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 幕間(3) 「一目惚れ」

 品の良い、魔術師用の黒マントをまとった三人組が私の店に現れたのは、ランチタイムも終わる間近、14時頃だったろうか。

 三人のうちの、若い男、ヒロト・コガは最初、酷く疲れているように見えた。ぼうっと突っ立って、私の様子を見ていたからだ。

 醜い私に興味があるというわけではなく、単純に、抜け殻のような雰囲気だった。


 店にはマクマホン商店のライザックがいた。

 昨日も来たが、昨日は、厨房器具や店内調度などを紙に書き付けていた。少しでも借金の足しにしたいのだろう。


 どうやら、この店も終わりらしい。

 結局、9年続けたが、年単位では、一度も黒字化することはなかった。残念だが、商売とは厳しいものなのだろう。むしろ、一度も黒字化することなく、よくも9年ももったものだと、逆に笑い飛ばしたい気分もあった。

 きっかけはケイラン商会から安い食材を仕入れたのを咎められた形だが、潮時だったのかも知れない。


 『借金奴隷』


 そのことを考えただけで、絶望で視界が真っ暗になる。

 「私はどうなっても構わない。でも、子供だけは助けて欲しい」という陳腐な神頼みの台詞が、よもや自分の口から飛び出すとは思ってもみなかった。

 神様なんていないのに。


 神様がいれば、私のような醜い存在が生まれるわけがない。

 でも、それでも、神頼みしないわけにはいかなかった。

 愛するサリムと別れるなんて、出来ないから。

 あと数年で良い。

 サリムは9歳。あと3年もあれば、身体の丈夫なあの子なら、一人で食べていける。


 『食事処・カールトン亭』は人件費を削る為に、サリムに手伝わせていた。

 何とか、黒字化させようと必死だったから。

 でも、それが間違いだった。

 あの子が6歳になった時点で、どこか奉公に出すべきだった。商人のところでも、職人のところでも。 そうすれば、私が奴隷になっても、あの子は奴隷にならずに済んだのだ。


 私が奴隷になっても、普通の仕事が待っているわけがない。この容姿じゃ、房事の相手として買ってくれる人はいないし、力はあるけど、荒事は正直、苦手だ。

 私は鉱山でもどこででも生きて行ける。

 でも、サリムはまだ9歳。

 鉱山の空気穴や水抜きの作業は、身体の小さい奴隷の子が最適らしい。もちろん、危険も多い。

 サリムにそんなこと、やらせたくない。

 普通の子より力がある分、都合よくコキ使われて、怪我か病気でもしたら捨てられるのだ。

 そんなことになったら、私は……。


 今年で28歳になるが、思えば、話に聞く「青春」なんてものは、私には何一つなかった。

 あったのは、孤独と絶望だけ。

 サリムは盗賊に犯されて出来た子だ。

 サリムは絶望の中から生まれた、私の唯一の希望。


 魔導灯を消した暗い店内で、途方に暮れていると、「おいら、母ちゃんを買ってくれる人を探してくるよ!」と言って、店を飛び出したサリムが帰ってきた。


 本当に優しい子。

 そんなの無理に決まっているのに。

 良く見ると、サリムの後ろに、二人。

 ランチタイムの最後に定食を食べに来た若い魔術師と、二人前をぺロリと平らげた小さな魔術師がいた。


 「か、母ちゃん、買ってくれる人を探してきたよ」


 この子は何を言っているのだろうか。

 こんな若い魔術師が、そんなお金持っているわけないじゃないか。貴族や宮廷魔術師とでも言うのならわかるけど、どう見ても、野良の魔術師だ。育ちは上品そうな感じだけど、それは貴族の持つ品とは違う。


 容姿のことでからかわれるのは、もう御免だ。


 「まず、話を聞いてください。私は魔術師をやっていますヒロト・コガ。こちらは弟子のソラン。師匠はエンゾ・シュバイツと言いまして、結構有名人です」


 「英雄」エンゾ・シュバイツの弟子らしい。

 エンゾ・シュバイツの名は、魔術のことなんて、ほとんど知らない私でも知っている。

 それなら、奴隷二人を買うくらい何でもないのだろうか。

 しかも、家の留守番用に買いたいそうだ。

 留守番するだけ?

 魔術師でも、「英雄」ともなれば、家を何日も空けるほど忙しいのだろうか。

 しかし、それなら、不動産屋に管理を頼むのが普通だ。奴隷二人を養う意味が無い。


 「い、いや、それはその、しゅ、シュレイさんが良いのです」


 ますます意味が分からない。

 私はこんな図体をしているけど、荒事は得意じゃない。

 悪いけど、用心棒のつもりで買っても、役には立てないよ。


 ヒロト・コガと名乗った青年は、顔が真っ赤だ。

 ランチを食べに来た時も思ったが、本当に体調が悪いらしい。

 熱でもあるのだろう。

 私は容姿は醜いが、相手の体調を悪くするほどではないと思いたい。一応、これでも女だから。

 私は巨人族の血のせいで、身体は2m20cmを超えるから、威圧してしまっているのかも知れない。

 ヒロトは随分と緊張もしているようだ。


 そのくせ、私の足の先から、頭のてっぺんまで、くまなく観察している。

 巨人族は珍しい上に、人族とのハーフともなれば、私自身、自分以外の例を聞いたことがない。ヒロトにとっても、珍しいのだろう。

 しかし、観察の仕方が執拗だ。


 普通は、私の顔と身体を見て、哀れみの表情を浮かべた後、視線を外すのだけど、ヒロトの場合、ゾクリとするほど、舐めるように見てくる。私の容姿に忌避感はないのだろうけど、ちょっと失礼なのではないか。

 それとも、魔術師とはそういうものなのだろうか。


 何でも、私を買うことは既に決めていて、わざわざ事前にここに来たのは、オークションになれば、「高額になり過ぎる可能性がありますので」とのことらしい。


 思わず吹き出しそうになった。

 お茶でも口に含んでいたら、ヒロトの顔にぶちまけていただろう。

 私を買いたい人なんているわけがないんだから、どうしてそういう発想になるのか分からない。

 それとも、私の知らない私の利用方法でもあるのかね。

 見世物小屋に入れられて、各地を転々とするなんて御免だよ。

 28歳と言えば、もう年増の部類だ。しかも、サリムもいる。

 普通に考えて、オークションに出ても、入札者が現れず流れるだろう。サリムの買い手はいるだろうけど、そうなれば、離れ離れになってしまう。

 そんな私の心配を振り払うかのようにヒロトは断言した。


 「オークションになっても、ならなくても、二人とも買うつもりですよ。ついでにこの店も」


 何と、「ついで」と来たよ。サリムどころか、この店まで買うつもりらしい。本気なのだろうか。

 店は賃貸だけど、買えば250万セラ以上はするだろう。建物に価値はないけど、場所はそれほど悪くない。旧い区画だけど、一応、住宅街だ。人通りはある。

 でも、店は9年間一度も黒字化することなく、借金漬け。

 ヒロトに一体何の得があるのか。


 「そ、それは、その、しゅ、シュレイさんの料理が毎日たべっ、食べられれば、私も、師匠も、ソランも、健康にも良いですし」


 さっきから、何を緊張しているのだろうか。

 顔は真っ赤だし、声は震えている。

 良く見れば、膝も震えているみたいだ。

 そのくせ、言っていることは大胆だ。

 基本的に何でも自分の思い通りになると、確信している感じとでも言おうかね。それだけ自分に自信があるのだろうか。

 でも、それなら何でこんなに緊張しているのか。

 ヒロトが誠実な人だというのは理解できる。それは間違いないだろう。騙している風でもない。


 「ヒロトさま、もう少しよく考えた方がいいです。この人はヒロトさまにはふさわしくありません」


 子供の魔術師が言った言葉で、ふと思い当たるフシがあった。

 それにしても、可愛い子だ。

 頭も良い。

 5歳くらいだろうが、恐ろしいくらいに整っている。

 成長したら、一体どれほどの美人になるのか。

 珍しい髪形が、綺麗な顔に良く似合っている。

 どこの理髪店で切ったのだろうか。

 ここまで洒落た髪型に刈る理髪店など、王都でも聞いたことがない。私も一度で良いから、そういう洒落た理髪店で髪を切ってみたかった。私のくすんだ灰色の髪も、多少は綺麗になるかも知れないから。


 見れば見るほど、「英雄」とヒロトに可愛がられているのが伝わってくる。

 今、幸福であることと、未来が幸福であることを、何一つ疑っていないのが、一目で分かる。

 きっとこの子は「特別な子」なのね。

 もし、私がこんな子供時代を過ごせていたら、どんなに幸せな人生だっただろう。


 ああ、「この人はヒロトさまにはふさわしくありません」って言葉ね。ようは、この子、ヤキモチ妬いているみたい。

 うふふ。

 可愛らしい子。

 でも、そんなことはあり得ない。

 人族の顔に、巨人族の身体。

 その身体も、シルエットは巨人族というよりは、人族。

 そんな気味の悪い魔物みたいな女に好意を抱く男なんていないのよ。だから、ヤキモチを妬く必要なんてない。


 「こ、こら、ソラン、俺はそういう話をしているんじゃないんだ。これは高度に建設的にして未来的、そしてビジネス的な話だ。俺はシュレイさんと大事な話がある。サリムとそっちで遊んでろ」


 ヒロト・コガ。

 この若い魔術師は、どうしてそんなに取り乱すのだろうか。

 まさか、本気なの? 

 私自身、鏡に映った自分の姿に吐き気を催すような容姿よ。

 熱でもあって、頭がぐちゃぐちゃになっているんじゃないの?

 眼が悪いのかしら。

 それともヒロトの眼は、昔どこかで聞いた魔眼か何かで、目の前の私が見えていないとか?


 私が借金の内訳を話すと、ヒロトは凄まじい速度で計算をした。

 ヒロトは頭の中で計算が出来るらしい。

 それも、私が帳面を使って計算するよりも速く。

 魔術師は頭が良いと聞いたことがあるけど、本当だったみたい。

 商売の話になると、ヒロトは妙に饒舌になった。緊張が解けて、自分のペースで話し始めた感じか。元は商人だったのかも知れない。


 でも、重要なのはそういうことじゃない。


 重要なのは、ヒロトが私の状況を何とかしようとしてくれていること。

 本気で善後策を考えてくれていること。

 借金漬けの、醜い大女の為に。

 借金を全て払い、店まで持たせてくれると。

 そんなの、エルフの高級娼婦にだって、なかなかないことだ。

 例え、「英雄」の弟子にとっては、大した金額じゃなかったとしても、酔狂だけで、子連れの醜い年増女を買うかしら。


 ヒロトの目は、どう見ても正気だし、本気だ。


 「もちろん、私は正気ですよ。それに『ブス好きの変態』でもありません。店を続けることは、私には意味がなくても、しゅ、シュレイさんには意味があるのでしょう?」


 どういう理由か分からないけど、ヒロトは私に好意を抱いている。

 多分、間違いない。

 普通の人とは、美的感覚というか、人を見る目が違うというか、良く分からないけど、ヒロトは「私への好意」から大金を出そうとしている。

 「善意」ではなく、私を女として見た上での、「好意」。


 アラト中を探せば、そんな奇特な男がいるのかも知れないけど、そんな男に出会うのがどれほど難しいか、自分が一番分かっているつもり。


 もしかすると、ヒロトは私に『一目惚れ』したのかも知れない。『一目惚れ』なんて、聞いたことしかないけど。

 調子に乗りすぎかも知れないけど、そんな気がしてきた。

 思い起こせば、最初に店に来た時から、私を見る時の様子がおかしかったような気がする。


 ヒロトは私のことが好きになったのかも――というのは、ちょっと調子に乗りすぎか。

 公平に見て、多分、ヒロトの女を見る目はおかしい。

 それは間違いない。

 

 18歳くらいかしら。

 女性経験が少なすぎて、比較対象がないのかも知れない。

 でも、私に好意を抱いていることも、間違いないと思う。


 「シュレイさんは料理が美味しいですし、そ、それと、シュレイさんは、き、綺麗ですよ。私はそう思います」


 私の頭の中を、「綺麗ですよ」という言葉がぐるぐる周る。

 ヒロトは私の容姿に一目惚れしたらしい。

 あり得ないけど、現に、目の前のヒロトは全身で「私のことが好き」だと言っている。

 最初に「料理が美味しい」なんて言ってるけど、それはきっと、ヒロトの照れ隠し。私の料理は料理屋の食事としては、普通だ。

 ヒロトが本当に私に伝えたいのは、「私の容姿が好きだ」ということ。

 間違いない。

 気付くのが遅れたのは、私に人に好かれた経験がなかった所為。

 ごめんね、ヒロト。

 気付くのが遅れて。

 普通の女なら、すぐに気付いたんだろうね。


 本当に嬉しい。

 震えるようよ。

 

 ヒロトは私の料理に惚れたわけじゃない。

 

 私の内面に惚れたわけでもない。


 ヒロトは私の容姿に惚れた。


 自分の容姿に惚れられることが、これほど素敵な気分になることだったなんて、今日の今日まで知らなかった。

 女に生まれて、こんなに嬉しかった日はない。

 世界の全てを手にしたような気分よ。

 

 料理は上手くなれる。


 内面だって磨ける。


 その上、容姿に惚れられた。


 それは、ヒロトの前でなら、私は最高の女になれるということ。


 自分の気持ちを告白して恥ずかしいのか、ヒロトは真っ赤になって、モジモジしている。

 私の大きな胸と腕で力いっぱい抱きしめたい気分。

 あぁ、男に対して、こんな気分になる日が来るなんて!

 自分の不幸に対してじゃなく、喜びで涙する日が来るなんて!


 このままずっと、この気持ちを噛み締めていたい。

 でも、サリムが見ている。

 可愛い魔術師さんも私を睨んでる。


 仕方ない。このままヒロトを見ていたら、ドキドキして、頭が茹で上がってしまいそう。


 掃除でもするか。

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