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 第34話 「奴隷」

 ヒロトとソランは、カチヤーク村で肉の輸送に関する契約を済ませ、のんびりと王都へ向かって馬車を走らせていた。遠く西の空に雨雲が広がっているが、王都まではまだ随分と距離があるので、雨に降られることはないだろう。


 エルモ街道に入って30分ほどしたところで、馬車は大きな岩が目立つ場所にさしかかった。いつもいるとは限らないが、いた場合は拾って帰るようにしている。


 「サリム、昼飯食いに帰るぞ。早く乗れ」


 「ありがとう、ヒロト様。ソランちゃん、水を一杯頼む」


 サリムには敬称以外の敬語は不要と言いつけてある。もちろん、シュレイともっと砕けた会話を楽しみたいという、いわゆる外堀から埋めていく作戦、である。

 ソランは慣れた様子で、大ジョッキサイズのコップを土魔術で作ると、水で満たし、氷を浮かべる。


 「ソランちゃんの、ごくっ、魔術も、ごくっごくっ、日に日に上手くなっていくな。ごくっ、ごくっ、ぷああああ! 生き返った! 最近は全然砂が混ざってねぇや」


 ここはサリムが午前の剣の訓練をしている場所である。午後はエンゾ邸の庭で剣を振ったり、冒険者ギルドで依頼を受けたり、軍の練兵場に潜り込んで見学に行ったりしている。


 「お前も俺たちと一緒の原っぱに来れば良いのに」


 サリムは飲み終わったジョッキをソランに渡す。


 「あそこまでは遠いし、おいらはヒロト様たちよりも朝が早い。ここの方が近いし、危険な魔物も出ない。身体を鍛えるなら一人の方が気楽だ。それに、毎日来るわけでもないしね」


 サリムは朝3時に起きると、前日にシュレイが作り置きしておいた弁当を持って、ここまで走って来る。もちろん、身体を鍛えるためだ。ギルドが開くのが朝5時の為、それに合わせて、一旦王都のギルドまで戻る。適当な依頼があれば受け、無ければ、またここまで走って戻り、剣を振る。

 ギルドの依頼は荷運びや下水道掃除などを主に受けている。聞くと、特に過酷と言われる、街道整備や運河の護岸工事などにも行っているという。わずか9歳にしてそれを可能としてるのは、ひとえにサリムの人族離れ(・・・・)した腕力とスタミナゆえである。

 付け加えるなら、一度行った現場はほとんどフリーパスとのこと。現場監督に気に入られ、追加賃金が支払われることも多い。ほとんど休憩無しで大人の倍の仕事量をこなすのだから、それも当然だろう。仕事に対して真面目、というよりは身体を鍛えることが目的なので、本人は特に気にしていない様子。


 ちなみに、ランクはG。

 エンゾの推薦があれば、ソランと同じEランクでのデビューが可能だったが、シュレイと相談した上で断っている。


 ソランは受け取ったカップを土に戻し、馬車を再び走らせる。


 「しかし、お前、身体鍛え始めて半月くらいなのに、微妙に筋肉が付いてきてるな」


 「鍛え方は思い付きの我流だけど、結構ハードな毎日送ってるからね。それでもまだまだ剣が重くて、全然思うように振れないよ」


 「そりゃそうだろ。『ドラゴン○ろし』かよ……。(あ、思い出したら、続き(・・)読みたくなってきた)」


 大人の目から見れば、『ドラゴン○ろし』ほど大きいわけではないが、それでも、サリムが持つとそれらしく見えた。


 「ドラゴンはともかく、いつかは地竜くらいは狩りたいと思ってるよ。その時は、こいつよりもデカくて重い剣で……」


 一般にアラとでは『ドラゴン』とは20m級以上の古代竜を指す。地竜や飛竜はサイズが大きくても、普通はドラゴンとは呼ばない。


 サリムは鞘から剣を抜くと、揺れる荷台で座ったまま腕だけで剣を振る。ヒロトの目には自在に振れているように見えるが、本人は納得していないらしい。


 「(君、9歳だったよね……。そんなデカい剣を振り回しちゃ危ないって……)」


 以前、ヒロトはサリムに剣を持たせてもらい、振ったことがある。量ったわけではないが、『強化』なしでは、到底まともに振れる重さではなかったことは確認済み。シュレイからは、サリムには巨人族の血が入っている為、子供だが大人並の力はあると説明されている。しかし――


 「(いや、大人だって、そうそう振れるもんじゃないだろ)」


 改めて、サリムの持つ剣を見る。長さはサリムの身長とほぼ同じ1m50はある。重さは一般的な剣の3倍以上と聞いている。


 「(厚みが全然違うんだよな……)」


 ヒロトは魔術師である為、肉体自体を特別に鍛えたりはしない。

 ただ、アラトに転移して以来、嫌でも自然と鍛えられる部分もある。肉体年齢が10代なのもあり、日本にいた頃よりは腕などは太く、胸板も厚い。

 それでも、サリムが持っている剣を自身の武器にしようとは思わない。例え、ヒロトの異世界の第一歩が魔術ではなく、剣であったとしても。


 「(俺、対人戦闘の経験がほとんどないんだよな。剣士とか槍使いとかさ。サリム相手ならともかく、A級、S級クラスの剣士が相手だと、何か手を用意しておかないと駄目だよな)」


 ヒロトとしても、戦闘、特に接近戦になった場合などに備え、鍛えておいた方が良いと思わないでは無かったが、そこは魔術師の矜持がある。肉体を使う可能性を排除することで、広がる可能性もあるだろうと。魔術師の基本は、敵を近付かせないことだが、仮に接近戦になったとしても、魔術の使い方を工夫することで、速さを克服出来るのではないかと考えている。


 サリムは鞘に剣を納めると、荷台に寝転んだ。

 

 ヒロトたちがエンゾ邸に着いたのは午後2時前。ヒロトはソランと共に急いで馬車を片付け、馬を繋ぐと、すぐさま『シュバイツ大森林亭』に向かう。


 「ヒロトさま! そんなに急ぐことはないと思います!」


 「せっかくシュレイさんが昼飯を作ってくれてるんだ、待たせちゃ悪いだろ。ほら、ソランもサリムも急げ!」


 「急ごうが、ゆっくりだろうが、大した距離じゃないよ」


 サリムは「やれやれ」といった様子で、ぼそりと正論を呟く。

 ヒロトは飛び込むように店のドアを開ける。

 店の周りは綺麗に整地され、『4月21日【シュバイツ大森林亭】オープン』と書かれた看板が無ければ、いつオープンしてもおかしくない雰囲気である。


 「ただいま帰りました。いやぁ、シュレイさんの作る料理の良い匂いが外まで漂っていて、それを嗅いだらもう、お腹ペコペコで我慢出来ませんよ」


 「おかえりなさい、ヒロト様。パンを焼いたら、いつでも出せますよ」


 シュレイがニコリと笑うと、ヒロトはただただ蕩けそうな気分になるのだった。


 「あ、今日はシチューですか? 食欲をそそる良い匂いですね。あ、そうだ。カチヤーク村で、肉の配送の契約を取り付けて来ました。詳しい話は後でしますが、早急に従業員の確保が必要なようです。昼食が終わったら、商業ギルドに顔を出しましょう。あと、これ、竜脂と枝肉です。冷蔵箱に入れておきますね」


 ヒロトは冷蔵箱を開けると、溶けた分の水を全て上部の氷箱に集め、一気に凍らせる。これでしばらくは持つだろう。元々『カールトン亭』にあった冷蔵箱だが、ヒロトはいくらでも改良出来そうな気がしている。


 「(大体、何で冷蔵箱用の氷を作る製氷機があるのに、冷蔵箱と一体じゃないんだよ。一体型にすれば良いだろ。作ったやつは馬鹿なのか?)」


 ヒロトは気付いていないが、理由は簡単。効率の問題である。冷蔵箱と製氷機が別々なら、複数台分の冷蔵箱用の氷を一台の製氷機で作れるからだ。その場合、魔石は製氷機に使う一つあれば良い。しかし、一体型なら、冷蔵箱と同じ数の魔石が必要になる。当然、魔道具としての値段も高くなり、貴族あたりでないと手を出せなくなるだろう。ヒロトはお手頃価格の白物家電の感覚が抜けていないのだ。


 「ありがとうございます。やっぱり、従業員は必要ですかね。ヒロト様が最初の頃言っていた、『セルフサービス』というのが、とても良いアイデアのような気がしたんですが」


 「いろいろ考えた結果、『シュバイツ大森林亭』は大繁盛するのは確定のようです。ランチタイムは『セルフサービス』でやる予定ですが、夜は通常方式でやります。そうなると、結局、従業員を雇う必要が出てきますからね。ランチタイムも、シュレイさん一人ではどう考えても不可能かと」


 「そんな繁盛するでしょうか……」


 シュレイはヒロトの言葉に半信半疑だ。

 『カールトン亭』時代も、閑古鳥が鳴いていたわけではなかったが、繁盛しているとは言いがたい経営状況であった。特に可もなく不可もないメニューと値段であった為、人の流れを作るほどでは無かったのだ。旧い住宅地にポツンと建っている料理屋の難しさがあった。


 「します。私が心配しているのは、閑古鳥が鳴くことではなく、シュレイさんが忙しすぎて目が回らないかということです。身体でも壊したら大変ですし。そうなれば、店はパンクです」


 「そんな……私が身体を壊すわけ……」


 シュレイの顔は真っ赤である。

 ちなみに、シュレイは病気はおろか、まともな怪我すらしたことはない。軽い切り傷、すり傷、打ち身程度は一晩で治ってしまう。「忙しい」、「疲れた」といった感覚はあっても、「身体を壊す」経験はしたことがない。


 「いや、まぁ、シュレイさんは健康そうですけど、それでも、ですよ。私が『迷宮』に入っている時に、倒れでもしたら大変です。あっ……俺がいない時、シュレイさんは一人か……。そうなると、従業員には腕っ節の強い戦士タイプも必要になるな」


 ヒロトは腕を組んで考え込む。

 料理屋の用心棒に戦士を連れて来ようという発想が、少々ズレている。


 「あの、お言葉ですけど、ヒロト様。この店のオーナーはヒロト様で、ヒロト様のお師匠様は『英雄』エンゾ様ですよ。それに、お友達のハイデンさんも、時々仲間を連れて顔を出されています。用心棒が必要になるようなことは、まず、起きないと思います」


 「しかし、シュレイさんの身に何かあってからでは……」


 「これは酷い……」


 途中からヒロトとシュレイの会話を聞いていたサリムがぼそりと呟く。二人の会話が甘ったるくて聞いちゃいられなかったらしい。向かいに座っているソランは苦虫を噛み潰したような表情だ。

 ヒロトは聞き逃したようだが、シュレイはちゃんとサリムの呟きが聞こえていたようで、ますます顔が真っ赤になる。


 「……えっと、従業員については商業ギルドに行くとして、それよりも昼食を。さぁ、白パンも焼けましたよ。ソランちゃんとサリムも、もう席についてます」


 その後、ヒロトが「旨い」を10回ほど連発して、この日の少し遅い昼食が終わった。



 「そしたらシュレイさん、30分くらいしたら、出掛けますよ」


 「はい」


 「お前たちはどうする?」


 「もう遅いかも知れないけど、おいらは軍の練兵場に行こうと思う。もし、訓練が終わっているようなら、城壁補修の現場にでも行ってみるよ」


 「わたしはついて行きます。商業ギルドにきょう味があります」


 「そうか。じゃぁ、シュレイさん、家に戻りましょうか。店の戸締りをお願いします」


 「はい。私は食器の後片付けと戸締りを済ませてから向かいます。ヒロト様は先に行ってて下さい」


 「何を言っているんですか。後片付けくらい、私も手伝いますよ。ちゃっちゃと済ませましょう」


 ヒロトは皿立てに三人分の汚れたままの皿を並べると、皿立て自体を60度ほどの水球で包み込む。そして、驚いているシュレイをよそに、石鹸粉と、砂の微粒子を水球にぶち込む。1分ほど水球の中で水を高速で対流させた後、汚水となった水球を排水溝に捨てる。今度はお湯だけの水球ですすぎ洗い。これをもう一度繰り返し、完了。


 「これで大丈夫でしょう」


 シュレイは皿の一つを手に取り、指の腹で表面をこすってみる。「キュッ」という、気持ちの良い音が響くと、ヒロトを除く一同は「おおお」と感嘆の声を上げた。


 「何というか、ヒロト様の魔術自体も速くて正確で凄いんですけど、その利用方法が、ちょっと信じられないほどです。今の魔術は、魔術師の間では、当たり前の魔術なんですか?」


 ヒロトはシュレイと早くデートに出かけたい一心だったが、図らずも、俺TUEEE展開になった為、調子に乗ることにした。


 「恐らくは、世界で唯一、私だけが使用可能な『食器洗い術』かと。高度な魔導技術と、正確なイメージ無しには展開不可能の術でしょうね。私の魔導をもってしても、完成させるにはかなりの時間を要しましたよ」


 それを聞いて、一同は納得するように頷く。

 水と火の混合魔術で高温の水球を展開。無属性で座標を皿立ての位置に固定したまま、石鹸粉や極小の砂粒を投入し、一滴の水すら飛び散らせずに、水球を対流させる。魔法陣は無し。

 確かに高度ではある。

 ただし、基本のイメージはヒロトが暮らした2031年の日本ならどこの家庭にもあった「食器洗い機」である。もちろん、完成する為に苦労などしていないし、本日ただいま、初めて展開した魔術である。


 「ソラン、日常の何でもない場でも、こうやって魔術の訓練は出来るんだ。覚えておきなさい」


 「はい!」


 ソランは素直に感動しているが、サリムもまた、無表情の中に期するものがあった。

 サリムはソランと違い、ヒロトがシュレイの前だからと、ふざけ半分、良いカッコ半分で言っているのだと理解している。それでも、ヒロトの言葉の中に、ある種の真実のようなものを感じたのだ。


 「(日常の何でもない場でも、訓練はできる……か)」


 サリムは朝3時に起床し、我流ではあるが、毎日剣を振っている。まだまだ自在というわけには行かないが、わずか三週間程度とは思えないほど、日々、上達しているのを実感していた。実感出来るから、訓練にもさらに身が入る。

 移動の際は常に走り、荷運びの時も、下水道掃除の時も、常に身体を鍛えることを意識している。荷運びの際などは、わざわざ負荷の掛かる持ち方で運んだりしている。

 ヒロトの就寝時間が24時頃の為、それに対抗するように、自らも夕食の後は24時まで剣を振っている。睡眠時間を削ったからと言って、必ずしも剣術が上達する保証はないが、わずか9歳にして、睡眠時間は一日3時間である。


 「(まだ、足りない)」


 サリムはそう心の中で呟きつつも、まだ自身を鍛える為の、時間の「隙間」が存在することに気付き、笑みがこぼれそうになる。工夫次第で、まだまだ強くなる余地があると。


 「では、シュレイさん、戸締りを」


 「はい」



 商業ギルドは冒険者ギルドと同じく、国から独立した機関である。その点で魔術師ギルドとは違う。ただし、冒険者ギルドほどの独自性はない。商人同士のネットワークはあるが、冒険者ほど自由勝手に他国との交流が出来るわけではないからだ。他国との貿易は未だ国の裁量下にあった。

 また、多国籍企業的な集団も、今のところウスト大陸を除けば存在しない。「ケイラン商会」が複数の国に支店を持ち、比較的頑張っているようだが、いわゆるスケールメリットを利用できるまでには、まだまだ時間が必要だろう。

 唯一の例外は、始祖大陸にある合資ギルド『始祖極星』くらいか。


 国境を跨いだ取引をする商人もいるが、間に国を通さなくてはならない為、基本的には、その国、その国で、商売は完結するようだ。稀代の大商人であっても、世界的企業を目指すよりは、その国の政商を目指すのが一般的である。


 冒険者ギルドはその会員たちの「力」で国や地域に貢献する。一方、商人は「金」、あるいは「情報」だろうか。どちらも重要であるし、「金」と「情報」の「力」を知っているヒロトにしてみれば、商業ギルドの方が強そうに感じられるのだが、世界的に見ても、冒険者ギルドの方が、その直接的な「力」ゆえか、ギルドとしての存在感は大きいようだ。


 「お、ソラン、この辺りはお前、詳しいんじゃないか?」


 商業区を歩いて15分ほど、ヒロトがソランを拾った場所に近付いて来た。


 「はい。思い出したら、何だか、足のゆび先が冷たくなってきました」


 「ソラン、そこのゴミ捨て場はお前を拾った場所だ。ほぅら「きゃっ!」良かったなぁ、元気になって。あの頃より、随分重くなったぞ」


 ヒロトが風魔術を使うと、ソランの小さな身体がフワリと浮く。風を圧縮することで、小さな竜巻のようなものを起こしたのだ。ヒロトはそのままソランを抱きかかえる。


 「何か、髪の毛伸びてきたな。このまま伸ばすか? それとも、同じようにピクシーカットで揃える?」


 「また切ってください」


 「え? ヒロト様、ソランちゃんの髪の毛を切ったのはヒロト様なんですか?」


 シュレイは初めて見た時からソランの髪型が気になっており、有名理髪店あたりで切ってもらったのかと思っていたが、とんだ見当違いだったと驚いた様子。


 シュレイはソランが孤児であり、商業区で拾ったことは既に聞いていた。だが、その時の状況や、経緯までは聞いていない。シュレイは「複雑な事情があるのかな」と考えているが、単に、ヒロトがソランの過去に興味がないだけである。ソランは毎日楽しそうに過ごしているし、それで十分だろうと。


 「そうですよ。他人の頭を刈るなんて初めてでしたが、意外に上手くいきました」


 「……ヒロト様は本当に何でも出来るんですね。でも、ソランちゃんの頭、羨ましい。私なんか、床屋に行くのが恥ずかしくて、昔から自分で切ってますが、未だに上手くいきません」


 「も、もし、宜しければ、今度、私が切りましょうか。ブレピーにヘアスタイルのページがありますから、その中から好きなのを選んでもらって」


 「ぶれぴー?」


 ヒロトはマントで隠すようにして、ブレピーを起動させる。シュレイは背中を丸め、覗き込む。

 シュレイの息がかかり、緊張するヒロト。


 「こ、これがブレスレット型PC、ブレピーです。ちょっと待ってください。ほら、この中から選んでくれれば、それっぽく切りますよ」


 表示されたのは、女性用のヘアスタイル集。大まかな分類だが、リンクにそれぞれのアレンジ例があり、ヒロトはいろんな画像をシュレイに見せていく。


 「いや、切るのは揃えるだけにして、アレンジを参考にした方が良いかも知れませんね。ほら、この三つ編みのアレンジなんか、シュレイさんに凄く似合うと思いますよ」


 「な、何ですか、これ……」


 「ブレピーです。始祖大陸以前の古代魔導技術の結晶です。恐らくは神器でしょう。世界で私しか持っていませんので、どうか、内密にお願いします」


 「は、はい……」


 あまりにも適当な法螺話だが、ブレピー自体はシュレイにとって理解不能の「魔道具」であったし、ヒロトの言葉を信じるしかない。

 ヒロトには調子に乗ると出る、虚言癖の傾向があるらしい。自らが異世界人であることをシュレイにバレたくない、と言うよりは、単に「そういう設定」の方がカッコ良いと考えたのだろう。


 「どうした、ソラン」


 「孤児いんです。ヒロトさまに拾われる前は、あそこの子たちがうらやましかったです」


 ヒロトに抱えられたソランが、通りの向かいにある建物を指差す。門には『南地区エイボス孤児院』とある。


 「孤児院は国や教会からの補助で運営されているんですか?」


 以前、ソランを拾った時に、串肉屋の女将に簡単な説明は受けていたヒロトだが、改めてシュレイに問う。


 「教会の補助は聞いたことがありませんね。ここは商業ギルドが運営しています。ほら、門に商業ギルドの紋章があります。戦災孤児や、戦争未亡人の子を預かる『救護院』は国の運営です。その場合、兵士の子というのが条件ですね」


 看板の下に「四角い箱から蛇が顔を出しているマーク」があった。シュレイの言う商業ギルドの紋章だろう。ヒロトが呟いた「レッドスネークカモン……」という言葉は、シュレイとソランの耳にも入ったが、二人に意味が通じるはずもなく、スルーされた。


 国が運営する救護院は、形を変えた遺族年金のようなものか。なるほど、後顧の憂いがあっては、満足な戦働きは期待出来ないだろう。戦時という限定条件はあるが、最低限の福祉行政は存在することに、ヒロトは少しだけ感心していた。

 さらに、商業ギルドが運営する孤児院まである。偽善臭い気がしないではなかったが、民間の、特に底辺に富を還元するのは慈善事業としては悪くない。善意のパンも、偽善のパンも、食べれば同じパンだ。


 「商業ギルドですか。なるほど、理に適っていますね」


 「理に適っているとはどういうことでしょうか?」


 「そのままの意味ですよ。子供が小さい時から商売を仕込めば、店の戦力になるじゃないですか。しかも、安く雇える。商売に使う算術や簿記を学ばせるには、小さい子の方が楽でしょう。慈善事業としての側面も考えれば、一石二鳥。さすが商人は利に聡い」



 「ヒロト様、それは違いますよ。商人が店で雇うのは、普通の家の子です。よほど優秀な子でもない限り、わざわざ孤児を雇うことはないと思います。あの子たちは奴隷として売られるんですよ」



 「え?」


 虚を突かれ、呆気に取られるヒロト。


 「商業ギルドと言っても、いろんな商人が会員として登録しています。孤児院を運営しているのは、その中でも奴隷商人たちでしょう。中の子たちは8歳まで成長したら、商業ギルドが後見人になって、奴隷として売られます。王都では、未成年の奴隷は、奴隷契約の際に、後見人の署名が必要ですから」


 「奴隷て……。あの子たちは逃げないんですか? 奴隷になるよりも――」


 ヒロトはソランを拾った時のことを思い出し、言葉を飲み込んだ。ガリガリに痩せこけ、全身垢だらけ、ゴミだらけ。打ち身、生傷は無数で、得体の知れない皮膚病まで発症していた。


 「(逃げても食っていけない……か。食えない浮浪児からすれば、食える分、奴隷予備軍の方が、まだしもマシと)」


 ヒロトは気分がどんどん落ち込んでいく一方で、無意識にソランを抱く手に力が入る。ソランは嬉しそうに、ヒロトの首筋に顔を埋める。


 「(くそ、また『テンプレに従いたい病』が発症しそうだ。何考えてんだ、俺! ソラン一人でも面倒だってのに、食えないガキを食わせてやることと、俺の命を燃やし尽くすことに何の関係があるんだよ!)」


 一日とかからず、コトリバチの巣と、地竜12頭を簡単に討伐。無限とも思える膨大な魔力を縦横に駆使し、見たこともない摩訶不思議な魔術を次々に見せてくれる若き天才魔術師。

 「英雄」エンゾ・シュバイツの弟子にして、その力は師をも上回るという。

 

 そんなヒロトが、シュレイにはいつもより小さく見えた。

 その背中があまりにも悲しそうであったから。

 シュレイは胸を締め付けられるような気分になる。


 気が付くと、シュレイは後ろからソランごとヒロトを、その大きな身体で覆うように抱きしめていた。

 シュレイの温かい大きな胸に、ヒロトは自身の後頭部がどこまでも沈んでいくのではないかと錯覚する。


 「彼らには彼らの人生があります。ヒロト様がそうであるように。知らない誰かの人生をヒロト様が背負い込む責任なんてないんですよ。それに――」


 「それに?」


 「ヒロト様が奴隷をどういう風に考えているかは分かりませんが、悪い面ばかりではありません。第一に、彼らは飢え死にすることはないです。そもそも貧乏人は、奴隷を買えませんから、少なくともその時点では主人は金持ちです。また、奴隷は財産でもありますから、主人が商売に失敗したり、怪我や病気で冒険者を辞める場合、まず、奴隷を手放します。だから、主人が飢え死にすることがあっても、奴隷が飢え死にすることは滅多にありません」


 「……」


 確かに、2031年に生きたヒロトにとって、「奴隷」とはただただ、悲惨なイメージを伴う、歴史の暗部的存在だ。ヒロトは「奴隷」と聞いて、ローマ帝国の奴隷ではなく、大航海時代以降の奴隷狩りの歴史や、南北戦争以前のアメリカの奴隷を即座に連想してしまう。


 プロパガンダ的側面もなきにしもあらずだが、それでも地球の人類史において、明るく楽しい側面とは言えまい。そんなヒロトにとって、シュレイの言葉――すなわち、アラトにおける奴隷の現実は、ヒロトの暗鬱とした気分を晴らす助けとなるだろうか。


 「第二に、奴隷は日々の生活と戦う必要がありません」


 「?」


 「犯罪は割りに合いませんから、普通は食べていく為には、狩るか、耕すか、商売で稼ぐしかありません。その戦いは過酷です。しかし、奴隷は戦う必要がないんです。食事も、仕事も、主人が用意してくれますから」


 「……」


 「主人によっては、罰と称して鞭で叩いたり、食事を抜く者もいるかも知れません。でも、その時は我慢すれば良いんです。ですが、奴隷以外の者たちは、我慢しても、食べられる保証はどこにもありません。いくら我慢しても、稼げなければ、飢え死にします」


 シュレイの言葉を聞いて、ヒロトは(もや)が晴れるような感覚を味わっていた。


 「(そうか。俺はかつて、奴隷だったんだ。実際、我慢すれば食べていけたしな。仕事をしていたが、それは戦っていたんじゃなくて、単に我慢していただけだ。苦しかったのは、奴隷でなくなるのが怖かったから。仕事を失い、奴隷でなくなれば、飢え死にする可能性があったから。あの時のソランは、俺がそうなっていても不思議じゃない未来だったか)」


 奴隷の立場であることが辛かったのではない。

 なぜなら、奴隷の立場から抜けて、起業しようとか、新しい何かにチャレンジしようといった思考など、何一つ持ち合わせていなかったのだから。

 「奴隷の立場から外される恐怖を感じること自体」が辛かったのだ。


 「だったら……」


 「?」


 「あの時、ソランを拾ったのは正解だった。テンプレは一面においては、確かに正しい。正しいが、あくまでも一面だ。奴隷はすでに救われている。奴隷は最底辺の存在ではない。その下がいる」


 奴隷制度はセーフティーネットの一つと言える。ならば、その網から漏れる者もいるはずだ。ソランがそうであったように。積極的に奴隷や奴隷制度に関わることは、ヒロトにいくばくかの良心の呵責を喚起させたが、その必要はないと確信した。


 「「てんぷれ?」」


 聞きなれない言葉に、ソランとシュレイが反応する。


 「シュレイさん、商業ギルドに行くのは止めです。俺は浮浪児を雇おうと思います」


 「え?」


 「浮浪児はタダですから、理に適っています。全ての浮浪児を救うことは出来ませんが、そこは目に付いた先着順で」


 「ぷふっ、あはははは。さすがはご主人様です。でも、時間は大丈夫ですか? 店のオープンは延期すれば良いとしても、ヒロト様たちが『迷宮』に向けて出発するまで、そう時間がありませんが」


 シュレイはヒロトたちと知り合う、ほんの三週間ほど前、母子そろって奴隷か、下手をすれば心中していたかもしれないことを思い出す。


 他人の目が気にならないわけではない。今、商業区を歩いていても、道行く人たちの好奇の目は、常にシュレイたちに注がれている。しかし、かつて出来るだけ背中を丸め、顔を隠し、大きな身体でコソコソ日陰を歩いていた時とは違う、ある種の開放感を感じていた。


 それもこれも、自分に好意を抱いてくれる男が傍にいるからだ。

 ただそれだけで、明るい未来以外が思い浮かばない。


 「(ヒロト様にはどんな困難な道でも、まっすぐに歩いていける力がある。ヒロト様は間違えない)」


 人は目指すものがあっても、その道をまっすぐに歩めるとは限らない。壁にぶち当たるたびに、道程は曲がりくねったものとなる。力無きがゆえに。

 だが、立ちはだかる全ての壁を突き崩す力があれば?


 目の前の若き魔術師がシュレイには誇らしくて堪らない。

 そして、その男の好意を一身に受ける自分も。

 シュレイはヒロトの思う通りについていこうと決めた。

 それ以外に幸福へと繋がる道は存在しないように思われたのだ。


 「がんばって、使えそうな浮浪児を探しましょう。もちろん、大人の乞食でも構いません。時間もないですし、早速探しましょう」


 先ほどまで落ち込んでいたヒロトだったが、精神的には随分と楽になっていた。それは、シュレイが大きな身体でヒロトを抱きしめたことと無関係ではないだろう。


 「(俺の今生の目的とは全く関係ないけど、他人の人生を左右したり、救ったり、考えただけでも、十分刺激的だ。ネットやゲームのない世界においては、意外に楽しめそうな予感がする)」


 一方で、ヒロトは冷静に損益計算もしていた。

 かつて、シュレイの『カールトン亭』は毎月14万円の赤字を出していた。これに数人の浮浪児の生活費が追加されても、大した額になるとは思えなかった。ヒロトにとっては、十分、道楽の範疇で収まる額である。


 しかも、店は大繁盛の予感がビンビンしていた。魔石と肉は自前で用意する予定だ。『転移』があれば、他の食材や調味料なども格安で手に入るばかりか、店の目玉となるだろう。

 ヒロトは店が失敗するイメージが全く湧かない。

 もし、今後『無限収納』の開発に成功するようなことになれば、それこそ、運送費と倉庫代までタダになってしまう。原価がタダで、運送費も倉庫代も不要。そんな商売が失敗するはずがない。


 「(『無限魔力』と『転移』というチート持ちが、浮浪児の数人程度食わせてやれないようでは、話にならん。その程度、暇潰しにこなすのがチート持ちの義務だろう)」


 「それなら、商業区でももっとスラム寄りの方が良いですね。旧いツテがあるので、まずはそこに向かいましょう」


 「お願いします」



 商業区である南地区を進んでいくと、何となく旧い建物が増えてきた。旧いだけなら、どこの地区にも珍しくはないのだが、修復されず放置されているのだ。壊れた塀や、剥がれた壁などが。そのくせ、建物は密集している。しかも、ほとんどの建物が三階建て以上であった。

 細い路地を歩きつつ、上を見上げると、建物同士がロープで繋がれており、そのロープには洗濯物が干されている。


 「(何か、昔アニメで見たことあるな、この雰囲気。三千里くらい母を訪ねる話だったか)」


 ただし、スラム街という雰囲気ではない。貧しい者が多いのは確かだろうが、日々の生活の臭いが濃厚であるだけで、それほどネガティブな空気ではない。ヒロトの耳に入ってくる話し声も、活気に溢れているように思われた。

 すれ違う子供の一人が、シュレイを見て、「でけぇ!」と叫ぶ。


 ヒロトの感覚からすると薄汚いが、特にガリガリに痩せているわけではないし、病気でもなさそうだ。着ている服も継ぎはぎはあっても、服としての機能を失ってはない。

 つまり、ここではない。

 ここは単なる下町だ。


 キョロキョロ辺りを見回すヒロトを見て、シュレイは説明する。


 「ここはヒロト様からすれば低所得者の多い地区ですが、食べられないほど貧しい者はいないと思います。今の時間なら、大人たちはまだ商業区で働いているでしょう」


 シュレイの言う通り、時折、子供や年寄りは見掛けるが、働き盛りの大人は見当たらない。


 「なるほど、商業区のベッドタウンと言ったところですか」


 「ベッドタウン。寝に帰る町という意味ですか。そうかも知れません。ヒロト様も上手い事言いますね」


 そこからしばらく歩くと、明らかに周囲の空気が変わる。ヒロトたちの目的地、スラム街に着いたのだろうか。比喩ではなく、本当の意味で空気が変わったのだ。

 ソランは大袈裟に鼻をつまんでいる。ヒロトは「お前も拾った時は似たような臭いがしてたぞ」と口に出しそうになったが、ここはいたずらに少女のプライドを傷つけるのは愚策と思いとどまる。


 「酷い臭いですね」


 王都に住む者たちの生活排水は地下の下水路を通って、一旦、一箇所に集められる。上水は川から引いているので、川に直接下水を流すのはあり得ない。かつてヨーロッパでは直接川に下水を流していたが、まともな神経をしている者なら避ける。


 王都では、下水は地下深くの地下水脈に流す仕組みになっている。その地下水脈への入り口がこの場所にあたる。王都内で、下水が地上に露出している、唯一の場所でもある。


 「この先に地下水脈への入り口があります。王都の下水路の終点でもありますね。真下に巨大な地底湖があるそうです」


 「地下水脈には空気も流れているのですか? 妙な風が吹いているような気がしますが」


 「さぁ、それはどうか分かりませんが、この下水の仕組みは、王都の設計者と土系魔術師たちの努力の賜物でしょう。地底湖の水は地下水脈としてどこかへ流れていきます。凄いと思います」


 「何でその設計者たちは地下水脈に直接下水路をつなげ――」


 答えは自分で言っていたと、ヒロトはすぐに気が付いた。気流だ。直接下水路とつなげれば、地下からの上昇気流や水圧によって、汚水を逆流させてしまう可能性がある。そうなれば下水路の意味がない。

 そこで、一旦、巨大な池に汚水を集め、一定の量ずつ地底湖へ汚水を流すというわけだ。


 ヒロトは索敵用結界を広げ、地下の空洞を探査する。索敵用結界の基本用法は生物の有無を調べることだが、地形もおおよその形くらいは知ることが出来る。


 「(入り口は小さいが、中の空洞は相当広いな。例え、一気に流し込んでも、地下水脈に流れてくれるのは一定量というわけか。過去に一気に流して、溢れさせたことがあるのかな)」


 入り口は小さいと言っても、巨大な岩で囲まれた入り口は直径3mくらいはある。

 王都の人口は20万人以上だが、地球に住む現代人と違って、シャワーや洗い物の際に水を出しっぱなしにしたりはしない。その為、汚水自体の量は、ヒロトの想像以上に少ないのが現実だ。もちろん、糞尿は人口分だけ出るが。

 途中で地面に浸透したり、蒸発する分も考えれば、現代の日本人に比べれば、数十分の一レベルだろう。


「彼らが常に監視していますから、普段はただ池に溜まった糞尿や汚水を流すだけです。問題は大雨の日などですね」


 「なるほど。彼らがいなければ、王都の生活も今ほど便利で清潔には保てないのでしょうね。立派な仕事です。ただ、その、何というか、彼ら、私たちを睨んでますね。もしかして、立ち入っちゃ駄目な場所だったりします?」


 池の水門のところで仕事をしていた5~6人の男たちが、手を止めてヒロトたちを見ている。


 「彼らは『賤民』とされています。通称レッドネック。赤い隷属の首輪が目印で、『犯罪奴隷』たちです。立ち入って良いか駄目かで言えば、特に問題はありません。ただし、このエリアで犯罪に巻き込まれても、誰も助けてはくれません」


 「ちょっ、シュレイさん!? 何でそんな危ない場所に連れてきたんですか?! 確かに、彼ら、一筋縄では行かなそうな面構えの連中ばかりですよ。視線が怖いです」


 「ぷふっ、ヒロト様なら全く問題ありません。ちょっと魔力を解放して見せれば、まともな相手なら手出しできませんから。それに、ここの責任者は、大昔に冒険者ギルドで下水路の掃除を受けていた頃に知っています。多分、私を見れば気付くでしょう」


 シュレイは笑っているが、ヒロトの緊張は一気に高まっていた。悪意というほどのものではないが、「何見てんだ、この野郎」くらいのプレッシャーは、彼らの視線から十分に感じられるからだ。


 痩せぎすの不健康そうな男が近付いてくる。

 足が悪いのか、妙な歩き方だ。

 一応、ヒロトはソランを引き寄せ、心の中で戦闘態勢を整える。


 「シュレイじゃねぇか。随分久しぶりだな。俺が知ってる頃より、50cmくらいデカくなったんじゃねーか? 昔は俺より少し高いくらいだったが」


 大きな声で言っているのは、周囲の男たちに「知り合い」だと知らせる為だろう。それを聞いて、男たちは仕事を再開した。


 「お久しぶりです、ワーロックさん。こちらは私のご主人様で、ヒロト・コガ様、その弟子ソランちゃんです」


 「私はヒロト・コガ。魔術師をしております。目指すは魔道の極み、いずれ『大魔導師』を継ぐ者です」


 「わたしは、魔じゅつ師ヒロト・コガが弟子にして、『大魔どうし』エンゾ・シュバイツが孫弟子、ソラン・クローラともうします。目指すは、魔どうのきわみ、いずれ、『大魔どうし』の名をつぐものです」


 ヒロトは礼をしながら、『鑑定』を発動する。


 【名前】:ジーン・ワーロック

 【種族】:人族(獣人族)

 【レベル】:45

 ・Hp:不明

 ・Mp:568/573

 【スキル数】:13


 「(あれ? 今、『鑑定』する時、上手く魔力が通過しなかったな)」


 ヒロトはその原因がワーロックの首輪にあるとすぐに結論した。首輪を構成する魔法陣の中に魔力阻害の術式が含まれているのだろうと。

 ただし、『鑑定』自体に問題はなかった。ヒロトの『鑑定』は、対象の体内魔力に一瞬でも触れれば目的を達成するからだ。


 「(レベル2になって名前は分かるようになったが、それだけだな。生物、非生物関係なく発動出来るのは良いが、大して使えねぇ。Hpは『不明』って出るしな。日本語化パッチくらいか。パッと見、見やすい)」


 ちなみに、ヒロトは知らないことだが、『鑑定』と『鑑定(生物)』、あるいは『鑑定(非生物)』は別のスキルである。このことはあまり知られていない。理由は『鑑定』の際に、体外魔力を使う者がほとんどいないからだ。

 取得条件は「体外魔力を使って、『鑑定』を試みること」。

 レベルアップの条件は「体内魔力を増やすこと」。

 両者最大の違いは、レベルアップした際の汎用性の高さと、発動時の彼我の距離である。もちろん、条件無しの『鑑定』の方が汎用性は高いし、彼我の距離も長い。

 もっとも、現状、ヒロトの『鑑定』はまだLv2なので、それほどの差はないが。


 「これはこれは、強そうな兄ちゃんと、可愛いお嬢ちゃんだ。お前がここに来た理由を聞かせてもらう前に、一つ聞かせてくれ。今、お嬢ちゃんが言った、エンゾ・シュバイツが師匠ってのは本当か?」


 「もちろん、本当です。私の店の経営が行き詰った時に、偶然、こちらのヒロト様に拾って頂きまして、今は新しい料理屋の準備中です」


 この手の対応が得意ではないヒロトは、シュレイに紹介されるも、頭をかきながら、「ども」とだけ応えた。


 「そういや、料理屋をやるのが夢だとか言ってたような気がするな。結局、店は開けたのか。凄ぇじゃねぇか」


 「潰れましたけどね。ヒロト様がいなかったら、母子揃って、奴隷落ちでした。本当に感謝しています」


 「お前、子供いたのか? 良くお前の相手をする男がいたな」


 ヒロトは一気に膨大な魔力を展開する。


 「なっ、すまん、悪気があったわけじゃない。別にヒロトさんを当てこすった訳じゃねぇんだ。好き合ってんなら、部外者の俺が口を出す立場じゃねぇや。勘弁してくれ!」


 「いえ、私も怒ったわけじゃありません。時々、無意識に魔力が暴走してしまうのです。未熟さゆえのご迷惑、こちらこそ謝らせて下さい」


 「……そ、そうかい。それで、シュレイ、こんな臭ぇ場所に何しに来たんだ? こんな若くて強い旦那様がいるんなら、用はねぇはずだ」


 「実は、親のない子はいないかと思いまして。今度オープンする店で雇いたいとご主人様が希望しまして。それで、力になって頂けないかと」


 「どういうことだい? 料理屋じゃなくて、ガキを使った売春宿でもやろうってのか?」


 ヒロトはやけに突っかかってくる相手だと思ったが、確かに誤解を与えかねない要望だと感じ、話を引き継ぐ。


 「普通の料理屋ですよ。『シュバイツ大森林亭』と言います。一応、私がオーナーになります。シュレイさん一人では手が足りないので、洗い物や、ホール担当の子を何人か雇いたいと」


 「それなら奴隷を買うか、商業ギルドに行って、紹介してもらえば良いじゃねぇか。何でわざわざこんな犯罪奴隷しかいない、臭ぇ場所に来るんだ?」


 「その犯罪奴隷の子なんかがいればベストですね。奴隷にすらなれない子なら、安く雇えるでしょう。もちろん、給金はちゃんと支払いますし、私なら腹いっぱい食わせてやれます。店の二階に住み込みスタッフ用のベッドも完備しています」


 店は三階建て。二階と三階も人が住めるようにはしてあるが、まだ、ベッドや内装など、即入居可、というわけではない。『迷宮』から帰るたびに、少しずつ整えていけば良いと思っていたのだ。

 つまり、方便である。

 だが、ワーロックは腕を組んで考え込んでいる。

 ヒロトの方便が通じたのだろうか。


 「もう一つ聞かせてくれ。この可愛いお嬢ちゃんは、ヒロトさんの家族かい?」


 ワーロックは自分がシュレイたちの元に近付いて行った時に、ヒロトがソランを、危険が及ばないようさり気なく引き寄せた瞬間を見ていた。そして、シュレイよりも半歩前に出たことも。


 「家族同然の間柄ですが、血は繋がっていません。今は、『腕輪の魔術師』というパーティーを組んでいます。一月ほど前に、飢え死に寸前のところを拾いました」


 ソランはその紹介が嬉しかったのか、胸を張っている。マントに隠れていた腕、特に腕輪部分を誇示するように、さりげなく露出させる。ワーロックに見せつけているのだろうか。


 実に不自然である。

 だが、それが逆に、真に迫っていた。

 高そうなマントに、高そうなブーツ。

 血色の良い顔に、明るい表情。

 変わった髪形だが、整った顔に良く似合っている。


 「(ガキにとっちゃ、糞の臭いだけじゃなく、危険な臭いもする場所のはずだが、まるで危険を感じてねぇ。ガキは正直だ。拾われてたった一ヶ月なのに、ヒロトさんといれば、安全だと知っているんだ)」


 ゆえに、信ずるに値する。

 それがワーロックの判断であった。


 「わかった。こっちに来てくれ」


 ワーロックは三人を引き連れ、今にも朽ちて倒れそうな建物に向かって歩いて行く。

 彼らが生活する長屋であった。

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