第44話 「ハメド・ノーラン」
ヒロトは燃え尽きたように椅子の背もたれに身体を預けていた。
ただし、表情はニマニマと緩みきっている。
「(何とか、一番の峠だった婚約発表は越えたな。マジ緊張したわ。シュレイさんも顔真っ赤にして……くふふふ)」
ほんの数日前まで童貞だった男の勢いというのは恐ろしい。
地球での37年間、女っ気ゼロだった男が、まるで熱に浮かされたように、結婚まで一直線で漕ぎ着けてしまった。
ヒロトがアラトに来て約1年になるが、異世界に来ると、人はここまで変わるのかというのを、ヒロト自身、今日ほど実感したことはなかった。
「(俺はアラトに来て、変わってしまったんかね)」
正確には、生き方が変わった。
生き方が変わったから、周囲の人たちとの付き合い方が変わった。
付き合い方が変わったから、結果が変わった。
「(俺にこんな日が来るなんてなぁ…)」
遠い目をして己の来し方を振り返るのは勝者の特権か。
何しろヒロトが世界一の美女と確信する女との結婚である。それはもう、問答無用の勝者であろう。
シュレイは恥ずかしさが限界に達したのか、とっくに厨房で洗い物に精を出している。
「(シュレイさんが皆の目にはブスに見えるってのは、多分、『呪い』の一種だろうな。『解呪』出来るんかな。多分、俺は地球人だから『呪い』が効かないんだろう)」
ヒロトの予想はこうだ。
巨人族は始祖大陸以前からアラトにいた種族。
一方、エルフ族や人族などは始祖大陸で生まれた種族。
この二つのグループには明確な区別があると考えている。
シュレイが存在する以上、生殖による混血は可能だが、生まれた子には何かしらの『呪い』が発生する。
スキルなのか、状態異常なのか。
あるいは、間に生まれた子にだけ発現する種族特性のようなものか。
もしかすると、禁忌を犯した結果の、『忌み子』的な扱いなのかも知れない。
いずれにしても原因があるはずであった。
そうでなくては、「大女」はともかく、「ブス」だの「醜女」などという評価になるわけがない。
確かに女性経験が少なすぎて、ヒロトには女を見る目はない。
だが、それはあくまでも女性の内面の話であって、少なくとも、見た目で美人かブスかを間違えたりしない。
シュレイの場合、愛嬌のある顔だとか、男好きのする顔だとか、そういう個人の主観に依存した美しさではない。
敢えて言うなら、顔の造作そのものが美しいのだ。
バランスとか、黄金比とか、言葉は様々あるだろうが、ようは、造形的な美しさだ。
シャワーの所為か、ストレスが軽減した所為か、はたまたヒロトの存在によるホルモンバランスの好転か。
ここ最近に限っても、肌の張り、髪のツヤ等々、はっきりと分かるくらいに綺麗になっている。
周囲がそれに全く気付かないのは、どう考えてもおかしい。
ヒロトが「美の化身」と錯覚するほどである。
アラトと地球で美人の尺度が違うとしても、到底納得出来るものではない。
身体が大きいことも、ヒロトにとっては、その美しさを強調しているようにしか思えない。
「(ま、別に今のままでも良いか。下手に『解呪』が成功して、俺より遥かに良い男がワラワラ寄って来ても困るしね。シュレイさんが美しいのは、俺だけが知っていれば十分だな)」
などと、幸せ絶頂の中、ヒロトはセコい算盤を弾いていた。
もっとも、『呪い』や『状態異常』以外なら、実際のところ手立てはないのだが。
「あっしはこれからアイロとギルドに行ってきやす。アイロの出国証を手配しないといけねぇ」
「さすがはハイデンじゃな。わしはその手のことにはトンと気が回らぬ。頼んだぞ」
ハイデンの本職は斥候、パーティやクランの管理に関することなら、抜かりは無い。エンゾがハイデンに求めている役割もそういう面でのことだろう。
「私も会いたい人がいるので、ウェイバンさんが到着次第、出掛ける予定です」
ハイデンの言葉を聞いて、色呆けしていたヒロトも午後からの予定を思い出す。
ウェイバンはキンダー不動産の営業担当。現在、『シュバイツ大森林亭』周辺の土地の買い上げに関して、ヒロトと共同で進めているパートナーである。
「ほぅ、誰に会うんじゃ?」
「ハメドという、奴隷商人です。従業員の補充も想定していますが、彼のスキルに興味がありまして、ウェイバンさんに渡りを付けて貰っているんですよ」
「ヒロトがそう言うのなら、面白い人物なんじゃろう。帰ったら聞かせてくれ。わしはソランと日がな魔術の訓練でもしていよう。良いか、ソラン」
「はい」
ソランもいつまでも膨れっ面でムクれているわけにもいかない。
何しろ、目指すは「大魔どう師」である。
今はまだ何も分からない子供だが、いずれ、エンゾやヒロトの名前のプレッシャーに圧し潰される日が来ないとも限らない。
誇りであったはずの師匠たちの存在が、いつか「呪い」にならない保証などどこにもないのだ。
瀕死のところを運良く拾われたとは言え、なかなか難儀な宿命を背負った子ではある。
「こんにちは。ちょっと早かったですか?」
「グッドタイミングですよ、ウェイバンさん」
噂をすれば影。
店に現れたウェイバンは、いつもよりもラフな格好だ。ゆったりとしたシャツにベージュのズボンという服装は変わらないが、足元がブーツではなく、裸足にサンダルのような履物である。
つまり、営業ではなく、プライベートで会うつもりなのだろう。ハメドとウェイバンの気安い仲がヒロトにも察せられた。
「ハメドがヒロトさんに会っても良いというので、ランチもそこそこに急いで伺いました。丁度、奴隷に教育を施している最中らしく、しばらくは新規購入の予定もないので、自宅にいるとのことです」
「それは良かった。早速、出掛けましょう。では、シュレイさん、遅くとも夕食までには帰って来ますので。行ってきます」
「いってらっしゃいませ、ヒロト様」
ズキュウウウン
「(くふふふ。なるほど、これが仕事に向かう時に惚れた女から掛けられる、『いってらっしゃい』か。想像以上の破壊力だ。信じられんほど漲ってくる)」
リア充ドーピングの絶大な効果を実感しつつも、気になる点が一つ。
「(ただし、『ヒロト様』ってのは早急にどうにかせんといかんな。どう呼ばせたものか……)」
全くもってどうでも良い話である。
ヒロトは軽くシュレイに手を振り、店を後にした。
ウェイバンがその後を追いかける。
◇◆◆◆◇
「見えてきました。あれがハメドの屋敷です」
まさしく屋敷であった。
貴族街ではない、いわゆる庶民の住宅区にあって、ハメド邸は一際異彩を放っていた。三~四軒分の土地を潰して、一つにしたのだろう。
「随分と立派な屋敷ですね。エンゾ邸の2倍、いや3倍くらいありそうです」
門から見える敷地内には三つの建物があった。
ヒロトはその三つの建物を、外観の雰囲気から、(1)ハメド邸、(2)職業訓練場、(3)奴隷宿舎、と予想した。
「(これくらいは儲かっていても不思議じゃない)」
なぜなら――
「(やはり、『スキル譲渡』か『スキル付与』、あるいは『スキルドレイン』、このあたりか。こりゃぁ、警戒度で言えば、過去一番の相手かも知れん)」
緩んでいた気持ちを引き締める。
門のノッカーを鳴らし、待つことしばし。
ハメド邸と思われる屋敷から清潔そうな青年が、落ち着いた足取りで出てきた。
金髪の癖っ毛を油でしっかりセットしている。毛先が遊んでいるのが、逆に若い雰囲気を作っている。
実際の年齢は14~15歳くらいか。
白いシャツに黒いズボンは清潔な印象。
首にはループタイのような黒いリボンが巻かれている。ヒロトの知る限り、「隷属の首輪」ではないようだが、パッと見は白いシャツに映えている。
少し若すぎる気もしないでもないが、執事然とした雰囲気は悪くなかった。
「今日、ハメドと会う約束をしているキンダー不動産のウェイバンです。主人に取次ぎをお願いできますか?」
「ウェイバン様ですね。中で主が待っております。こちらがお連れのヒロト・コガ様ということで宜しいでしょうか?」
「始めまして。ウェイバンさんのツテで、恥ずかしながら、のこのこ参りました、ヒロト・コガと申します。魔術師をやっております」
「私は執事見習いのラビ・チャンドラーと申します。どうぞこちらへ」
「(若くても、ここはテンプレ通り『セバスチャン』だろう。猿顔じゃないのは我慢するとしても)」
下らないことを考えながら、ヒロトは執事見習いのラビと、ウェイバンのあとに付いていく。
「(髪の毛の先にちょこっと触れるだけ、と)」
【名前】:ラビ・チャンドラー
【種族】:人族(エルフ族)
【レベル】:19
・Hp:不明
・Mp:281/288
【スキル数】:2
「(スキル数2、ねぇ……)」
ヒロトが延ばした体外魔力の『魔力線』。
『魔力線』の先を、一瞬だけラビの髪の毛に触れさせ、『鑑定』を試みる。
ヒロトの『鑑定』では、まだ年齢やスキル一覧は見れない。
ただし、運用上は特に問題はないようだ。
ラビが『闘気』(体内魔力を身体の周囲に展開すること)を纏っていないことは確認済み。
ヒロトはエドラ正教の教会でハンスに『鑑定』を見破られた後、すぐに髪の毛の先から『ステータス』を読み取る方法の開発に取り組み、既に完成していた。
ヒロトの事前の予想通り、読み取った情報から、ハメドが厄介な相手だということが判明した。
ラビの【スキル数】があり得ないことになっていたからだ。
目の前を行くラビが、例え、少し前まで奴隷であったとしても、さすがに14~15歳の青年がスキル数2、というのはあり得ない。
ソランですら、拾った時点でスキルを2個持っていたのだ。
ヒロトは警戒レベルを更に一段階上げる。
ハメドは他人のスキルを奪うスキルを所持しており、しかも、その行使に良心の呵責を感じていない可能性が高いと判明したからだ。
「(『スキル複写ではないらしい。『スキル奪取』だとすると、かなりの凶悪スキルだな』)」
単なる『スキル複写なら、ラビのスキルが減ることはない。
「(さて、俺の『魔力障壁』と『魔力ドレイン』がどこまで通用するか。まずは『鑑定』で様子見か。何かゾクゾクしてきたな)」
なかなかの強気である。
仮にヒロトの予想が正しいとしても、そもそも一般のスキルではなく、『魔眼』の可能性だってあるのだ。
今のヒロトに魔眼を防ぐ手段がないことは、本人が一番自覚している。
もっとも、ヒロトの強気にはヒロトなりの理由がある。
ヒロトのスキル数は、未だたったの9個だからだ。
スキル名も不明。
『鑑定』の取得条件は理解しているので再取得可能。
他のスキルも、「取られたとしても、それも経験だ」程度にしか考えていないのだ。
甘い。
アラトに来て、もう一年にもなろうというのに、ヒロトはまだ甘さが抜けていなかった。
ヒロトは人の「悪意」に対し、鈍感である。
鈍感系主人公などではなく、そういう環境を避けて生きてきた為、危機察知能力に欠けているのだ。平和ボケと言ったところか。
現に、ヒロトが取得済みの9個のスキルのうち、一つが『鑑定』だとしても、残りの8個のスキル名すら不明なのに、である。
もし、その中に『アラト語』があったらどうするつもりなのか。
突然異世界に来て、現地住人と普通に会話が成立していることに対する疑問はないのか。それとも、当時、抱いた疑問などとっくに忘れたとでも言うのだろうか。
手前勝手な予想は願望と区別が付かない。
ヒロト本人は全く意識していないが、現在、ヒロトは頓死の瀬戸際にいる。全ては相手次第、運次第。もし、悪い目が出れば、そこで終わりである。
その時、男が勢い良く扉を開け、廊下に飛び出してきた。
ヒロトは男がハメドだと判断する。
「おぅ、ウェイバン。こちらが言っていたヒロト殿か?」
「(『索敵』持ちか)」
体外魔力を使った『魔力障壁』に穴はないか、もう一度確認する。
その上で、『魔力ドレイン』がいつでも発動可能なよう、不審がられない程度に、周囲に魔力を散らす。
ちなみに、『魔力障壁』は三重である。
最初の障壁が突破された瞬間――
「(ちゃんと殺せるかなぁ……)」
――『魔力ドレイン』発動と同時に、仕込みの鉄鋼弾が高速で発射する手はずだ。『強化』や『闘気』なしで至近距離で食らえば、全身のどこに当たっても、衝撃で生きてはいられない。
「ははは。騒々しいな。こちらが魔術師のヒロト・コガさんだ。ヒロトさん、彼がハメド・ノーラン、個人の奴隷商です」
もちろん、ウェイバンはヒロトがそんなことを考えているなどとは、想像だにしていない。
「本日はお忙しい中、こちらの勝手な都合に付き合って頂き、ありがとうございます。私は『大魔導師』エンゾ・シュバイツが弟子、ヒロト・コガと申します。目指すは魔道の極み、いずれ『大魔導師』を継ぐ者です」
「初めまして、奴隷商のハメド・ノーランです。さすがは『英雄』の弟子ですな。何というか、独特の雰囲気があります。まぁ、立ち話は挨拶だけということで。ささ、こちらへ」
そう言って、ハメドが出てきた部屋に戻ろうとした瞬間――
【名前】:ハメド・ノーラン
【種族】:人族
【レベル】:34
・Hp:不明
・Mp:6514/6781
【スキル数】:179
無事、ヒロトが延ばした『魔力線』にハメドの髪が触れた。
「(魔力容量も大したもんだが、スキル数が異常だ)」
業務上必要なのかも知れないが、スキル数「179」というのは、ヒロトの想像を遥かに超えていた。
魔力容量「6781」も捨て置けない数値だ。エンゾを除けば、当然、今までヒロトが出会った中でダントツのトップ。宮廷魔術師に要求される魔力容量の4倍はある。
『鑑定』はスキルアップの為に、相応の魔力容量が必要となるが、『鑑定』以外のスキルにも、同じ条件があるのかも知れない。
魔術師でも、戦闘職でもないのに、7000近い魔力容量はどう考えても異常であった。
すなわち――
「(執事のスキル数と合わせて考えると、スキル奪取で間違いない)」
「すぐにお茶をお持ちします」
執事見習いのラビがそう言って客間を後にする。
「(しかも、仕事内容を考えると、『スキル付与』も持っている?)」
「どうぞ、お好きなソファに掛けて下さい」
ヒロトは言われた通り、目に付いたソファに腰を下ろす。
部屋は20畳ほどはあるだろうか。大きなソファがあちこちに10脚ほど配置されており、センスの良い小物が、これまたセンスの良い家具と共に飾られている。
「それで、ヒロト殿から見て、私の『ステータス』はどうでした? クズスキルばかりでしょう?」
ハメドはニコリと笑って、大袈裟に両手を広げて見せた。
戦闘開始と言ったところか。
◇◆◆◆◇
「ハイデン、お前はハメドという男を知ってるか?」
アイロ・ツイスト23歳。女性。
年上に対する言葉遣いには気を使わない主義らしい。
「名前だけはな。商会じゃなく、個人で奴隷商をやってる珍しいやつだ。一度、アウトレット・オークションを仕切った時に見たことがある」
アウトレット・オークションとは、胴元が一口いくらで金を集めて、それを元手に大量に仕入れたものを、オークションで売り捌くシステムのこと。儲けは口数で分配する。
現在、ハイデン・コークとアイロ・ツイストは冒険者ギルドに向かっている。アイロの出国証を発行してもらう為だ。
ヒロトがこれから会うハメドという男に、アイロも興味が湧いたらしい。
昼食に出た地竜のステーキに満足したのか、あれだけヒロトの魔術師としての腕を疑っていたアイロだったが、もしかしたら結構優秀な魔術師かもしれない、くらいには変節していた。
「奴隷商か。あまり好きな人種ではないな。ヒロトは店で使う奴隷を、その奴隷商に注文するつもりなのか?」
「どうかな。ヒロトさんのことだから、別の目的があるのかも知れねぇぜ。お前さんは奴隷商が嫌いか?」
「好きなやつがいたらお目にかかりたいもんだ。借金で奴隷堕ちした冒険者を何人も知ってる。知り合いはソロのアタッカーだったんだが、有り金はたいて手に入れた装備の実戦投入初日に迷宮で大怪我をしてな。手元に金が無かったらしい」
高い装備を奮発したものの、初日に魔物にやられて、装備はボロボロ、下取りは二束三文。その上、大怪我で治療費とその間の生活費が、からっけつの冒険者に圧し掛かる。当然、依頼を受けられないのだから、収入はない。
良くある話だ。
「まぁ、ソロでやってたんなら、そういうこともあるわな」
ソロの冒険者にとって、有り金を失うことは、かなり危険である。
冒険者が一番注意しなくてはならないのは、依頼を失敗することではない。冒険者稼業を継続できなくなることである。
装備を新調するタイミングや、怪我や病気も奴隷堕ちの危機となりうるのだ。
フリーのソロ冒険者の難しさがここにある。
依頼の失敗は、供託金(達成した場合の報酬の5~50%)の没収だけで済むが、怪我や病気は治るまで依頼の受注が出来ないからだ。
それは収入が途絶えることを意味する。
保険のない世界では、個人事業主は簡単に詰むのだ。
つまり、「借金奴隷」は想像以上に身近に存在する未来の一つと言える。
「お、ハイデンじゃねーか」
ハイデンが冒険者ギルド・ユリジア王国王都支部の入り口のドアを開けた瞬間、声が掛かった。
「なかなか人気者のようで」
「ちっ!」
ハイデンが冒険者ギルドに足を踏み入れるのは久方ぶりである。
かつてC級冒険者として活動していた時期があるが、渡世の義理があって、世話になった男の引退を機に、自身も引退している――ということになっている。
ただし、冒険者ギルドの会員に「引退」という概念は存在せず、本人が「引退した」と言っているだけである。
C級以下の場合、降級条件もないので、一度C級まで上がれば、特にペナルティが無い場合は死ぬまでランクは保障される。年会費の類も無いので、身分証としてギルドカードを使い続ける者は多い。
依頼を受ける時に、カードを更新(要更新料)すれば済む。
「お前とアイロ・ツイスト、随分と変わった組み合わせだな。冒険者を引退したやつが、どうやってソロのアイロを落としたのか、詳しく聞きたいもんだ」
歳は40歳くらい。一見、D級あたりの普通の冒険者だが、ハイデン・コークの裏稼業の方での顔見知りなのだろう。
アイロは近くA級も見据えているB級冒険者。
若い上に顔は美人で身体も大きい為、とにかく目立つのだ。
しかも、ソロのアタッカーとして引く手あまたの冒険者である。個人のランクがB級である以上、彼女を誘う手合いもそれなりのクランが常となる。
声を掛けてきた冒険者は、現役を退いて長いハイデン・コークがB級ホープであるアイロ・ツイストを連れているのが不思議に映ったのだろう。
「私から説明しよう。ただの出国手続きだ。この後も予定があって立て込んでいる。すまないが、旧友とのよもやま話は次回にして欲しい」
取り付く島もない。
アイロはすたすたと受付に向かう。
「いや、まぁ、別に、特に用事はないんだが……」
「悪ぃな、本当に急いでるんだ。じゃぁな」
手続きはすぐに済み、二人は何事もなくギルドを後にする。
次に二人が向かった先は王都の大店が並ぶ通り。
旅に必要な物資の買出しと、携帯食の予約など。
その後は牧場に行って、馬を一頭と走竜を一頭買い入れる予定。
馬はエンゾが所有している分が二頭いるが、予備で一頭連れて行く予定だ。
更に、アイロのアイデアだが、もしもの際に備えて、走竜も購入することになった。
馬は本日購入の予定で、走竜は下見。
「さすがに走竜はエンゾ殿やヒロトさんに相談しないと駄目だろうよ」
「お前の持ち金で買えば良いのではないか? 契約金を随分と貰ったのだろう?」
馬が使えない状況でも、走竜なら使える場合がある。もちろん、逆もしかりだが、補完し合えば、隙は減るだろう。
また、走竜を連れていると、魔物に襲われにくく、馬が安心するという二次効果も期待出来る。安心した馬は夜に深い休息が取れるので、昼間の走行距離も伸びることになり、良いことずくめと言われている。
ただし、走竜は購入となると少々お高い上に、当たり外れが大きい傾向がある。また、基本的に肉食なので、維持費や手間も馬鹿にならない。
「いや、とにかく走竜に関しては、今日は下見だ。俺の一存ではやっぱり無理だ」
「意外に義理堅いところがあるんだな」
「渡世の義理を欠いちゃ、この世は生きていけねぇんだよ。若くて女のお前さんにゃ分からんかも知れんがな。ま、いずれにしても、今日のところは諦めな」
軽口を叩き合う二人。
51歳のハイデン・コークに、23歳のアイロ・ツイスト。
倍以上歳が離れている意外な組み合わせだが、気は合うようだ。
旅の準備ということで、気分が高揚していることも関係しているのかもしれない。




