第30話 「シュレイ・カールトン(1)」
▼本話、第30話より「第二章 王都編」になります。
王都の住宅地の一角に、ヒロトたちはいた。
この辺りの不動産を一手に管理しているキンダー不動産。
その営業担当が紹介した、本日二件目の物件だ。
王都での新しい出発を予感してか、ヒロトもソランもどこか浮き足立っている様子。
つい先ほどまで冒険者ギルド王都支部にて、元S級冒険者で、現ユリジア王国冒険者ギルド長ダグラス・シーバーと腹の探り合いをしていたとは思えぬほどのテンションである。
今年で252歳になるエンゾ・シュバイツですら、不動産屋の営業担当にあれやこれやと注文を付けている。
「庭の手入れもされていますし、なかなか良い家じゃないですか。部屋も多いです。ここなら三人とも個室が持てますよ」
間取りは変形7LDK。家賃は月2万2000セラ。年間契約だと25万セラ。
王都の中心街からは離れているが、住むには悪くない。比較的、旧い区画なので周囲の建物はそれほど新しくは無いが、逆に人の出入りが頻繁でないことを意味しており、ヒロトたちにとってはむしろ好ましい条件となる。いわゆる、閑静な住宅街といったところか。
「ひと月ほど、各国の迷宮を調査したら、すぐに出発するがの。ソランもここで良いか?」
「わたしはねずみさえ足をかじりに来なければ、どこででも寝れます」
何故か胸を張るソラン。
エンゾは「その歳で何と不憫な……」と今にも泣きそうな表情である。
一方、ヒロトは噴出しそうになっていた。
「お嬢さん、ネズミの心配はいりませんよ。一応、虫や小動物が嫌がる音の出る魔道具も備えてありますし」
キンダー不動産の営業担当ウェイバン。歳は30歳くらい。ゆったりとした無地のチュニックを着こなした、典型的なユリジア王国民の男であった。
「ほぅ。やはり、王都には珍しい魔道具があるんじゃのぅ」
「簡易版がスクロールで出ていますが、この家のタイプは魔石版です。1000セラほどの魔石で、半年持ちます。ちなみに、月契約でしょうか、それとも年契約でしょうか?」
シュバイツ大森林にある、エンゾ邸は結界に守られていた。大型の魔物は防げないが、小さな虫や小動物は、結界を抜けられないのだ。魔法陣はエンゾ自らが描いたもので、週に一度程度、魔力を充填すれば、結界を維持出来た。
エンゾはネズミ避けの魔導具は初めて聞いたが、文明の進化速度が恐ろしく遅いアラトにおいてさえ、僅かずつではあるが確実に進歩しているのだろう。
「年契約で頼みます。管理費も一緒に払います。ひと月後に家を空ける予定ですが、その後は管理だけお願いします。通風と通水だけで構いません」
通風とは、建物内の空気が淀まないように、部屋の空気を入れ替えること。通水は水周りに水を流して、臭いや雑菌の繁殖を抑えることである。
「最初に申しましたように、年契約ですと、管理費込みで25万セラになりますが、宜しいですか?」
日本円で約250万円といったところ。王都で二階建ての7LDKは豪邸の部類である。その家賃が月20万ほど。ヒロトの感覚としては、十分以上に安い。
地震がほとんどない為、建物の寿命が長いことも関係しているのだろう。
25万セラなら、庶民の平均年収よりも安いくらいだ。夫婦共稼ぎなら、若夫婦ですら王都に二階建て7LDKの豪邸に住めるということになる。これは需要と供給が安定していることを意味し、それは同時に、人口の増減が少ないことを意味している。
銀行業が一般的でないことと、王都ということで、基本的に土地の売買=借地権の売買というのも理由だろう。土地そのものは王家のものである。よって、不動産屋は借地権の売買を代行している、ということになる。
「ええ、構いません」
「では、早速、契約書を作成しますので、事務所に戻りましょう」
一行はキンダー不動産の事務所へ向かう。エンゾとソランは残っても良かったのだが、エンゾが暇つぶしがてら、王都見物も兼ねたいと言い出し、皆で行くことになった。
「師匠、明日、お手伝いさんを探しましょう。一ヶ月ですが、掃除や食事の世話をしてくれる人が欲しいです」
ヒロトも簡単な食事なら出来るが、毎食は自信がなかった。そもそも、ヒロトにとっては、魔術第一である。食事を作る暇があるなら、魔術の構想や実験をやりたいところ。
テンプレ主人公のように、時々、マヨネーズやアイスクリームを作るのは吝かではないが、日々の食事を毎食作るのは、到底、不可能であった。
「(そういや、まだ、ソランにアイスクリームを食わせて狂喜させるという、テンプレ鉄板イベントをやってないな。まぁ、王都に来てからこっち、バタバタしてたからな。新魔術の開発はもちろん、魔力容量アップもやらんといかんし。こりゃ、マジで寝る暇もないぞ」
さらに、一ヶ月後には『迷宮巡り』に出発とくれば、大袈裟でも何でもなく、実際、寝る暇も無くなりそうな状況である。食事洗濯掃除といった、日常的な家事に割く時間はない。
「奴隷を買っても良いが、どうするかのぅ」
確かに奴隷は手っ取り早い。初期投資は掛かるが、その後は、食事を与えておけば良いからだ。
ヒロトには、テンプレ主人公たちのように、奴隷を解放して賃金を与えてやるほど、アラトの文化文明を破壊するつもりはないが、奴隷を差別する気もない。自分も同じ卓を囲むことになれば、奴隷もマズい料理は作らないだろう。
「(奴隷商を訪ねるのも、結構重要なイベントだ。大抵、部位欠損が当たり前の、廃棄寸前の奴隷を買うんだよな。銀貨数枚の捨て金で。そんで、主人公と出会ったことで、隠し能力が発現すると。奴隷が当たり前の世界なら、いずれ奴隷商イベントはやることになるだろうな)」
「何か良い匂いじゃの。ソラン、腹が減っとらんか? そこで遅い昼食と行こう。これ、不動産屋の。わしらはここで昼食を取るから、悪いが、契約書はここへ持ってきてくれんか?」
ヒロトが下らないことを考えているうちに、昼食の段取りが決まったようだ。
「ええ、構いませんよ。すぐに書類を用意して持ってきます。食事はごゆっくり召し上がって下さい。早く着いたら、私は物件の方で待っております」
「すまんの」
店の看板には、『食事処・カールトン亭』とあった。
入り口には、『ランチタイム』の小さな札もある。『きのこと塩漬け肉の炒め定食』と手書きで書かれていた。
ヒロトたちが借りる家(エンゾ名義)からわずか1ブロックの距離に『カールトン亭』はあった。店構えは悪くないし、掃除も行き届いているようだが、いかんせん、あちこち痛んでおり、パッと見で、早急に修繕が必要な箇所が、いくつかあった。
ヒロトの判断では、清潔感が大事とされる飲食店としては、ギリギリアウトである。ただ、エンゾの言う通り、店の外にも香ばしい良い匂いがしている。店主の腕は悪くないのかも知れない。
「この店もいよいよ駄目らしいな」
「デカ女の作る飯は旨かったんだが……」
ちょうど店を出てきた男たちとすれ違う。
冒険者だろうか、春先だというのに、赤銅色に焼けた肌が逞しい。もっともランクはそう高くはないだろう。この時間に王都の端とは言え、のんびり昼食を取っているようでは、大した稼ぎがあるとも思えない。
ヒロトは扉を開け、中に入る。
「シュレイよ、この店は明日で終わりだ。来週、お前をオークションにかける。これはもう決まったことだ。うちもケイラン商会もいらねぇとさ。飯炊き女だから需要はあるかも知れんが、その容姿でコブ付きじゃ、まともな仲買人は厳しいぞ」
店内から社会の厳しさを物語る台詞が飛び込んできた。
だが、その時ヒロトの五感は、目以外は全て遮断されていた。
視線の先に、女神がいたからだ。
「(何という非現実的な美しさ……)」
「『きのこと塩漬け肉の炒め定食』上がりッ!」
一言で表現するなら、圧倒的な美。
ヒロトの感覚では、顔モデルと服モデルの良いところを足して、さらに強化したような印象である。むっちりとした肉感的な身体がヒロトの鼓動を速くする。
歳は27~28くらいだろうか。
頭にバンダナを巻いているので、髪の色は判然としないが、編んで後ろに垂らした分から判断するに、銀――というよりは、灰色に近い色か。
厨房は熱いのだろう。
こめかみから流れる汗が艶かしい。
しかし、ヒロト以外の者に聞けば、印象はただ一つ。
『デカい醜女』
確かに大きな女であった。
身長は2mを優に超えているだろう。
「おっさん、邪魔だ!」
商人と思しき男を、給仕の子が邪険にする。
「このクソガキ、誰にものを言ってやがる! こっちは、この店をカタに取っても足が出る計算だ。明日、商会の担当と相談する。ケイラン商会を呼び込んで競合させようなど、随分とウチ舐められたもんだ」
「……」
シュレイと呼ばれた女は、商人の声は聞こえているが敢えて無視。借金を返す金のアテもないので、もう、どうにでもなれと、半ば諦めていた。
ランチメニュー以外のメニューに対応出来る食材は冷蔵箱の中にも入っていない。
来るべき日が、来るべくして来たのだ。
こと、ここに至っては、借金奴隷はもはや決定事項であった。
そんな事情は露知らず、ヒロトは魂を抜かれたように、ただ、ぼうっと、その女主人を見ていた。
顔もスタイルも、完璧にヒロトのタイプだったからだ。もっとも、その比率には、少々問題があったが。
「いらっしゃいっ! この時間だからね、ランチの残りを安くしとくよ! 『きのこと塩漬け肉の炒め』だ、どうだい?!」
シュレイは商人をあえて無視するように、ヒロトたちの注文を聞く。
「(アラトにはこんな綺麗な人がいるのか……。これじゃぁ、テンプレ主人公たちがハーレムを目指すのも無理は無い。こんな良い女を抱いたら、頭がどうにかなりそうだ)」
もちろん、38年の人生において、ヒロトに女性経験は一切ない。経験がないからこそ、女性を「抱きたい」か「抱きたくない」かで判断するという高校生のようなところがヒロトにはあった。その癖、年齢は無駄に重ねているので、審美眼だけは厳しいのだ。
典型的な童貞をこじらせた者の発想だが、今更どうすることも出来ない。
だが、その童貞をこじらせた者の審美眼をして、「美の女神」と呼ぶに値する美しさをシュレイが備えているのも事実である。
「ちっ! 勝手にしろッ! じゃぁ、明日、ケイランの担当と二人で来るからな。店は少しでも綺麗に掃除しておけよ。不動産屋に掃除代でも請求された日には、赤字がさらに増えちまう」
「美の女神」に対して、一体何の権利があってこの男は暴言を吐いているのか。
聞くに堪えない。
果たして、そのような行為が、たかが一商人に許されるのか。
借金程度、立て替えてやれば良いではないか。
それが「美の女神」に対しての、当然の献身であろう。
それをこの商人ときたら、たかが借金程度のことで、何て言い草だ。
ふざけるのも大概にしろ。
地獄に落ちたいのか?
ヒロトは商人に対して、無性に腹が立って来ていた。
「どうする? ヒロト」
「わたっ、私は店主のお薦めでお願いします」
注文を告げる際、ヒロトは股間の小龍(ヒロト自身で命名)が無意識にその鎌首を持ち上げていたことに気が付いた。
マントを着ていた為、問題はないが、ヒロトにとっても女を目の前にしただけで一物が自己主張するなど、初めての経験であった。別に裸を想像していたわけでもない。
肉体年齢が若返っているからだろうか。
「(しかし……)」
ヒロトはアラトに来て以来、朝勃ちをしたことがなかった。
寝ている間に勃起していることはあったかも知れないが、少なくとも、起きている時に反応したことは一度もない。実質年齢は38歳の為、中高生のごとき無限に湧き出す性欲に精神をかき乱されることもなかった。さらに、空いた時間は全て魔術に費やしていたので、自ら慰める時間などもなかった。
ようは、そんなことは、今生のヒロトにとってどうでも良いことだったのだ。
自慰など、地球にいた頃は、ゴミ箱が妊娠するほどやった。
しかし、今はそんなことより、魔術を理解し、極めることの方が大事であった。
ヒロトは経験上、時は本当に矢のように過ぎ去ることを知っている。
それはアドバンテージになるはずなのだ。
日に何度も何度も股間の小龍を弄繰り回すなど、せっかくのアドバンテージを無駄にするようなことは、今のヒロトには勿体無くて絶対に出来ない。
精神年齢と肉体年齢の乖離によって、「不能」になったのかと思っていた。
それなら丁度良いとヒロトは考えていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
そして――
「?」
ソランがヒロトの異常に気が付いた。
言い知れぬ不安がソランの頭に渦巻く。
領主や国王の前ですら、緊張したところを見たことがなかった。常に大胆不敵にして冷静沈着。
そのヒロトが、5歳のソランにすら分かるほどに緊張していた。
「ッ!!」
――発射した。
小龍がブレスを発射した瞬間、腰と膝が砕けそうになるのを、気力で支える。
「(ばっ、馬鹿なっ!)」
こんなことがあるのだろうか。
触ってもいない。
エロいことを妄想していたわけでもない。
単に、美しい女に見惚れていただけだ。
「(こんなの、夢精ですらないぞ!)」
ヒロトの背筋を寒からしめたのは、シュレイが魔術を使ったわけではないということだった。
「魅了」とか、「魅惑」とか、「淫蕩」とか、テンプレの定番エロ魔術でも使われていた方が、まだ納得できただろう。
ヒロトは股間に飼う自身の分身に触れることすらなく、無手による完全射精に成功した唯一の異世界人になったのだ。
ヒロトはマントの中で、恐るべき手際で、股間を汚した液体を全て集め、氷漬けにし、土魔術でピンポン球ほどの石弾に固めた。
その間、わずか数秒。
この冷静沈着さは、すでに『大賢者』の域であった。
実際、賢者モードに入っていたのもあるが。
「じゃぁ、わしとソランの分も、合わせて四人分頼もう」
「四人分?」
「ああ、こっちの子が二人前食べるからの」
「そんな小っちゃい子が、うちのランチを二人前も食べられるもんか。うちじゃ、残したら承知しないよ!」
声もまた、美しかった。
荒っぽい言葉遣いが、ますますヒロトのタイプである。
荒っぽい言葉遣いは、母子で強く生きていく為に身につけた、一種のスキルであろう。それが愛する者の腕の中では、強い自分を脱ぎ捨てるのだ。
ヒロトは想像して、目頭と股間が熱くなるのを止めることが出来ない。
大きな身体ゆえか、少し曇ったような声質だが、それが逆に耳元でささやかれたら、とヒロトは考える。
今にも二度目のブレスを発射をしそうであった。
ヒロトの視線は、次第にシュレイの首筋や胸、腰周りなど、「エロい部分」に集中的に注がれ始めていた。明らかに性的対象として見ているのだ。胸などは、ヒロトの頭よりも大きい。
シュレイの身体は、見上げるほどの大きさながら、肌は白く、キメが細かい。スラリとしながらも、むっちりと肉付きの良いバランスをしていた。
「(一目惚れすると、俺はこんな風になるのか……完全に変態じゃないか……)」
一度発射したというのに、まだ足りないとでも言うのか。
股間の小龍は荒い呼吸を繰り返しながらも、次なるブレスを発射せんと準備を整えつつあった。
「(駄目だ。とにかく、シュレイさんから目を離さないと、気が変になりそうだ)」
それでも、視線を外せないのが、童貞をこじらせた者の「恋」なのだろうか。
ヒロトはかつて日本において、芸能人を追い掛け回し、大金をパッケージ品につぎ込む者たちを馬鹿にしていたが、なるほど、こういう状態になるのかと納得していた。
もちろん、誰もがそんな状態になるわけではない。
「構わん。残ったら、わしかヒロトが頂くよ」
「あいよ! ランチ四人前! サリム、看板片付けて、札を返しておくれ!」
給仕のサリムは、ヒロトたちのテーブルに水の入った壺とカップを三人分運ぶと、外に出て店先を片付け始めた。
ランチタイムが終わった為、一時閉店するのだろう。
「あぶなかったですね。ギリギリでランチタイムに間に合ったようです」
「ふふふ。ヒロトは年増が好みか?」
ヒロトは口に含んでいた水を噴出した。
「いや、悪気はないんじゃ。ヒロトがうちに来てから、若い身体を持て余しておるんじゃないかと心配しておったのよ。あるいは男色の気でもあるんじゃないかとも」
「そ、ソランの前で、そんな話は止めましょう」
エンゾは核心には触れない。すなわち、ヒロトが若さを暴発させたことについて。ソランの手前もあるだろうが、気付いても気付かぬ振りをする情けがあった。
「なるほどのぅ、ヒロトは年増の『巨人族』がタイプか」
「彼女が『巨人族』かどうかは知りませんが、まぁ、確かに凄い美人ですね」
「びじん?」
「ぷふぅっ! おいヒロト、大きな声じゃ言えんが、あれが『凄い美人』じゃと? 蓼食う虫も好き好きと言うが、いくら何でも、お主の美的感覚はズレ過ぎとるぞ」
「え? いや、彼女、巨人族ですか? 確かに2m以上ありますが、顔は美人でしょう、どう見たって。スタイルも完璧だし」
「お主の趣味がさっぱり分からん。身長は2m20cm以上はあるのぅ。おそらく、巨人族と人族のハーフじゃろう。しかし可哀想に、あそこまで醜いと、人族の中で生きるのも大変じゃったろうに」
「(醜い……?)」
いくら何でも、言いすぎだろうとヒロトは怒りにも似た感情が湧く。
だが、エンゾがふざけているようにも見えなかった。つまり、エンゾは本当に「醜い」と思っているのだ。
しかし、せめて、「顔は良いが…」とか、「身体は美しいが…」などの反応があってしかるべきではないか。それが「醜い」と一刀両断とは、いくら何でも厳しすぎる審美眼ではなかろうか。
ヒロトは自分の目がおかしいのかと思い、再度確認する。
やはり、何度見ても、「美の女神」であった。
「巨人族は見たことありませんが、道理で大きいわけですね。(しかし、「醜い」ということはないだろうよ。それとも、身体が大きい女は自動的に醜いと判断されるのか?)」
ホルモン異常や染色体異常による、いわゆる巨人症ではない。そういう種族の血が入っているのだ。ゆえに、間接が弱そうにも見えないし、運動神経も良さそうだ。それだけの骨格と、身体を支える筋肉も、バランス良く付いている。
そもそも「醜い」とは、どういうことだろうか。
ヒロトには、完璧に美しい女性にしか見えない。(少なくともヒロトにとっては)非現実的なレベルに感じられるほどに。
「顔は人族っぽいが、身体は巨人族の血が出とるの。顔が人族なら、巨人族からは避けられるじゃろうし、あの身体じゃ、人族からも避けられよう。巨人族の血が出すぎておる。たまには女遊びも悪くはないが、お主、175cmくらいじゃろ。50cmは差があるぞ」
エンゾは小声でそんなことを言った。
エンゾの感覚では、顔が人で身体が巨人という、バランスの悪い、奇妙な大女に見えるのだろうか。
ヒロトの感覚では、美人の女子バレーボール選手をさらに大きくしたような印象だが、アラトに住む者にとっては、別の印象を受けるのかも知れない。
アラトに来てから、多少の美的感覚のズレを感じることはあった。しかし、ここまで完全にズレている認識はなかったのだ。
ヒロトは巨人族を知識でしか知らない。つまり、シュレイを見ても巨人族を連想することがないのだ。
なるほど、アラトの人間なら、すぐに巨人族を連想してしまうだろう。逆に、巨人族からしたら、シュレイの顔から人族を連想してしまう。
人族と巨人族は仲が悪いわけではないが、住み分けは出来ている。
一般に、巨人族という存在は、人族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族の四種族と比べて、魔族と同様、他の種族との交流がほとんどない。
だからこそ、今日まで、ヒロトは巨人族を見たことがなかったのだ。
差別などの話ではなく、好き好んで異種族の者を恋愛対象に選ぶ者はいないので、結果、「美しくない」という印象になるのではないか。
「(でも、腕輪もデザインはともかく、模様に関しては、どう考えても、アラトの人間とは、美的感覚が違うんだよな……)」
本当に美的感覚がズレている可能性もある。
しかし、顔だけに限っても、少なくとも地球の感覚では明らかに美人だ。
全身を見れば10頭身は優にある。
大きすぎる印象を受ける者がいるかも知れないが、手足が長いので、全体のバランスに問題はない。
顔のサイズは人族と変わらない。
しかし、それ以上に身体が大きいので、全体のバランスとしては小顔で、ヒロトの感覚としては、トップモデル以上の奇跡であった。
「(アニメやCG絵のバランスの人間が現実に存在していたら、アニメやCG絵を知らない人は『不気味の谷現象』が喚起されるのかも知れん)」
そうとしか考えられなかった。
「そんなに気に入ったのなら、奴隷堕ちを待って買えば良い。あの女なら、大した値段にはならんじゃろぅ」
「そういう話なんですか? でも、何か、さっき耳に入ってきた話だと、来週には借金奴隷にされるらしいですね。確かに、丁度良いかも知れません。料理は問題ないようですし」
まんざらでもないらしい。
ニヤニヤと締まらない表情だ。
「なるほどのぅ…、ヒロトは子連れの年増が好みか……」
ヒロトとしては、完全にルックスが好みなのだが、その感覚が理解できないエンゾは、「子連れ」、「年増」といったオプション部分にヒロトが惹かれていると思っているようだ。
エンゾもまたニヤニヤしながら、真っ白な顎鬚を扱いている。
常にない弟子の姿が面白くて仕方ないらしい。
「年増と言っても、まだ20代でしょう。あの子だって10歳くらい。それに女の細腕――ではないか、あのサイズだと腕も結構太い。いずれにしても、母子二人で店を切り盛りしているんだから、大したものですよ」
「きれいじゃない」
「師匠、借金を払ってあげて、店を続けながら、家の管理をしてもらうというのはどうでしょうか。ち丁度、地竜の肉も大量にあることですし、目玉メニューになるかも知れません」
何のかんのと言いながら、どうにかシュレイを買う方向に話を持っていこうと小細工を弄する、「大魔導師」を目指す38歳童貞。
「あんなの、ヒロトさまにはふさわしくない」
「ん?」
『きのこと塩漬け肉の炒め』はとても美味しく、黒パンとスープがついて、80セラ。
ヒロトとしては、シュレイが作っている以上、800セラ(8000円)でも安いと思うが、庶民が通う店のランチとしては、王都の適正価格だろう。
ただ、美味しい分、材料費の割合が高そうだ。ヒロトの感覚では、公平に見ても、80セラは安すぎた。儲けは他の店に比べて少ないのではないか。それとも、母子二人で暮らすにはそれで十分なのだろうか。
「(いや、十分じゃないから、借金が減らずに、増えて、借金奴隷なんて話になっているんだろう。しかし、こんな絶世の美女が奴隷堕ちとか、とてもじゃないが、許されることじゃないだろ)」
ヒロトは、店と母子を救うことに決めた。
いくらアラトの美的感覚では「醜い」女だとしても、ヒロトにとっては「美の化身」と言っても過言ではない。救える力があるのに、見過ごせば、どんな神罰を受けるかわかったものではない。
「(美人は正義であるべきだ)」
シュレイに聞いたところ、白パンは用意していないとのこと。ヒロトは黒パンは嫌いなので、マギバッグの中の白パンを取り出そうかとも思ったが、シュレイの出したパンなので、仕方なく頂く。
やはり固くてマズかったが、シュレイが出した黒パンだからだろうか。ヒロトが知る酸っぱい味ではなく、若干、甘い気がした。
ソランは「ぜんぜんおいしくない」、「パンだって固いし」などと文句を言いながら、しっかり二人前食べていた。
「(どう見てもヤキモチです。本当にありがとうございました)」
途中までヒロトの様子を楽しく観察していたエンゾであったが、ソランがヤキモチを妬いていることが明らかになると、食事の間中、ヒロトを睨みつけていた。
エンゾにとっては、ソランが正義らしい。




