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 第28話 「報酬」

 ◆「バッソ・ピエル盗賊団の討伐」

 ・依頼主:冒険者ギルド機構

 ・場所:不明(ユリジア国内潜伏の情報あり)

 ・指定ランク:A

 ・ギルド貢献ポイント:あり

 ・報酬:300万セラ(推定構成員数20名)

 ・期限なし

 ※1、盗賊団の資産は全て達成者のものとする

 ※2、討伐が盗賊団の一部の場合、首の賞金のみとする

 ※3、※2について、賞金首を倒した場合、賞金とは別に、達成報酬の10%の30万セラを補償

 ※4、報酬は国税の控除対象とする

 ※5、現在、1クラン、3パーティーの四組が受付中


 『腕輪の魔術師』こと、エンゾ・シュバイツ、ヒロト・コガ、そしてその弟子ソラン・クローラの三人は、ユリジア王国・冒険者ギルド王都支部の来客室にいた。


 「まずは三つの依頼の達成、ありがとうございました。王都支部長として、心から御礼を申し上げます。早速ですが、まず、こちらの盗賊団討伐の件ですが、1000万セラの特別慰労金が追加されます」


 「ほぅ……」


 対応するのは、ユリジア王国冒険者ギルド長にして、王都支部長ダグラス・シーバー。

 ホラント支部にて、新支部長レイチェル・ファロンと副支部長リメィ・ローランの就任式に出た後、翌日には王都に戻っていた。何とも忙しい男である。


 「賞金首についてはバッソ・ピエルとガルシア・パーカー、ボーマン・ライトの三人。ただし、盗賊団討伐完遂としての報酬が出ますので、賞金首は除外されます」


 「構わんよ。1000万セラについては、聞かん方が良いか?」


 「出来れば、それでお願いします。」


 端的に言って、カミュ・ギルバートの件に関する口止め料だ。

 コロン・ピエリッツ(本名コロン・ピエル)とバッソ・ピエルが肉親である件は、ギルド内の個人情報から判明した事実なので、エンゾに知る(すべ)はない。


 ◆「地竜の巣の討伐」

 ・依頼主:ユリジア王国鍛冶師ギルド長

 ・場所:ケハダ高原の鉱石採掘場跡地(別紙略地図)

 ・指定ランク:A

 ・ギルド貢献ポイント:なし

 ・報酬:一頭につき、30万セラ

 ・期限あり:受付票発行から10日間

 ※1、素材は時価にて依頼主が買取(他店に卸しても可)

 ※2、生きた2歳以下の地竜は、一匹50万セラで買取


 「地竜については、依頼を受けていませんでしたが、討伐日までに他に受付がありませんでしたので、『腕輪の魔術師』への指名依頼として扱わせて頂きます。鍛冶師ギルド長からの希望でもあります」


 「一つ、関係ないことでお聞きしたいのですが、ザック・バロウズ氏をご存知ですか? どんな方なのでしょうか」


 「ザック氏は、かの『鍛冶王』ロック・バロウズの孫ですよ。次期鍛冶師ギルド長と目されています。ただ――」


 ヒロトの横に座るエンゾが、「鍛冶王」ロック・バロウズの名を聞いて、ピクリと反応する。しかし、特に何か発言をすることはなかった。


 エンゾは一度、ロック・バロウズに会ったことがある。

 武器のことや、魔術のことをいろいろ話したような気がするが、何を話したのか、今となっては何も憶えていない。

 ただ、エンゾの生涯において、最もLvの高かった者として、尊敬と畏怖をもって記憶している。彼の首も、腕も、指も、足も、胴も、全てが太い、毛むくじゃらのドワーフの容姿と共に。


 当時の「鍛冶王」ロック・バロウズのレベル、実にLv91。


 目を閉じたエンゾの瞼の裏には、在りし日のロック・バロウズの姿が浮かんでいるのだろうか。



 「――ただ、近く、ロック・バロウズの『バロウズシリーズ』を超えるシリーズの製作に入ることを宣言しており、ギルド長の要請を固辞し続けているとのこと。やはり、ギルド長ともなれば、業務に忙殺される時間が増えますからね」


 当時、エンゾのLvは75だったか、76だったか、定かではない。しかし、エンゾ自身、無駄な時間を過ごしたつもりなどなかった。それでもLv75か76。

 Lv91など、人として本当に到達出来うる境地なのか。

 目の前の男は、本当に人なのか。

 エンゾは真剣に悩んだものだ。

 いっそ、「俺が土の精霊王だ」とでも言われた方が、信じられそうであった。


 それから100年以上経つが、未だにLv90を超えた者の話は聞かない。

 だが、現在のエンゾのLvは84。今ならロック・バロウズのLv91も信じられる。残された人生の時間を考えれば、エンゾがLv91を超えることはおろか、追いつくことさえ難しいだろう。

 それでも、100年前は夢想だにしなかったLv91の高みを、今なら想像できた。


 「そうでしたか。個人的に知り合う機会があったもので。覚えておきます」


 「それで、地竜に関してですが、討伐報酬として12頭、360万セラ。素材に関してはどうしましょうか」


 「鍛冶師ギルドの方や、他の候補者たちと相談して決めようと思います」


 ◆「コトリバチの巣の討伐」

 ・依頼主:カチヤーク村村長

 ・場所:カチヤーク村(別紙略地図)

 ・指定ランク:B

 ・ギルド貢献ポイント:あり

 ・報酬:84万セラ

 ・期限あり:受付票発行から10日間

 ※1、B級Pt『烈風砦』が討伐失敗

 ※2、巣の規模は約15階層×2、推定約6千~8千匹

 ※3、討伐失敗により、巣の出入り口が広範囲化

 ※4、蜂蜜や素材は全て達成者のものとする



 「コトリバチに関してですが、討伐報酬が84万セラになります。ギルド貢献ポイントが付きますが、A級案件として処理することで宜しいでしょうか」


 「構わんよ」


 エンゾが「むふふん」とソファに踏ん反り返っている。

 どの依頼も、S級のエンゾにしてみれば、単体ならそれほど難しい案件ではない。

 しかし、エンゾが誇っているのは、三案件の達成速度だ。

 通常なら、高ランクパーティーであっても、盗賊団のアジトの特定には時間が掛かるだろうし、エンゾが追っている噂が広まれば、逃げられていた可能性もある。一度のアタックで、三案件全て達成出来ていたかは不明だ。ゆえに、達成速度を誇っているのだ。


 「特別慰労金と達成報酬の合計が、1744万セラになります。白金貨150枚と、金貨244枚になります。ご確認下さい」


 日本円にして、1億7440万円といったところ。多いと言えば多いし、少ないと言えば少ないと言えるかも知れない。

 しかし、コトリバチと地竜の素材売却分は入っていない。

 ざっと卸値で概算すると、以下。


 ・ハチミツ:約35kg(1kg50万円)=1750万円

 ・蝋:約50kg=50万円

 ・地竜の皮:200万円(平均額)×12頭=2400万円

 ・地竜の骨:10万円(平均額)×12頭=120万円

 ・地竜の角やヒレ:40万円(平均額)×12頭=480万円

 ・地竜の枝肉:約30t(1kg1万円)=3億円

 ・地竜の内臓:時価

 ・地竜の魔石:時価

 ・コトリバチの女王蜂の氷漬け:時価


 日本円にして、3億4800万円。

 それも、時価分の魔石などは入れずに、である。

 討伐報酬と足せば、5億2240万円にも跳ね上がる。肉や素材の相場如何、あるいは売却をオークションに委ねることになれば、あっという間に6億円を超えてくるだろう。コトリバチのハチミツなどは、オークションの出品物としては、もってこいと言える。

 数日の成果として、これ以上望むのは、欲張りというものだ。

 

 「商業ギルドに対しての紹介状をお願いできますか? 鍛冶師ギルドについては、師匠が事前に挨拶に行っていますし、私も個人的に知り合いがいますので問題ないのですが、商業ギルドには知り合いがいません。ハチミツや蝋を売る際の紹介状が欲しいのです」


 「その心配は無用だと思いますよ。商業ギルドには『鑑定(非生物)』を持っている者が多くいます。万が一、その場にいなかったとしても、ちょっと舐めさせれば納得しますよ、ええ」


 ダグラスがそう言って笑うと、エンゾも、「ヒロトは細かいことを気にするんじゃのぅ」と笑っていた。

 ヒロトが横を見ると、ソランは白金貨を見て固まっていた。


 「確かに。(くそ、『鑑定(非生物)』を忘れていた)なるほど、私の独り相撲でしたか」


 一体、何度目だろうか、『鑑定』スキルに関連する不愉快な気分を味わうのは、とヒロトは考えていた。一刻も早く『鑑定』のレベルを上げなければと。


 「そうじゃ、ヒロトのランクのことじゃが、何とかA級にすることは出来んか?」


 「そればっかりは、どうにもなりません。確認したところ、A級依頼をあと一つ必要なようです。エンゾ殿とヒロトさんのパーティーなら、あと一つ達成するくらい訳はないでしょう」


 「ソランも『腕輪の魔術師』の一員じゃ――おお、忘れておった。ソランもB級デビューを頼むぞぃ」


 「エンゾ殿、推薦でのB級デビューは16歳以上になります。ソランさんは何歳でしょうか?」


 「5歳じゃ。おっと、ダグ、ソランを『鑑定』はするなよ。しかし、5歳じゃ推薦は出来んのか……」


 「ご存知でしたか。ということは、前回ヒロトさんを『鑑定』したのがバレましたか。さすがはエンゾ殿の推薦者であるヒロトさんですな」


 特に悪びれた様子はない。

 

 「(つまり、むざむざ『鑑定』される方が悪い、ということか。そういう『冒険者の掟』的な暗黙のルールは嫌いじゃないぞ)」


 「でも、普通に冒険者デビューすることは出来るんですよね」


 「もちろん出来ますが、10歳以下なら、S級推薦があれば、E級デビューが可能です」


 アラトには労働基準法も児童福祉法も存在しない。冒険者ギルドの会員登録は5歳以上で可能だ。5歳でも、ドブ攫いや山菜集めくらいは出来る。つまり、ソランは冒険者になれるのだ。通常、G級から開始する冒険者だが、特別推薦ルールがある。


 (1)10歳以下の場合、S級の推薦があれば、E級以下のランクを選択してデビューできる

 (2)15歳以下の場合、S級の推薦があれば、D級以下のランクを選択してデビューできる

 (3)16歳以上の場合、S級の推薦があれば、B級以下のランクを選択してデビューできる


 このS級冒険者による推薦制度が出来た理由は、S級になると、貴族たちとの付き合いが増えるからだ。

 つまり、コネを使って、箔を付けたい貴族が、男爵格であるS級冒険者に頼みにくるのだ。

 その際に、「そんなことは出来ない」と全て断っていたら、社交界で角が立つ。

 そこで、貴族との付き合いが多いS級冒険者の推薦に限り、被推薦者の飛び級デビューを認める制度が出来たのだ。

 各国の貴族や要人たちと良好な関係を築きたいという、冒険者ギルド側の都合もあった。


 ちなみに、ヒロトは(3)の「16歳以上の場合、S級の推薦があれば、B級以下のランクを選択してデビューできる」を利用したが、実際に、B級デビューして、上を目指す者はめったにいない。 

 通常は、貴族や貴族の子息たちが、S級推薦でB級デビューさせてもらい、一年後、降級条件に引っ掛かり、C級に落ち着く、というのが大方のパターンである。よって、貴族関係者の中に、C級冒険者の資格を持つ者は多い。


 では、最初からC級デビューさせれば良いではないか、という話だが、これは冒険者ギルド側からの意趣返しのようなものと考えられている。B級には降級条件があるが、C級には降級条件はないからだ。

 ようは、「お前にB級ランクを維持出来る能力はない」と突きつけ、降格させる為というわけだ。

 それでも尚、B級デビューを望む貴族は多い。「降級は気分が悪い」としても、少なくとも1年間はB級でいられるからだ。


 「ソラン、お前、E級デビュー出来るらしいぞ」


 「わたしもぼうけん者になれるのですか?」


 「そうじゃ、ソランも『腕輪の魔術師』の一員じゃからのぅ」


 ソランの表情が太陽のように明るくなった。

 ソランは日々、エンゾやヒロトの毒(?)に染まりつつある。よって、冒険者に対して、特別な思い入れはない。ただ、『腕輪の魔術師』というのが、エンゾたちの属するパーティーであり、そこに加入することが、「大魔どうし」になる為には、必要なのだと考えているようだ。

 つまり、現状、冒険者ではないソランは『腕輪の魔術師』の一員ではなく、おまけのような扱いで、「大魔どうし」になる為に必要な条件を満たしていない、と考えていたのだ。


 それが、冒険者デビューできる。

 真実、『腕輪の魔術師』の一員になれるのだ。

 おまけ扱いではなく。


 「わた、わたし、魔じゅつがんばります!」


 ソランは感動で震えているようであった。


 「これはまた、我らが冒険者ギルドに、将来有望な新人会員が増えたようです。ソランさん、頑張ってくださいね」


 「はいっ!」


 「そう言えば、魔術を使えるようになったら、二個目の腕輪をプレゼントする約束だったな。実は、廃坑で綺麗な石を採取済みだ。あとで作ってやるよ」


 「ありがとうございます!」


 「(あっ、やっちまった)」


 ダグラスがあまりにも柔らかい雰囲気をかもすので、ヒロトは思わず口が滑ってしまった。

 腕輪のことではない。

 ソランが魔術を使える点についてだ。5歳で魔術を使える例は少ない。信じることにかけては、子供は優位だとしても、魔術のイメージ自体が明確ではないからだ。

 5歳で魔術を使えることは、エンゾの英才教育の賜物と言い訳が立っても、中級魔術である『氷魔術』――よりもマズい、『魔力吸収』については、絶対に秘匿しなくてはならない。


 「その美しい腕輪はヒロトさんが作ったものでしたか! 何とも、玄妙な輝きがありますね。魔術の他に、そんな特技があったとは……」


 ソランの魔術の件は、上手いこと回避できたと安心するヒロトだったが、相手はエンゾと同じS級冒険者であり、ユリジア王国内のギルドを統括するギルド長だ。

 ヒロトが考えるほど、甘くはない。


 「単なる手慰みですよ。(しかし、俺の腕輪、相変わらず評価高いな) それにしても、ギルド長の前で、何か魔術を披露したことがありましたか?」


 「コトリバチの討伐現場を見たのですよ。散乱した石弾は、かの『礫平原』モリア・ベージュもかくや、と言ったところでしたよ。土魔術が得意なのでしょうか?」


 ヒロトは自分のスキルが――正確には、体外魔力を使っている為、ステータス的な意味でのスキルではないが――丸裸にされるような錯覚に陥る。たった一言、話の流れで口が滑ったばかりに。


 「ええ、土魔術が性に合っているようで。(なるほど、後始末はしたつもりだったけど、あれだけの数の石弾を使ったら仕方ないか。ハチの死骸は風で散らせただけだし……)」


 「ソランさんはどんな魔術を使えるのですか?」


 「氷魔術です!」


 ヒロトの心臓が早鐘を鳴らす。

 突然、直接ソランに問うたダグラスに対し、ノータイムで答えるソラン。

 緊急事態だが、回答は「氷魔術」。まだ救いはあった。


 「え?」


 ダグラスが「氷魔術」と聞いて、呆然とする。

 氷魔術は中級魔術である。ヒロトは水の三態を教えて、いきなり展開させたが、普通は水魔術を習得した後である。氷は水に比べて、イメージしにくいからだ。

 大人であれば、それほどの違いはないかも知れないが、子供の場合、氷自体をそれほど見たことがない。冬になれば池や水溜りの水は凍るだろうが、ソランは5歳。物心ついてから、何度見たと言うのか。

水ならば、雨が降れば触れられるし、毎日飲むものだ。あらゆる魔術の中で、最もイメージしやすいのが水だろう。ゆえに、属性魔術の中で、一番初めに学ぶのが「水魔術」である。


 「あ、いや、いろいろやらせてみたんですが、初級の中には、ソランの使える魔術がなくてですね。中級の氷魔術を試したところ、偶然、小さな氷が出来たのですよ。この歳で長いこと頑張っていましたから、私も嬉しかったですよ」


 ポイントは四点。

 (1)初級魔術は使えなかった

 (2)偶然

 (3)小さな氷

 (4)長いこと頑張っていた


 ちょっとクドかったかとヒロトは反省するが、そもそも、腕輪の話をしたのは自分である。今さら、どうしようもない。

 せめて、「水魔術」という言葉を使わず、「初級魔術」という言葉に言い換える。ソランは「水魔術」が「初級魔術」であることを知らない。ならば、「水魔術なら使えます!」と口走ることはないだろうと。


 ちなみに、ソランは水魔術も使える。カチヤーク村の村長宅の庭で水球を出現させ、その場で氷にしている。


 「なるほど、そうでしたか。初級を飛び越えて氷魔術とは、ソランさんも、先輩二人に劣らず、大変な才能の持ち主だ」


 「才のうなんて関けいないです。魔じゅつがんばります」


 「ははは。これは一本取られました」


 「ソランはいずれ『大魔導師』の名を継ぐ者じゃ。二本でも三本でも取ってやるわい。のぅ、ソラン」


 「はい、がんばります」


 ヒロトは、『魔力吸収』の件がバレなくて助かったと、心の中で胸を撫で下ろす。


 もっとも、ダグラス・シーバーはヒロトが何かを隠していることに気付いていた。ただし、まさか、ソランの件で隠し事をしているとは思っていなかっただけである。

 当然のことながら、いくらエンゾの孫弟子と言っても、5歳の少女である。魔術に関して、ダグラスの興味を惹くようなことはない。

 コトリバチの件でヒロトを突いてみたが、期待していた反応がなかったので、仕方なくソランに話を振ったのだ。


 「では、報酬も受け取ったし、わしらは消えるとするか。ダグも仕事が溜まっておるじゃろぅ」


 ダグラスは苦笑する。

 エンゾはテーブルに積まれた白金貨と金貨を小袋に入れようとして、あることを思い出した――と言うより、聞くことを決めた。


 「そう言えば、ダグよ。お主、生物を召喚する魔術を知っておるか?」


 なぜ、今、そんなことを聞くのか――とは、ダグラスは考えない。エンゾは意味があって聞いているのだ。『大魔導師』を自称するS級冒険者が、無意味なことを聞くわけがない。

 エンゾは生物を召喚する魔術を見たか、もしくは知っているのだと判断する。

 しかし、すぐさま色めき立って問い質すのは下策。

 

 「いえ、聞いたことがありませんが。ただ、10年くらい前に、大バロウ帝国で開発中との噂は聞いたことがあったような……まさか、カミュかバッソが使ったのですか?」


 と言いつつ、ダグラスはカミュが大バロウ帝国から新型召喚魔法陣を持ち込んだと断定する。なぜなら、ダグラスが駆けつけた時、エンゾと相対していたのはカミュ・ギルバート一人だったからだ。


「(もし、エンゾ殿が新型召喚魔術か、あるいは魔法陣の存在を知る機会があるとすれば、あの時しかない)」


 つまり、タッチの差でダグラスは、カミュが召喚しようとする場面を見逃したのだ。

 見張り役のセレナとリンダは「盗賊団は二手に別れた」と言った。一方はダグラスが追ったが、もう一方は――


 「(ヒロトさんか……)」


 「あの男が使ったわけではないんじゃが……」


 何とも微妙な言い回しで、歯切れが悪い。


 「やはり、騎士団と王国警備隊、タレス領守備隊の連合を、事実上破った地竜は召喚でしたか……」


 その噂はあった。「出現した地竜は、召喚されたもの」であると。実際に作戦に参加した者たちから出た噂なので、他の噂に比べて信頼性が高かったのだ。

 さらに、ダグラスはコトリバチの存在を思い出す。


 「なるほど。エンゾ殿は最初からその線で追っていたというわけですか。いや、心底、感服しましたよ」


 エンゾが依頼を受けずに、「地竜の巣の討伐」を行なった、その理由がわかったからだ。

 

 エンゾは最初から内通者はギルド関係者だと踏んでいた。

 騎士団と警備隊の情報もタレス領にもたらされていたからだ。当然だ、タレス領が戦場になるのだから。

 近くに「オーク狩り」あたりが目的の冒険者がフラフラと現れては、作戦に支障を来たす。作戦実行地への立ち入りは、極力避けるよう、ギルドにも情報が行っていたはずである。特に難しいことはない。「期限あり」依頼を、ギルド側で受注調整をするだけだ。


 「(エンゾ殿は、冒険者ギルドを全く信用していないようだ)」


 もし、エンゾが「地竜の巣の討伐」を受けていたら、その情報は内通者を通じて、盗賊団に届き、対策を練られていただろう。場合によっては、アジトを移動されていたかも知れない。

 なぜなら、地竜は盗賊団にとって、騎士団や警備隊を蹴散らした最強の武器だからだ。失うことは許されない。

 

 コトリバチの討伐を受けたのは、『烈風砦』が依頼に失敗したからだ。コトリバチの討伐は、当然ながら「期限あり」。地竜のいる廃坑跡に近いカチヤーク村に乗り込む口実になる。

 「英雄」のパーティーがのこのこ接近してきたら、盗賊団も脅威を感じるだろう。しかし、「コトリバチの巣の討伐」という、目くらましがあれば?

 盗賊団はジワリと脅威を感じつつも、まだ、差し迫った危機とは感じないのではないか。まだ、幾ばくかの余裕があると考えるはずだ。


 本命は盗賊団の討伐である。

 盗賊団がコトリバチを第二の武器にすることも、エンゾは想定内であった。地竜ほどの破壊的な効果はないが、マーカーを付けた奴隷あたりを王都に放つなら、都市攻撃としては悪くない。少なくとも、パニックは期待出来るだろう。

 

 とするなら、予想できるアジトの位置は、コトリバチの巣と、地竜の巣と、レンブラート公国へ入りやすいガッシュ峠。この三地点からそう離れていない場所。ケハダ高原廃坑跡、中でも、南側あたりが丁度良い。


 実際の依頼達成の順番は(1)コトリバチの巣、(2)バッソ盗賊団、(3)地竜の巣、の順であった。

 (1)で盗賊団をおびき出し、誘いに乗ったら、(2)盗賊団の討伐。最後に、地竜を召喚させて、新型の召喚魔法陣を盗むという皮算用だ。

 エンゾは三面同時攻略と言っていたが、目的を考えれば、いわゆる電撃戦である。

 「地竜の巣の討伐」を依頼として受けなかったのは、盗賊団に電撃戦を意識させない為であった。


 もし、コトリバチを討伐出来たとしても、数日掛けていたのなら、盗賊団はアジトを移動していただろう。

 コトリバチの巣というのは、大規模魔術で殲滅させるには、勿体無い価値がある。ハチミツの存在だ。だからこそ、普通は時間を掛けて討伐するのだ。なればこそ、盗賊団としては、逃げる時間を稼げるというわけだ。

 しかし、実際は、数時間で討伐完了。盗賊団としては、アジト移動の時間が作れなかったのだ。

 残念ながら、ヒロトによる地竜の討伐速度が速すぎて、カミュの地竜召喚は成功しなかったが、それでも、魔法陣を見ることは出来た。再現出来るか否かは未知数だが、足掛かりは掴めたと言ったところ。エンゾに不満はない。惜しむらくは、ヒロトの地竜討伐速度を甘く見ていた点くらいであろう。


 だが、この電撃戦を成功させる為には、駒が必要だ。

 それも、桁外れに強力な駒。


 そこに考えが至り、ダグラス・シーバーは戦慄した。


 「(午前中にコトリバチの巣を討伐し、素材を採取。午後には地竜の巣の討伐……それを一人で!?)」


 付け加えるなら、ヒロトはバッソ・ピエル以下6名も倒している。

 コトリバチの数は5000匹を優に超える。一発一殺でも、5000発以上の石弾が必要だ。実際には、数万発の石弾が必要だろう。

 さらに、地竜の数は12頭。12頭もの地竜を、たった一人でどうやって狩るというのか。

 それも、素材採取の為、極力傷を付けない方法で。


 「(馬鹿なッ! そんなこと――)」


 ダグラスは「私にだって不可能だ!」という言葉は、心の中でさえ、叫んではいけないような気がして、飲み込んだ。

 王都支部長としてよりも、S級冒険者としてのプライドが許さなかったのだろう。


 「(そんな化物が戦争をしたがってるだと? ふざけるなよ、クソガキッ!)」


 ダグラスはヒロトの方をあえて向かなかった。

 今、ヒロトの目を見たら、我を忘れて、掴みかかりそうな気がしたからだ。

 代わりにソランを見た。


 ソランは未だ、白金貨を凝視していた。

 それを見たダグラスは、ささくれ立った心が癒されるような気がした。

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