幕間(4) 「ライバル」
ヒロトがいきなり母ちゃんに告白しやがった。
むちゃくちゃだ。
何考えてんだ?
さっき、一度飯食いに来ただけじゃないか。
一目惚れするような相手じゃないだろ。
母ちゃんの顔と身体を良く見ろ。
買ってくれるのは嬉しいけど、そんな簡単なもんなんか?
俺が母ちゃんのことを「ブス」って言ったら、馬鹿みたいな魔力を纏って、「ブチ殺すぞ」なんて脅すしさ。
やっぱ、普通に奴隷になった方が良かったかもしんない。
多分、こいつは凄い魔術師なんだろうけど、母ちゃんにとっては危険すぎる。
頭も良いし、口も上手いみたいだ。母ちゃんがコロッと騙されてる。
身長は175くらいか?
大して筋肉はない。顔は平べったくて薄い感じだけど、普通だ。
多分、普通っぽいのが、母ちゃんの警戒心を削いでるんだ。
だって、母ちゃんが、あんなに楽しそうに男と話してるの、初めて見たもん。
母ちゃんはブスのデカ女だけど、俺にとっては良い母ちゃんなんだ。俺が働けるようになれば、俺が母 ちゃんを食わせてやるんだけど、今の俺の歳じゃ、それも難しい。
一度、奴隷になっちまったら、母ちゃんを買い戻すことも出来ない。だから、俺と母ちゃん、一緒に買ってくれる人じゃなきゃ駄目だ。でも、それが難しいことは良く分かってる。
俺が子供だからだ。
ヒロトは俺たち二人とも買ってくれると言ってる。
あんな馬鹿みたいな魔力持ってるんだから、多分、めちゃくちゃ強い魔術師だ。
俺はさっき、ヒロトの魔力に「驚いて腰を抜かした」んじゃなくて、魔力に「圧し潰された」んだ。圧し潰されて、腰をついたんだ。
そんなこと、普通の魔術師に出来るわけがない。
あれだけの魔力を持った魔術師なら、金も持ってるはずだ。
俺たち二人を買うくらい、何でもないんだ。
そういや、このソランって子も、やたら高そうなマントを着てやがるな。やっぱり、こいつら金持ちだ。
「おい、お前の兄弟子、信用できるやつか?」
「ヒロトさまは、いずれ、『大魔どうし』の名をつぐもの。信用できるにきまってるでしょ」
「こいつ、何を言っているんだ?」と、呆れたような表情だ。
ちっちゃい癖に、難しい言葉を使いやがる。そして、俺を見上げながら、見下すという器用な真似をしてくれた。
「大魔どうし」が何かは知らんが、ついに、俺たち母子にも、運が向いて来たみたいだ。
でも、母ちゃんを取られるのは嫌だな。
どうも、ヒロトはブス好きみたいだ。
ブス好きで、強くて、金まで持ってる。
危険すぎだ。
母ちゃんがこいつに惚れてしまったら大変だ。
くそっ、母ちゃん、楽しそうに掃除してやがんなぁ。
掃除がそんなに楽しいわけがない。
あんなウキウキ掃除してるのは、ヒロトがさっき、「綺麗ですよ」と言ったからだ。
俺たちの買い手が見つかったからじゃない。
買い手が見つかっただけなら、結局、奴隷なんだから、あんなに喜ぶはずがないからな。
母ちゃんはブスだから、綺麗なんて言われたことがないんだ。
それも、母ちゃんの顔や身体を見たら仕方ないことだ。
街に出る時は、バンダナで顔を半分隠して、首や腰を曲げて、少しでも小さく見せようと努力しているのをおいらは知ってる。
そんな母ちゃんを見るのは、本当に辛い。
母ちゃん、顔もブスだけど、身体もむちゃくちゃデカくて、騎士さまや冒険者たちよりもデカいからな。
それが今日、初めて男の人に「綺麗ですよ」なんて言われたもんで、舞い上がってんのさ。
くそヒロトめ。
上手いことやりがって。
ヒロトは母ちゃんに「綺麗」って言った、初めての男になったんだな。
許せん。
どうせなら、俺が言ってやれば良かった。
でも、嘘つきになっちゃうしなぁ。
不思議なんだけど、ヒロトは本当に綺麗だと思ってるみたいだ。
お世辞を言ってる感じじゃなかった。
こいつとケンカしても勝てるわけないしなぁ。
魔力だけでおいらを圧し潰すくらいなんだから、火にでも変換されたら、一瞬で、焼け焦がした肉みたいになっちゃうな。
「ブチ殺すぞ」って脅された時、小便チビりそうだったしな。
どうすりゃ良いんだよ。
母ちゃんはまだヒロトに惚れたわけじゃないと思うけど、自分のことを好きな人が身近にいれば、ヒロトに惚れるのも、時間の問題だ。そうなっちまったら、おいらにはどうしようもない。
おいらが子供だからか?
黙って見てるしかないのか?
クソ野郎め。
母ちゃんを、エロい目で見やがって。
母ちゃん、そんなにおっぱいを揺らしちゃ駄目だ。
天井が低いからって、そんなにかがまなくても良いんだ。
ヒロトがエロい目で見てるぞ。
こいつ、後ろから椅子でブン殴ってやろうか。
あっ、ほら、ケツをヒロトに向けちゃ駄目だって。
ヒロトが半分身を乗り出してる。
つか、母ちゃんも母ちゃんだよ!
何でこんなボロっちい店を、そんなウキウキ掃除してんだよ。
ったく、人の母親を、何つぅエロい目で見てやがんだ。
どう見ても、犯罪者の目だぞ。
何か、もう、いつ母ちゃんに飛びついても不思議じゃない感じじゃないか。
完全に頭がイカれてる。
強くて頭のイカれた魔術師とか、どうすりゃ良いんだよ。
あと、こいつも危ねぇな。
ソランちゃんだっけか?
さっきから、可愛い顔で、母ちゃんを睨んでる。
ヒロトを取られるのが嫌なのかね。
残念、ソランちゃん。
10年、生まれるのが遅かったな。
それに、ヒロトはブス好きな上に、デカ女好きの可能性まである。
ソランちゃんには勝ち目はないぞ。
しかしこの子、うちの母ちゃんと違って、可愛い子だな。
「いらっしゃいっ!」
「あ、師匠、話上手く行きましたよ!」
「ほぅ、そうか。主人、あんた、それで良いのか?」
この爺さんは有名人で、「英雄」なんだったな。
ヒロトの暴走を止められるのは、この爺さんくらいしかいないっぽい。残念なことだけどな。
一応、母ちゃんの気持ちを聞いてるし、常識のある爺さんらしい。
一方、ヒロトは常識もクソもない、むちゃくちゃ野郎だ。
二人とも買うだの、店も用意するだの、全部自分で一方的に決めやがって。母ちゃんの気持ちなんて、お構いなしだ。
それを喜んでる母ちゃんも大概だ。
「ええ。一応、明日マクマホン商店のライザックさんに伝えてみようと思います。それよりも、お金の方は良いのでしょうか? 借金は結構な額になりますけど……。それに、母子二人を……」
「ヒロト、大丈夫そうか?」
「思ったよりも安く済みそうです。それと、ここ、賃貸らしいんですが、出来たら買おうと思います。ここじゃなくても良いんですが、うちから通うなら近い方が楽でしょう。店舗については、市場調査も兼ねて、王都の飲食店を、その、しゅ、シュレイさんといくつか見て周って、無難な感じの店に私が建て直します」
ここは賃貸だぞ。
買い取るってのか?
一体、いくら掛かると思ってるんだ、こいつは。
建物は古くても、一応、王都の土地だ。
それに、「私が建て直す」て、どういうことだよ。
ヒロトが店を作るんか?
店作りを口実に、母ちゃんをデートに誘おうってか?
そんなに顔を赤くしてたら、バレバレだぞ―― いや、それがこいつの手か。チラチラ母ちゃんの方を見てやがる。
くそっ、母ちゃんの方を見たら、母ちゃんも顔を赤くして固まってやがる。
母ちゃん、デートなんかしたことないんだろうな。
「そうか。なら、好きにすると良い。わしは明日から、知り合いのところを周って、どこの迷宮から攻めるか、考えようと思っとる。やはり、大バロウ帝国の迷宮が一番面白そうじゃがな」
こいつらは、近く、迷宮に行くから、その間の留守番を探している、ってことだったよな。
まぁ、ヒロトは母ちゃんに一目惚れしたから、おいらたちを買うことに決めたんだろうけど。
迷宮って、凄ぇ強い魔物なんかも出るんだよな。
大丈夫か、こいつら。
ソランちゃんなんか、丸っきり子供じゃないか。
迷宮ってのは、その辺の森とはわけが違うんだろ?
「もう、腕が鳴ってるんですか?」
「わははは。その通りじゃ。腕が鳴って、我慢出来んわい」
「あの、ヒロトさんは簡単に言っていますが、本当に店のことまでお任せして良いのでしょうか? こちらとしましては、ありがたいばっかりで、何のお返しも出来ませんが」
「ヒロトが大丈夫だと言っておるんじゃろ? なら、お主はヒロトに任せておけば良い。奴隷とはそういうもんじゃろ。仕事はちゃんとやってもらうから安心せい。そうじゃ、早速、腹が減った。何か作ってくれんか?」
「あ、師匠、それなら良いものがあります」
何か馬鹿デカい肉の塊を出しやがった。
今、どこから出した?
あんな薄っぺらいバッグから取り出せるような大きさじゃないぞ。
「こ、これは何の肉でしょうか?」
え? 肉? 母ちゃん、その肉をどこから出したのか聞かないの? どう考えても変じゃん。今、突然、肉が出てきたじゃん。
母ちゃんが肉好きなのは知ってるけど、そんな目つきしないで。
つか、それ、ただの肉じゃないの?
「地竜ですよ。数日前、我が『腕輪の魔術師』が狩ったものです。いくらでもあるので、好きに使ってください」
地竜って、竜か?
そんな肉がどうして、突然出てくるんだ?
竜の肉なんて、貴族の食べるもんだろ。
竜騎兵が乗る竜でさえ、戦場で潰れたら、肉は取り合いになるって話だ。
「こっちの内臓の方は、早い方が良いですね。もっとも、残った分は、私のマギバッグに入れておけば、問題ないですけど」
うわっ!
今度はさっきの肉と同じくらい、デカい肉の氷漬けを出しやがった。
間違いない。今、あの薄っぺらいバッグから出した。
あのバッグ、多分凄い魔導具だ。
「地竜……ですか……? こんな高級肉、うちでは扱ったことがありませんが。しかも、内臓まで……」
「ヒロトたちは、こんな肉をいつも食っているのか?」
聞かずにはいられない。
だって、今後のおいらたちの食料事情ってやつに影響してくるはずだからな。奴隷なんて、食い物くらいしか楽しみはないって話だ。
うちは貧乏だけど、ここは飯屋だから、食べるものには困ったことはない。余りものの材料だけどね。
それが、こいつらの奴隷になったら、噂に聞くクズ野菜の入った塩スープとカビの生えた黒パンしか食えなくなるかも知れないんだ。
「普通の肉と変わりないよ。しゅ、シュレイさんの腕に掛かれば、どんな肉でも、ごち、ごちそうだからな。パンも俺が用意したものを食べよう」
そう言いながら、母ちゃんの方をチラッチラッと見てやがる。
そりゃ、確かに母ちゃんが作れば、大抵のもんは旨くなるよ。
でも、多分、ヒロトが言いたいのはそんなことじゃないな。
ヒロトは母ちゃんが喜びそうなことを言って、反応を見てやがるんだ。抜け目のないやつだ。口下手を装ってるが、そんなやつが、こんな短時間で母ちゃんを落とせるわけがない。
おいらたちはこいつらの奴隷になるんだから、無理矢理言うことを聞かせれば良いのに、好かれようとしてるんだ。
こんな努力を積み重ねられたら、そら、母ちゃんなんてすぐに落ちるわ。
ヒロトの言葉を聞いて、母ちゃんはまた照れてやがる。
無表情を装っているけど、おいらには判るよ。
これがおいらの母親ってんだから、始末に終えんな。
こんな乗せられやすい性質で、こいつらの奴隷になって、本当に大丈夫なのかね。
白パンも大量だ。
あの白さなら、黒パンの倍くらいの値段がするはずだ。
壺は何が入ってるんだろう。酒か?
母ちゃんは酒は飲まないから、ヒロトが飲むのかな?
壺から何か甘い良い匂いがする。
ジュースだったら良いな。ジュースなら俺も飲めるから。
「じゃぁ、シュレイよ。その肉を使って、早いとこ、何か準備してくれ。わしもソランも腹ペコじゃ。お主ら二人の分もじゃんじゃん作って持って来い。皆で頂こう」
爺さんも気前が良い。
って、ん?
ソランって、この子だろ。
どうして腹が減ってるんだ?
昼にランチ定食二人前食ってたぞ。
ヒロトは頭がおかしくて、こいつは腹がおかしいのか?
「かしこまりました」
嬉しそうに返事しちゃって。
浮かれたブスな母親ってのも、いろいろキツいものがあるけど、まぁ、母ちゃんが楽しいのなら、それで良いか。
二人とも勝手にやってくれ。