる効率の問題だろう。
一番端の奴隷がまず一歩前に出て、ヒロトに右手を差し出してきた。
『鑑定』しろ、ということなのだろう。
特に気負った様子も、内心で抵抗している様子もない。
「(履歴書や職務経歴書を差し出しているのと同じようなもんなんだろうな)」
それにしても――
「(どうしてこうなった!?)」
奴隷を買う予定などなかったのに、もはや一人二人買わないと、収まりがつかない雰囲気になってしまっていた。
つまり、本日のヒロト=ハメド戦、前半はヒロトが奇襲戦法で押したものの、ハメドの強引な巻き返しが功を奏し、ハメドの判定勝ちといったところか。
「(リ、リターンマッチを所望するっ!!)」




